家族の関係
「では、リリア。デミスを倒すための作戦に移ろう」
「ええ」
「デミスは、人なんだな? リリアが封印を解けば、リリアの近くに姿を現すという感じか?」
「そうですわ。ただ、彼の者は人なのでしょうか? 自らを魔導人だと話していましたが、実際に人なのか私には分かりません」
「そっか、ひとまずは人なのか。なら、上手くいくかもしれないな」
すたすたとスクイードは修練場中央へ歩いていく。
「明日は、この辺りにデミスを出現させてほしい。できるかい?」
中央辺りの床をスクイードは指差す。
「できると思います」
はっきりとは分からなかったが、リリアはそう返答する。
セヴランが封印を解いた時、セヴランのすぐ傍にデミスは現れたのだから、自分の時もそうなるだろうと見ている。
「だったら、この辺かな?」
スクイードは修練場中央から少しだけ離れた石畳の床に座る。
妙な程にスクイードは姿勢正しく座っていた。
「ああ、強者用の奴っすね」
「そそっ」
スクイードの行動の意図に、ヴァイロン、エヴァレットは気づいた様子。
「じゃあ、オレたちは……」
ヴァイロン、エヴァレットはスクイードの座る中央の辺りから少しだけ離れる。
スクイードが座る正面方向へ約2メートル程の距離で離れていた。
そこの床面に空間転移の座標をセットする。
「ああ、その位置がベストだな」
スクイードは二人のセットした位置を確認しつつ、立ち上がる。
「万が一ということもあるから、リリアはデミスが現れたら戦闘には加わらず離れていてくれ。封印できるのはリリアだけだろうから」
「分かりましたわ。ただ、勝機を掴めた場合。止めを刺すのは私ですよ」
「勿論、リリアに任せるよ」
「ねえねえ、私の役割は?」
一応、セシルが聞く。
「セシルはタイミングよく援護してくれるだけでいい。あとは、オレたちでなんとかする」
「それなら私はリリアのボディーガードをしようかな?」
楽しげな様子で、リリアに寄り添う。
「よし、話はまとまったな。あとは武器調達とか、それぞれこの場この状況でいけると思う攻撃方法を考えておいてくれ」
「あの……ちょっと、スクイードさん?」
リリアがスクイードに尋ねる。
「どうした?」
「この世界に関して、なにやら問題があるように話していましたが、それは一体なんなのでしょうか?」
「ああ、この世界についてね……」
スクイードは顎に手を置き、なにかを思い出しながら語り出す。
「この世界は、R・クァール・コミューンに分類される世界。つまりは、R・クァールというR一族の支配世界の一つなんだ」
「先に伝えておきますが、このエアルドフ王国は他者に支配などされていません」
若干、リリアの表情に不愉快さが滲み出る。
「リリアの家族は全員魔力体なんだろう?」
「そう、なのですかね? 私は魔力体ですが、それがなにかしらの関係性でも?」
「それが大きく関係しているんだ。R・クァール・コミューン内の国王や権力者など、それに準ずる者たち。つまりはその者の家族構成は全て魔力体となっている」
「なぜ、そのようなことを知っているのですか? 皆が一様に公表をしているとでも?」
「公表をしているのさ、R・クァール自身が。R・クァール・コミューンとは、どういう意味なのかというと過去の第一次広域総世界戦で甚大な被害を受けた世界群を指し示しているんだ。R・クァールはなにもかにもが狂ってしまった物事を無理やりにでも捻じ曲げ、大戦後の現在の状況を狂っていないと成立させたんだ」
「?」
正直、言っている意味がリリアには分からない。
「簡単に言うと、R一族らによって被害世界は人、物、財産などが全てめちゃくちゃになった。今この世界に血縁関係がまともに成立している家族など一組として存在しないだろう。皆、赤の他人を家族と思い込まされて仲良く楽しく日々を暮らしている」
「………?」
リリアは腕を組み、思考を巡らす。
だが、意味が分からぬ内容を理解できないのは変わらない。
「人々は争わず、高級品などの物欲にも駆られず、当然のごとく慎ましく、己の仕事を趣味のように楽しく行い、争いの火種となりうる権力者階級の座をそもそも皆無とするため、魔力体だけを最高権力者にしている。これが今現在までに判明しているR・クァール・コミューン内でのできごと」
「あの、意味が分かりません。そんな内容が事実であるはずがありません。私が暮らす世界に対する酷い侮辱であり、心外です」
「オレもこんな話なんて信用できなかった。内容の理解も追いつかないレベルにスケールが違い過ぎてな。だが、残念ながら全てが事実なんだ。総世界政府クロノスが調べ上げた調査結果と、R・クァールとR・ノールさんの話からな。調べようと思えば、いつでもパソコンとかから情報を確認できるぞ」
「………」
リリアは俯いて、床の方へ視線を落とす。
「あの、私の家族は……」
「リリアは、エアルドフ国王と家族だと思うぞ? 第一次広域総世界戦は二十数年前に起きた戦争だから、それ以降に生まれたのなら正式な家族であると思うけど」
「そうであるはずだと、私も思っていますが……」
では、自らの叔母とされるプリズムや叔父とされるセヴランはどうなのだろうか?
