姫の帰還
魔導剣士修練場の自室のソファーで、セシルは一人魔力体の本を読んでいた。
内容を確認し理解していく上で、セシルはアリエルが語った内容以上のことを知っていく。
魔力体に関して、セシルが最も知りたかったこと。
それは、リリアの取った行動について。
「リリア……」
少しだけセシルの表情に笑みが浮かぶ。
あの時。
リリアは自らと同じ気持ちだった。
それを知ったセシルは上機嫌で空間転移を発動。
孤島の水上コテージ前に、一瞬で移動する。
「リリア~」
呼びかけながら、ビーチチェアに座るリリアに近づいていく。
「………」
リリアはなんの返答もしない。
「よいしょ」
リリアが座るビーチチェアの隣にセシルはしゃがむ。
それでも反応がなかったので、リリアのお腹に手を乗せ、顔を見つめる。
「リリア、貴方が昨日私と手を繋いだ理由ってさ」
「子供が欲しかったからですわ」
「えっ」
リリアはストレートに気持ちを口にした。
渾身の魔力を込め、互いに手を繋ぎ合う。
あの行為こそが魔力体にとっての子を宿す行為。
問題なのは、魔力体同士でなければ魔力が同調することなく確実に失敗に終わること。
「なのに、セシルさんは私を拒みました」
少しだけ、リリアの声に張りがない。
寂しさを感じているらしい。
「あの時は手を繋ぐ意味が私には分からなかったの」
シェイプシフターのセシルに魔力体の行為の仕方など知っているはずがない。
互いに心から信頼している魔力体同士が、互いの魔力を同調させることにより、そのどちらかに子を宿すというもの。
魔力体ならば女性同士でも男性同士でも関係なく、自らの身体に空間を作り出し、そこで子を育てる。
これは性行為ではなく、それで魔力体に性の欲求がない。
とはいえ、人と人との間から生まれた突然変異型の魔力体などの変異種は別。
「そういうことにしたいようですね?」
なにかをリリアが言おうとした時。
リリアのスマホの音が鳴った。
「………」
リリアは手のひらをスマホを持つ形にする。
手のひらからスマホが出現した。
体内に作り出した魔力の空間にしまっていたらしい。
「どなたですか?」
「よお、オレだ。スクイードだ。以前話していたデミスという奴を倒す話なんだけど」
「なにか進展があったのですね?」
「ああ。倒す日は、今日か明日中にでもどうかな? エヴァレットもヴァイロンも仕事が終わって、手が空いているんだ」
「ついに、その時が……」
「二人は準備できたか?」
「準備なら問題ありません。私もセシルさんもいつでも戦えます」
「なら、リリア。今から会議室へ来てほしい」
「分かりましたわ」
静かにリリアは電話を切る。
「ねえねえねえ、リリア?」
セシルはリリアの肩に手を置く。
「どうしましたか?」
「今の誰から?」
「スクイードさんですよ。デミスとの戦いに関わる話でした。準備も整っていますし、これから会議室に行きましょう」
「まだ私、準備が整っていないの」
「早く会議室へ行きましょう」
「ええ……」
微妙にリリアが冷たくなっている印象を受けた。
二人は水上コテージから私物を全て魔導剣士修練場の自室へ持っていく。
「意外とお金がかかったのに、あんまり楽しくなかったなあ……まあ、私のせいなんだけど」
セシルは一人文句を言っている。
セシルにとっての目標達成ラインは、リリアをものにするなのだから、しっかり楽しんでいても楽しくないで終わる。
「………」
リリアは自室でいつもの紫色のドレスへと着替えた。
リリアの目線は、すでにデミス討伐に向けられている。
セシルも支度をしていく。
別に自分は出る幕がないと考えている。
支度が終わった二人は自室を出て、会議室へと向かった。
「遅れてすみません」
会議室には、ダークナイトの甲冑を着込んだスクイード、そして軍服姿のヴァイロン、エヴァレットがいた。
「遅れるのは構わない、女性はオレたちよりも支度の時間が必要なのを知っているさ」
スクイードは、そう語った。
「では、一度此度の作戦について共通認識や理解を深めるためにミーティングをしよう。リリア、まず対象をできるだけ細かく説明してほしい」
「ええ、分かりましたわ。戦う対象は一人、デミスという男です。デミスはエアルドフ王国の姫である私にまで手にかけようとした恐るべき男。武器を持たず徒手空拳で戦うファイターです」
