準備期間
戒厳令が解かれた日の昼頃。
街行く者たちよりも比較的、身なりの良い若い男性が店の木製カウンター越しから店内を覗き込んでいる。
「君たち、ここでなにしてんの?」
新しくできた店が気になったらしい。
その時、木製カウンターから対応したのはテリーだった。
「お、お客? 初めての客だな」
客を待っていたとはいえ、初めての対応にテリーはどこかぎこちない。
「ここはねえ、主にモンスターハントやマンハントとかを専門にしているところ。言わば、ギルドだな」
戒厳令の暇潰しにとりあえず作ったマニュアルを見ながら、この店についてをテリーは説明する。
「へえ、そうなんだ」
じっと、テリーを見つめた。
再びカウンター越しから店内を男性は覗き、見渡す。
「それはともかく、オレってさ、この店お前らに貸していたっけ?」
「はっ?」
ようやく、テリーは気づいた。
この男性が明らかに疑っている様子なのを。
「もしかして、この店の持ち主だったり?」
「そう、なんだけどなあ? それとさ、お前はオレの名前が分かるか、オレの名前はクロノだ。普通は契約時にオレが挨拶に行くし初見の挨拶で名前も伝えているのにそれすら知らない、と。お前無断で使っているだろ、この店?」
「そ、そんなことは……」
クロノの予定外な一言にテリーは動揺を見せる。
このかなり不味い状況をどうやって打破するか必死で考えていると……
「モンスターハンターねえ」
すっと、クロノは軽く看板を指差す。
「オレをここのメンバーに入れてくれるなら家賃とか無料にしてやってもいいぞ?」
興味ありげな様子で、クロノは語る。
なにかしらの関心を抱いているようだ。
「なんだ、最初からそう言ってくれよ! 歓迎するぜ!」
正しく願ってもないチャンスに飛びつくかのように、店内にいたテリーがカウンターから身を乗り出し、クロノへ抱きつく。
「男に抱きつかれても……って、お前もしかして女?」
「そうだぞ?」
「女も戦うのか、へえ」
「まあ、店に入れよ。アーティ、リュウにも会せたい」
「なんつーか、オレの店な」
メンバーに入る意思を示したので、テリーは内装したばかりの店内へクロノを招く。
カウンター脇のすぐ近くに出入りの扉があり、そこからクロノは入った。
「よう」
店内には、テリーのすぐ近くにアーティ、リュウもいた。
さっきの話を聞いて、すぐ傍まで来ていたらしい。
「悪かった、ここの家主だったか?」
「いや、大家だ。オレの名は、クロノ。このスロート城下街で不動産業を営む者だ。この店はオレの所有物件の一つ。戒厳令も解かれ、物件の一つ一つを見て回っていたら、まあこの様だな」
「どうだ、良い店になったろう?」
アーティは得意気に語る。
文句を言われていることに気づいていない。
「これから一緒に仕事をする仲だから自己紹介をするな。オレはアーティ。魔導剣士なんだ、オレたち三人ともな」
「オレはテリーだ。それと先に言っておくけど、オレは女だからな」
「そんなのどうでもいいだろ、別に? あーあと、オレはリュウだ。よろしく」
三人の簡単な自己紹介を聞き終え、顔と名前を覚えているのか一通り三人をクロノは眺める。
それ程まだ三人を信用していないため、魔導剣士だと語られてもリアクション一つせず、クロノは聞き流していた。
ごろつき風情に見える者の戯言。
そんなものを即座に信じるお人よしなど存在しない。
「それじゃあさ、この店にはなにか規則とかそういうのあるの? あと、給料がいくらくらいとかも聞きたいねえ。いや、まずはなににおいても給料だな。この際、給料の話だけでいいや」
「規則?」
アーティはクロノに聞かれ、まだなにも考えていなかったと気づく。
給料については即座に思考を停止させ、規則についてだけ少しの間、考え始める。
「依頼達成率100%を目標にしよう。それがここの規則だ」
「………?」
静かに腕を組み、クロノは首を傾げる。
どうして規則の話だけを流暢としているんだ?とクロノは不思議そうに話を聞いていた。
「まっ、話はこれくらいにしておこっか」
