ハンター養成所 1
「辿り着いたぞ、ここがハンター養成所だ」
ヴェイグが語る。
この城はこの世界の中世と呼ばれる時代に作られた物で、内部を改築し使われていた。
そのため広い城内には新しく寮などが作られ、入会者はそこで暮らすシステム。
入会のため全員で城へ入り、入口近くにいた係員へ広めの一室へ案内された。
そこでハンター養成所への入会手続きや、この養成所でどのようなことを行うのかや、この養成所での規約違反行為などを伝えていった。
「では、入会金を」
「お、おう……」
対応をしているアーティの顔色が悪い。
提示された領収書の金額を確認し、目を白黒とさせている。
人数が人数なので入会金は予想外の高さだった。
しかし、アーティは気前良く全員分を支払う。
自分から仲間を誘っておいてお金を払えませんとは見栄を張ってでもしたくなかった。
「ありがとうございます、アーティさん。これから私たちは同志です。アーティさんたちも優秀なハンターとなれるように頑張りましょう。では、この城で寮生活をして頂く部屋を決めていきましょう。二人一部屋なので私がランダムに決めていきますね。それと、ヴェイグさんとジャスティンさんも仲がとても良いようですし一緒に分けましょう」
「分かりました」
ヴェイグとジャスティンは嫌な顔一つせずに、普通に答える。
先に説明をした係員が話していたが、係員が決めた事柄に逆らうのは規約違反とされている。
部屋分けはアーティとジーニアス、ライルとヴェイグ、テリーと綾香、ジャスティンとミール、ルウとリュウ、ノールと杏里となった。
「ボクと同室だね。よろしく、杏里くん」
「そうだね、よろしく!」
嬉しさを隠し切れないのか、杏里はオーバーなリアクションを取った。
好きな人と一緒に暮らせるのが、杏里には嬉しかった。
「あー、良かった。男と一緒じゃなくて安心したよ」
「そうね、別に気を使わなくていいしね」
テリーと綾香は男性陣と部屋が一緒ではなくて安心した様子。
「そこの二人。一応、男として入会しているんだからバレないようにしろよ」
即座に女性と分かってしまうその会話を聞き、アーティが注意喚起する。
そのように個々の感想があるなか、ハンター養成所での生活が始まった。
「えーと、ここだね」
ノールは自室として割り当てられた部屋のルームナンバーを指差しつつ、杏里に語る。
扉を開き、室内へ入ると内部はこの世界の洋風と呼ばれる造り。
入口傍の部屋がダイニングキッチン、隣にフローリングの洋室がある1DK構造で、二段ベットやテーブルなど、その他の家具が置かれていた。
「ノールちゃん、バルコニーがついているよ。貴族のお家みたい」
杏里は楽しそうにバルコニーを眺める。
「わー、すごーい!」
ノールはバルコニーがあるのを嬉しがっている。
バルコニーには出ずに、窓から外の光景を暫し二人で眺めていた。
「やっぱり、この世界はボクたちが暮らす場所とは違うんだね」
杏里は窓からの風景にそう語った。
「そうだねー」
杏里と違い、別の物に興味が移ったノールは薄型テレビにふれている。
「なんだろうね、この変な形なもの? 意味があるから、置いてあると思うの。杏里くん、知っている?」
「ううん、分からない。ヴェイグさんなら知っているかな?」
杏里もテレビに興味を示し、テレビをさわる。
その瞬間、テレビ上部にあった電源スイッチにも触れたので突然画面がつく。
「なんなのこれって?」
じーっと、テレビに映るニュース番組を杏里は凝視する。
「そういえば、こんなこと以前にも」
そんな杏里を見て、ノールはなにかを考え始めた。
こういった未知なる物への遭遇は、ノールにとって初めてではない。
あの天使界に行っていた時のこと。
それを再びノールは思い出した。
「杏里くん、ボクはこの世界に来る前にも異世界に行ったの」
「いきなりどうしたの、ノールちゃん? それよりもこれどうしよう?」
まだ、杏里はテレビと悪戦苦闘している。
板状の物体が人の言葉を話し、枠内で人の動きを見せるのは理解不可能の域だった。
「信じていないの?」
自らの話をあまり気にしていない杏里に、若干ムッとしたが天使界でのことをノールは思い出し始めた。
「そういえば……アクローマさんがR一族に興味を持っていたな。色々と助けてもらったから、ボクの大事なミールに一目会わせてあげてもいいかな」
