地下闘技場 2
「なんか私、思ったんだけどさ」
腕を組み、試合を暇そうに眺めていたセシルが口にする。
「ここの試合って対戦相手が超適当じゃない? ランダムセレクトって感じで」
「そうですわね、一度勝利した人が再び試合を行わされていました。しっかりと順番を決めていないようです」
「ふふっ」
二人の話を聞いて、セフィーラが笑う。
「そんなのあったり前じゃん、あそこに突っ立っている闘技場参加者なんて主役じゃないよ。あっちは脇役で主役は監視カメラからの映像を各所で見ているサディストたちだって。戦っている連中は簡単に言うと賭けの道具であり、欲求を満たすためだけの存在。それ以外に存在価値なんてないよ」
「夢がありませんね、参加者に価値はないのですか……」
「もしわずかにでもあるのなら試合はトーナメント制にでもして、さっきみたいに途中参加なんかさせないようにすべきでしょ。そんな気が微塵もないから現実こうなる、凄く明瞭で分かりやすい」
「ところで、見ている者たちは一体どこに?」
「全員が自宅のモニターの先で見ているんでしょ? なにをしでかすのか分からない屑と同じ空間にいたいはずがないでしょ。どんな人たちが見ているかとかの内容を参加者に一片たりとも知らせる必要はないの」
先程から、セフィーラは楽しそうに語っている。
「ノールさんが造ったR・ノールコロシアムでは必ず闘技場に来ないと試合を見れないようにしているからさ、面白そうと思ったら君たちも見に来なよ」
「そうですか。ですが今は、この闘技場で勝つことが最優先です」
そんな中、ようやくモニターにリリアと、もう一人の参加者の男性が映った。
「見て、リリア。戦えだってさ」
セフィーラは金網内を指差し、入るのを促す。
「頑張って、リリア」
「ええ」
セシルの応援を背に、金網内のリングに入る。
金網内のリングには、すでに対戦相手の男性が待ち受けていた。
男性は背が高く、ニメートル近くの長身。
また動きやすいようにファイトショーツを穿き、オープンフィンガーグローブを手につけているだけ。
「お前、まさか……そんな恰好で戦うのか?」
ドレス姿でグローブもヘッドギアなどの装備もつけていないリリアに呆れている。
「なにか問題でも?」
「悪いけど、こっちは遊びでやっているわけじゃねえんだわ」
男性は構えの体勢に入る。
リリアも構えに移行しようとした時。
男性は構えを解き、手のひらを見せながらリリアのもとへ歩む。
「そういや、まだ握手をしていなかったな」
「握手?」
ルールをよく知らないリリアは不用意にも握手をしてしまう。
略同時にリリアは男性から、みぞおちにボディーブローを受ける。
反射的にリリアは握手をしていない方の手で腹部を押さえた。
そのタイミングで男性はリリアの頭部へ肘打ちを加え、顔を下に向けられた直後に顔面にフックを叩き込む。
握手をして以降、リリアは一方的に攻撃を受けてしまう。
最期にリリアは握手をした腕を起点に男性の肩へ担がれ、あえて頭部と肩から落ちるように背負い投げをされる。
直後KO判定の音が鳴り、男性は一つの監視カメラに向かっていき、右手を突き出し勝ち名乗りをした。
そこからのリリアの動きは速かった。
周囲の参加者には到底目で追えない速度で背後から男性の腰へ組みつく。
両足で地面を蹴り、背面へ綺麗な弧を描くジャンピングバックドロップを仕かけた。
男性の視界が監視カメラから一気に切り替わってゆく。
一切の対応ができなかった男性は頭部から豪快に叩きつけられ、完全に動かなくなった。
「まさか……一撃? それが武を心がける者の姿ですか、情けない」
興が削がれたリリアは金網内のリングから出てくる。
セシル、セフィーラのもとへ行くと、セフィーラは爆笑していた。
「はははっ、KO負けだって。本当にウケるから止めてね」
「はっ?」
「リリア、ちょっと」
リリアを睨みつけるセシルの声には怒りが籠っている。
「貴方KO負けなうえ、反則行為よ? あいつが勝った後で反撃しても意味がないの」
「私が負けていたのですか?」
「当たり前じゃないの、この世界では能力者がいないのが普通なんだと他の試合を見ていたら分かるでしょう? 貴方くらいの見た目の女の子が、あれだけ嬲られれば死んでいるか昏睡状態に陥るレベルよ。その時点でKO扱いなのは当然じゃない」
