地下闘技場 3
連戦となる続けての試合。
それでも、セシルは特に問題なく開始二、三秒で試合を終わらせる。
あの下段から顎を打ち上げるアッパーカットの勝ち方で。
セシルの鮮やか過ぎる勝ち方は一際注目されていた。
ただの一撃のもとで粉砕する。
そんなこと、この世界では数々の偶然やタイミングが重なり合わなくては起こり得ない。
なのにそれをいともたやすく行える存在が細身の女性ともなれば注目せざるを得なかった。
「ん?」
対戦相手を倒し、金網内のリングからセシルが出ようとした時。
セシルは自らと新たな対戦相手がモニターに映し出されているのを目にする。
ランダムセレクトとは思えない確率。
「ふっ、あれ見てよ」
モニターに映る人物をセフィーラが半笑いで指差す。
映る人物は今までの試合で姿を見せたことのない男性。
眼鏡をかけた色男が映っている。
「新たにエントリーした人物でしょうか?」
リリアが腕を組みつつ語る。
一回戦負けしたリリアは、もうセシルの戦い方以外に興味がない。
「リリア、あのモニターに映っている男はね」
「あの者をご存じなのですか?」
「それはよく知っているよ。あの男はエリアースという名の世界で主にSPを生業としているヴェイグ・ルシタニアだ。リバースとは大きく関わりがある」
二人が話しているうちに、金網内のリングに入ってくる人物がいた。
他の参加者とは明らかに異なる身なりをしている。
ハイブランドのスーツを着込み、自らの格好良さが栄えるような眼鏡をかけたどこかいけ好かない優男。
それが、ヴェイグだった。
「見なよ、あれ。わざとらしいくらいに金持ちそうでしょう?」
憎たらしそうにセフィーラは語っている。
「まあ、実際にそうなんだけど。ヴェイグはエリアースの五指に入る資産家家系の長兄だから。でも、ああいう風に前面に出し切られるとムカつくよね。ヴェイグが戦う前に負けるよう合図送るから」
「そのようなことができるのですか?」
「明らかにセシルを能力者だと判断したから、この世界の者たちじゃ天地がひっくり返っても一生勝てやしない男を引っ張り出したんだ。ここの試合は端から出来レースだったんだよ」
金網内のリングに入ってきたヴェイグにセフィーラは大きく手を振る。
応援してくれる者がいたと思ったヴェイグは、ポケットに入れていた手を軽く上げて固まる。
「ジーニアス……」
ヴェイグはセフィーラを見て、一言発した。
驚きからか、眼鏡を中指でくいっと上げ、セフィーラを注視している。
「あっ、気づいた」
セフィーラは自らの確認を悟り、自らの口元を指差しながら、負けろとだけ言葉を発さずに口を動かす。
「………」
なにも語らなかったが、ヴェイグは軽く頷く。
そして、セシルの前にヴェイグが立った。
「今度の相手は、少しばかりはやりそうね」
「ふっ……」
セシルの一言を、ヴェイグは鼻で笑った。
それを合図にセシルは今まで通り、速攻をかける。
一瞬でヴェイグに迫り、顎を打ち上げるアッパーカットを放つ。
だが、ヴェイグの顎には当たらなかった。
当たる直前に顎の真下辺りに手を掲げ、セシルの拳を握る形で受け止める。
「それは散々やっただろ」
掴んだセシルの拳を捻転させ、合気に近い要領でセシルをリングに倒させた。
直後、セシルの顔面を踏みつける。
セシルも即座に対応しようと踏みつけている方の足へ掴みかかろうとする。
この動きについても、ヴェイグに察知されていた。
後方へ足を振り上げる形で躱され、その反動を利用した蹴り方であるサッカーボールキックをセシルは顔面に叩き込まれる。
「ああっ……!」
脳にまで響く強烈な衝撃に、セシルは悲鳴を上げた。
ほとんど勝負があったと思われたが、まだ諦めていない。
顔面を蹴られながらも、ヴェイグの足を掴んでいた。
「ちょっと痛いかも。入れられ慣れていないだろうからねえ」
掴んでいた腕をシェイプシフターの能力によって鋭利な棘に変化させ、ヴェイグの太腿の裏から突き刺す。
ヴェイグの足からは出血が確認できた。
「随分と特殊な戦い方をするんだな、腕が変化するのか?」
ちらっと、ヴェイグはセフィーラの方を見た。
セフィーラは無言のまま、金網に掴みかかり音を鳴らしている。
さっさと負けないヴェイグに苛立ちを隠せていない。
「参った」
ヴェイグは周囲に聞こえるように言葉を発した。
「足が痛くて動けない。オレの負けだ」
そのように語り、セシルを立たせる。
セシルの腕を上げると勝ち名乗りをさせた。
動けないと語った割りには、しゃがみ立ち上がって他人を支えられる時点で嘘を吐いているのは明白。
「良かったな、お前の勝ちだよ」
「そう……なの?」
結構なダメージをもらっていたセシルは自らの勝利を不思議がっている。
戦力差があり過ぎて必死に戦っていたセシルには、なぜヴェイグが負けを認めているかが分からない。
「今回の開催では、オレに勝てた奴が優勝者となる」
