気分転換
時が経過して、リリアは意識を取り戻す。
「ここは……どこなのでしょう……」
テーブルにもたれかかった状態から、上半身を起こす。
「あっ、起きたよ」
ノールの声とは別の人物の声が聞こえた。
声に反応したリリアがその方を見ると、壁にくっつけて置いてあるベッドに年令は大体14~15才くらいの二人の子供が壁に背をつけて座っている。
二人ともノールにどこか似ていた。
「貴方たちは……」
「アタシ? アタシはR・エール」
背の辺りまで伸びた淡い金髪の女の子。
三白眼の目をしており、口元がどこかにやっとしている。
「僕はR・ミールです、よろしくお願いします」
こちらも同じく背の辺りまで淡い金髪が伸びているロン毛の男の子。
真面目で優しそうな外見をしている。
「R・エールさん、R・ミールさんですね」
ふと、あることをリリアは思い出す。
以前スクイードに渡された歩合制傭兵部隊リバース所属者の手配書一覧で、エールの名と容姿を知っていた。
手配書で見たエールは、ゴスロリ衣装をまとう整った白く綺麗な人形のような姿をしていた。
目の前にいるエールは素朴な格好で、あの目立つ容姿ではない。
そもそも見た目も年令も異なり、この人物が本当にエールなのかと疑問に思った。
「その子は、R・エールだよ」
相変わらず、ソファーベッドに寝転がって雑誌を読んでいたノールがリリアの考えを読み取ったように言う。
「案外、色々と知っているんだ。ギルドにでも勤めている人?」
「ええ、私はギルドのスイーパーで活動しています」
「ギルドのスイーパー? というと、スクイードのところか。今でもスクイードは元気?」
「少し前に……お会いしていませんでしたか?」
思い出しながら、リリアは語る。
「馬鹿言っちゃって」
クスクスとノールは笑った。
正直なにが面白いのかリリアには分からない。
「そうだ、もうR・ノールコロシアムには参加した?」
「R・ノールコロシアム?」
「この世の強き者たちが集う、総世界最大の決戦の場だよ。ボクがポケットマネーで造ったの」
「ポケットマネーで作れるのですか……」
「そんなわけないじゃん、R・ノールコロシアムを中心に大都市まで造ったから1京もかかったよ。毎日毎日血反吐を吐く思いだった。今思い出しても胃がキリキリする」
ノールは雑誌を床に置く。
とても落ち込んでいた。
「懐かしい気持ちになったよ。自分から話していたけど、この話はもう止めよう。ボクにはもう関係がないことだ」
「そうですか」
ゆっくりとノールはソファーベッドから立ち上がる。
「ちょっと気分転換しに行こうか、リリア」
「どっか行くの?」
リリアではなく、エールが聞く。
「孤児院にでも行こうかなって」
「ああ、あそこ」
「うん」
「孤児院?」
なぜ、そんなところへ行こうとしているのかリリアには理解不能だった。
一度、別の世界にある孤児院の周囲をリリアは通りかかったことがある。
そこがとても汚らしかった印象からリリアはできれば、この国の孤児院にも絶対に行きたくない。
「行くよね?」
嫌な気持ちを見透かしているのか、リリアに尋ねる。
「……ええ」
仕方なくリリアが折れ、ノールについていくことにした。
「おい待てよ、リリア。その格好で行くつもりか?」
エールがリリアを呼び止める。
格好という言葉で思い出したが、リリアのドレスは胸元辺りが破けている。
「ああ、そうでした。私の大事なドレスが……」
「ん」
そっと、ノールが近づき、リリアのドレスが破けた胸元辺りに手をつける。
「えっ?」
唐突に胸をさわられ、リリアは驚いた。
ノールが手を置いていたのは、わずかな間。
手を離すとドレスの胸元辺りは全て元に戻っていた。
「凄い……ドレスが直っています」
「スキル・ポテンシャルの魔力修復を発動したの」
「?」
聞き慣れない言葉にリリアは反応がしづらい。
