古城戦 1
一方その頃、古城の二階へ上がれた四人は、一階とは異なる部屋の多さに苦戦していた。
より苦戦に拍車をかけたのは、ご丁寧にも一部屋一部屋に罠が仕掛けてあったこと。
ただ、二階から三階への階段は部屋の中にはなく回廊の隅にあり、調べても意味がなかった。
「無駄足だったな、アーティのせいで」
「しっかり探したのになー。テリーのせいで散々な目に遭ったわ」
アーティとテリーが別に言い合っているわけではないが同じようなことを口々に話している。
ひとまず、四人が階段に近付くと階段の周囲は広いフロアになっていた。
「あいつらが敵か?」
フロア内に男性の声が響く。
「そうみたい、それじゃあ排除しよう」
声の主と思われる眼鏡をかけた青年と、ショートカットの女の子のような少年の二人が三階から降りてきた。
青年は片手で巨大な鎌を持ち、少年は投げナイフを両手に持っている。
それが二人の武器のようだった。
「敵の数は二人。テリー、杏里、お前らに任せていいか?」
アーティが敵に聞こえない程度にささやく。
「ボクが二人を倒してもいいけど?」
「お前は他にやることがあるだろ?」
アーティとノールが話しているうちに、一気にテリーと杏里は速攻を仕掛ける。
二人が敵を引きつけている隙に、アーティとノールは三階へと駆け上がった。
「しまった!」
敵の青年は、ノールたちに注意の目が向いた。
「敵の数を忘れていないか?」
青年が追いかけようとして生じた隙を狙い、テリーは剣で斬りかかろうとする。
だが、瞬間的に殺気を感じ取り、青年は持っていた巨大な鎌で剣を受け止めた。
「不覚を取るところだったぜ。だったら先にお前らを仕留めてから追いかけるわ。ジャスティン、気を抜くなよ!」
「分かっているよ、ヴェイグも油断しないでよ!」
もう一人の少年、ジャスティンに声をかけると持っていた鎌で一気にテリーの剣を弾く。
そのまま、テリーの首を狙って鎌をもう一度振るがテリーは背後へ躱す。
「へえ、こんな鎌を片手で楽々と扱えるのか。こんな奴がステイにいたのなら以前の戦争で見かけているはずなんだけど」
なんとなく、テリーはそう思いながら攻撃を躱していた。
「テリーさん!」
杏里が心配そうに叫ぶ。
攻撃を躱すだけのテリーがヴェイグに押されていると思っていた。
その瞬間、杏里の右腕をナイフが掠めて背後の壁に刺さった。
「はいはい、よそ見しないの。君は僕と戦うんだよ」
ジャスティンがナイフを構える。
「わざわざ知らせてくれたの? 優しいね、ジャスティン君」
「……というか、君に名前を呼ばれる筋合いはない。戦っているんだよ、僕らは」
次に投げるナイフを親指、人差し指、中指の三本で持つ所謂ハンドルグリップの持ち方でジャスティンは杏里へ向けた。
ジャスティンの様子を見つつ、杏里はサイドパックにあるトンファーを構えた。
「なにそれ? そんな物で一体どうやって戦うの? 弱そうだねー」
ジャスティンは明らかに小馬鹿にしたような口調。
「弱そうって……君は戦闘の基礎ができていないの?」
突然、杏里の雰囲気が変わる。
次の瞬間、速攻で杏里はジャスティンの間合いに入り込み、トンファーを回転させ腹部と右足に一撃を加えた。
杏里の速さに対応できなかったジャスティンは防御が一切取れず、骨が砕ける程の衝撃を受ける。
床に両膝をつき、攻撃された腹部を押さえるジャスティンは折られた右足を押さえない。
神経にもダメージを受けてしまい、既に感覚自体がないようだ。
「距離が取れていると油断したね? それでは相手の戦闘能力が測れない」
「なんてことだ……ジャスティン!」
テリーへの攻撃を止め、ヴェイグはジャスティンを支えにいく。
「あっ?」
対峙していたテリーは肩透かしにあったような反応を受けた。
髪をかき上げ、追撃する気もない。
「大丈夫か! しっかりしろ!」
ヴェイグはジャスティンを支えながら必死で声をかけ続ける。
しかし、ジャスティンは口から血を流したまま反応を示さず、苦痛に満ちた表情を浮かべる。
「テリーさん、彼らに隙が生じている。止めを刺すよ」
「そうだな。でも、オレ的には戦った上での勝利の方がいいんだけどな」
「おい、お前らの中で回復魔法が使える奴はいるか!」
止めを刺そうとしている二人にヴェイグが尋ねる。
「回復魔法だあ~? これから死ぬアンタらにはもう関係ない魔法だろ」
「待ってくれ、オレはどうなっても構わないが、ジャスティンだけは助けてくれ! 頼む、お願いだ!」
「そんなのが通ると本気で思ってんのか? 平和ボケも大概にしろ。それに自分だけはとか言っても残された人は……いや、それはいいか」
テリーはヴェイグたちを斬るために剣を構える。
そこで、杏里がテリーの腕を引っ張った。
「助けてあげようよ、テリーさん。ボクは回復魔法が扱えるから助けてもいいでしょ?」
「普通なら腹立つ台詞だけど、回復してもいいぞ。なんか、こいつら違うんだよな」
「それじゃあ」
杏里はジャスティンに近付くと抱え、三階に上がる階段の手すり部分を背もたれにジャスティンを気遣いながら座らせ、回復魔法をかけ始める。
