補助の役目
翌日の昼を過ぎた頃。
支度を終えたリリアが、洗面所にいるセシルに声をかける。
「さて、準備は整いましたか?」
「はいはい、準備オーケーよ」
のんきにセシルは髪をドライヤーで整えていた。
張り切っているリリアとは打って変わり、あまりやる気のないセシル。
次の仕事を受けるため、二人は自室を出て、スクイードの部屋へ向かった。
「スクイードさん、いらっしゃいますか?」
スクイードの部屋の扉をノックし、出てくるのを待つ。
「どうしたの?」
いつものビジネスカジュアルの服装でスクイードが部屋から出てきた。
「仕事を受けに来ました」
「本当に? いくら散財してもあれだけの金なら数ヶ月くらいは仕事なんかしなくてもいいだろ?」
「私は決して休みを取りたいのではありません。戦い、そして強くなりたいのです」
「そうか、流石だな、リリアは」
スクイードは腕を組み、うなずく。
昨日の様子から立ち直りには、リリアもセシルも時間がかかるだろうと思っていたが、そうではなかった。
「傭兵としての素質が、リリアには元々備わっていたのだろうな。しかし、今は肝心の仕事がなあ。もし、仕事をしたいのであれば、エヴァレットの補助をお願いしたい」
「補助……ですか?」
「本当は、リリアたちに休暇を取らせるつもりで、あの依頼金を渡したんだ。だからすぐには来ないと思っていたんだよ。なにが言いたいかというと、今は仕事が特にない。あったとしても他の隊員の補助だ」
「それでしたら補助でも構いません。私も戦うことはできますよね?」
「状況にもよるだろうが、戦うことにはなるだろう。前回のように標的が明白に決まっている依頼ではないからな。リリア、セシルは先にも話した通り、エヴァレットの補助をしてもらう。エヴァレットのもとへ行けば仕事についてを色々と教えてもらえるから会いに行ってほしい。ああ、それと……」
一旦、スクイードは自室に戻っていき、十数枚の紙束を2セット持って出てきた。
「まずは、これを見てほしい」
「ええ」
リリアが受け取り、もう一つの束をセシルに手渡す。
渡されたものは手配書だった。
一番上の手配書には、水人の種族衣装をまとう、グラデーションがかった綺麗な青い髪をした華奢な若い女性が映っていた。
手配書であるのにもかかわらず、写真撮影専門のスタジオで写したモデルのように綺麗な画質で載っている。
「以前伝えた上位組織の話を覚えているかな? そこに映っている人が、上位組織歩合制傭兵部隊リバースの統領R・ノールさん」
「他の傭兵組織を手中に収める程の者と聞いておりましたので、一体どのような豪傑なのかと思えば、R・ノールとは細身の女性だったのですね。それに懸賞金額が普段聞いたこともない額……なにをしたらこのような額に?」
「この人は最早住む世界が違う、そのように思わないとやっていられない」
それから、スクイードは思い出すように語り出した。
「今から、二十数年前に数百の世界を股にかけた総世界規模の大戦争が起きたんだ。戦犯はR一族と呼ばれる者たちと、それに組する一派の者たち。総世界政府クロノスがR一族たちと戦っていたが非常に劣勢だった。にもかかわらず、ある日突然世界は平定した」
すっと、スクイードは人差し指を掲げる。
「わずかに一時間、しかもたった一人で平定させたのがR・ノールさん。当時の大戦争、第一次広域総世界戦を仕かけたR一族とは敵対関係だったけど、R・ノールさんは当時も今もR一族の当主だから当然なんらかの説明責任や謝罪をする必要があるはずだ。でも、二度目の第二次広域総世界戦でR一族への批判は全てトーンダウンしたから、もう誰もなにも言えない」
「ええと、私が生まれる前にそのような大戦争があったのですか。初めて聞きました。R一族という者たちは恐るべき者たちなのですね」
「多分、R一族は全て化け物なんだと思う。R・ノールさんを見ていると普通にそう思うもん。今それはいいとして、他の面子の顔も見ていって」
リリアは頷き、他の手配書を見ていく。
他の者たちも明らかにスタジオで撮ってもらったような写りで、懸賞金額が全て異様な数値。
この金額は恐らく各々の強さと比例しており、絶対に手を出すなとの意味合いもあるのだろうというのが見て取れる。
その中には、エレメンタルマスター討伐の際に会ったライルの姿もあった。
「あの優しそうなライルさんもおりますね。まさか、賞金首で悪党だとは思いませんでした」
「ライルさんで気づいたと思うけど、それが歩合制傭兵部隊リバースに所属している人たちの写真。その中の誰かが、エヴァレットのところに行ったら確認しにくるはずだから見た目だけでも覚えておくように」
「ええと、R・ノール、R・エール、春川杏里、橘綾香、ルイン、テリー、ライル、ルウ、ジーニアス、R・シスイの十名ですね。先程話していたR一族が三人もいるとは……成程、だからこその少人数」
前提知識のないリリアは特にR一族に該当する三人を注視していた。
「そう思うだろ。でも、歩合制傭兵部隊リバースの所属人数が少人数なのはスカウトの仕方が下手だからだな。統領、副統領のR・ノールさんと春川杏里さんはどこか夢見がちというか。多分、二人とも内なる自分の世界を持っていると思う」
顎に手を置き、スクイードは思い出しながら話す。
「あの二人は就職説明会と称して自分の屋敷でスカウト会を開いていたな。どんなものか見に行ったら、明らかに着慣れていないスーツを着込んで、あの二人下らないことをニコニコしながら聞いてくるんだよ。率直に、ここは駄目だなと思ったよ」
「よく分からない人たちですね。他の方たちも同じですか?」
「他の人たちは、ライルさんに近いかな。あーあと、テリーさんは聖帝会という宗教の組長なんだ。リバースと聖帝会は協力関係で、聖帝会の人も助けに来てくれる。聖帝会からは、アーティさんとリュウさんが派遣されて来てくれるけど、アーティさんが一番ヤバいから気をつけて」
「どのように、ヤバいのですか?」
この問いかけに、スクイードは口籠る。
聖帝会のアーティとは、同組織聖帝会の№2であり竜人族の男性。
傭兵稼業時には毎回着古した黒い上下スウェットを着用し、片手に鉄の剣を持って現れる。
茶髪で温和そうな表情をしており、上から目線や弱者に辛辣などの行為は行わない性格で一見すれば人の良さそうな人物とも思える。
だが、倫理観が欠如しているため無意識に悪意ある発言や行為をしてしまう。
死にそうな者がいれば喪服を着てくるのは当たり前で、平気で営業(宗教の勧誘)を行うのがヤバさに関わる氷山の一角。
「……色々あり過ぎてどう説明して良いやら」
言えば悪口になってしまうため、スクイードは説明を諦めた。
「心がけますわ」
「それじゃあ、オレは資料作成とスケジュール確認に会議の段取り確認と忙しいから」
話したかったことを言い終えたスクイードは自室へ戻っていく。
「はいこれ」
結局一枚も手配書を見ていなかったセシルがリリアに手配書を手渡す。
「それは、セシルさんの分です」
「私にはリリアがいるから、これは全然要らないの」
「セシルさんも覚えてください」
「努力するわ」
リリアの顔に手配書の束を軽く押しつける。
「さて……」
若干イラっとしたリリアはセシルから手配書の束を取り上げ、炎人能力を駆使し身体に収納した。
「それでは空間転移を発動しますね」
リリアはエヴァレットを対象に空間転移を発動。
行先は全く分からないが、周囲の風景が一変していく。