分け前
空間転移によって、リリアは魔導剣士修練場のギルド用フロアロビーに現れる。
「おかえり、リリア」
スクイードがダークナイトの甲冑を脱いだ普段通りのビジネスカジュアルな服装でリリアを待っていた。
ロビーの床にそのまま甲冑を置いている。
禍々しく、そして重そうなダークナイトの甲冑をまとう理由がリリアには分からなかった。
「今回の仕事、どうだった?」
「とても気分の良いものとは思えません。あれは私が望んでいたものとは大きく乖離し過ぎています」
リリアは腕で涙を拭う。
「望んでいたものって?」
「私は弱者をいたぶる無頼漢や平和を揺るがす悪党などを成敗したいと考えておりました」
「残念だけど、弱者をいたぶる無頼漢や平和を揺るがす悪党はオレたちだ。リリアにも今後もそういう行動を取ってもらう」
「………」
現実を前にし、リリアの心中は穏やかでない。
あのような辛くて苦しい思いはもうたくさんだった。
「辞めるかい、この仕事?」
少し覇気のない声でスクイードは聞く。
聞きたくなかったが聞かざるを得ない状況なのは、スクイード自身が分かっていた。
「いえ、辞めるなどあり得ません。私は強くなると心に決めたのです。私にはなにがどうあろうと打ち倒すべき存在がいるのです」
「続けてくれるんだな」
分かりやすいくらいにスクイードは元気になる。
そして、リリアの手を握る。
「リリアが強くなりたくて、ウチのギルドに在籍してくれるのならこっちはもう大歓迎だ。いつまでもオレたちとともに仕事をしてもらいたい。ああ、それと……」
手を離し、スクイードは手のひらを上向きに広げ、空間転移を発動させる。
手のひらには、見覚えのある二つの小箱が現れた。
仕事の依頼料として大臣が手渡した宝石やお金が入った小箱だった。
「これはリリア、セシルの分け前だ」
「スクイードさんの分は?」
「今回の仕事はリリア、セシルのために請け負った仕事だ。取り分は二人だけのもの。二つの小箱内のものは均一じゃないから二人で調整して分けてほしい」
二つの小箱をスクイードはリリアに手渡した。
「次の仕事があるから、オレはもう行くな。もしもなにか次の仕事がしたいなあと思ったら、オレに声をかけるように。いいな?」
「ええ」
床に置いてある甲冑を担ぎ、せかせかと急いだ様子でスクイードは自室の方に歩いていく。
ギルドの長であり、魔導剣士修練場の会長であるスクイードはとても忙しい身であった。
「セシルさんも気になりますし、私も戻りますか」
炎人能力を駆使し、リリアはお腹辺りに小箱を収納していく。
それから、リリアも自室に戻っていった。
「戻りましたよ」
自室の扉を開き、室内に入る。
「リリア!」
帰りを待っていたセシルが急いだ様子でリリアに抱きついてきた。
「セシルさん、お身体のご様子は……」
全てを語る前に、セシルはリリアと口づけを交わす。
「………」
よく分からないリリアはぴたりと止まり、されるがままになっている。
数秒程、口づけを交わしていたがセシルは離れた。
「リリアの回復魔法のおかげで、身体は全部良くなったわ。本当にありがとう」
「あの、今のは一体なんなのですか?」
「?」
なんなのかと聞かれても、セシルはリリアがなにを聞きたいのかが分からない。
リリアの暮らしていた世界には、口づけを交わすという文化がそもそも存在しない。
リリアの認識的には、自らが城で飼っているペットがする行為と同じ。
「今のは、キスといって……」
ふと、セシルにもなんとなく意味が分かる。
キスという行為自体がないのだと。
あえて全てを語れば、リリアが離れていきそうな気がして、セシルは口籠る。
セシルは距離感が分からなくなっていた。
「そういえば、リリア。貴方はいつも普段着がドレスじゃない? もう少し、動きやすいものを着た方がいいと思うの」
別の話題を振って、セシルは誤魔化す。
「御冗談を。この私という品の良い淑女であり、うら若き姫が下々の者が着用する服を好んで着るなどあり得ません」
「えっ? この前、ジムでスポーツウェア着ていたじゃないの? それじゃあ、買い物に行きましょう」
そのまま、リリアを買い物へ連れ出す。
言葉では拒否していても、意外とリリアはなんでも着ている。
セシルは別にリリアの服が買いたいわけではなく、ボロボロになった自らの服を買い替えたいために連れ出していた。
それから数時間かけ、魔導剣士修練場近くの街でショッピングを楽しむ。
色々と胸中に渦巻くものがあり、気持ちが落ち着くか不安だったリリアも胸のつかえが取れ、気持ちが和んでいった。
服を調達し終えた二人が自室に戻ってきたのは、辺りが暗くなってからだった。
「はあー、疲れた。でも、楽しかったねえリリア」
買ってきたものをソファーに置き、セシルもソファーに座る。
「そうですね、買い物ができて私も楽しかったです」
リリアもセシルの隣に座る。
「今思えば、わずかに二週間程前だと私は買い物にすら一人で城から出られない姫としての生活をしていたのですね。随分と世界が広がりました」
「ああ、そうそう。これをリリアに渡しておくわ」
以前見たことのある銀製品のティアラをリリアに手渡す。
「それは確か、お城で盗んだものでは?」
「ティアラの内側に刻まれている名前を見てみて」
ティアラの内側を見ると、トゥーリの名が刻まれていた。
「なぜ、トゥーリさんの名前が?」
「多分、トゥーリは城の連中にティアラを盗まれていたか、元々トゥーリも高い地位の人だったんじゃないのかな? でも、これがトゥーリのものなら依頼料としてもらっておきましょう? もうトゥーリには必要がないものよ」
「確かにそれはそうですが」
「はい、リリア。被せてあげる」
そっと、リリアの頭部にティアラを乗せる。
「どうして、私に?」
「私が被るよりも、リリアはお姫様だからティアラが似合うじゃない」
「……そうですね、トゥーリさんに代わって私が頂きましょう」
これで良かったのだと、リリアは考える。
深く考え過ぎても、自らへの負担となってしまう。
「そういえば、スクイードさんがこれを」
炎人能力を駆使して、リリアは腹部へ手を入れ、二つの小箱を取り出す。
「これ、あの城で受け取った依頼料じゃないの? 二つになっているってことは、もう一つ受け取ったんだ?」
「そうです、これを私とセシルさんとで分けてほしいそうです」
「気前がいいのね。普通は頭目のスクイードから順番に、じゃないのかしら? ちょっと見せてね」
リリアからセシルは二つの小箱を受け取る。
「これ……凄い」
セシルは二つの小箱内の中身を見て驚いている。
「ほ、宝石が沢山あるよ。お金も……それも金貨が沢山。この宝石も金貨も全部売ったら、もうこれだけで数年は優雅に生きていける。とっても儲かるのねえ、ギルドの仕事って。まさに言葉通りの命懸けだけど、当然のように大金が転がり込む。ハイリスクハイリターンね」
「大金ですか」
饒舌に語ったセシルとは異なり、中身を見てもリリアは一言だけ。
国王であり父親のエアルドフにねだれば、もしくはねだらずともその程度の宝石など簡単に手に入る生活を日々送っていた。
今までの日々がとてつもなく豪華な生活をしていたのだと、セシルを見て強く実感していた。