戦場入り
補助の役割のため、空間転移を発動したリリアとセシル。
エヴァレットを対象に空間転移を発動したので、すぐにエヴァレットの姿を確認できた。
とある部屋の一室で。
室内は砂や埃に塗れ、壁には穴が開き、とても荒れ果てた様子で人が住めるような状況ではない。
割れた窓の近くに開いた小さな穴から、迷彩服を着たエヴァレットがライフルのスコープを確認しつつ、銃口を外へ向けていた。
「なんだ……リリアか、驚かすなよ」
魔力の衝動を感じ、エヴァレットは振り返り、二人を確認した。
「私もいるじゃん?」
セシルが今の一言に反応する。
「ああ、悪い悪い。ところで、二人はなにをしに?」
「それがですね」
「あっ、二人ともここではしゃがんだ方がいい」
「えっ?」
エヴァレットの発言の後。
割れた窓の外から、きらっと光るものがリリアの目に映る。
それは数秒もかからずに到達し、自らへ被弾直前にリリアは虫を掴む要領で軽くキャッチした。
「なんですの、これは?」
手のひらの中を確認する。
掴んだものは弾丸だった。
「この辺の区画一つ一つで狙われているから気をつけて、って言うつもりだったんだ」
「区画とは? 敵が近くにいるのでしたら、さっさと倒しに行きましょう」
とりあえず、リリアとセシルは割れた窓から少し離れ、しゃがみ込む。
「そんなに意気込む必要はないよ。こういう近代的な世界では戦いが長引けば長引く程に儲かるから」
エヴァレットは持っていたライフルを床に置き、リリアとセシルの前に座る。
「さっき撃たれて、どう思った?」
「撃たれた……とは? これのことですか?」
持っていた弾丸をエヴァレットに見せる。
リリアは銃という武器があることを知らない。
「そうか、リリアは銃という武器を知らないのか。銃というのは遠くにいる相手にも攻撃ができる武器だ。攻撃について拳では殴るだが、銃では撃つという表現になる。威力も相当で、至近距離ならさらに攻撃力があるが、ただしそれは魔力を持たぬ人への威力だ」
「ああ、ですから羽虫が身体にふれた程度の威力だったのですか。痛くもかゆくもありませんね」
ぽいっと、リリアは弾丸を床に捨てる。
「それが、この辺の最大火力。目でも楽々で追えて、当たっても痛くもない。だとすれば、この場所での戦いが長引けば長引く程にオレとしては嬉しい」
「それではなにも楽しくないではないですか」
「楽しくなくても問題ないじゃん、それが仕事なんだから。もし今やっている仕事が楽しくなくてやりたくないのであれば、そこに楽しいと思えるなにかを見つけ出さないと。オレはこの戦場で仲間たちと一緒に一日一区画ずつでも進めていければそれでいいんだよ」
「仲間? 他の隊員の方ですか?」
「現地の軍隊のこと。ヴァイロンやアサキットとかじゃないよ。それじゃあ、オレはまた仕事に戻ろうと思うけど、二人はどうする? 二人も銃を使うか?」
エヴァレットが部屋の隅を指差す。
そこには、複数の古い銃が置いてあった。
「旧式が好きなんだよ」
なにか言われる前に、エヴァレットは話す。
「遠距離を狙うのは、私の性に合いません」
「隊長やヴァイロンと同じことを言うんだな。元々、剣や魔法でなんとかする世界で暮らしていたからか」
「そういや、スクイードを隊長と呼ぶのはどうして?」
暇そうに話を聞いていたセシルが以前から疑問に思っていたことを尋ねる。
理由を知っているリリアが一瞬ぴくりと反応したが、なにも語らないようにした。
「ああ、それな……」
静かに、エヴァレットが語り出す。
「スイーパーに所属する者は、一人を除き、とある国の兵士だったんだ。今から四十年くらい前に、たった一人の魔族に滅ぼされた国のね。魔族化されてしまい、国にいられなくなった生き残りたちの集まりが傭兵部隊スイーパーだよ」
「そうなの、大変ねえ」
セシルはあんまり興味がなかった。
「魔族になるのは不本意だったが、それでも今では感謝しているよ。多分、メンバーの中では隊長が一番感謝しているんじゃないのかな?」
床に置いた銃を手に取り、エヴァレットは銃の手入れを始める。
話をしていると次第にリラックスしてくるタイプらしい。
