倒すべき敵
「前以て二人には言っておくけど……」
スクイードはリリア・セシルに語りかける。
「絶対に今回は良い対応されないから」
案内している兵士が目の前にいるというのに平然と語るスクイード。
一切の悪気もなく、ただ事実を話したような感覚だった。
「そ、そのようなことなど……」
王のもとへ案内している兵士の耳にも聞こえている。
「あっは、ゴメンゴメン。独り言だから」
随分適当に話を流した。
風貌の割りに雰囲気や口調が和らげな印象から兵士は冗談だと受け取った様子。
「これが、他国のお城ですか……」
先程の言葉は、リリアの耳に入っていない。
今までエアルドフ王国のミラディ城以外にリリアは他の城の内部を見たことがなかった。
本当に箱入り娘だったリリアは、なにか新鮮な気持ちになっている。
「ねえねえ、リリア。なにが欲しい? どれにする?」
セシルは辺りをキョロキョロと見渡している。
なにか見覚えのあるコンビニの袋を持ちながら。
以前、万引きした時に持っていたコンビニの袋だった。
「その袋はなんでしょうか?」
「お土産袋よ」
「お土産なんて期待するだけ無駄だよ」
全然気にせず、スクイードは言いたいことをズバズバ語っている。
この仕事は外れだとでも言いたげ。
「ふふっ、お土産は期待するものよ」
「そっか? たまには、それもありかな」
再び、適当にスクイードは語る。
「セシルさん、袋に……なにか入っていませんか?」
リリアは不審げに袋の中身を見ている。
さっきまでなにも入っていなかったコンビニの袋になにかが入っている。
「なにかしら?」
持っていたはずのセシルも初めて見たような反応。
袋の中に入っていたものをセシルが手に取る。
それは銀製のシルバーティアラだった。
「ほらあ、お土産があったみたい。似合うかしら?」
自らにではなく、リリアにティアラをかぶせる。
「これは一体? 無から有を作り出したとでも?」
「さあ? 私にも分からない。それもきっといずれはどこかに行ってしまうものなのよ。皆、等しくそういうもの」
「いえ、そういう哲学的?というのですか? そのような返答を求めているのではありません」
「本当に私にも分からないの。一応、ある程度の指定はできるけどね」
「………」
リリアは無言でシルバーティアラを取り外し、コンビニの袋に戻す。
セシルを悪く見ていた。
「………」
プレゼントしたつもりのシルバーティアラを無言で返され、セシルも静かになる。
リリアから汚いものを見るような視線を向けられ、セシルは辛い気持ちになった。
発動者自身がよく分かっていないが、セシルは未識別というスキル・ポテンシャルを発動している。
対象を漠然としか指定できず、得るタイミングも分からず、そもそも得られるかどうかすらも分からないという能力。
感覚的には、釣りや狩りと似ている。
異なるのは、セシル自身がなにもしなくとも問題ないという点。
極めればとてつもない能力になりそうではあるが、手癖の悪いセシル自身が短絡的にも自ら盗りに動いているようでは能力の向上は今後もない。
「こちらが王の間になります。ダークナイト、お入りください」
「うん、案内ありがとう」
兵士に手を軽く上げ挨拶をし、スクイードは王の間へと入っていく。
王の間には玉座に座る王と、王を守る直属の兵たちの姿があった。
王は年を取った細身の老人。
それでも、豪華な貴族らしい服装をまとっているからか、どことなく威風が漂う。
「お初にお目にかかります、王様。ご依頼を果たしに参りました」
王から数メートル離れた位置から、スクイードは語る。
「よくぞ参った、ダークナイト。さあ、エレメンタルマスターの討伐へ赴くのだ。其方の戦果を期待しておるぞ」
「ええ、そうですね」
「……どうしたのだ?」
王の反応がどこかぎこちない。
「オレがひざまずいたり、献身的な態度を取ったり、騎士道精神に則った対応をまるでしないのが気になるみたい」
王を前にして、スクイードはリリア・セシルに語る。
「依頼を出したり、受けたりしたら、もうそこには上も下もない。これは、R・ノールさんが提唱したギルドの新しい規定。相手に恭しく媚び諂うのもいいかもしれない、でも規定を無視するわけにもいかない。相手が上からの立場で対応してきても毅然とした対応を取るのが基本ね。分かった、二人とも?」
「ダークナイト、それは私に対しての物言いか?」
王に怒りの色が窺える。
「それがなにか? では、今回の依頼内容をお聞かせください」
