地下闘技場 1
夕暮れに差しかかった田舎の田園地帯。
そこをリリア、セシル、セフィーラの三人はゆっくりと歩いている。
いわゆる農道を散歩でもする程度の速さで。
農道を通り抜けた先には、小さな山が見える。
その麓から少し入ったところに、目指すべき目的地の仮囲い鋼板で周囲を覆われた施設。
つまりは、ヤードがあった。
「着いたねー」
どこか楽しげに、セフィーラが口にする。
三人は入り口辺りで施設内部を見渡す。
仮囲い鋼板の中は、この世界の一般的なリサイクル場と思わしき場所。
ごちゃごちゃと貴金属系のものが至るところに野ざらし状態で置かれている。
「随分とまあ……なんと言いますか」
こういう雑然とした場所が、リリアは性格上嫌い。
文句を言いつつも、リリアは施設内へ入っていく。
施設内の者は、リリアの立ち入りを即座に気づいた。
着古した作業服を着た男性従業員がフォークリフトに乗ったまま、リリアの傍までやってきた。
「あっとお……それ、コスプレって奴?」
若干、鼻で笑ってから男性は続ける。
「ここ、私有地なんすよ。一般人立入禁止なんで出て行ってくれない?」
「貴方が管理者ですか? 私たちは闘技場への参加を希望しています」
「ああ、そういうの」
フォークリフトに乗ったまま、男性は施設内の建屋を指差す。
「あの建物に入れば分かる」
それだけ言うと、フォークリフトを走らせ、男性は本来の業務に戻っていく。
「なんなのあれー、感じわる。不愛想過ぎない?」
リリアについて来ていたセシルが不満を漏らす。
「全然不愛想じゃないよ、見ての通りとっても寛容な方。いきなり無言で攻撃するわけでもなく分かりやすく説明までするんだから」
意外そうにセフィーラが語る。
「セーフティラインが広過ぎじゃないの?」
「そうでもないと、やっていけないじゃん? 君たちは一体誰を相手にした仕事をしていると思っているの。こんな仕事で常識人とか聖人君子がそこらかしこにいるとでも?」
「セフィーラは?」
「どこが」
話を振られて、セフィーラは爆笑。
常識人や聖人君子という言葉をわずか三文字で自ら否定している。
権力者ならばこだわりそうなことでもセフィーラは全く気にしていない。
「さあて、屑の溜り場はあそこだよ」
今ので機嫌が良くなったセフィーラが率先して建屋に向かう。
リリア、セシルの二人もそれに続いた。
建屋内には廃棄された大きめの電気製品がごちゃごちゃに置かれている。
一定の仕分けがなされているようだが、三人にはただ雑然と置かれているようにしか見えない。
「参加者か?」
建屋内にいた従業員の男性が声をかける。
「参加者ですわ」
「そっか、それじゃあ待っててくれ。今から退かすから」
建屋内の一つの区画に、銅板が数枚くらい重なった場所があった。
そこを男性は指差す。
「あそこになにが?」
「あの下に会場がある」
男性は重なった銅板の角まで行く。
一番下の銅板を両手で押し、斜めに一気にずらした。
銅板の下には地下室へと続く階段があった。
「あら、こんなところに隠していたんだ」
セシルとセフィーラが先に入っていく。
「へえ、今ので誰も驚かないんだな」
意外そうに男性は語る。
「別段なにも驚く要素がありませんでしたが?」
同じく意外そうにリリアは語る。
「だよな、能力者ならなおさら」
今の一言で、リリアもピンと来た。
「問題なのは今日この銅板をずらして驚かなかったのはお前ら三人と、他にはたった二人しかいないんだ。今日は本当につまらん試合になりそう」
「………」
無言のまま、リリアは軽く頷く。
つまるところ能力者は自分たちを除けば、わずか二名となる。
しかも、ただ単に驚かなかっただけで二人も能力者ではない可能性もある。
となれば、やはり最後に戦う相手はセシルで間違いない。
リリアも二人を追って階段を下りる。
階段を下った先は、コンクリートで固められた狭い地下室。
その地下室には金属製の扉しかなかった。
「なんかあったの?」
リリアが来るまで、二人は扉の前で待っていた。
「今回の試合は盛り上がりに欠ける、だそうです。能力者はおそらく二人のみ……いえ、実はいないかもしれません」
「ふーん、それなら私がリリアを倒すから」