「えっ、それってどういうこと?」
「ここの基準って適当だろ? もう開催されているのにリアルタイムでいくらでも挑戦者を募り、基本ランダムセレクトで、どれだけ勝てれば優勝者になれるかも適当だし」
「貴方、運営側の人?」
「運営に雇われているストッパーさ」
それだけ言うと、ヴェイグは金網内のリングを出ていく。
優勝者も決まり、淡々と表彰式が行われていった。
関係者と思しき男性から、金網内のリング上でセシルは優勝賞品を授与される。
優勝賞品は宝石箱であり、中には数十カラットの大きめな宝石が入っている。
セシルがモニターを確認すると、もうなにも映っていない。
また、監視カメラも機能していない。
セフィーラが話した通り、試合が終わって賭けができなければ優勝者にでさえ、なんの興味関心もないらしい。
「リリア、優勝しちゃった」
金網内のリングからセシルが戻ってきた。
すっと、リリアは右手を掲げる。
意味が分かったセシルは綺麗な笑顔を見せ、リリアとハイタッチを交わす。
「やりましたね、セシルさん」
「ありがとう」
セシルは笑顔で嬉しそうにしていた。
怒っているとかの設定はもう忘れている。
「二人とも」
セフィーラが二人に声をかける。
「まずは、セシル。優勝おめでとう」
「ええ、ありがとう」
「さっきは、ゴメンね。スイーパー所属というだけで君たちには酷い偏見を持ってしまっていた。それを謝りたい」
「あら意外」
「なにが?」
「上位階級者であろう貴方が普通に謝ったことよ。貴方も普通に良い人だったのね」
「どこが」
セフィーラは楽しそうに笑う。
今回のことでセフィーラの人となりが、なんとなく分かった気がした。
「それよりもさ、ヴェイグ強くなかった? 今後有益な存在になるだろうと思うなら、帰る前に声をかけておくといいよ」
「そうねえ……リリア、どうする?」
「あの人はとても強いと思います。人脈を形成するために一度お会いするのも手かもしれません」
「リリアがそういうのなら」
リリアからセフィーラへ視線を移すと、二人の話を聞きながらセフィーラはスマホでメールを打っている。
「今、ヴェイグに連絡したから」
セフィーラはスマホをしまう。
それからすぐにヴェイグがやってきた。
「よう」
ヴェイグが着ているスーツが先程とは変わっている。
自らの血がついてしまったため、着替えたらしい。
「ハイ」
セシルがヴェイグに軽く片手を上げて挨拶をする。
「セシル、だったかな? 君はなかなか見込みのある女だ。なにかしら手を貸してやっても構わない。どうする?」
「いいわ、こちらもそうだとありがたいから」
「なら、話が早い」
ヴェイグはスーツの胸ポケットから、名刺入れを取り出し、セシルに名刺を手渡す。
「ここにオレの連絡先が載っている。なにかあったら連絡を」
「ええ」
名刺を見ると、名前の他に様々な肩書が並んでいる。
とりあえず、セシルは財布に名刺をしまった。
「それじゃあ、リリア、セシル」
セフィーラが二人に呼びかけた。
「君たちは帰って、スクイードに優勝賞品を渡してね。スクイードが依頼人のもとへ、その優勝賞品を届ける手筈になっているから」
「分かりましたわ。では、セフィーラさん、ヴェイグさん。失礼致します」
リリアが空間転移を発動し、リリアとセシルは消えた。
「ねえ、ヴェイグ。あの二人ってどう思う?」
「リリアとセシルか? リリアは駄目だな、基礎を行えることだけが取柄な印象。セシルは魔力体でもないのに身体を自在に変化させられていた。あの能力は使える、磨けば相当な能力者になるだろう」
「ふーん……」
若干、セフィーラの反応が悪い。
セフィーラ的には逆の印象があり、リリアの方が相当な能力者になると思っている。
「ところで、ヴェイグ」
「なんだ、ジーニアス?」
ヴェイグはセフィーラをジーニアスと呼んだ。
これは単に仲間同士だから以前からの昔馴染みの呼び方をしている。
「どうして、こんなところにいるの?」
「見ての通り、ストッパーで雇われているんだ。でも負けてしまったからそれも今日まででオレはクビだとよ。わざわざ負けてやったんだ、なにか見返りはあるんだろうな?」
「今回の依頼が終わったから、次の傭兵たちの依頼を見に行こうと思うんだけどさ、それを代わりにやってくれてもいいよ」
「いや、いらねーわ。そんな見返りなら」
「ヴェイグ、さっきの話なんだけど。手を貸すのはセシルよりも、リリアの方が良いよ。もしかしたら、リリアはノールさんなのかもしれない。これは女の勘って奴なのかな?」
淡々とした様子でセフィーラは語る。
ここで初めて、ヴェイグの表情が曇った。
「……ノールだったら今日もR・ノールコロシアムで元気に試合を見ているはずだ」
「まあ、そうなんだけどね」
再びヴェイグの表情が曇る。
言葉で言い表すのなら、なに言ってんだこいつ?だった。
