不自然な環境
「お初にお目にかかります、エアルドフ国王」
スクイード、ヴァイロン、エヴァレットはエアルドフの前まで行くと、ひざまずいた。
三人のすぐ後ろにセシルも立っていたが、特にひざまずきもせず、リリアの方を見ていた。
「私は、ギルドスイーパーの長スクイードと申します」
「そのようなことなど、しなくともよいのだ」
エアルドフ自身が、ひざまずいているスクイードを立たせて、甲冑についた砂を払う。
「そう、でしたか。失礼しました」
「君たちは、リリアのお友達なのだろう? 遠路遥々よくぞ我が王国へ来てくださった。私たちは君たちを歓迎しよう」
「ありがとうございます、国王」
「あの、お父様? この方たちは……」
リリアがエアルドフになにかを言いかける。
「さあ、リリアもリリアのお友達も私と一緒に来るように」
エアルドフはリリアと手を繋ぎ、他の者たちとともに城内へと入っていく。
「隊長……どう考えても今回って明らかに不味くないですか?」
エヴァレットは先程の反応から、もうすでに悪い予感がしていた。
敵となる存在がいる場合、通常自分たちのような存在は戦力として受け入れられる。
しかし、自分たちの姿を見ても、お友達という視点を変えない。
「ああ、オレも同じことを考えていた。ダークナイトの甲冑を着込んでいたのに、戦闘力に関してを一切ふれられず恐怖の対象にも見られない。オレたちは端から力不足であり、立ち向かうとかそういう以前の問題なのだろう。ヴァイロン、エヴァレット、セシル、今回は命に関わる仕事になるぞ」
「えっ?」
セシルはようやく言葉を発する。
一連の流れを目で追っていたセシルは、自らとリリアの身分の差を目の当たりにしてリリアが遠くへ行ってしまった気がしていた。
一人物悲しい気持ちになっていたセシルにとって、他のなにかなどはどうでも良かった。
「とはいえ、ここまで来て逃げるのは恥だ。傭兵として、オレたちにも意地がある」
リリアたちを追って、スクイードたちも城内へと入った。
「皆様方、私めがご案内を務めさせて頂きます」
少し遅れて入ってきたスクイードたちを城内で一人の兵士が待っていた。
その兵士の案内により、城内を歩いていたスクイードたちは、とある部屋まで案内される。
案内された場所は食堂だった。
ただ、食堂といっても王族専用の豪華絢爛な造りのもの。
とても豪華なシャンデリアがあり、そして白く綺麗なテーブルクロスが敷かれたとにかく長いテーブルが目に入る。
すでに人数分の食器が用意されており、テーブルの中央の席辺りにエアルドフとリリアが隣り合って座っていた。
「さあ、好きなところに座り、皆で食事を楽しんでほしい」
エアルドフがスクイードたちに語りかける。
「では、お言葉に甘えて」
できるだけ、二人の正面に来るようにスクイードたちは座った。
それからメイドたちが食事を運んでいく。
食事会は当たり障りのない話が続き、時間が経過していった。
「あの、お父様?」
食事の途中で、リリアがエアルドフに呼びかける。
デミスの話題が一欠けらも出てこないせいで、リリアはストレスの塊になっていた。
「本日どうしても話しておかなければならないことがあります。私とデミスとの決戦についてです」
「そこの……お友達とかい?」
エアルドフは悲しげな表情でリリアに語る。
「彼らは私に協力してくださる方々です。私よりも強く、能力も高い。此度の戦いで私たちはデミスに勝利します」
「リリア、実を言うとね……」
「エアルドフ国王、お話がございます」
スクイードが語る。
「私たちがデミスという者よりも弱いと、そうお考えなのでしょう。しかし、私たちも戦いを生業にしている者。傭兵ではなく単なるリリア姫と友人の関係だとして、なにも見なかった振りをし、ここで帰るなどできないのです」
「それは……」
エアルドフはスクイードからリリアに視線を移す。
「お父様がいくら反対しても、私はデミスの封印を解きます」
そもそも、リリアが御印の時点でエアルドフから賛成も反対もされる筋合いはない。
リリアしかデミスの封印は解けないし、封印することもできない。
最初からエアルドフは認めざるを得なかった。
「だとすれば、一つだけ約束してほしいことがある」
「なんでしょうか?」
「戦いは、この城の修練場で行ってほしい」
「元より修練場で行うつもりでした」
「そうか……」
エアルドフは落ち込んだ様子で静かになった。
「皆様、デミスと戦う許可を頂けました」
「リリア姫」
スクイードがリリアに呼びかける。
「いつも通り、リリアと呼んでください」
「そうだな、悪かった。リリア、戦うのは今日ではなく、できれば明日にしてほしい。この世界の感覚がどうもな……」
「この世界の感覚? どういう意味ですか?」
「それはまた後で話そう。修練場もどのような場所なのかも見ておきたいしな」
「そうですか」
リリアは椅子から立ち上がる。
「食事も良いのですが、そろそろ明日の戦いについて作戦を練りましょう」
