依頼の達成
「リリア、トゥーリはどうだった?」
「とても優しい方でした。友達になりたいと思える程に。私はそのような人を手にかけてしまいました」
「そんなに気に病む必要はないぞ。向こうはそれを望んでいたんだ。意外とな、強者にはそういうのを待ち望んでいる者がいる。そういうわけで、オレたちは極悪人だろうと正義の味方だろうと殺している」
「トゥーリさんたちは、やはり正義の味方だったのですね……」
「エレメンタルマスターはエレメントを処分して、人間たちをエレメントの脅威から守っていたんだ。はっはは、明日からどうするんだろうな、あの城の連中?」
非常に他人事のようにスクイードは語っている。
「エレメンタルマスターが食物連鎖の頂点だったのに、これからはエレメントがその頂点に成り代わる。言うまでもなく、あの城や街はエレメントの絶好の狩場だ。昨日の様子からすると、どんなに嫌われていてもトゥーリたちは守るために城や街を見に来ていたんだろうな」
「城や街の人たち……どうなさいますか?」
「勿論現状を知らせるよ。なんたって、オレは優しいからな」
後半の言葉を口にする際、笑いを含んだ口調になっていた。
伝えるだけ伝えて後はなにもしないのだろうとは、リリアにも即座に分かった。
「あの、その後で城や街の者たちは?」
「知らんな」
「そうですか」
「まあ、金次第だろうな」
リリアが不愉快さを感じていると思ったスクイードはできる限りのフォローを口にしている。
金次第と語っても、実際には助ける気などさらさらないが。
「そういえば、先程までどうして甲冑を?」
「オレと戦ったクルスは人間として死にたがっていた。それと同時に今までエレメントから人間を守り通してきた自負心から自らの能力がどの程度かも知りたがっていたんだ」
スクイードは自らへ親指を向ける。
「どっちも熟せるのはオレだけだったから、クルス自身にも実力の差が明らかだと分かりやすくするためにあえて脱いだ。おかげでクルスは自らを人間だと再確認できて死ねたよ。圧倒的大差で勝つというのも望まれる時があるんだ」
「スクイードさんは人間じゃないと思われたということですか?」
「ああ、オレは魔族であって人間じゃないよ? まず、リリアも魔力体の炎人で人間じゃないだろ」
「人間では……ありませんね、私も」
「自らが何者なのか分からないってのも大変だな。実を言うとオレも元々は人間だった。自らが魔族へ変えられた時は、本当に違和感しかなかった。オレは人間だ、とね。そのこだわりは今まで人間なんだぞ!という思いも全くなかったのに相当のものだったよ」
「元々は人間? どのような過程で魔族へ?」
「オレの故郷の国がとある魔族に襲撃を受けたからだ。国は滅び、オレは……オレたちは魔族へと変えられ、その世界にはいられなくなった」
「スクイードさんの故郷が……」
恐ろしいできごとだと、リリアは思わずにいられなかった。
もし、エアルドフ王国でそのようなことになれば……
「そういえば、オレたちと言いましたが、他の方もですか?」
「ああ、生き残った兵士たちがな。それが、ヴァイロン、エヴァレット、アサキットだ」
「生き残りは、それだけ……だったのですか」
「正確には魔族になってしまった生き残りだな。人間としての生き残りはもっと沢山いるぞ。そのせいもあって、オレたちは故郷にいられなくなった。故郷を襲撃してきた魔族と、今では同じ存在だからな」
「そうなのですか……」
種族が変わっただけで、そこまで対応に変化が出るのかとリリアは驚きを隠せない。
そもそもエアルドフ王国の者たちは、自らを魔力体だと認識しているのだろうかと思っていた。
それから二人は約一時間程、街道を歩き通し街まで辿り着く。
行きよりも荷車を引く帰りの方が時間がかかっていた。