「それじゃあ、僕もそろそろ。ヴェイグ、また会おうね」
セフィーラも空間転移を発動して、どこかへ行ってしまった。
「ふう……やっと行ったか」
ヴェイグは、ぽつりとささやいた。
それからヴェイグはある場所へと向かう。
この施設内にある管理者オンリーの部屋。
ヴェイグが部屋の扉を開けると笑い声が聞こえた。
「一体誰が、クビだって? 面白いことを言うじゃないか」
室内には、電気系統を担う機材などが様々置かれている。
その一角に休憩スペースとして、割とゆったりとした豪華なソファーがテーブルを挟んで一対置いてある。
そこに一人の男性が座っていた。
黒色の着古した上下のスウェットを着込む、茶髪で温和そうな表情をした緋色の瞳の男性。
聖帝会№2。
竜神族のアーティがいた。
彼が座るソファーの傍らに、こちらも使い古された鉄の剣が置かれている。
「ヴェイグ、お前がクビになったら誰が運営するんだよ?」
にやにやしながら、アーティはヴェイグを弄るような口調で話している。
「ああでも言わなきゃ、ジーニアスが納得しないだろ?」
ヴェイグは、もう一つの豪華なソファーに腰かけ、足を組む。
「R・ノールコロシアムの支配人の一人であり、魔導人。そういうところが、あいつは厄介だよな」
ごそごそとポケットから取り出した煙草にライターで火をつけ、アーティは煙草を吸い出す。
「おいおい、禁煙したんじゃなかったのかよ?」
「馬鹿を言うなよ、オレはもう百回近く禁煙を成功させた男だぜ? 次も簡単だ」
「そういうのを失敗しているって言うんだよ」
二人は他愛のない話をしている。
意外とこの二人は、アーティが傭兵ギルドの長をしている頃から仲が良かった。
きっかけは、SF小説。
元々エリートニートだったヴェイグが読んでいたSF小説に軽い気持ちで興味を抱き、鍛錬の片手間でアーティも読んでいた。
文字上でしか存在を証明されていない驚異的なSF技術に魅了され、いつしかアーティは虜となった。
勿論それはヴェイグのオタクとしての認識と同意義ではなく、驚異的な技術に関してのみ。
オタク系の趣味について知識がゼロだったアーティに、本当は存在しないものだという認識はない。
存在していたからこそ文字上に表せるのだという持論から、今度は自分たちが造り上げる側となろうと考えが遷移していった。
今回行っていた地下闘技場やそのシステムも、とあるSF小説から取り入れたもの。
こういった事柄を“現実化”するのが、アーティは好きだった。
「なあ、ヴェイグ。次はなにをしようか? 今回ので金も随分貯まったしな」
人差し指と中指で煙草を持ちながら、楽しげにアーティは語る。
アーティは聖帝会の信者を扱った集金システムを構築していた。
地下闘技場の試合を見ていた者たちは、全て聖帝会信者である。
聖帝テリーの洗礼を受けたアーティは、聖帝と同様に人の蘇生などが行える。
それをタネに、アーティからの寵愛を受けたい者らを募り、“寄付”をさせていた。
賭けなのだから勝って儲けることもできる。
そして、たとえ負けてもそれはそれだけ多額の寄付ができるのだから、アーティに目をかけてもらえる。
どちらに転んでも勝ちの出来レースだ。
だが、信者からすれば賭けに勝った方が負けだともいえる。
それだけ、アーティの寵愛を受ける機会を損失しているからだ。
アーティは、聖帝テリー、同じく聖帝会№2のリュウと異なり、かなり几帳面な性格をしている。
まず他人からしてもらったことを忘れない。
今回の寄付額も積極的にメモやデータに残し、今後の聖帝会内部の階級変動や今後の能力発動の機会に授かる順番などに影響を与えていく。
能力は紛れもなく聖帝テリーのものだが、聖帝会を運営しているのは紛れもなくアーティだった。
「次か……次はなにをしようか?」
アーティの問いかけに、ヴェイグは斜め上の方を眺め、考え出す。
やりたいことは、いくらでもある。
金も時間も人材も腐る程にありあまる。
それが、これからの火種となっていくとは二人もまだ気づいてはいなかった。
登場人物紹介
ヴェイグ・ルシタニア(年令42才、身長177cm、魔族の男性、出身地はエリアース、性格は大ざっぱで自らの好きなことしかしない。エリアースという名の世界で五指に入る程の資産家の長兄。職業はSP。目が悪いため眼鏡をかけている。上位組織歩合制傭兵部隊リバースに所属していないが補佐的な立場で、下位組織の傭兵集団より地位は上の立場。簡単に言えば下位組織全体の顧問であり仲介役。レベル14万程)
アーティ(年令43才、身長178cm、竜神族の男性。根は真面目で几帳面であり計算高く調子に乗りやすい性格。聖帝会№2であるが実質上聖帝会を一手に担う立場。嗜好品のタバコが好きで、すでに100回以上禁煙に成功している。特に予定がない時は、大概着古した上下のスウェットを着ている。聖帝の洗礼によって、現在レベル20万と屈指の高さを誇る)