「アンタらは人質だからな」
テリーはヴェイグが持っている鎌を取り上げる。
「人質だって? オレたちを人質にしてもデュランが動じると思うのか?」
「いや、全く。お前ら強そうなのに変に素人っぽいんだよ」
「分かるのか?」
「そりゃあな。どういう鍛錬を積んできたんだ?」
「ハンター養成所で、スケジュール通りに鍛錬を積んできたんだが……」
「はあ? なんだそりゃ?」
「エリアースという世界にあるハンター養成所だ。どうせ、お前も他世界から来たんだろ? この世界には強い奴がまだまだ少ないみたいだしな」
「他の世界から来たってどういう意味だ?」
「なにも知らないのか? それなら別にいいんだ。気にしないでくれ」
「気にしちゃうな。杏里、ジャスティンを回復するのを止めろ」
ヴェイグが話を終わらせようとしたため、杏里に合図をする。
ジャスティンといつの間にか仲良くなっていた杏里は回復魔法をかけながら楽しげに会話をしていた。
「どうして? もうすぐ治るよ?」
「ヴェイグがなにかを隠しているから分からせてやる。杏里、ジャスティンの腕を折れ」
「えっ?」
杏里とジャスティンが一緒に反応した。
「止めろ! 話が違うじゃないか!」
ヴェイグは必死でテリーを止める。
「確かに回復してやるとは言ったぞ? なのに、人質としての立場を忘れられちゃ困るな。あとお前、そこから動いたら斬るからな」
テリーは武器を持っていないヴェイグに剣を構える。
「お、折るの?」
脅え泣きそうな声でジャスティンは杏里に尋ねた。
「ごめんなさい、ジャスティン君。すぐに治すから我慢してね」
杏里はジャスティンの右腕をそっと掴み、手に力を入れる。
「止めてくれ! なんでも話すから折らないでくれ!」
「嘘だろ、なんの痛みもないうちに本当のことを言うはずがない」
そういうと、テリーは杏里に合図を送る。
力なく頷くと、杏里は止まっていた動作を再び行う。
ぐぐっと、両腕に力を入れていた杏里の動きが止まる。
杏里が手を離すとジャスティンの右腕が妙な方向に傾いた。
「お、折れてる……腕が……」
自らの身体に起こっている事態に混乱しているジャスティンは泣きながら静かにそう発した。
続けて、杏里はジャスティンのもう片方の腕を掴む。
「もう止めてくれ! ジャスティンは女の子なんだ! それ以上傷付けないでくれ……」
杏里を止めさせようとテリーにヴェイグはすがりついた。
「動くなって言ったよな?」
冷えた目付きでヴェイグを見下ろす。
その時、ヴェイグは完全に死を悟った。
だが、テリーはヴェイグを殺す気などなかった。
「これで自分の立場が分かったか? それとな、オレも女だ。こういう生業に女も男も関係がない。死ぬ時は誰だって死ぬんだ。その度胸もないなら二度と戦いの場に出るな」
怒っているのか、テリーの口調はきつい感じ。
それから、ヴェイグは“世界”についてを説明する。
現在テリーたちがいる世界以外にも世界というのは無数に存在し、それらの世界をまとめて一括りで表した総称を総世界と呼ぶ。
その総世界間を移動する魔法はヴェイグの話したエリアースという世界などで習得が可能。
強者や大抵の能力者は他の世界に行く方法を誰もが知っているため、テリーにもなんとなく聞いてみたらしい。
「へえ、そう言うことね。全然知らな……いや、待てよ。あの場所ももしかして……ところで他の世界にはどうやって行くんだ?」
「空間転移という魔法で他の世界に移動できるんだ。ハンター養成所で習得した魔法の一つだ」
「だったら、ヴェイグ。その方法を教えた奴がいるところまでオレたちを連れていけ」
テリーは話を聞き終えたため、杏里に合図を送る。
合図を見て杏里は妙な方向に傾いているジャスティンの腕を再び掴む。
「いたぃ……」
痛みに身を震わせ反応したジャスティンだったが同時にあることに気付く。
折れたはずの腕が自由に動いたのである。
「折ったんじゃ……ないの?」
「折ったんじゃないよ、腕の関節を外してたの。ごめんね、もう恐がらせたりしないからね」
杏里はポケットからコスモスの絵柄が刺繍されたハンカチを取り出し、泣いているジャスティンに手渡す。
再び、杏里はジャスティンに回復魔法をかけ始めた。
登場人物紹介
ジャスティン・ルシタニア(年令15才、身長152cm、B72W55H76、人間の女性、出身地はエリアース、真面目な性格。ある理由で仕方なく男装している。主にスローイングナイフの戦い方をしている。女の勘が鋭い。ヴェイグに仕事をしてもらいたいため、男性しか入会できないハンター養成所に一緒に入会していた)
ヴェイグ・ルシタニア(年令19才、身長177cm、人間の男性、出身地はエリアース、性格は大ざっぱで自身の好きなことだけする。ジャスティンの兄で、元生粋のエリートニート。好きなキャラが大鎌を用いていたので、ヴェイグも大鎌を用いている。有名大学を一発合格&飛び級卒業しているので頭脳明晰。しかし、その能力がゲーム、アニメだけに注がれ、ルシタニア家は家庭崩壊する寸前だった。目が悪いため眼鏡をかけている)