「昔のスクイード隊長は無骨で物静かな……なんというか、背中で語るタイプの格好良い男だったんだ。かなり筋肉質な筋骨隆々とした身体で大きな戦斧を振り回し、隊を先陣切って率いていく。あの姿にオレは心打たれたんだ。でも、今の隊長はなんか変わっちゃって」
「雰囲気でも変わったの?」
「いや、もう全然。当時、隊長は60才くらいだったから」
「えっ、60才?」
「でも魔族化したら一気に若返ったんだ。魔族は寿命が500才くらいで、しかも成人と認められる年令が80才だから隊長でも未成年となるからその弊害だろうな。若返りもしたが、それと一緒に性格も変わった。国を守れず、魔族になってしまい、精神が壊れちゃったんだ」
「………」
リリアは静かに聞いている。
少しだけにやけて、セシルがリリアの方を見る。
もうこの話には興味が欠片もない様子。
「そんなオレたちにも再起の目が出た。なぜなら、隊長が宝くじの一等を当てて億万長者になったからだ。その資金を糧にスイーパーを発足し、オレたちは強くなり順調に物事が流れて、隊長も魔導剣士修練場の会長になれた」
「スクイードって整形した?」
急にセシルが尋ねる。
「ああ、そうだ。見た目も性格も変わったよ。一般的なイケメンと呼ばれる優男になってしまったな」
「やっぱり整形だったんだ、あの顔」
そこにだけは、セシルも興味を示している。
「……ん?」
なにかを感じ取ったエヴァレットが銃の手入れをしていた手を止める。
次の瞬間、三人がいる部屋の壁をぶち破り、砲弾が飛んできた。
床に当たったタイミングで炸裂し、室内が滅茶苦茶になった。
「なんなのですか、今のは?」
部屋は滅茶苦茶になったが、まるで動じず床にしゃがんだままのリリアが聞く。
リリアもそうだが誰も怪我をしていない。
また、魔力で身を守っていたおかげか誰も砂埃なども衣服に着いていない。
「あー、くっそ。完全に油断していた。なんかもう宿舎にいる感じで気を張るのを忘れていたわ。一旦、地下の方に空間転移するぞ。普通ならバラバラに四散しているところだからな」
「なぜ、地下へ?」
「元々地下にいて、難を逃れたことにする。敵に対しても味方に対してもだ」
そういうと、エヴァレットは二人の腕を掴み、この家の地下へ空間転移する。
地下室もまた荒れ果てていた。
「攻撃を受けた時に思い出したけど、最大火力はついさっきの戦車という動く鉄の塊から放たれる砲弾だったよ。普通なら木っ端微塵になるから気をつけて」
「なっていませんが?」
「ならないから気をつけて、って意味だよ。こういうのを目の前で見られたら、確実にフーファイター扱い。明らかに能力者だと分かりやす過ぎて標的にも気づかれてしまうのが嫌だし」
「標的とは?」
「つまりは能力者狩りだよ。ここでの本当の仕事は、総世界政府クロノスが禁止しているはずの一般人同士の戦争へ能力加担をフルに発揮している能力者を排除することだ」
「なんだ、面白そうな仕事ではないですか。私がしたいのはそういう悪党を倒すことです」
つまらない仕事ではないと分かり、リリアもやる気が出てきた。
「悪党……なのは、この辺に潜伏している全員だろうな。金をもらって好き好んで人を殺している奴らばかりだし。その最たる例が能力者であるのは確かだけど」
「では、その能力者を倒しに行きましょう」
「そんな簡単には見つからないよ。オレたちのように先陣を切らなくとも場を荒せる能力者は相当な腕の者だ。尖兵を放って見物しているだけでいいのだから」
「それは、相手方の司令官ということでしょうか?」
「どうなんだろ? まだ、それもよく分からないんだ」
エヴァレットも情報がないのか適当な返答をする。
「とりあえず、私とセシルさんで情報収集をしてきますわ」
「えっ、私も?」
セシルは驚いている。
エヴァレット同様にのんびりするつもりだったらしい。
「オレと別行動をするなら、まずは服装を変えてきてくれ。二人の格好は、この世界に相応しくない。コスプレと呼ばれる部類だ」
「コスプレとは?」
リリアにとって、それは初めて聞く言葉。
「その……悪いけど、炎人衣装も選択肢に入れないでほしい。そういったその、魔力体が生まれた時から着ている大事なものなんだろ?」
なにかできるだけ、ふれたくない事柄なのか、エヴァレットはフォローを多大に語りながら説明している。
それが、エヴァレットの話を聞いている際にリリアが受けた印象。