クロノは店を出ていこうとする。
「どこかに行くのか?」
「オレはお前たちと違って不動産業がメインなんだ。たまには顔を見せるよ、よろしくな」
そう言い、クロノは店を出ていく。
「よく分からんが、店はもうオレたちのもので良いらしいな」
ひとまず、三人は意気込みを見せる。
だが、当然ながら問題はこれから。
この店に寄りつく者は、ただの一人もいない。
モンスターハントなど見るからに野蛮そうな生業をしているごろつき。
それが街行く人々の一般的な第一印象だった。
ギルド稼業を始めてから、三日が経過した。
その間、店を訪れた者は以前戒厳令中に食料の配給をしてくれた敵国兵士のみ。
兵士は別になんらかの依頼をしに訪れたのではない。
そこに不審な輩がいるのは知っていたので、今はなにをしているのかを確認しに来ただけに過ぎない。
その日の昼頃。
「よっ、久しぶり」
木製カウンター越しに、声をかける人物がいた。
久しぶりにクロノが店を訪れていた。
「おお、クロノか」
丁度、店番をしていたテリーが対応する。
「店に客は来たか?」
「いや……誰も来ないな。どうしてだろうな?」
「商売の基礎がなっていないからだ。不愛想な表情でカウンターに突っ立っていてもしょうがないだろ。まずは笑顔だ、笑顔。こうやるんだ」
クロノはピースサインを作ると自らの口角の辺りに置き、にやっと笑うような仕草をする。
「あとは、こんなところにいないで店の前に立って積極的に呼び込みをしろ。なっ、簡単だろ?」
「そういう風にやるのか?」
初めて知ったという風にテリーは頷く。
こいつら、てんで駄目だな。
不動産業を生業としている商売人のクロノは仕事を舐めているとしか思えず若干腹が立ったが、そこはなにも言わずに流す。
「それはそうと、今日はお前たちのために依頼を一つ持ってきた。つまりはお前たちの初仕事だ。勿論、受けるよな?」
「依頼を? やるじゃないか、クロノ。この数日間はなにもなくってな、本当に助かるよ。で、どんな依頼だ?」
そこでようやくテリーは笑顔を見せた。
「この国が他国に占領されたのは知っているな? それでこの国は今、自治を行う術が限られている。他国の兵士はこの国の領民をまともに守ってはくれない。悪党どもやごろつきはこの機会を狙い、この国にやってきているのが現状だ」
「ああ、要はマンハントね。簡単じゃん」
「それだけならお前たちにも十分に任せられるんだけど、そんな簡単なものじゃない。誘拐された人質がいる」
「結局同じじゃん。で、今日なんだろ。身代金だの引き渡しだのは?」
「お、おう。それはそうなんだけどな」
テリーが非常にすんなり状況把握しているのが、クロノにとっては驚き。
この時まだクロノはアーティ、テリー、リュウの三人を本物の魔導剣士だとは思っていない。
「じゃあ、早速だけど」
クロノに向かって、テリーは手のひらを差し出す。
「ん? なに?」
「なにって、依頼金。まさか、タダとか言うんじゃないだろうな?」
「ああ、そうだったな」
クロノは厚みのある財布を取り出し、テリーに一万の紙幣を手渡す。
「たったこれだけ? 随分少なくないか? というか、クロノが依頼者なのか?」
「いいだろ、これぐらいでも。お前らが失敗したら用意した身代金はそのまま奪われるわけだし。そもそも少ないとかの台詞は人質を取り返してから言いな。あと、依頼者はオレじゃないが、渡した金はオレのポケットマネーからだ」
「とりあえず、いっか」
再び、テリーは笑顔を見せた。
「おい、アーティ、リュウ。仕事だぞ」
テリーは店の奥に呼びかける。
店の奥の住居スペースで他の二人は時間を持てあまし、ぐだぐだしていた。
「仕事だって!」
アーティが急いで店の奥から出てくる。
「おー、やっとか」
眠そうにゆっくりとした足取りでリュウも出てきた。
「ところで、なにをするんだ?」
アーティがクロノに聞く。
今まで奥の住居スペースでぐだぐだしていたので、依頼がどんなものなのかを知らない。
「誘拐犯の討伐ってところか。無理そうなら身代金を払って人質を無事に解放してほしい」