「こういう場合、絶対に判定は覆らないよ。R・ノールコロシアムでも八百長と判明した以外は覆したことがない。最初から勝てる力を持っているのに手を抜いた奴が全面的に悪い。つまり、リリアが悪い。いやー、笑ったわ」
セフィーラは完全に他人事のように語っている。
「ほら、もう君しかいないよ。あー、それとも最初に言っていた通りに優勝者から優勝賞品を後から分捕るための正当な理由作りが目的なのかな?」
「私が勝てばいいのよ。誰かさんと違って、油断なんて最初からしないし」
リリアの前に立ち、セシルは一度リリアの肩に手を置き、力をつけて押す。
普段のリリアなら微動だにしない程度の力だったが、背後に一歩後退る。
「あっ、次は私が映った」
リリアの脇を通って、セシルは金網内のリングに入っていく。
「あんな魔力も有していない雑魚なんかに平気でKO負けができるなんて本当に恥っずかしいなあ、君は全傭兵の恥だよ恥」
さっきから歯に衣着せぬ語りをセフィーラはしている。
「はい……」
リリアは意気消沈とし、泣きそうな表情で項垂れた。
別に辛辣な言葉を浴びせられて悲しいのではない。
自らの不用意な行動によって、エアルドフ王国の姫としての威厳を損ねてしまった事実が許し難く、悔し涙を流してしまいそうなだけ。
「どんな相手にも獅子搏兎の気概で臨まないと。じゃないと、こういう風に一定のルールがある場ではどんなに強者であろうと簡単に足を掬われる。これを糧にして、もっともっと強くなろうね」
リリアの背中をセフィーラが優しく擦る。
子供としか思っていなかったセフィーラがとても大きな存在にリリアは思えた。
「次はセシルが戦うよ、元気を出してリリアも応援してあげようね」
「ええ、そうですわね」
気持ちを切り替え、ひとまずはセシルの応援をしようとした。
だが、応援する必要がなかった。
セシルの対戦相手は、ごつごつとした体格の筋肉質な男性。
リリアが戦った相手とは異なり、こちらはレスラー系だった。
試合開始後、即座に間合いを詰め、セシルがアッパーカットを男性の顎に放つだけで終わる。
向かい合ってから、わずかに二、三秒程度の瞬殺。
一撃のもとに叩き潰し、これまでに行われた試合の最速を記録していた。
「ああいう風に私もしたかったのに……」
リリアは素で固まっていた。
「だったらどうして雑魚なんかに殴りたい放題させていたの?」
「私に足りないものは防御への対応力です。また、圧倒的に実戦の経験が足りません」
「更なる強者が現れた時のために受けの練習がしたかったのね。ついでに相手の技を見て、自分の技にしたかったという感じ? 確かに分かるよ、そういうの。殺し合うための実戦じゃあ、なるべく相手がなにもしないうちに対処したいからねえ。でもさあ、それは相手に失礼じゃない?」
「リリア」
二人が話していると、セシルが戻ってきた。
呼びかけた後、セシルは腕を組み、リリアの肩に軽くぶつかってくる。
「なんなのですか、いきなり」
「これ以上ないくらいあっさりと私が一回戦を勝ち抜き、リリアは一回戦負け。この事実を貴方はどう思う? リリア、罰ゲームね」
「なんなのですか、罰ゲームとは?」
「それは帰ってからのお楽しみ」
あっさり負けたことを根に持っているのか、セシルの声はどこか刺々しい。
直感的にリリアは嫌な予感がした。
「あっ」
セシルがモニターを指差す。
「また、私の番だ。誰かさんと違って忙しいわねえ」
金網内のリングに上がる前に、再びセシルはリリアの肩に軽くぶつかろうとする。
絶妙なタイミングでリリアは一歩足を引き、簡単にセシルを躱した。
それでセシルは若干態勢を崩して、リリアの胸に寄り添う形になった。
「………」
そっと、セシルはリリアに抱きつく。
本当は、セシルはなにも怒ってなどいなかった。
リリアが負けたタイミングで、この罰ゲームを与えようという案が浮かんでいた。
いつも強気なリリアを従順にさせるため、あえて態度を硬化させただけ。
「………」
静かにうつむき、セシルは金網内のリングに向かう。
リリアを傍で見れば、笑顔を見せてしまうだろう。
そう考え、表情を晒すのを避けた。