その後、ノールはミールを部屋に連れてくることにした。
「ミール、お姉さんはこの世界に来る前にも別の世界に行ったことがあるの」
自室に着く前に、ミールにも同じ内容をノールは話す。
「この世界以外にも?」
「そうなの、天使界っていう場所にね」
「どういった場所?」
「うーんとね、土の地面がなくて、その代わりに雲が一面にあったの。宮殿には天使たちが暮らしていて」
「もしかして……僕が姉さんを……」
「実際に見てみないと分からないよね、こういうのは」
洗脳されていた際の過度な暴力が原因で見せた物だと誤認したミールにノールはあえて気にしていない素振りをする。
自室へ戻ると、杏里もミールも行くとは決めていないがノールは魔法を詠唱した。
天使界へ移動する魔法、異世界空間転移を。
詠唱終了と同時にほとんど一瞬で天使界にノールたちは現れる。
見渡す限り地平線の向こうまで地面の代わりに雲海が続き、そんな風景の中にある神秘的な宮殿も見えた。
杏里、ミールは現実とかけ離れた風景を目の当たりにし、息を飲む。
二人の驚きようはエリアースにやってきた時以上であった。
「凄いでしょ。ボクが初めて来た異世界はこの天使界だったの。あの宮殿にボクの知り合いのアクローマさんがいるんだ。二人にも会わせたいから会いに行こう」
率先して宮殿へと歩むノールに周囲を見渡しながら杏里とミールはついていく。
ノールたちが宮殿の出入口付近まで行くと偶然レティシアに出会った。
「久しぶりじゃないか、ノール。大天使長としての仕事がついにしたくなったのだろう? だからこそ、その二人を連れてきたんだな?」
なにか不自然な言い方をレティシアはしている。
「ミール、杏里くん。この人はレティシアという人だよ。この人もボクの知り合い」
「ミールと杏里というのか。さあ、その二人をアクローマのもとへ」
なにやら忙しかったのか、レティシアは空へと舞い上がり、どこかへ行ってしまった。
「凄い。あの人、空を飛んでいるよ」
「ふふっ、二人とも忘れていないかい? この世界に来れるのだから、ほら。ボクの背中にも羽があるの」
ふと自らも天使なのだと思い出したノールは魔力を高め、背中に天使の羽を出現させた。
「姉さんも背中に羽が……」
ミールはノールの背中の羽にふれる。
鳥の羽をさわったような感触がした。
羽はノールの水人衣装を透過している。
羽を自在に出せるのは、魔力により実体化しているからだった。
「ちゃんとあるよね? それじゃあ、アクローマさんに会うよ」
三人はアクローマに会うため、謁見の間へと向かう。
しかし、謁見の間の扉は固く閉ざされていた。
「大天使長ノールが来たよ。扉を開けて」
そのようにノールが呼びかけると扉が自動的に内側へと開いていく。
「さあ、行こうか」
ノールが二人を連れて謁見の間に入ると、玉座に誰かが座っていた。
「見て見て。あの人が、アクローマさんだよ」
ノールが指差す。
「今は側近の人がいないみたいだから近付いてみようか」
ゆっくりとノールたちは玉座に座るアクローマへと近付く。
しかし、アクローマはノールたちが近付いても微動だにしない。
結局のところ、アクローマは寝ていた。
「姉さん、この人はどういう人なの?」
「見て分かるでしょ、つまりはそういうことだよ」
「聞こえているわよ!」
起きていないと思い、ノールが適当な説明をし出した瞬間、アクローマが突然立ち上がり怒鳴る。
寝ていたはずのアクローマが突然立ち上がり、三人は驚いた。
「つまりはそういうことって一体なんなのよ! 私を馬鹿にしているのね!」
「アクローマさんと話せて良かったね、二人とも。もう帰ろうか」
凄い剣幕でアクローマは怒っていたが、ノールはアクローマの話をスルーしている。
「あの、姉さんを怒らないであげてください」
「ん? 貴方たちは誰なのかしら? 教えなさいよ、ノールちゃん」
「こっちの可愛らしい……抱きしめたいくらいに可愛らしく繊細な男の子は、ボクの大事な弟のミール」
「ちょ、ちょっと! 姉さん、なにを言っているの!」
わざわざ言い直し、恥ずかしげもなく語る姉の不意討ち的な発言に一瞬、ミールは呆気に取られた。
「ボクは心からそう思っているよ」
杏里の方にノールは視線を移す。
「こっちの頼りなさそうで女の子みたいなのが杏里くん」
「ノールちゃん、ボクのどの辺が女の子みたいなの?」