セシルはなにげない様子で語る。
この一言に、リリアは気分を害した。
「それでね、金属製の扉の先はエレベーターがあるみたいなの。もっと地下へ行くんじゃないのかな?」
セシルが金属製扉の脇辺りにあるボタンを押す。
扉が開き、やはり中にはエレベーターが。
そして、三人はエレベーターに乗って地下へと進んだ。
十数秒程経過し、エレベーターの扉が開く。
地下には複数の監視カメラと数多くの出場者と思われる男性たちの姿があった。
「出たわー、ウチらの闘技場のパクリ」
「えっ?」
微妙に口調が悪くなっているセフィーラにリリアは反応する。
「無駄に多くの監視カメラが周囲一帯にあるだろう? あの監視カメラの向こうには、ここで戦う馬鹿の姿が映るのを今か今かと待っているサディストたちがいる。しかも全試合が賭け試合だろう。連中はこんな簡単にスナッフビデオを見れて、金まで楽に得られる機会が与えられている」
ぐだぐだと文句を言っているセフィーラ。
「それになにか関係があるのですか?」
「極楽屋のせいで闘技場の戦いを見るのは一般的になったということ」
「?」
よく分からなかったリリアが、セシルの方を見る。
「リリア、さっきの極楽屋という企業なんだけど」
「その企業がなにか?」
「総世界のマーケットシェア40%を握っているの」
「マーケットシェア?」
「市場占有率のこと。例えば、総世界中の服とか靴とか、さっき乗ったエレベーターとか全ての商品の売上高とかがその基準なの」
「?」
「リリア、鈍いのね。極楽屋創業者である桜沢一族には要警戒ということよ。彼らが一子相伝のスキル・ポテンシャル支配によって人々はいともたやすく操作される。今の闘技場人気も彼らが作り上げたものでしょう」
「へえ、いくらかは君でも知っているんだ」
普通に説明していたセシルにセフィーラは感心している。
「こういう戦いは見ているだけでも燃えるからねえ、やっぱり良い娯楽なんだろうよ」
三人がエレベーター付近で話していると、黒服の男性が近づいてきた。
「参加者か?」
「ええ、勿論」
「なら話が早い、きっと盛り上がるぞ。さあ、これに見やすいくらいの大きさで名前を書け」
リリアは男性からA4サイズのホワイトボードと黒色のマジックを手渡された。
男性はカメラを取り出し、名前を書くのを待っている。
「名前を書きました」
「だったら、名前を書いたボードを持って、こっちを見ろ」
「こうかしら?」
胸の高さ辺りにホワイトボードを掲げた。
「はい、エントリー終わったよ。次のに渡して」
写真を撮り、男性はセシルに渡すよう指示する。
同じような流れでセシルも名前を書いたが、写真を撮る際にボードを肩に乗せた微妙なポーズを取っていた。
リリア、セシルにホワイトボードを持たせたが、男性はセフィーラをスルーしている。
どう見ても子供のセフィーラは二人の子連れ程度にしか思われていない。
それに対して、セフィーラはなにも言わない。
「あそこにリングがあるだろう?」
男性が指差す方向に、周囲を金網で囲われた六角形のリングがあった。
すでに他の参加者の男性二人が向かい合い、リング内で戦っている。
どちらも武器を持たず、肉弾戦のみの戦いだった。
「あそこで戦うのですね?」
「ああ。あと、天井近くに備えつけられているパネルがあるだろう? あれには次に戦う奴の写真が映るから、自分の写真が映ったらリングに上がって戦ってくれ。勝敗はこちら側が判断する。ルールは特にない」
「分かりましたわ」
その後も金網内のリングで試合が行われていく。
それでもまだリリア、セシルは一度もパネルに表示されない。
意外に多くの者が参加しているようで、いつまでも自分の戦う番が回ってこなかった。
登場人物紹介など
極楽屋(桜沢一族が設立した企業。創始者は橘綾香。わずか二十年足らずで総世界の品物全ての売上高市場占有率40%超という空前絶後の大企業。その水準に至る理由はスキル・ポテンシャル支配にある。社員数は途轍もない数で、極楽屋とフランチャイズ契約をしている人や法人数も想像を絶する数。橘綾香の夢は人々の価値観を極楽屋がないと生活できないではなく、極楽屋しかないと生活できないまで持っていくこと)