「スキル・ポテンシャルとは、魔法とは別の能力。魔力で機能するのは変わらないけど、こっちは魔導書をいくら読んでも習得ができるものじゃない。そもそも大抵は有していないか、一つだけしか得られないの。ちなみにボクは三つ、スキル・ポテンシャルを持っている」
「普通は一つだけでも難しいのですね。なのに、三つもとは……」
「いずれ、リリアも得られるはずだよ」
「そうですか?」
新たな能力を知ることができ、リリアはやる気が出てきた。
リリアは知る由もないが、今さっきのノールが取った行動。
そこには途轍もない自体が発生している。
人工物の再生とは、魔力体や魔力邂逅のできる範疇にはなかった。
ノールの配下となっているドールマスター勢との共同研究により、魔力邂逅のノールに限り、ついに人工物を修復できるようになったのである。
最早、ノールはできないことの方が少なくなりつつある。
それ程の出来事なのにリリアの反応が薄いのは、あまり再生の技術に興味がないから。
自らの力でなんとかしたいリリアは、補助系の能力に関心がなかった。
ひとまず、二人は家を出る。
「街を散策しながら行こうね」
そっと、ノールはリリアの手を握る。
二人は街へ向かって歩き出した。
街を歩いている途中、人々はノールを目にすると気軽に挨拶をしたり、手を振ったりしていた。
ノールもそれに親しげに対応する。
「皆さん、知り合いなのですか?」
「知らない人もいるよ。でも、ボクはこの街の救世主だったこともあるからね。応えてあげるのは、ボクの務めだと思っている」
「なにかなさったのですか?」
「この国スロートの風習で、水人の魔力体は神の使いとして信じられていたの。それで、スロートと隣国ステイの戦争に加わらなくちゃいけなくなったの。ボクも家族や街の人たちを守りたかったから……」
「そのような風習があるのですね、知りませんでした」
「ボクだってそんな話はほとんど聞いたことがない。色々な世界を見て回ったけど、スロートみたいな風習がある国は片手で数えるくらい。とはいえ、R・クァール・コミューンのせいで魔力体自体が讃えられる風習、風潮ができあがっているね。でもね、そういうのは間違っていると思うの。そのような立場は自らの手で勝ち取らなくちゃ」
話している途中、なにかを思い出したノールがリリアを見る。
「そういえば、リリアはR・クァール・コミューン出身者だったね。しかも、魔力体で王族。そういう立場の者ってわけか。いいねえ、生まれながらにして王族の身分が作られてて」
「そういうノールさんはどうなのですか?」
「ボクも同じ立場だよ? R一族なんだから、生まれながらにして王族。系列的にはそういう流れが数万年前からできあがっていたらしいのに、ボクが生まれた頃はもうR一族自体が風前の灯の死に体状態だった。それでも、ボクはボク自身の未来を、R一族の未来を勝ち取ったんだ。なのに、ボクの身内は敵だらけ。鬼にまでなったのに……これでは、なにも変わらない」
話を聞いていてなんとなく苦労してきているんだなということがリリアにも伝わった。
そして、なぜ身内のためにそこまでして戦ってきたノールを毛嫌いする者たちがいるのだろうともリリアは思った。
話をしながら歩いていると、二人は孤児院についた。
リリアの想像通り、孤児院はどこか汚らしい感じ。
「なぜ、このような場所へ?」
「ここはね、ボクが幼少期を……14才くらいまでだったかな? それくらいになるまで暮らしていた場所なの。ボクは恩返しがしたいんだ。そういう風なことができる立場になれたから」
「ノールさんが孤児院にいたのですか?」
「そうだよ、ボクの両親はボクが子供の頃に、グラール帝国を……グラール帝国が出身国で実家なんだけど、そこが襲撃されてボクとミール、エールしか生き残れなかったの。ボクはあまりの衝撃に両親やグラール帝国で暮らしていたこと自体を忘れていた。今思えば、ボクはよく生き残れたなあ。クァールが乗り移っていたからかな?」
クァールに関しては、良い印象がない様子。
リリアにはよく分からないが、因縁があるのだろうと感じた。