街の入口には、多くの人々がいた。
リリアたちが勝利して帰還するのは、すでに分かっていた様子。
それもそのはずで、荷車を引くダークナイトの姿は同じく街道を道行く者たちにも認識されていた。
トゥーリたちを落とさないようにゆっくり歩いている間に、三人の動向は知れ渡っている。
それで、今か今かと待ち望んでいたように待っていたらしい。
街の入口近くには、打ち倒されたエレメンタルマスターを括りつけるための簡易的な磔台が設置されていた。
磔台の下には大量の薪や燃えやすそうな可燃物の数々。
火炙りで存在を消滅させるつもりだった。
「やりましたな、ダークナイト!」
城の大臣がスクイードのもとまで駆けつける。
「依頼を達成しました、この国に対するエレメンタルマスターたちの脅威は取り除かれたでしょう」
スクイードの言葉に、強く自信を持って大臣は頷く。
「衛兵」
大臣が呼びかけ、スクイードの前に衛兵が近づき、見覚えのある小箱を両手で差し出す。
スクイードが受け取り中身を確認する。
中身は前回前金で渡された時よりも多めに金貨や宝石などが入っていた。
「うん、まあいいでしょう」
スクイードは肯定でも否定でもない反応をする。
その間に領民と兵士たちとで、エレメンタルマスター三人の死体をせっせと括りつけていく。
人々は皆一様に笑顔であった。
これでようやく平和になると考えている。
トゥーリたちが磔にされ、燃やされていく様を静かにリリアは見ていた。
胸が辛く苦しくなり、無言でリリアは涙を流していた。
「大臣」
スクイードが大臣に声をかける。
「なにかな、ダークナイト?」
「あいつらさ、本当に悪党?」
「見ての通りでしょう、紛うことなき極悪人です。あの者たちはこの国を……」
「領民と手を組まれたら最悪?」
「ええ、仰る通りだ。なかなかの観察眼ですね、その通りですよ」
「やっぱり?」
若干、スクイードは鼻で笑っている。
「オレが城から来たら領民たちは避けまくりでさ。それの理由が、オレの見た目なんかよりも城から来たからだって。お前ら信頼されていないってよ、やったな」
「そうでしたか、ダークナイト。エレメンタルマスターたちも死にましたし、今日中にお引き取り頂いても構いませんよ」
「最初からそのつもり。明日辺りには、ここもエレメントの狩場になるし」
「どういうことだ?」
大臣の落ち着き払った態度が変わる。
「エレメンタルマスターをたまに街で見ていたはず。どうして、街に来ていたんだろうな。こんなところに来ても良い対応なんかされないのに? オレはあいつらみたいに優しくないよ」
「……つまりは金か?」
「………」
心底うんざりしたようで、スクイードは少しの間、返答しなかった。
「オレは引き受けないよ。それじゃあ帰ろうか、リリア」
「このまま帰すと思うのか、ダークナイト?」
スクイードは肩を竦め、両手を見せる仕草をする。
「お前がこのオレを止められると思うのか?」
暫しの間、大臣は黙していた。
「仕方がありません、まずは王にお伝えします」
「そっか、なによりだ。リリア、もう帰るぞ」
一瞬のうちに、スクイードはその場から消える。
空間転移を発動したようだが、リリアには発動タイミングが分からなかった。
「えっ……あっ……」
唐突に姿が消えたスクイードを目にし、大臣は驚きを隠せない。
次に大臣はリリアに目が行く。
「ま、待って……」
事態の不味さを悟った大臣は情けない声でリリアを呼び止める。
今の今まで端からダークナイトのスクイードしか目もくれなかった大臣。
にもかかわらず、途端に自らを頼り出したのが不愉快極まりない。
大臣には目もくれず、トゥーリたちをリリアは見ていた。
「さようなら、トゥーリさん、クルスさん、ステンさん」
リリアも空間転移を発動し、魔導剣士修練場のある世界に戻った。




