魔力体について
「なにごとも善は急げね」
早速、セシルは空間転移を発動。
孤島の風景が、一気に近代的な風景へと変わっていく。
三階建てのレンガ造りの建物前にいた。
この建物は、魔導剣士修練場内にある図書館だった。
図書館内へ入り、セシルは司書の人物に魔力体に関する本がある場所を聞き出し、とある本棚の前に移動する。
魔力体に関する本は複数あった。
だが、人が作者であるせいか推測や憶測で書かれた点が多く深い部分まで記載された本は一つとない。
リリアの行動の意味については当然のように記されていない。
「全然ないわねえ、ホント時間を返してほしいわ」
本棚から取り出した本を戻す。
セシルは時間をかけてなにかを探すのが嫌い。
もう探すのは止めようと考えている。
「こんにちは~」
セシルから少し離れた位置に、ウェーブがかった金髪の女性が立っていた。
自らの豊満な肉体を強調させるキャリアウーマン風のタイトな格好をしている。
それだけで、セシルは自らと同類の匂いを感じた。
「魔力体が知りたいのでしょう?」
「その前に貴方は?」
「株式会社バロックで秘書を務めているアリエルよ。まあそんな知る気もないのに自己紹介をさせるとか、不毛なやり取りなんかよりも貴方は魔力体を知りたいのでしょう?」
「ええ」
「ここにさ、骨董品レベルの魔力体の本があるとしたら……見たい?」
埃にまみれていたような古い本をアリエルは持っていた。
「いらな……やっぱり、いるわ。見せて」
本を受け取り、ページをめくる。
しかし、セシルにはなにが書かれているのか全く分からない。
明らかに現代の文字とは異なる文字が記されている。
「これ、なんなの?」
「見ての通り、文字よ。ただし、今から七万年くらい昔の文字だけど」
「そんな古い文字の内容なんて分かるはずないでしょう? というか、どうしてこれが七万年前と分かったの?」
「だって、生き証人だから」
「へー」
「もう少し関心を抱いてほしいなあ」
「いきなり変なことを言われたらねえ」
「私が好きなものは考古学なの。本当はそれ程、生きてはいないし、その本もレプリカ」
「それよりも本の内容を教えて。全然読めないから」
それからアリエルはセシルのために色々と魔力体についてを教えてくれた。
魔力体は衣食住を他の有象無象とかかわらずとも一体だけで完結できること。
魔力体には人の三大欲求が存在しないこと。
魔力体は肉体さえなくとも問題ないことなどを。
「これって流石に嘘ばかりじゃない? 毎日リリアは寝ているし、ご飯も食べるし、この私が大好きよ? 衣食住ができるとかなんなのそれ?」
肉体がなくても問題がないことには言及しない。
肉体の全てを魔力と化す変化が魔力体化だとセシルは考えている。
「例えば、夜に三十分置きくらいに声をかけてみたり、断食をさせてみれば? あとねえ、魔力体の炎人とシェイプシフター同士が恋愛感情なんか抱けるはずがないじゃない」
「………」
セシルの表情が変わる。
今まで見せたこともない怒りの表情だった。
「口が滑っちゃったかしら」
アリエルは別に失敗した感じでもなく、至って普通にそう語る。
「どうして、シェイプシフターだと知っている?」
「アルテアリスとフリーマンが気になる人がいると話していたの。もしかして、あの人なのかもと思って、私も探してみたら……」
そこまで話した時、セシルを指差す。
「ついでなのよ、リオンを発見したのは」
「その名で呼ぶな」
相当気にくわなかったセシルはアリエルの頬を平手打ちした。
「あれ?」
セシルは自らの手を見つめた。
「当たった……?」
「そりゃあ当てようとすれば当たるでしょ」
疑問に思いつつも、セシルは確かめるようにアリエルの頬に手を当てる。
普通にふれられたので、再び平手打ちをした。
平手打ちされてもアリエルはそれになんの関心も寄せない。