「そうだな、リリア。では、エアルドフ国王。本日の会食に……」
「そのようなことなどよいのだ。さあ、リリアとともに修練場へ」
「ええ、分かりました」
スクイードたちも立ち上がり、リリアとともに食堂を出ていく。
「エアルドフ国王は、とても良い王様だな。他人を下に見ようとはしていない」
回廊へ出た際に、スクイードが話す。
「そうですかね、いつも踏ん反り返っているイメージがありますが?」
リリアは普段の感想を語る。
語った後で、リリアの脳内には仕事の都合上で出会った様々な世界の貴族や権力者階級の者たちの姿が浮かんできた。
そういった者たちを見てきたからこそだが、エアルドフは踏ん反り返ってなどいないと感じた。
「それはそうと修練場へ行きましょう。私が案内します」
リリアを先頭に修練場へ向かって歩き出す。
少しの間、城の回廊を歩いていると修練場の部屋の前まで辿り着いた。
「さあ、ここですわ」
「リリア」
腕を組み、なにかを考えている様子のスクイード。
回廊を歩いている途中から、ずっと考え事をしていた。
「どうしましたか?」
「オレの叔父は生きている頃、主に酪農を職業にして働いていたんだ」
「それは……そうですか」
唐突になんの話をしているのだろうとリリアは思う。
あまりにも唐突でリアクションに困っていた。
「へえ、そうなんですか。隊長のそういう話、初めて聞きましたよ。もしかして、隊長も酪農をしたいんですか?」
リリアと異なり、ヴァイロンやエヴァレットは興味津々な様子。
「………」
セシルは冷めた目つきでスクイードたちを見ている。
なにつまんないことを話しているんだ?と言った反応をしていた。
「だったら、オレは漁師がいいですかねえ」
ヴァイロンも似たようなことを語り出す。
「皆さん」
若干イラッとしたリリアが呼びかける。
「デミスとの決戦を第一目標としてくれませんか? 私、なにか馬鹿にされているような気がして不愉快です」
「あっ、ああ。悪かった……」
リリアの言葉に、目が覚めたような反応をスクイードはした。
「しっかりしてください」
なぜ、自らが注意喚起をしなくてはならないのかと思いつつ、リリアは修練場へと入る。
率先して先に修練場内へと入ったリリア。
修練場内には鍛錬を行う兵士の姿が全くなく静かだった。
「なんたることでしょう……」
周囲を見渡し、リリアは落胆する。
「世界に精強と誉れ高いエアルドフ王国の兵士でありながら、その者らが誰一人として鍛錬を積んでいない時間帯が存在していたとは……この場へ皆さんを連れてきた私に対するあてつけなのは明白。国の名誉に泥を塗る恥ずべき行為であり、断じて許し難い事実です」
「ちょっと、リリア。若い君にはまだ分からないだろうけど、自国の民を悪く言うのは良くないよ」
とある国家で兵士長をしていたスクイードは王族のこういう醜悪さが嫌い。
流石に苦言を呈さずにはいられなかった。
「自国の民を守る者は一体誰なのでしょうか? 能力者であるこの私でしょうか? それは断じて違います。この私も相応に兵士諸君から守られる立場の者なのです。にもかかわらず……」
びしっと、修練場内をリリアは勢いよく指差す。
これからこの状況のおかしさを捲し立てようとしていた。
「ねえ落ち着いて、リリア」
そっと、リリアの隣にセシルが立つ。
「どうしましたか、セシルさん?」
「物凄く素が出ているから、こういう場面では静かにしていた方がいいよ。その方がお姫様らしいし」
「そうですか? なら、そうしますか」
リリアは腕を組み、兵士を悪く言うのを止める。
「ところで、デミスは一体どこにいるのか分かる? この修練場内で戦うんだよね?」
スクイードは状況の確認へ移る。
デミスをこの場に呼び寄せるのか、それとも向こうから来るのかも分からない状況なので情報が欲しかった。
「デミスですか? デミスはこの私が御印として封印をしております」
「リリアが封印を担っているのか?」
「その通りですよ、私が封印を解かなければデミスは現れません」
「封印を解きさえしなければ、エアルドフ王国は平和ということか。でも、倒さなくてはならない理由があるんだよね?」
「ええ、御印には封印できる期限が存在しました。どのように決めているのか私には分かりかねますが、私はもってあと三年半しか生きられません」
「王族だというのに、命を懸けているのか?」
「これ程の大業です、民になど任せてはおけません。これは王族の私にしかできぬこと。無論、デミスを討伐するのもこの私です」
「そうだったのか……」
今の話から、スクイードはある誤解をしていた。
自らの命を民のために平気で投げうてる勇敢な女性なのだと見る目が変わっていた。
勿論、リリアはそういう女性ではない。
エアルドフ王国の次期女王となりたいがために身勝手な行動を取っただけで、別に民を思っての行動などではない。
先程リリアが語った言葉通りが全てであり、事実である。