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一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
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休息

「さっ、リリア」


さり気なくセシルはリリアの手を握り、二人で浴室へ入る。


「それじゃあ、リリア。これに座って。身体を洗ってあげる」


浴室の縦に長い鏡の前にあったシャワーチェアを掴み、リリアの前に置く。


「そう? ありがとうございます」


意外にもリリアは普通に受け入れ、シャワーチェアに腰かけた。


リリアの返答後、セシルは自らの手にボディソープをつける。


近くにボディタオルがあるのにもかかわらず。


「さあ、リリア。リラックスして」


前にしゃがんで、リリアの手から洗っていく。


リリアの全身を隈なく洗い、さわるという至福の時を過ごせたセシルだが不満があった。


「リリア、私ってさわる……洗うの下手だった?」


リリアの身体についている泡をシャワーで丁寧に洗い流す。


「セシルさんのおかげで身体が綺麗になりましたよ」


リリアは至って普通。


おおよそ、人にふれられたことなどないだろう箇所にも直にふれたのに、羞恥に似た反応さえもない。


それが、セシルにとっての不満。


しかし、それは仕方がないこと。


記憶を失っていた当時のリリアは言葉も分からず、日々日常の行動もできない。


その間は先程同様にメイドに身体を隈なく洗ってもらっていた経験から今現在でもなんとも思わない。


どちらかと言えば、メイドでもないのに殊勝な行いだと認識している。


次にリリアの髪の毛を洗っていく。


洗い終わってからは先にリリアに湯へ浸かってもらい、セシルは自分の身体や髪をかなり大雑把に洗ってから浴槽に入る。


一人ならば足を伸ばせる余裕のある浴槽のスペースも二人なので座って入る形になった。


「やっぱり、誰かと一緒に入るお風呂はいいものね」


セシルが楽しげに語る。


「そういえば、そうですね。私はいつもレトと入っていましたが、他の誰かと入るのもいいものですね」


「レト? もしかして、リリアの彼氏?」


「いえ、私の弟です」


「貴方の年令でまだ弟と一緒にお風呂に入っているの? 羨ましい限りだわ。私もリリアと毎日お風呂に入っていい?」


「気が向いたらですね」


「じゃあ、明日からも一緒に入ろうね、約束よ」


強引にセシルは話を持っていく。


それから二人は湯から出る。


浴室から出たセシルは自ら進んでリリアの身体を拭こうとした。


自らの身体から先に水滴を拭き取らないのは、リリアの身体にふれる機会を喪失させないため。


そのつもりで先に拭こうとしたが、リリアの肌や髪は濡れていなかった。


「あれ?」


「これは私の体質なのでしょう。私の身体についた水はすぐさま乾いてしまいます」


セシルの反応からリリアは答える。


以前にもメイドから同じように疑問を持たれたことがあった。


「やっぱり、そういうことね」


セシルはそれで納得した。


「リリア、貴方は魔力体でしょう? 貴方の赤いグラデーションの髪、眼、その体質、あのどこかからか物を取り出す能力は間違いなく、魔力体であることを示している」


「魔力体とは?」


「私、リリアレベルで自分自身のことが全く分からない魔力体を初めて見たわ。なにもかにもをしてもらっていたお嬢様だからか、魔力体らしさを忘れているみたいね」


「もしかしたら、セシルさんの言う通りなのかもしれません。私は以前一度、子供の頃の記憶を失っているのです。その記憶は未だに私へ戻ってはいません」


話ながら、リリアは服を着ていく。


ラックの籠に入れておいたブラ、ショーツを身につけ、先程までどこにもなかった白いナイトウェアをまとう。


「今のどうやったの?」


リリアと違い、セシルは身体の水滴をタオルで拭き取っている。


「セシルさんにだけ、特別ですよ?」


リリアは当然のように自らの腕に手を入れる。


「このように私の身体はどの部分でも全て収納が可能なスペースになっているのです」


するっと翌日の分の白いナイトウェアを腕から取り出した。


「城から出てきた時になにも持っていなかったから、本当にやっていけるのかと思っていたら一人でも余裕そうなのね」


「そうでもありません。セシルさんがいなければ、この魔導剣士修練場にも辿り着けず私は途方に暮れていたでしょう」


服を着終えたリリアは先に脱衣所を出る。


セシルも服を着終えていたが、次は髪を乾かす段に入るのでまだ脱衣所にいる。


脱衣所を出たリリアは、まず時計に目が行った。


「もう夜の八時なのですか」


それだけ言うと、二つあるベッドの片方にリリアは横になる。


八時なのにもう寝ようとしていた。


「お待たせ~」


髪を乾かし終わり、脱衣所からセシルが出てくる。


「えっ」


セシルはベッドで寝ているリリアを目にしてから時計を見る。


「まだ八時じゃない!」


素でセシルは驚く。


娼婦として夜の街に生きてきたセシルは当然夜型。


まだ八時なのに寝ているリリアが信じられなかった。


「まだ八時よ、起きなさい。こんな時間に寝られるなんて貴方お婆ちゃんじゃないの」


流石に早過ぎるので、セシルはベッドで寝ているリリアを揺すって起こそうとする。


揺すってもリリアに反応はない。


「もう寝ているの? 電気もテレビもついているのに……」


