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一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
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庶民派

時刻が夕暮れ時に差しかかった頃。


リリアは調子が良くなったのか、二人がけソファーから身体を起こす。


セシルは二人がけソファーのリリアの隣に座っている。


暇そうに正面の壁にかかっている薄型テレビを見ていた。


「おはよう、随分寝ていたのね」


「寝てはいません」


「そうなの?」


セシルはソファーから立ち上がる。


「貴方がいつ起きるのか分からなかったから、夕ご飯のお弁当買ってきといたわ」


「お弁当? 私たちはどこかへ出かけるのですか?」


「だから、先に私がお弁当を買ってきたのよ。今日はもう外出したくないでしょう?」


「ええ?」


文明や時代の異なる世界から来た王族のリリアにとって、弁当とはお出かけの際に食べるもの。


コンビニやスーパーで買えるお手軽な弁当があり、それを家でも食べる習慣があるという発想がリリアに存在するはずがない。


「はい、これ。リリアの分」


テーブルに置いてあったコンビニ袋から、ごそごそと弁当をリリアに手渡す。


「えっ? これは……一体なんですの?」


「お魚の切り身弁当じゃないのかしら? そこに名前が書いてあるし」


パッケージの名前や価格が記載されたシールを指差す。


「そう……書いてありますね」


「やっぱり、こっちの方が良かった?」


もう一つコンビニ袋から弁当を取り出す。


そちらには焼肉弁当と書いてあった。


「一応、あと二つ買っておいたのよ」


袋をめくり、他にも弁当が二つ入っているのを見せる。


「なにを食べたいか選んでおいて。それで残った二つは明日の朝ご飯にするから」


「そうですか……」


非常に悲しそうな表情をリリアはしている。


「お弁当、やっぱり嫌だった?」


「そうではありません……」


リリアは嘘を吐くのが下手。


正直なところ、甚だ以て嫌だった。


それでもセシルが自らのために骨を折り、弁当を手に入れてくれたことへ敬意を払おうとしていた。


勿論、苦労したと思っているのはリリアの感想であり、セシルはコンビニに行っただけ。


「ありがとうございます、セシルさん。食事にいたしましょう」


「それならいいの。食べましょう」


「買ってきたとおっしゃいましたが、このお弁当はおいくらなのでしょうか?」


「ああ、それはその? つまりなんていうか、つまりはロハよ」


「?」


「景気の良い店だったらしくてさあ、無料だったの」


「そういうお店もあるのですね」


リリアはテーブルに置いてある弁当を取り、パッケージを取ると付属してあったスプーンを使って食べていく。


「ああ、お魚のお弁当でよかったの。肉より魚派なのね、リリアは」


セシルも同じく付属していたスプーンで弁当を食べる。


先程、セシルはロハと語っていたが実際のところコンビニから万引きをしていた。


人生の送り方に問題のあったセシルは日常的にこのような犯罪を繰り返す生活をしている。


今回も、どうせ売り切れないだろうから消費に貢献してあげよう程度の発想から。


それでもセシルは施しを受けるのは嫌いという性質(たち)