「ふう……」
王は随分と色々ななにかが籠った溜息を吐く。
少し間を置いてから、王は玉座から立ち上がる。
「大臣」
近くにいた大臣へ呼びかける。
大臣は陰気な顔をした表情の暗い男性。
「依頼については其方が一番よく知っておるだろう。ダークナイトにも分かるよう話を伝えてほしい」
「かしこまりました」
王は王の間から兵士を連れ、出ていった。
「大臣、貴方も大変だな」
「なんといいますか……」
スクイードの言葉に、大臣は苦笑いを浮かべる。
「では、ダークナイト。王に代わりまして私めが依頼内容をお伝えさせて頂きます」
「ええ、お願いします」
「この国には、エレメンタルマスターという悪しき者たちが巣食っております。彼らは悪しき生物エレメントと呼ばれる魔物を使役し、国を恐怖に貶める行為を働き、国を乱しております。彼らの面妖な術を看破し、討伐を果たせるのは紛れもなくダークナイト、貴方しかいないでしょう。彼らは国の外れに隠れ棲んでいるとの情報があります」
「それはともかく、ウチのギルドは前金が必要なんだ」
「存じております」
近くにいた直属兵が緻密な模様のレリーフが施された小箱を持ってくる。
小箱の中には宝石や金貨が複数入っていた。
「これで足りなければ、更に御用意致します」
「これって前金だよね?」
「その通りです」
返答を聞き、スクイードは小箱を受け取る。
「依頼内容で最初に提示していた金額通りの料金を支払わないと大変なことになるよ」
「承知致しました、ダークナイト」
そう発言した大臣の表情が曇る。
「それとさ、拠点になるような休める場所。提供してくれない?」
「領民たちがダークナイトを支援したいと願い出ております。街へ赴き、そちらで拠点を見つけてはいかかでしょうか?」
「そういうことなら、そうしようかな」
スクイードはリリア・セシルに振り向く。
「二人とも、これから街へ行こう」
二人は軽く頷き、王の間を後にするスクイードに続く。
訪ねた時は兵士が案内をしてくれたのに、これから敵地へ赴こうとしている三人には誰もついてこようとはせず、見送りもない。
「はあ……アサキットの話した通りだ」
スクイードは不満げに話す。
「リリア、セシル、ここは案の定外れだよ。なんにも優先順位が分からない弱者って本当に嫌だね」
「あの王様のことですか?」
「王も、大臣も。国家の危機に対して、どこか他人事だ。自らの認識や金勘定についてをなによりも最優先している。せっかく強者が来てくれたのに、あまりにも対応が悪過ぎ。リバースからの仕事でなければもうここで帰っていたね」
少し怒っているようで、微妙な空気が漂う。
「さっき話した上も下もないとの言葉は、依頼者を守るための言葉だ。勝手にこちらを小間使いだと根本から勘違いしている者がいるが、基本的に傭兵とは金さえあればなんでもする外道。そんな連中を前にして踏ん反り返り、まともに金も払わないなんて愚行を犯してみろ。今回の依頼内容は、依頼者の自殺幇助だったと判断されて終わりだ……以前までは」
「以前?」
「それを変えたのもノールさんだ。そうならないように毅然とした態度で対応しろということだ」
金次第でなんでもする傭兵は血の気の多い者たちばかり。
尊大な態度をこれ見よがしに見せつけさえすれば、無料で一人殺害の追加サービスを自ら進んで熟してくれる。
しかもそういったサービスについてを特に胸を張り威張ることもなく、ひたすら謙虚な姿勢を崩さない。
そういった気持ちが良い者たちばかりである。
だからこそ、R・ノールが禁止した。
「さて、拠点はどうしようかな」
三人は古城から出た。
「拠点は……無理ではないでしょうか? 領民たちを頼れとのことでしたが、好意的な対応をされてはいません。どちらかと言えば、非協力的でしたね」
事前に先程まで情報収集をしていたから分かる。
国側の行動がどこまで行っても雑だということが。
「対応が下手でも、事前にオレが……ダークナイトがやって来ると喧伝しておけば、倒してほしい相手さんの方から来てくれて楽に解決もあったんだけどね。本当、なにからなにまで人にやらせようとか最悪。こういうのは身分が高いと思い込んでいる依頼者にありがち」
それから三人は再び街へ向かう。
拠点とする施設、もしくは一部を間借りする形で提供してくれる人物を探すために。
問題は誰一人としてそれを買って出る者はいなかった。
ダークナイトの風貌からというよりも、城の関係者だからが主な理由だった。