「リオン、“ドールマスター”の私がそんなに嫌い?」
「それ以外に嫌う理由がないじゃない」
「別に貴方にどうこうしたいってわけじゃないわ。ひとまず……はい、これ」
名刺入れを取り出し、アリエルは両手で名刺を渡す。
「えっ、なんなの?」
とりあえず、セシルは名刺を受け取った。
「株式会社バロックの秘書アリエルね。ドールマスターたちの根城がバロック……」
「総世界政府クロノスが治める世界の、同じくクロノスという名の都市に株式会社バロックはあるの」
「総世界政府クロノス……知っているわ。総世界の秩序や平和を守るため、総世界を間接的に支配している正義を目的とした集団ね」
「だからそういう、根城だとか悪の拠点みたいな言い方は止めて。ドールマスターは総世界の技術向上のために色々とやっているのよ」
「今更なのよ、どうしてこんなことを私に教えたの」
「きっとね、相馬もリオンたちの帰りを待っているよ。リオンのフェザー王国も、ウイング城の皆もね」
「もしかして……私を無理やりにでも連れ去るつもり?」
「この私が人さらいの類にでも見える?」
「だって、貴方……とっても強いから。秘書というよりも刺客だとしか」
「刺客なのはあっているわ。私を含めバロックには、五人しかいないけど。それとバロックに刺客がいる事実を喧伝しないように。コンプライアンス違反になっちゃう」
「コン……なに?」
「それと」
セシルの頭部をアリエルは鷲掴みにする。
「えっ?」
ソフトタッチだったため、いきなり頭を掴まれてもセシルは怒らない。
「本を見てみなよ」
アリエルが頭部から手を離す。
本など気にもせず、まずセシルは髪のセットを整えてから、仕方なさそうに本を見る。
「あれ、文字が読める……」
「魔力体に関してのお勉強がこれでできるね、今後のためにも熟読するのをおすすめするよ」
アリエルは空間転移を発動。
一瞬のうちに、アリエルは消えた。
「なんだったのかしら、あの女?」
渡された名刺と、古代に記された魔力体のレプリカ本を見つめる。
「七万年前にも魔力体はいたのね、知らなかった。いえ、そんなことよりも私の居場所も存在も知られてしまった……でも、その割にはあまりに」
今までドールマスターたちから逃げることだけを第一にして生きてきた。
なのに、意外と相手は大して問題にしていない。
セシルの胸に去来するのは、なんとも言い難い複雑な気持ち。
「私の元の名前まで、あの女は知っていた。クロノスに行ってみるのも手なの……かな?」
一人で考えても答えは見つからない。
リリアにも、エリーにも会って話し合いたい。
その気持ちをセシルは押し殺した。
そういった女ではないと、セシルは自らを思っている。
一旦、セシルは空間転移を発動して魔導剣士修練場の自室へと移動する。
気持ちを落ち着けるため、魔力体の本を読んでいたかった。
登場人物紹介
アリエル(年令不明、身長166cm、竜神族の女性、がさつな性格をしている。株式会社バロックの刺客であり、ドールマスターの一人。自由気ままに勝手な行動を取り、バロックに損害を与えるのが趣味。レベルは15万程度だが株式会社バロックにて屈指の強さを誇る)
なけなしの時間(がさつなアリエルが編み出した一つ目のスキル・ポテンシャル。自らの思い通りに時間を扱えていないとアリエルが感じ取った際に強制発動。例えば1時間損をしたと感じれば、一日の時間に追加で1時間を過ごせる。損を被った立場との認識なので、1時間分を追加で老けることもなく、慰謝料として逆に若返る)
他縄自益(同じくアリエルが編み出した二つ目のスキル・ポテンシャル。他人や他物がアリエルに害を引き起す場合に即時発動。他縄他縛により、他人や他物には同規模の実害が発生し、アリエルにはその程度により様々な恩恵がもたらされる。要は実害の発生を反射させる効果)