相変わらず
リリアが自室に戻ってから約一時間が経過した頃。
「リリア」
ようやくセシルが部屋に戻ってきた。
まだ時刻はリリア・セシルが起きる時間帯の五時ではない。
なのにベッドに横たわるリリアへ普通に呼びかけている。
自分自身についてをもっと深く理解してもらい、考えを共有したい気持ちがあった。
「リリア?」
返答がなかったため、リリアの眠るベッドにセシルは腰かけた。
リリアは毛布から手を出し、時計がある方を指差す。
「あと三十分です」
目を閉じたまま、当然のようにリリアは語る。
時刻は丁度四時半。
時計も確認せずに時間を把握していた。
「リリア、起きていたの?」
「最初からずっと起きていましたよ?」
そう言いながら、手を毛布の中に戻す。
「起きないの?」
「ですから、あと三十分です」
リリアはそれ以降ベッドから起きる様子を見せない。
なにか思うところのあったセシルはリリアに顔を近づける。
「起きているのなら、ベッドから出なさいよ」
枕に手を置き、少し屈んでから寝ているリリアにキスをする。
あの時も自らのおかげでリリアが目覚めたと思っているセシルはこうすれば良いと思っている。
「………」
それでも反応がなかったので、セシルは無言で毛布を捲った。
普通に寂しさを感じていた。
「なんなのですか、全く」
不機嫌そうにリリアは身体を起こす。
「起きているのならベッドから起きて私の話を聞いたっていいじゃない」
嬉しそうにセシルはリリアのパジャマの前ボタンを外していく。
「一人でも着替えられます」
ベッドから出たリリアは普段通り紫色のドレスに着替え、朝の支度を整えていく。
同じくセシルも着替えなどを始めた。
「なにか聞かせたい話があるのですよね?」
戸棚に閉まっていた菓子パンを片手にリリアが尋ねる。
今となっては王族や庶民の関係性など気にもしない。
「……ああ、それなんだけど」
戸棚の隣にある冷蔵庫の中身を見ながら、セシルが話す。
時間が経過して次第にセシルは冷静になっていた。
知っている内容を全て話していけば、リリアにもなんらかの影響が及ぶのではないかと。
本当は、リリアを信頼したからこそ、エリーは話さなかったのではと。
「今日より魔法・鍛錬をともに積む研鑽の日々の始まりですわね、セシルさん」
セシルが言いあぐねているうちにリリアが話題を変える。
リリアにとってはセシルの話題よりも自らの今後が大事。
「ああ、そうだった」
どこかセシルの目は泳いでいる。
別にセシルは鍛錬など積みたくない。
そんなことに感けている暇があるのなら、セシルは遊んでいたい。
その日から二人の日々は固定化されていった。
リリア・セシルは魔導剣士修練場内の図書館にて魔導書を読み解き、今後に役立つであろう様々な魔法の勉学を始める。
勿論、勉学だけでなく日々の鍛錬も行い、並行してギルドの仕事も熟していく。
そのような日々を続けている間に、リリアが城を出てから半年の期間が経過していた。
自室のソファーにリリアは座っている。
ソファーの前にある壁がけテレビを眺め、リリアはぼんやりとしていた。
あのデミス戦から半年の日々が過ぎ去っている。
命の期限は、あと残り三年半程。
今日という日までに魔力や鍛錬を積んだ研鑽の日々でも、自らのレベルはわずか三万程。
リリアは焦りを感じていた。
「どうしたの、リリア? なにか面白いものでも映っているの?」
ココアの入ったカップを片手に、セシルがリリアの隣に腰かける。
テレビに映っていた番組は、バラエティ番組だった。
「うっわあ……なに、この男? 信じらんない」
ほぼ同時にソファー前のテーブルへカップを置き、乗せてあるリモコンを手に取る。
セシルの感性的に、嫌なら見るなを受信した。
「面白いものが映っていたことがあったのでしょうか?」
「あったよ?」
そう言いつつもセシルはザッピングをし続ける。
セシルがザッピングし出すと長い。
セシルはとても母性豊かな女性。
面白い番組が何一つとしてなくとも優しく受け入れ、せめて興味を引く番組を探し、その水準さえもまるで満たせないのならば、せめてテレビ番組としてあるまじき行為だが音だけはまともというラジオレベル程度のものを探す。
「驚きね……」
なにかを察したセシルはテレビを消し、リモコンをテーブルに置く。
「暗い画面が一番面白い? はん、笑わせてくれるじゃないの」
なにごとにも限度がある。
見る側に対して端からなんでもかんでもおんぶに抱っこでは、如何に母性豊かなセシルであったとしても見限る。
そして、セシルはリリアの肩に手を置く。
「どうして、リリアはあんなにつまらないどころか不愉快な番組を? 私には到底無理」
半笑いをしながら、セシルは話している。
「見ていませんでした」
「ん?」
リリアはセシルと異なり、見ていても見ていないを普通にできるタイプ。
深く考えていたリリアは先程までテレビに映っていた内容を知らない。
「私、決めましたの」
「ん、なにを?」