「エアルドフ王国の姫? リリアが?」
「そうですが?」
「変な話だけど、デミスは本当に存在するんだよね?」
「いなければ、私は強くなる旅などに出ておりません」
「そっか、それもそうだね。まずは、エアルドフ王国へ行ってみようか」
現在に至ってもリリアが姫であることはおろか、エアルドフ王国の存在自体を信じられていない。
総世界を飛び交う傭兵稼業をしているスクイードたちがエアルドフ王国を知らないのにはある理由があった。
そういった経緯もあり、デミスの情報交換は形式的な感じで非常に簡単に終わる。
「リリア、オレたちはエアルドフ王国に空間転移をしたことがない。でも、そこが出身国のリリアならエアルドフ王国へ空間転移ができるはずだ」
「では、空間転移を発動します」
リリアが空間転移を発動する。
会議室の風景は一変していく。
リリアにとっては、懐かしき風景。
エアルドフ王国の城門前へと現れる。
「ああ、私はエアルドフ王国へ帰ってまいりました。懐かしき、夢にまで見た私の王国、エアルドフ王国へと」
オペラでも演じているようなとても熱意がこもった言葉でリリアはなにかを語っている。
「へえ、ここがエアルドフ王国……本当にあったんだ」
少しだけ、ぼーっとした様子でスクイードは周囲を見渡す。
先程まで張りつめていた意思が弛緩しているのを、スクイード自身が気づいていた。
「隊長、非常に不味い事実が発覚しました」
スマホを片手に持ちつつ、焦った様子のヴァイロンがスクイードに報告する。
スクイードが感じ取った感覚をヴァイロンも即座に感じ取り、スマホのとあるアプリを起動して、なにかを確認している。
「ああ、分かるよ。ここが、R・クァール・コミューン内だということだろう? この世界に来た瞬間に察したよ……」
そう話すスクイードの顔は若干引きつっている。
「ん? 何者かが門の向こう側におりますね」
他の者たちの様子など気にせず、久しぶりに見る自国の風景を眺めていたリリアがなにかを感知する。
「開門せよ!」
門の向こう側から、大声が響く。
すると、門は自動的に内側から開き始めた。
開いた門の先には、エアルドフ国王、レト王子に続き、ハイラム大臣や沢山の兵士、メイドの姿があった。
「お帰りなさいませ、リリア姫様!」
兵士やメイドたちは一様にそう語る。
喜びあふれる者。
感動して泣き崩れる者。
感嘆し神にリリアが無事に帰ってきたことを感謝する者。
皆が様々な反応を見せた。
とにかく絶大な人気と人望がリリアにはあった。
「ええ、皆様方。私は帰ってまいりました」
城の者たちの姿を見て、リリアは綺麗な笑顔を作る。
「リリア、よくぞ……よくぞ、無事帰って来てくれた。ずっとこの日が来るのを今か今かと待ちわびていた」
エアルドフもリリアの無事な姿を見て、涙を流す。
「お父様」
そっと、リリアはエアルドフに歩みより抱き締めた。
「お父様、私は強くなりました。あの時よりもあの時以上に。斬られたはずだった腕も見てください、今では自分の力で治せるのです」
元に戻った腕を誇らしげに見せる。
「ああ、そうだね。リリア、君は本当に今まで以上に強くなれたのだね」
一連の光景を門の向こう側から、スクイードたちは眺めていた。
「凄い歓迎だな、今までのリリアの話は嘘でも冗談でもなく本当だったんだな……」
ぽつりとスクイードは、ささやいた。
「隊長、というとあの人たちは……リリアの家族は全て魔力体のみの構成となりますね?」
相変わらず、ヴァイロンはスマホでなにかを確認している。
今度は、とある商品の発注を急いでいた。
「それはもう確定だろうな。それが、R・クァール・コミューン内で明確に決まっている事実の一つなのだから。しかし、実態を見たのは初めてだな……R・クァール・コミューン内には近づくわけにはいかないから」
話をしていたスクイードたちに、リリアが手招きをする。
なかなか門を潜ろうとしないどころか、その場を動こうとしないスクイードたちをリリアは不思議がっていた。
「さあ、困ったな。長居は無用の場だが、オレはまともでいられるだろうか?」
スクイードたちの反応は悪かったが、リリアのもとへ向かうため門を潜る。