古城戦 2
ようやく三階へ到達したノール、アーティは三階の部屋という部屋をくまなく捜索していた。
その甲斐あってか、ある一室に隠されるように設置されていた最上階への階段を見つける。
それは階段というよりも、屋上へ向かうための梯子といった方がいい。
「よし、さっさと行くぞ。先に言っておくが、手助けは要らないからな」
「元々の目的を忘れていないよね?」
「オレが依頼を忘れると思うのか? デュランの討伐だろ、端から一つたりとも忘れちゃいない」
「ボクを馬鹿にしている気がするのは気のせいかな?」
さっさと梯子を登り、最上階のテラスへと出た。
「ここが最上階か」
アーティが辺りを見渡す。
「ついに来たな」
テラスにはデュランと、金色の長髪をした少年の二人がいた。
「ミール!」
デュランの隣にいるミールの姿を見て、反射的にノールが叫ぶのと同時にアーティは飛び出す。
速攻で攻撃を仕掛けるため、デュランとの間合いを一気に詰めようとした。
詰められた間合い、その瞬間にアーティがデュランを斬り伏せれば確かに終わりだった。
しかし、デュランを庇うようにミールが立ち塞がり、アーティは斬り伏せる寸前で剣を止めた。
「退け! 死にたいのか!」
「………」
俯いたままのミールはアーティの声に反応しないどころか目前まで迫った剣にまるで動じない。
「くそっ」
アーティは、その場から離れる。
離れた瞬間、アーティがいた場所に剣が突き刺さった。
突き刺さっている剣の柄の先端には鎖が括りつけてあり、それは鎖鎌の鎌を剣と取り替えたような構造になっていた。
「よく躱したな」
テラスにはいつの間にか、もう一人の男性がいた。
アーティ、ノールが登ったのを確認してから背後を突くために、三階に隠れていたらしい。
「お前が梯子から上がってきていたのくらい知っている。というか、ノール。どうしてその男に気付かないんだ?」
「………?」
ようやく自身の隣に人がいるのをノールは気付いた。
剣士らしい格好をした男性。
ミールにばかり気を取られていたせいか、全く男性を意識していなかった。
数秒程、ノールと男性が見つめ合っていると……
「デュラン、女の子はちょっとな……」
「分かっている。貴様はそいつの相手でもしていろ」
「はいはい、お前のやることは意味が分からんな」
男性がデュランと話すと、アーティと向き直る。
「今のを躱すとは大したものだな。オレの名はアレス。お前を倒す者の名だ」
アレスは床に突き刺さった剣を鎖で引き寄せ、自身の手元に戻す。
「じゃ、さっさと殺し合いますか?」
再び、アレスは攻撃を仕掛け、戦い始めた。
魔導剣士のアーティとまともに戦える辺り、アレスもまた相当の実力者である。
「水人ノール。なにをしている? 弟を助けに来たのではないのか?」
なぜかデュランはノールの注意を引き、ミールから離れた。
直観的に助けるチャンスだと思ったノールはデュランを警戒しつつ、ミールに近付くと抱き締める。
「ミール、本当に心配したんだよ」
ミールを肌で感じ、ノールは涙を流した。
数ヶ月振りに弟のミールに会え、嬉しさを実感していたが……
唐突にノールの顔に衝撃が走った。
ミールを抱き締めたまま、ノールはミールの顔を見る。
虚ろな目で自らを見つめるミールに異変が起きているのを、ノールはようやく理解した。
理解したからといって、ミールの攻撃は止められない。
次に腹部へ衝撃が走り、ノールは腹部を押さえる。
痛みが走るその部分にミールの拳が食い込み、ノールにダメージを与えていた。
「魔法での洗脳は十分に効いているようだな、ミールはお前を敵と認識している」
デュランはその様子を嬉々として見つめる。
その間もミールの攻撃は絶え間なく続き、ノールは攻撃を受け続けるしかできなかった。
まるで心がない機械のようにミールは何度も攻撃を加えた。
「馬鹿か、なにをやっているんだ! そいつから離れろ!」
アレスと一騎打ちを行っていたアーティがノールに叫ぶ。
「せっかく助けに来たのに、逆に殺されかかっているんだぜ? あの女の子は姉弟同士で手を上げたり、上げられたりの経験をして来なかったんだろう。結構強いみたいなのに動揺し過ぎてノーガードだから長くは持たないなあ、きっと」
アレスは再びアーティの顔を目掛けて剣を投げた。
当然、アーティは素早く躱す。
「剣に鎖がついているの忘れたのか?」
アレスは投げた剣の鎖を一気に引き戻し、アーティの背後から腹部を剣が貫いた。
「くっそ……」
反射的に突き刺さった剣をアーティは引き抜こうとする。
「はいはい、次は前だよ、前を見ような」
アーティは剣に気を取られてしまい、アレスの接近を許してしまった。
剣の他に携帯していたナイフでアーティの首を薙ぐ。
頸動脈付近を斬られたアーティは自らの首から吹き出る血を押さえながら無言で倒れた。
「まっ、いつも通り良い調子だ。デュラン、こっちは片がついたぞ」
「ご苦労。こっちでお前も見ていたらどうだ? もうすぐ終わってしまうがな」
ノールたちをデュランは観賞している。
その際、なんとなくアレスと戦っていた男に見覚えがあったが、それがアーティだとは気付いていない。
「ボクだよ、分からないの?」
身体中を殴られ、蹴られ傷付いていたノールはそれでもミールの洗脳が解けると信じ、ミールから決して離れなかった。