「炎人衣装? 聞いたことがありませんね……私も生まれていた際に着ていたのでしょうか? 数年前に記憶を失ってしまった私にはそれすらも分かりません」
「リリアは昔の記憶がないのか?」
「ええ、その衣装についても私には分かりかねます」
「それなら他の魔力体に聞いてみたらいいと思うよ。そういうのは、やっぱり同じ種族にしか分からないからな……」
エヴァレットはポケットからスマートフォンを取り出す。
「二人が来る以前からウチのギルドで紅一点の活躍をする女性剣士がいるんだ。オレには女性のファッションは専門外だから、その人に服装とかは聞いてほしいな」
スマートフォンを操作し、電話で誰かと会話を始めた。
「………」
リリアは不審げな者を見る目つきになっていた。
「リリアは電話を知らないのよね?」
なんとなく感覚で分かったセシルが聞く。
「あの、どういった物事を?」
「エヴァレットが手に持っているものはスマートフォンという電話機。電話機は肉眼では到底見えない先にいる相手にも会話ができる物体。リリアもスマートフォンを持っていれば、貴方のお父さんとギルドにいても話すことができるよ」
「一体なんなのですか、それは。非常に便利なものなんですね。ぜひ、私も欲しいです」
「今度、服を見に行くついでに買いに行きましょう」
「二人とも、話はついたよ」
スマートフォンをポケットにしまい、エヴァレットが呼びかける。
「一度、ギルドに戻ってエリーに話を通して」
「エリー?」
エリーという言葉にセシルが反応を示す。
「どうした?」
「ああ、その。知っている人と同じ名前だったから」
「もしかしたら、その人だったりしてな」
笑みを浮かべつつ、エヴァレットは話す。
「それでは、私たちはギルドへ戻りますわ」
リリアが空間転移を発動。
一度、リリアたちはギルドへと戻った。
「エヴァレット」
二人がいなくなった地下室内から、女性の声が聞こえる。
「……なんでしょうか?」
若干、声のトーンを落とした声で、エヴァレットは返事をする。
胸の前に手を組み、祈りの仕草をしている一人の女性が地下室の隅にいた。
すらっとした体形で、綺麗な銀髪のしおらしい可憐な女性。
白い法衣をまとう女性からは猫のような尻尾と耳が見える。
ネコ人という種族の女性だった。
「あの二人、挨拶ができないの?」
優しそうに語るが、どこか怒っているようにも聞こえる。
「能力が高くないと、ルインさんには気づけないと思います」
笑顔で頬笑み、エヴァレットは語った。
以前のルインとは、大きく異なった反応を見せた。
以前にあったはずの破綻した性格や狂った性質、威圧的な態度は毛程もない。
それどころか、清楚で純真なシスターを思わせる人格となっていた。
また、ルインが傍にいてくれる間は優しい気持ちとなり自然と笑みが零れる。
暖かみを感じ、晴れやかな気持ちとなれた。
ルインとのレベル差の大きいエヴァレットも普通に接していられるのは、この変化によるもの。
「もしかして、貴方たちのところに新人が?」
「そうなんですよ、十数年振りに新人が入ってくれたんです」
「早々に辞めてもらいましょう」
「う、腕は立つらしいので、それだけは勘弁してください……」
「こんな稼業に女性なんて要らないの」
仄かに、ルインは頬笑みを浮かべる。
「女性は好きな人を見つけて、故郷の世界で静かに慎ましく暮らしているのがなによりも一番なの。私だけの神がそう説いている」
「………」
エヴァレットは普通に返答に困っている。
元々求道者であったルインは力を求め、極めた末に自らの内に神を見出した。
他人からすれば単なる思い込みだが、ルインにとっては桜沢一族の桜沢綾香に次ぐ程の絶大な信頼を寄せられる存在。
神を崇めておらず、一切の宗教を否定するルインが信奉するものとは。
つまりはそれは、自分自身。
神がと称していても、本質的には自らの意見を述べているだけだが、ルイン本人は天啓だと思い描き発言している。
とはいえ、ルインの語る神が具体的になんなのかは誰も知らない。
「ルインさん自身はその生き方をしないのですか?」
「ふふっ……」
小さくルインは頬笑んだ。
「あの二人が戻ってきたら、また来るから」
それだけ語り、空間転移の発動もなくルインは消えた。