面倒臭いにも程がある存在だった。


食事を終え、二人はお弁当の容器を片づける。


「リリア、こっちに入れるのよ」


三つの種類が入るダストボックスをセシルは指差す。


燃えるごみ、燃えないごみ、資源ごみの三種類。


「………」


先程と同じくリリアは悲しげな表情を見せる。


なにが悲しくて自らごみの処理などしなくてはならないのかと甚だ疑問に思っている。


それは自ら行う行為ではなく、メイドが行うべき仕事という認識。


とりあえず、ごみ処理を終えたリリアはソファーへと腰かけた。


「そろそろ、お風呂に入りましょうか」


窓の外を見てから、時計をセシルは見る。


外は暗く、時刻も7時となっている。


「そうですわね、今日は様々なものを見聞きして私は疲れてしまいました。じっくり湯に浸かりたい気分です」


「じゃあ、早速」


セシルは玄関近くの部屋に向かい、なにかをしてから戻ってきた。


「なにをしていたのですか?」


「なにって、お湯はり」


「お湯……はり? まさか、もしかしてそちらに浴場があるのですか?」


「浴場なんて大層なものじゃないわ、お風呂場くらいなものね」


「なんたることでしょうか……まさか部屋の中にあるだなんて」


浴室が狭いことが確定し、再びリリアは落ち込む。


それでも現実を見たくてリリアはソファーから立ち上がり、浴室へと向かう。


先に三畳程の脱衣所があり、その奥に二畳程の浴室。


一般的なサイズだが、リリアは明らかに落ち込んでいる。


「きっと、これは強くなりたい私への最初の試練なのでしょう。辛い環境に慣れるのが、強者への近道なのであるように」


ぶつぶつと独り言を語りながら、自らを無理に納得させている。


「リリア、まだお湯沸いていないよ?」


脱衣場にセシルも来た。


「ああ、リリア。これを見て」


浴室へ入る入口の壁にある四角いパネルを指差す。


「このパネルを操作すると、蛇口がなくともお湯が出てくるの。それにお湯張りが終われば、このパネルが人の言葉を話して私たちにお知らせしてくれるの。便利でしょう?」


「べ、便利ですわね」


浴槽に水を張ったこともなく、お湯を沸かしたこともないリリアは説明を聞いても意味が分からなかった。


「でしょう、私もこれを見た時は本当に画期的だと思ったの。この世界はこういうレベルでなにもかにもが機械がやってくれるの」


セシルは浴室に入り、浴槽に湧き出しているお湯を楽しそうに眺めていた。


セシルが浴室にいるので、リリアもセシルと浴槽内を眺めている。


十数分後、パネルから声が聞こえ、お湯はりが完了したことを伝えた。


「さあ、リリア。一緒にお風呂に入りましょう!」


初めからこれだけがセシルの狙い。


「仕方がありませんね」


思いの外、リリアは簡単に折れる。


庶民は狭い風呂に一緒になって入るのだろうと諦めの感情から納得していた。


「あら、意外。貴方なら間違いなく狭いから嫌だと言うと思ったのに。ちなみに服を脱ぐところはそこよ」


脱衣所のラックにある(かご)を指差す。


「そういえば、リリアは替えの下着持っているの?」


「ええ」


当然のようにリリアは淡いピンク色のブラとショーツを手に持っている。


先程までリリアはなにも持っていなかった。


「リリアって自らが何者なのかを本当は理解しているよね?」


「何者か、ですって。無論、そのようなことは重々承知しておりますわ。この私こそがエアルドフ王国王位継承権第二位のエアルドフ王の娘、リリア姫ですわ」


「そういったことを聞いているのではないの」


「い、一体なにを聞きたかったのですか?」


「リリアが人ではないことをよ」


「これは私自身が編み出した魔法です。この魔法が扱えたところで私は紛れもなく人です。お間違えないように」


「………」


リリアの方を見ながら、セシルが先に服を脱ぎ出す。


なぜかリリアに返答せず、お風呂に入ろうとしていた。


それもそのはずで、“種族的タブー”というのは意外と多い。


特に対魔力体への種族的タブーは、他の種族よりも群を抜いてやたらと多い。


一体なにが逆鱗(げきりん)にふれるのか分からないため、あまり踏み込まないようにセシルは対応している。


「セシルさん?」


「リリア、お風呂入らないの?」


「入りますわ。ただ、セシルさんが……」


「ドレス、脱がしてあげる?」


先に裸になったセシルが聞く。


セシルは夜の街で生きていただけあって、スタイルが良く胸のサイズも豊満で、無駄毛の処理も丁寧に行っている。


リリアを前にしても自らの裸体を隠す素振りもなく、自らの身体に強い自信を持っていた。


「ええ、お願いしますわ」


「やった」


「?」


非常にセシルは嬉しがっていたのが、リリアにとって不思議だった。


その後、リリアはセシルに手伝ってもらってドレスを脱いだ。


「そういう感じでリリアのドレスは脱がせるのね、今後の参考になったわ」


「そうなのですか?」


「ところで、リリアの身体って」


リリアの顔から足先までをじっくりとセシルは見ている。


「凄く良いよね」


とても楽しそうにセシルは話した。


セシルが無駄に自らの素肌をじろじろ見ていたので、リリアもなんとなくセシルの素肌を見る。


よくよく考えてみれば、自分以外の女性の素肌をじっくり見たのはこれが初めて。


リリアは数年前に一度、それ以前の記憶を失っている。


自らの母親がいてその時にともにお風呂に入った時期もあるはずだが全く記憶にない。


また、エアルドフ城には王家の者専用の浴場があったため、誰かの裸を見れたとしても弟のレト王子くらいなもの。


そういったものが重なり、リリアはセシルが自らを眺めていた時間よりも長くセシルの素肌を眺めていた。


「リリア、その……見過ぎ」


仕方なさそうに胸を張って仁王立ちする。


どちらかといえば、セシルは見てもらえてご満悦。


「えっ、ああ、そうですね」


他人の裸体をまじまじと見つめるのは失礼な行為と思っているリリアは少し申しわけなさそうに目を逸らす。

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