御印の変更
構えるリリアにデミスは距離を詰めていく。
そして、二人はお互いの間合いの距離まで近づいた。
戦う相手として、デミスはリリアをいたく気に入っていた。
リリアならば、という思い。
自らの悲願達成の念が、デミスを強く後押ししている。
とはいえ、リリアはレベルが三万程度の能力者。
天地がひっくり返ってもデミスには勝てない。
なのに、デミスは彼にとっての通常の威力と速さで拳を振るってしまう。
スクイードには懇切丁寧な相手に寄り添った威力、速さで攻撃をしたのにもかかわらず。
「えっ……?」
リリアの表情は一瞬にして鬼気迫るものに変わる。
両腕を自らの正面にクロスさせ、防御の体勢に移行したがそれはなんの意味も為さない。
リリアの両腕は瞬く間に叩き折られ、リリアの胸に向かって拳が叩き込まれる。
「不味い……」
リリアの両腕が枯れ枝のごとく、簡単に叩き折れた瞬間にデミスは自らの重大なミスに気づく。
反射に近い恐るべき速さでデミスは自らの腕を叩き、攻撃の行き先を無理やり変えた。
辛うじて木っ端微塵に砕け散らなかったリリアだが、ダメージは絶大。
砕け散らなくとも衝撃は緩和せず、修練場中央から十メートル程も離れた壁に叩きつけられ、床に崩れ落ちた。
横たわるリリアからの出血量がおびただしい。
両腕を破壊され、胸部もぐしゃぐしゃになり、様々な臓器が破裂していた。
「リリア……」
あまりの状況に、セシルは座り込んでしまう。
リリアが死んだと思っていた。
「リリア、すまない」
即座にデミスは最上級回復魔法エクスを詠唱もなく発動させる。
瞬く間にリリアのダメージは治癒された。
それでもリリアが目覚めることはない。
「リリアは……どうなったの?」
セシルがデミスに呼びかける。
「死んではいない。しかし、次に目覚めるのはいつになるか、オレにも検討がつかない。リリアの魔力の流れも一度壊してしまったから」
「アンタ、なんとかしなさいよ」
「これからは、リリア次第だ。オレでもこれ以上はどうすることもできない」
なにかに気づいたデミスは修練場入口の方を見る。
修練場入口にエアルドフ国王が立っていた。
他の者たちに視線を送ることもなく、エアルドフはリリアに駆け寄る。
「リリア」
リリアの傍らに座り、抱きかかえる。
「もう大丈夫だよ、リリア。この私が来た」
「エアルドフ、すまない」
デミスがエアルドフに声をかける。
「リリア、少しだけ待っていてくれるかい?」
優しくリリアに頬笑みかけ、動かないリリアを床に横たえる。
そして、エアルドフはデミスの前まで行き、座ると頭を下げた。
「デミス、リリアを許してあげてくれ」
「許すもなにも全ては、このオレのミスだ。このような苦痛を与えるつもりなどなかった」
「もうリリアを戦わせたりなどしない。リリアを御印から外させてくれ」
「リリアを?」
エアルドフの言葉に、デミスは焦りの反応を見せる。
「なぜだ、御印の……契約者の変更はリリアの意思ではない。もし、リリアの意識がない期間までカウントされていては困るというのならそれも問題ない。カウントは進めないようにしよう」
「……もしもリリアが目覚めたとして、その残された数年の期間でお前に打ち勝つ。それが本当にできると思っているのか?」
「思っているさ」
どこか確信めいたものでもあるかのように、デミスは即答する。
強き友が再び立ち上がり、帰ってくる。
そのような目線で語っていた。
「お前とリリアは違うんだ。頼む、リリアの御印としての責務から解放してほしい」
「そうか……そうだな。このオレを前にしても変わらず好戦的でいられる魔力体はそうそういない。久しぶりの感覚に、オレは見誤っていたのかもしれないのだろう。しかし、次の御印は誰にするつもりだ?」
デミスの言う通り、御印の契約者が一番の問題となる。
リリアは特段警戒しなかったが、デミスは通常ならば目の前に現れただけで脱兎のごとく逃げ去らざるを得ない程の強者である。
そのような化物が敵であり、しかも唐突に目の前に現れてしまえば、契約など考えてはいられない。
「それならば、なにも問題ない。この私がなろう」
「エアルドフは一度なっていただろう。第一、残りの期間はすでに一年を切っているはずだ」
そこまで語ったデミスに、ふと一つの考えが浮かぶ。
「……いや、ではこうしよう。リリアが目覚めるまでの間だけ期間のカウントをなくそう。その間は、リリアが変わらず契約者だ。リリアが目覚めた際にエアルドフへ契約がシフトするようにしよう。勿論、お前以外の契約者は認めない」
「それで構わない」
「それならなによりだ。エアルドフ、次の契約者はお前だ。リリアに代わり、封印を頼む」
「………」
エアルドフは心の中でデミスの封印を念じ、デミスは修練場から消えた。
「リリア」
エアルドフは一度リリアに呼びかけ、リリアのもとへ行く。
「もうデミスはいないよ。よく頑張ったね」
目を閉じ、動かなくなったリリアにエアルドフは優しく頬笑みかける。
それからリリアを背負い、エアルドフは修練場を出ていった。
「あの、私もリリアについていっていい!」
リリアが心配でセシルもついていきたかった。
力が抜けて座り込んでいたが、なんとかセシルは立ち上がる。
「ああ、リリアは任せる。オレたちは隊長をギルドへ運ばないと……」
ヴァイロン、エヴァレットは失神しているスクイードを前にして、おろおろしている。
やはり、隊長のスクイードで全てを持っている組織であるため、指揮系統を担う肝心のスクイードが倒されてしまっては立ちいかなくなってしまう。
「先にオレたちはギルドへ戻る。リリアを頼むぞ」
ヴァイロンが空間転移を発動させ、三人はギルドへと戻った。
「どうしてこんなことになってしまったの……あんな化物が出てくるなんて。もっと私が敵の存在を認識していれば絶対にリリアを戦わせたりしなかったのに」
セシルはデミスが現れた時、あまりのレベルの高さに衝撃を受け、ただ棒立ちしかできなかった。
他の者たちが普通に行動できたのも、デミスが自らのレベルの高さを、その強さを直隠していたからである。
元々、シェイプシフターという異質の存在のセシルだからこそ、デミスが隠していた本来の強さを測り通せた。
デミスのレベルは想像を絶する高さで、約二十二万。
覚醒化した上で魔力邂逅となったR・ノールと並び立つ破格の強さを有していた。
「私もリリアの傍にいないと……」
エアルドフに背負われたリリアを追って、セシルも修練場を出ていく。
その後、いつ目覚めるのかも分からないリリアを世話する日々が始まった。