リリアの眠るベッドに腰かけ、セシルはガッカリしていた。


「にしても、リリアって本当に私のこと信用してくれているのね。まだ会って一週間も経っていないのに」


愛おしそうにリリアの頭を撫でる。


「貴方が寝てしまうなら私も寝てみるわ」


セシルはもう片方のベッドから枕を取ると、リリアの隣に置き、リリアのベッドへ潜り込む。


リリアを抱き枕にして、セシルはリリアと一緒に寝に入った。


翌日、早朝五時丁度にリリアは目覚めた。


メイドが起こしに来ないと分かっている時は、必ずリリアが目覚める時間。


「セシルさん、結局貴方はずっと私に抱きついていましたね」


横になったまま、リリアは独り言を話す。


隣に寝ているセシルはまだリリアに抱きついた状態で寝ている。


ともかく起きたからには身体を動かしたいリリアはセシルが抱きついた状態で身体を起こす。


「おおっ?」


セシルは驚き、即座に目を覚ます。


「お早うございます、セシルさん」


「ああ……おはよう」


起きて早々にセシルは欠伸をする。


「えっ、まだ五時? 起きるタイミングを間違えているじゃないの。さあ、寝ましょう」


リリアの身体に腕を回し、ベッドへゆっくり押し戻す。


「セシルさん」


リリアは天井を見ながら語る。


「私はこれから鍛錬をしなくてはなりません。昨日は私、鍛錬を積んでいませんでしたので」


「一日くらいなんにもしない日を用意しないと身体がついていかなくなるわよ。休肝日みたいに休息も必要なの」


「休肝日?」


「今はしっかりと休みなさいということよ」


「それはそれで困ります」


セシルを退かし、ベッドからリリアは這い出る。


ベッドから出たリリアはクローゼットから普段着ている紫色のドレスを取り出し、一人で着る。


メイドに着させてもらっているが別に二人でないと着れないわけではない。


その後、朝の身支度をリリアは済ます。


アメニティグッズも充実しており、特に身支度に問題はなかった。


セシルもリリアが身支度を整えていたので自らも済ませていく。


「さて……」


リリアはソファーの隣に立ち、背筋を正して目を閉じる。


片手はないが両手を合わせたような姿勢を取り、精神統一を始めた。


「なにをしているの?」


セシルからすれば一体なにをしているのか意味不明。


「リリア~?」


リリアの前に立つ。


セシルの呼びかけにリリアは全く反応しない。


そっと、セシルはリリアの鼻をつまむ。


「あの」


「リリア、なにしているの?」


「精神統一です。身体を動かす前に調整をしていたかったのです」


その時、不意に入口の扉がノックされる。


「なにかしら?」


精神統一の姿勢を解き、リリアは入口の扉を開きに行く。


「やあ、リリア」


入口の扉をノックしていたのは、ヴァイロンだった。


「もう朝の支度は済んだの?」


「ええ、これから鍛錬を積むつもりでした」


「こんなに朝早くから? へえ、感心しちゃうなあ。普段からそうなの?」


「そうですよ、私にとって鍛錬は切っても切り離せないものです」


「凄いね、もしかしたらオレたちは逸材を引いたかも。昨日話しておくのを忘れたけど、オレたちの仕事っていつもこんな感じで朝も夜もないんだ。早めに耐性をつけさせるために、こんな時間に来てはみたもののそんな必要はなかったみたいかな」


ヴァイロンはリリアに数枚の書類が入ったクリアホルダー二つを手渡す。


「一応、今後の活動内容やその他の重要な内容が書いてあるからしっかりと見ておくようにね」


「はあ、そうですか」


「ああ、そうそう。この日が一番大事な日だから予定は開けておくように」


リリアに渡したクリアホルダーの一番上にあった書類に記載されていた今月のカレンダーを指差す。


その指差された日付には飲み会と記載されていた。


「二人の歓迎会を兼ねてだから必ず参加するように。あーあと、なにか分からないことがあったら早めにオレや隊長に聞くようにね」


伝え終えたヴァイロンは二人の部屋を離れていく。


「これはなんでしょうか? ガラス製品とは思えぬ程に柔らかいですね……」


リリアはクリアホルダーをガラス製品と誤認している。


リリアの世界には存在しない技術で作られたものなのでリリアが分かるはずがない。


「ねえ、リリア。あの男、どう思う?」


「セシルさん、これをどうぞ」


セシルにクリアホルダーを手渡す。


「これはクリアホルダーといって、ガラスで作られた製品ではないわ。それよりも、ヴァイロンどう思う? 私、あの人って嫌い」


気にくわないなにかがあったようでセシルは愚痴を語りながらリリアからクリアホルダーを受け取る。


「私はまだなにも。彼の者の実力をこの目で見てはいませんので」


「もしかして、リリアって実力でその人の良し悪しを見ているの?」


「戦士であるのならば当然のことです」


「多分、それは違うと思う」


二人は受け取った用紙を眺めていく。


一番上に置いてあったカレンダーには、普通に修練についてや勉学に関する内容が書かれている。


それは、魔導剣士修練場内のスケジュールと同じ。


満員ではあるが、リリア・セシルは別で無理やり加盟できているらしい。


「うっ……」


セシルは引いた感じの声を出す。


リリアだけでなく自らも普通に魔導剣士修練場での修練が確定したことが嫌。


とにかく、リリア・セシルの魔導剣士修練場での生活およびギルドでの傭兵稼業の日々が始まった。

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