しかし、もう限界だった。
意識を取り留められなくなり、床に倒れ込むとノールは動かなくなった。
「………」
ミールの攻撃が止まる。
片腕で頭を押さえながらミールも倒れた。
「ミールの洗脳が解けたのを見ると、ノールは死んだな」
ミールの異変を悟ったデュランは二人に近付いた。
「ノールを倒せたのならば、お前はもう用済みだ。一刻も早くノールのもとへ送ってやろう」
魔法を詠唱しようとしたデュランであったが、背後に恐るべき速さでなにかが迫る。
「デュラン! そこから離れろ!」
アレスが叫ぶ。
ほぼ同時にアーティがデュランの首を鷲掴みにし、片手で軽々と持ち上げた。
「可哀想に、お前の大事な盾が機能しないようだな?」
飛竜のような羽を背中に広げ、瞳も真紅に変わっている。
この変化で首にあったはずの傷も腹部の傷も既に塞がっていた。
「は……離せ……」
足をじたばたさせ、デュランはアーティの手を掴み、離させようとする。
「オレは例えお前にも礼儀を尽くす男だ、安心しろ。大事な贈り物には同じ価値の物をだろ?」
デュランを思い切り振り上げ、渾身の力で地面へと叩きつけた。
非常に強い衝撃にデュランはぴくりとも動かなくなった。
気が済んだアーティは竜人化を解き、倒れているミールの顔を叩いて起こす。
「よう、気付いたか?」
すっと、アーティはノールを指差す。
「そこの、ぼろぞうき……お前の姉はまだ生きている。早いところ回復させてやれ、できるな?」
一瞬、なにかを言いかけたが二人が姉弟なのを思い出し、言い直す。
無言で頷き、ミールは手当てを始めた。
ミールの回復魔法を詠唱する声はずっと震えていた。
ミールは洗脳されていた自身がなにをしてしまったかを覚えている。
姉に対して意識を失わせる程の暴行を躊躇いなく与えた事実を受け入れる覚悟が、まだ彼にはなかった。
「デュランがノールの強さを見誤ったのが救いだったな。ああ、あとそこの……アレスだったか? お前はどうする? また戦うか? オレとしては首につけられた傷のよ、礼をしなきゃならない気がするんだよなあ」
今は傷も癒えた首筋を人差し指でトントンと押さえる。
「遠慮しとくよ、あんなの見て戦えるはずがないだろ」
アーティが圧倒的な強さでデュランを死に至らしめた様を見て、アレスは能力の差を一瞬で悟ったらしい。
「だったら帰るか。アレス、お前がノールを運べよ」
一定の間隔で揺れる不思議と心地よい動きからノールは目を覚ます。
ゆっくりと目を開き、自らが誰かに背負われているのだと分かった。
「ふぅん……」
眠気を感じたノールは寝息を発して再び寝入ろうとする。
「あっ、起きたかい?」
ノールを背負っている人物が声をかける。
呼びかけに、ノールは一瞬で目が冴えた。
自らを背負っているのは、ギルドの者たちの声ではない。
ノールは無意識に近い感覚でギルドの誰かしらに背負われているのだと思っていた。
「うわっ、誰なの!」
誰だか分からず不安になったノールは暴れ出す。
「落ち着いて、姉さん!」
隣を歩いていたミールが落ち着かせようとする。
「ミール?」
ミールの存在を目にしたノールは落ち着きを取り戻す。
自らを背負っている人物をノールは覗き込む形で確認するとなぜかアレスに背負われていた。
「どうして、ボクはこの人に背負われているの?」
アレスの顔を覗き込み、ノールは考えている。
そのとても近い距離にアレスはなにやら緊張していた。
「気がついたか? これからは攻撃を躱すくらいはしろよ」
一緒に歩いていたアーティが声をかける。
「そういえば、他の皆は?」
「さあな? 他の連中は先に帰ったんだろ? さっさとアレスから降りて歩けよ」
直後、ノールは寝た振りをする。
身体はミールの回復魔法で歩ける程度に回復していたが、自分で歩く必要のなさからアレスから降りたくなかった。
そして、ノールたちは店へ帰還する。
「おい、ノール起きろ」
アーティはアレスに背負われたまま相変わらず寝続けているノールを揺する。
しかし、反応がなかったので頭部を平手で数回叩く。
「うん?」
アーティに叩かれるまで熟睡していたノールは目を覚ました。
「テリーが話したいことがあるらしい。それとさ、お前は強いみたいだからギルドにスカウトしたい」
「ああ、そう」
微妙な返事をし、ノールはアレスから降りた。
「ゴメンね、ずっと背負わせちゃって。貴方は敵じゃなかったの?」
「敵だったよ、でも今となっては依頼主が死んだから敵じゃない。それに君みたいな可愛くて柔らかい女の子だったら背負えるだけでも嬉しいよ」
「背負ってもらったのに感謝されるのならいつでも背負ってもらうよ」
アレスの話を聞いても、ノールは特になにも思わなかった。
「それじゃあ、オレはこのスロートに仕えようかなっと」
どこか嬉しそうにアレスは店を出ていく。
登場人物紹介
R・ミール(年令15才、身長160cm、性格は明るいが敬語を使っていたりと控えめな印象。髪の色は金色を薄くしたような色。意外とメンタルが弱く、一身上の事柄を揶揄されると泣く。生活のなにからなにまでをして貰っていたので姉思いのシスコン。姉の自身に対する接し方に困っている)
アレス(年令22才、身長175cm、人間の男性、女性に弱い性格。スロートやステイなどの地区で傭兵稼業をしている。鎖鎌のような変わった剣で戦う)