「見た目、顔、声、仕草」
ノールの何気ない速答の返事は杏里の心にダメージを与えた。
「そんな、ボクは気にしているのに……」
「とりあえずこんな感じ」
ノールは軽く杏里を無視する。
「よろしくね、ミール君、杏里くん。にしても、ノールちゃん。ようやく大天使長らしい仕事をしたわね。見習いの天使を二人も連れてくるなんて」
「ミールと杏里くんが?」
「もしかして、知らないで連れてきたの? 二人とも先祖返りした天使なの。とはいえ、今は普通の人間。他の天使が手を加えてあげないと天使への変化はないわ」
にこやかな様子でアクローマはミールと杏里を見つめる。
勿論、ミールたちは天使になれるのがとても良いことだと思った。
だが、言いようのない不安が襲い、複雑な気持ちでもあった。
なぜなら人間ではなくなることを意味しているから。
「姉さんは、どうやって天使に?」
「えーと、確か目を覚ましたら羽が背中にあって……」
「流石に長いわ」
思い出しながらノールが話し出した途端、アクローマの我慢がリミットを迎えた。
覚悟が決まっていない二人に天使化させる魔法を放つ。
数十秒後、二人の背中には天使の羽が自然と出現した。
「僕の背中に羽が……」
突然生えた背中の羽をミールは触って確認し、杏里も同じく触っている。
「さあ、これで貴方たちと私たちは同士よ。二人を歓迎するわ」
アクローマの言葉を聞いても、二人は明らかに微妙な反応している。
「天使界を見せて、アクローマさんに会うだけでも十分だったのになんかとっても得しちゃったね」
「ところで、ノールちゃん。ミール君は本当に貴方の弟なのよね?」
「そうだよ」
「よーし、R・ミール君」
アクローマはミールの隣に立ち、頭を撫でる。
「私はこの天使界の女帝アクローマよ。貴方たち、R一族の味方。いつでも私を頼っていいのよ」
「あっ……うん」
大人の女性にあまり免疫のないミールは頭を撫でられて少し嬉しそうにしている。
「もう用がないから帰ろうか」
アクローマの行動が癪にさわったのか、ミールを引き離す。
「ちょっと、逃がさないわよ!」
ノールの素っ気ない一言をアクローマは聞き、ノールに抱きついた。
「せめて、ノールちゃんだけでも天使界に残りなさい! 第一、大天使長になれた貴方には大事な職務が……」
「嫌です、すみません」
「なんか、以前も同じことを言われたような……」
色々と物を言いたかったアクローマだったが気分を害した様子。
余計なことをまた言われるだろうと察したノールは異世界空間転移を発動し、さっさと天使界からノールの自室へと戻る。
「姉さん、この羽ってどうするの?」
天使の白い翼をぱたぱたとさせながら、ミールは聞く。
新たに背面へと現れた感覚をどう制御すればいいのか分からないでいる。
「それはね、人間化すればいいの。普段、ボクがしているじゃん」
「もう僕は人間じゃないの?」
ノールの言葉に再びミールは恐くなった。
「そう、今日から二人とも人間の振りをしている天使。それは普段のボクと同じになっただけ。今のボクの状態は二人にとって怖いのかな?」
「それもそうだね」
言われてみれば、確かにと二人は感じた。
別に今の状況がなにかしら問題があるわけではない。
「でも、ボクの素性が知られると途端に人間扱いされなくなったのを二人は知っているはず。誰かの前で天使化したりするのは控えようね」
話の後、ノールはどうすれば人間化できるのかを水人化した状態から戻る際の要領で二人に教え、天使化した状態の二人は無事人間としての姿に戻れた。
ノールにとっても天使化した状態から自分の力で人間としての姿に戻るのは初めてだったので上手く戻れて安心した。
「天使界は時間の観念から除外されているみたいなの。天使界に何日いたとしてもこっちの世界は数秒も経過しないの」
「えっ、でも姉さん」
ミールは部屋のデジタル時計を指差す。
「あの機械は時間を計る物らしいの。さっきよりも時間が進んでいるからそれは違うと思うよ」
「ええっ……おかしいなあ。どういうことだろ、あの時とは違うのかな? それよりさ、ハンター養成所でどういうことするのか分かる?」
嘘を伝えたと思ったノールは恥ずかしさを覚え、話題を変えた。
「さあ? 空間転移を覚える場所だとしか思っていなかったから」
聞かれたミールも杏里もハンター養成所についてをなにも知らなかった。