リリアにセシルはもたれかかる。
体勢を崩さぬよう、わざとリリアの胸を鷲掴みしながら。
結構がっつりとセシルは過度なスキンシップをするようになっていた。
「このギルドを抜けようと思います」
怒りが湧いたが、声にも表情にも出さずリリアは話す。
「どうして? ここにいれば安泰よ?」
セシルはリリアの首筋に手を回し、抱きついて頬を寄せる。
「私に残された命の期限はあと三年半です。このままの環境では、私がデミスに勝利するなど夢のまた夢。これでは駄目なのです」
このギルドへ入り、経験を積み、能力が増し始めたからこそ分かること。
まず環境から変えてみたいのがリリアの考え。
「それならそれでいいと思うよ。私はリリアの考えに賛同するから」
「ありがとうございます。では、明日にでも……」
「でもさ、次はどこに行くつもり? 他に当てでもあるの?」
「ありませんよ?」
「それは困ったわね」
なんとなくセシルはリリアの焦りの度合いが分かった気がした。
「だとすれば、スクイードに……これから辞めるのにあいつに聞くのは不味いか。次の仕事で上位組織リバースの誰かが来たら当てを作ってもらえばいいんじゃないのかな? それが一番楽そう」
「リバースの方たちですか。彼らに聞いてみるのも手ですね」
話はスムーズに進んだ。
それから、数時間後。
リリア、セシルは次なる依頼を受け取りにスクイードへ会いにいく。
スクイードの自室を訪ね、扉の前に立つと室内からわずかに話し声が聞こえた。
「スクイードさん、入りますよ」
一度、呼びかけてから二人は室内へと入る。
大きめな黒色の役員用机の椅子にもたれかかり、スクイードが誰かと話していた。
特殊な刺繍のされたワンピース状の民族衣装を着用した細身の女性。
青から水色のグラデーションがかった長い髪、綺麗な青色の瞳をしている。
リリアはこの女性に見覚えがあった。
「ん? 誰?」
興味なさげにリリア、セシルを軽く指差してスクイードに聞いている。
リリアの見立て違いでなければ、この女性は手配書に載っていたR・ノール。
「彼女たちは、ウチのスイーパーで半年程前に加入したリリア、セシルです。二人ともなかなかの逸材ですよ」
「そっ、良かったね」
別段それ以上の感想はないようで、それだけで二人についての話は終わる。
「それじゃあ、スクイード。これ渡していくね」
いつの間にか、ノールの手には紙束があった。
それをスクイードの机に置く。
「いつもありがとうございます。これで今月もギルドとして運営ができます」
「これはちょっとなーっと思える仕事があったら、その依頼書は早いうちに返却してね。他に回すから」
スクイード、そしてリリア、セシルに軽く手を振る。
次第に雪が溶けるように、ノールは消えていく。
ゲートを扱わない特殊な空間転移の手法を行っていた。
「新しい依頼を確認しに来たんだよね? 丁度良かったよ、たった今仕事が入ったところ」
「あの人がR・ノールですね?」
「そう、ノールさん。総世界中から上位組織のノールさんたちが集めてきた依頼書をいつも月初め頃に下位組織のギルドに渡して行っているんだ」
「そのようなことをしていたのですか」
なんとなくリリアは、普通なら対応が逆じゃないかと思った。
下っ端に仕事を回収させ、上位組織だけが旨味のある仕事を先に熟し、どうでもいいものを下位組織が行うはず。
「上位とか下位とかそういう区分分けがされているのに、オレたちが得するように一元管理してくれているんだ。おかげで同業同士で無駄な過当競争もなく、陥れたりもする必要もなく、依頼だけに集中できるようになった」
「そうなのですか」
「特に上納金も納める必要もなくなり、無駄に文句の言い合いをするだけの会合に参加する必要がなくなったのは本当にありがたいね。悪かったところを全部ノールさんが変えてくれた」
どこか楽しそうにスクイードは語る。
以前の傭兵集団の支配体制は今に比べれば酷いものだったとスクイードは思っている。
「昔は荒れていたの?」
気になったセシルが尋ねる。
自分とは関係のない組織の悪い話を他人事レベルで聞くのが好き。
「とってもね。皆が皆、凄いギラギラしていたよ、権力欲や支配欲とかが凄くて。あの時はヤバい意味でのひた向きさがあったなあ。それは傭兵集団のせいでもあるんだけど」
「傭兵集団って?」
「傭兵集団は以前のオレたちの上位組織。でも、意味なんてないよ。あの組織に集って会合なんかやってんのに協力関係なんてありゃしない。上納金や行える仕事量だけしか決まらないもん、あれじゃ本当に意味がないよ」
先程、ノールから受け取った依頼書をスクイードはリリア、セシルに見せる。
「そういえば、今日で二人が加入してから半年が経過したな。今回の仕事から自分の好きな仕事をしてきてもいいぞ。それにタッグで行動しなくても構わない」
この半年間の間でリリア・セシルはスクイードからとても信頼されていた。
問題なのは、その二人がギルドから抜けようとしていること。