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エヴァレットの補佐の役目を終えたリリアとセシル。
二人は空間転移により、魔導剣士修練場宿舎最上階のギルドのエレベーターフロアへ戻ってきた。
リリアに背負われたセシルはフリーマンに首を折られてから、まだ意識が戻っていない。
セシルが強いと判断しているせいで、リリアは回復魔法をなぜか扱わなかった。
「帰ってきたようだな」
エレベーターフロアには、スクイードがいた。
事前にエヴァレットから連絡を受けていたらしい。
「エヴァレットは複数の仕事を兼務して、ゆっくりとしたペースで仕事を熟すタイプだからもっと長くあの世界にいると思っていたんだ。まさか、一日で終わらせるとはな」
「……そうですわね」
あまり、リリアに元気がない。
「どうした、元気がないな。なにかあったのか?」
「結局、私は補助としての役目しか果たせませんでした。敵とする者を倒し、仕事を熟したのはエヴァレットさんです。どうすれば、私は強くなり得るでしょうか」
「強くなる方法か……それは、このオレ自身も知りたいことだ」
静かにスクイードは頷く。
「強くなるには色々な努力を積み重ねる必要があるとオレは思っている。魔力流動を行い、魔力の質を向上させ、自らの魔力量を増やし、そして魔導書を読み漁ることなどだ」
「やはり、魔力と魔導書が大事ですか」
「勿論、備わった実力を発揮するための実戦経験もね。今、リリアは自らの実力不足を感じているのだろう?」
「その通りです」
「それなら今は着実に鍛錬を積むことだ。いいね、リリア?」
スクイードは歩いて、リリアの隣に立ち、背負われているセシルの肩に手を置く。
「セシル、生きているよね?」
「生きておりますよ、首の骨を折られましたが」
「とりあえず、回復魔法をかけてあげようか。今日することが特にないのなら、セシルの看護を仕事としてほしい」
「分かりましたわ」
返答の後、リリアはセシルとともに自室に戻っていった。
自室に戻ったリリアは、セシル用のベッドにセシルを寝かせる。
こちらのベッドもベッドメイキングは行っており、普段扱っていないが別に埃っぽいわけではない。
セシルを寝かせてから、リリアは回復魔法を発動する。
セシルの首の骨折はあっさりと治った。
「あれ……私……」
セシルはようやく目覚めた。
「気づきましたか?」
「ここは……?」
「私たちの部屋です」
「本当だ……いつもと景色が違うなあと思ったら、私たちのベッドではない方に寝ていたのね」
「セシルさんにとっては、そちらが本来の寝場所です」
「よいしょ……っと」
上半身を起こし、ベッドから立ち上がる。
「セシルさん、もう少し横になっていた方が」
「ええ、そうね」
ゆっくりとリリアの方のベッドへ横になる。
一連の流れにリリアは、イラッとした気がした。
「あの世界での仕事は終わったの?」
「終わりましたよ、エヴァレットさんが能力者を倒しましたので」
「エヴァレットが? へえ、意外」
なにか興味をなくしたような反応をセシルは見せた。
「あの広範囲をカバーできる能力者はどう考えてもルーラークラスの猛者なはず。本来ならえげつない程に強いはずなのに、エヴァレット程度に負けているようじゃ底が知れるわね。今はそんなことより……」
セシルはリリアに手招きする。
セシルの傍まで行き、リリアはベッドに腰かけた。
「私に魔法を教えてほしいのよね?」
「そうです、お願いします」
「リリア、手を」
セシルは毛布から右手を差し出す。
それをリリアは握手する形で握る。
ふっと、リリアへとなにかが流れ込んでくるのを感じた。
「魔法を……覚えたんじゃないのかしら?」
「そ、そのようですね。今まで知らなかった魔法までもが扱えそうです……?」
あることにリリアは気がつく。
セシルが衰弱していると。
「魔法ってね、意外と簡単に教えられるの……」
「セシルさん? 一体どうしたのですか?」
「魔法を教えるのは簡単。でも、こういう風に体力を消耗してしまうの。私のことは気にしなくていいわ、好きでやっているのだから」
「どうして先に話してくださらなかったのですか」
「理由を聞けば、貴方のことだから断るような気がして。でも、この際はいいじゃないの」
優しくセシルは頬笑む。
その姿にリリアは申しわけない気持ちが芽生えた。
「でもね、なんでもかんでも覚えられるわけじゃない。高等魔法になればなる程に、教える側の負担が絶大になり、最悪の場合はなにも教えられず死に至ってしまう。私が教えられたのは、簡単な魔法。これ以上を望むのなら今後は私と一緒に魔導書を読んで魔法のお勉強をしないとね」
「やはり勉学はしなくてはならないのですね」
「リリア、私の言うことを聞くって約束よね?」
「ええ、なにをすればよろしいですか?」
「そうね……」
じっと、セシルはリリアを見つめる。
「今の服装を着替えてもらえないかな? 流石に迷彩服を着たままってのは萎える」
「萎える?」
不思議に思いつつも、リリアも迷彩服からドレスへ着替えたかった。
「着替えるのなら、私の前でね」
「はあ、そうですか」
とりあえず、リリアは魔力を高める。
炎人の能力を駆使し、自らの身体に収納してあるドレスを取り出すために。
腹部辺りに手を入れ、ドレスを取り出すと迷彩服を脱いでドレスをまとっていく。
その際、セシルが一度も目を逸らさず注視していたのがリリアは気になっていた。
「リリアはさ……私のことどう思う?」
「えっ?」
唐突な話にリリアは少し反応が遅れた。
「別になんとも思っていないとか?」
「いえ、その。笑われてしまうかもしれませんが……」
「笑うの? 私が?」
「私はセシルさんを友人と思っています」
「?」
特にセシルはなんの返答もしない。
「私は姫という者である手前、友人と呼べる者は一人もいませんでしたの。私に仕える者は皆一様に私の侍女であり使用人としての立場を崩しません。なので、姫としての地位を知っていてなお、私を普通の女性として接してくれるセシルさんが好きなのかもしれません」
「好き? もうそれつまりは恋愛感情?」
「……人として好きなのであって恋愛感情ではありませんよ、私たちは良き友人ですね」
「私の言うことを聞くんじゃなかったの?」
「そうなりますか」
「認めてもいいじゃないの、別に。なにも減るものでもないし」
「………」
強引に友人ではなく、恋人という流れにされ、リリアは不満げ。
だが、実際はそうではないので一応そういう関係にしておくことにした。
先に話したことだが、セシルがどう思っている?と聞いた理由。
それは単に着替えをじっと眺めている自らがどう思われたかを知りたかっただけ。
「そんなに嫌だった? 別に今日だけって話なんだからいいじゃない」
「えっ? ええ」
「それはそうと、またリリアに魔法を教えられるようになったらお願いを聞いてもらうからね」
「ええ、こちらこそお願いしますわ」
やはり何事も楽はできないなと思い、リリアは勉学に対する意欲を持つことにした。