「冗談抜かすなよ」
アーティは苦笑いをする。
「とりあえず、三人は支度をしてくれ。これから向かうから」
支度を終え、四人は人質の引き渡し先へと向かう。
場所は街外れの人があまり寄りつきそうにないところ。
そこには、明らかに柄の悪そうな男性二人と、彼らの足元近くに横たわる人質の男性の姿があった。
人質の男性は誘拐される際に暴行を受けたのか顔にあざが見受けられ、手足が縄で縛られている。
「おい、止まれ!」
柄の悪い男性の一人が、四人に呼びかける。
この場所に複数人で現れたため、警戒していた。
「皆、一旦止まれ」
道案内のため、率先して一番前を歩いていたクロノが他の三人の前に手を出し、止まるよう合図する。
「落ち着いてくれ、オレたちはここへ戦いに来たわけじゃ……」
そして、クロノが柄の悪い男性たちに話しかけようとした時。
「そういうのいいから」
アーティの行動はそこからが早かった。
アーティは隣にいたテリーが腰に帯刀していた剣を鞘から引き抜き、柄の悪い男性の顔目がけ投擲した。
とても早い速度で男性の額を射貫き、一撃で殺害する。
「えっ! なっ、なに……」
残された方の柄の悪い男性は慌てふためく。
そこを狙い澄ましたようにアーティは男性の顔面へ飛び膝蹴りを加えた。
威力は非常に強く、その一撃で男性は即死。
相対してからわずかに五、六秒程度。
一瞬で方がついてしまった。
「呆気なさ過ぎる。こんな簡単な依頼が今のオレたちには相応しいとでも言うのか……」
方をつけたアーティがどこか寂しそうに語っている。
「でもまあ、どんなものでも依頼は依頼か。ようお前、立てるか?」
一応、アーティは地面に横たわる人質の男性に近づく。
「なんか、顔……ははっ、お前いい感じに伊達男になっているぞ」
にやにやしながらアーティは人質の男性を拘束する縄を軽く千切り、自由にさせると背負ってあげた。
「自分の剣を汚したくないからってオレの投げやがって! お前、覚えてろ!」
テリーはアーティに愚痴を語り、死体に刺さっている剣を取りにいく。
「なんだろ、はーっと息をしていれば金がもらえるぐらいに楽で簡単な依頼だったな。クロノ、次もこんなので頼むわ」
非常に楽な依頼にリュウは逆に嬉しそうにしている。
三人の普通な感じにしている様子にクロノは驚愕していた。
アーティは人ならざる動きをしていた。
状況を即座に把握し、そして行動へ移し、非常に簡単にそれを成し遂げる。
それが如何に難しいことかは戦闘経験のないクロノの目にも明らか。
なのに、テリーもリュウも特にアーティが凄いとすら思ってはいない。
自らもできて当たり前だという反応で、彼らにとっては大したことのない普通の行動。
それは三人ともに相当の手練れである証拠だった。
「まさか……お前ら三人は本当に魔導剣士なのか?」
「はっ? そう話したじゃん」
以前も話したことを再び聞かれ、アーティは不思議そうな表情をしている。
「そ、そうだったのか」
あの言葉は事実だったと、クロノは深く納得する。
依頼を終え、人質の男性も怪我をしていたが無事に家族のもとへ帰ることができた。
この一件以降、クロノの三人の見る目が変わる。
これ程までに強く、なのに全く強さを驕らず、野心の欠片もない三人をクロノは信頼した。
商人のクロノが積極的にギルドの宣伝をし始め、これを契機に店の経営は驚く程順調に軌道へ乗る。
それだけ彼らの強さをクロノ自身が買ったというのもあるが、繁盛に関わった理由がもう一つある。
それは、クロノの素性にあった。
クロノはこの小国を納めていた以前の国王の系列にあたる人物。
スロートの不動産業を担える長的な存在でもあるため、人々からの信頼は厚く名声も高い。
このギルドの元締めがクロノだと思われているからこそ依頼が多いようだった。
登場人物紹介
クロノ(年令21才、身長175cm、人間の男性、出身地はスロート。冷静で知性派だがお金を指標に物事を考えるため、端から見ればそうは見えない。普通の人間で魔法を扱えず、戦いの経験もない)