そう思わずにはいられなかった。
「一度、お父様に聞いてみましょう」
そこまで口にしたが、それが本当に正しいことなのか考えてしまった。
「………」
ふいに、胸に痛みを感じた。
無言で修練場からリリアは出ていく。
「あっ、リリア」
一緒にセシルもついていこうとしたが、スクイードがセシルの腕を掴む。
「今からエアルドフ国王に会うだろうから、リリアを一人にしておこう」
リリアが修練場から回廊へ出た時。
「リリア」
丁度、エアルドフが修練場前までやってきた。
「お父様」
「もう戦う準備は済んだのかい?」
「ええ、大体は決まったようですわ。デミスに止めを刺すのはこの私です」
リリアが最も強調したいところだけは、はっきりと決まっていた。
「それよりも、お父様に是非ともお聞きしておかなければならないことがあります」
「なにかな?」
「私とお父様は本当の家族なのですよね?」
「なんだ、そのようなことか……」
心配した表情をしていたエアルドフだったが、逆に安堵したような反応を見せる。
「そうでなければ、私はリリアに愛情を込めて育てたりなどしない。私とリリアは家族以外の何物でもないのは、ともに日々日常を送っていれば自然と分かるはずだ」
「そうもそうですわね」
「やはり、今でも記憶を失ったことが、リリアを苦しめているのだね?」
「一度、記憶を失ったせいで私はこのような質問をしてしまったのでしょう。申しわけありません、お父様。ご心配をおかけしてしまいました」
「謝らなくともいい。娘の心配事を取り除いてやるのも父親であるこの私の役目だ。いつでも頼ってほしい」
エアルドフは綺麗な笑顔を見せる。
それを見て、やはりエアルドフは自らの親なのだと分かり、リリアは安心した。
安心したと同時にまた他の疑問が過る。
なぜ自らが記憶喪失になってしまったのかが分からない。
今までは失った記憶に興味がなく気にもしなかった。
しっかりと突き詰めていけば、エアルドフが父親ではないなどという世迷い事を言葉にする必要がなかった。
「お父様、私が記憶を失った理由はなんなのでしょうか?」
「明日、デミスと戦うのだろう? 今、リリアに動揺を与えたくはない。分かってほしい」
「それは私にお母様がいないのも一つの原因になりますか?」
「………」
エアルドフは静かになり、表情が曇る。
なんとなく、リリアも分かっていた。
おそらく自分は母親が亡くなったことで記憶を失ったのだろうと。
エアルドフは母親に関し、決してなにも語らず、そして新たに再婚をしないのもおかしいとリリアも以前から思っていた。
「もう聞かないことにします」
「そうしてほしい、このことは私からはなにもリリアにしてやれない」
とりあえず、リリアは聞きたかったことをエアルドフから聞けた。
「では、お父様。私は鍛錬へと戻ります」
「ああ……」
再び、エアルドフは心配そうな表情に戻る。
少し肩を落とした様子で、エアルドフは自室の方へと向かっていった。
もうすぐ心配の種を取り除けると思っているリリアは特になにも語らず、修練場内へと入っていく。
「リリア、もういいのかい?」
修練所内にいたスクイードは、どこかぼんやりとしていた。
「なにも問題ありません」
「それならいいんだ。問題は、オレたちの方だな」
「はあ、そうですか」
相変わらずスクイードたちは調子が出ない様子。
「この感覚に慣れるかが……それが心配だ」
スクイードは被っているヘルムに手をかけながら、ぼんやりしている。
この原因は先程スクイードが話したR・クァールのスキル・ポテンシャル“権利”によるもの。
自らを一定レベルで守れる能力者でもなければ、一も二もなくこの世界の住民と化してしまう。
“権利”の効力は絶大であり、半ば強制的に平和平等主義、物欲減退、勤労主義などなどを人々の一切合切に付与する平和と秩序の維持を目的としたディストピアが完成している。
「そういうものですかね?」
リリアはそんなスクイードにもう少ししっかりしてほしいと思った。
今までリリアは“権利”が張り巡らされたこの世界にいても好戦的であり、自らの意思で鍛錬を欠かすことはなかった。
ここに、R一族の能力に関わる重大な事実があった。
とはいえ、リリアやスクイードたちにこの意味が分かるはずがない。
「今日は一度解散して、準備が整えばまたこの場に集合しよう」
スクイードは空間転移を詠唱し、ヴァイロン、エヴァレットとともに姿を消す。
実のところ、この世界から一刻も早く立ち去りたかったらしい。
「私たちはどうしますか?」
残っていたセシルにリリアは尋ねる。
「私はリリアと一緒にいたいかな?」
「セシルさんはデミスとの戦いで、どのように戦いますか?」
「私はとっても強いから問題ないわ。あっ、そうだ。一応、ヴェイグにも戦いに参加してもらう? でも、ヴェイグはスクイードよりも上位組織の人なんだっけ? なんか面倒臭いことになりそうかな」
「向こうにも予定などがあるでしょうから、もう少し早く伝えるべきでしたね」
「それもそうだったわねえ」
どうでもいいか、という反応をセシルはしていた。
「そういえば……」
リリアは、とあることに気づく。
スクイードたちが感じていた違和感。
そういったものをセシルは一度も語らない。
普段なら、いの一番に文句を語り出すはずなのに。
「セシルさんは、スクイードさんのように体調の悪化などはないのですか?」
「えっ、私? さあ……どうしてでしょうかね」
「………?」
なぜか、セシルは隠すような素振りをする。
よく考えてみれば、セシルは初めて会った時もこの世界にいた。
この状況を確実に回避する術を知り得ていたのが分かる。
しかし、それをなぜ隠すのか。
リリアにはその意図が読み取れない。
「まあそれはそれとして、私たちもギルドへ戻りましょうか」
「ギルドへ? このお城が貴方の自宅じゃないの?」
「明日のために、今日はゆっくりしていましょう」
「別に自宅から仮の住まいに戻らなくても」
「ギルドの自室へ戻るのは嫌ですか?」
「ううん、別に?」
「でしたら」
リリアは空間転移を発動し、魔導剣士修練場の自室へと戻る。
エアルドフやレトと時を過ごしても良かったが、それでは決心が鈍ってしまう気がして、この世界での滞在を避けた。