封印解除
翌日早朝、リリアの自室にメイドが入ってきた。
時刻は、7時丁度。
いつも通りの、リリアの起床時間。
「リリア姫様、お早うございます」
「ええ……お早うございます」
挨拶の会釈をしているメイドにリリアはベッドから上半身を起こして答える。
「よいしょっと」
目覚めてからすぐにベッドを抜け出し、リリアは背伸びをする。
そうしている間にメイドは部屋のカーテンを開け、日差しを室内へ注がせる。
ゆっくりと、リリアは机の椅子に腰かけた。
「お願いしますね」
メイドの方は特に見ず、リリアは語る。
「お任せください」
少し急いだ様子でリリアのもとまで来たメイドはリリアの髪の手入れを行う。
それが終わるとメイドはリリアとともに今日着るドレス選びを始める。
アイボリー色のワードローブ内には紫色のドレスばかりが入っている。
作りや装飾こそ違うが、一見するとどれも同じ。
その中でも特にお気に入りの普段着ている紫色のドレスを着させてもらう。
「やはり、私はこうでなくてはなりません。私がこのように美しくいられるのは貴方のおかげですね」
「滅相もございません」
メイドは嬉しそうに頬笑み、会釈をする。
「さて、本日は色々としなくてはならないことがあるの。これからハイラムが訪ねてくるのでそれを待っていましょう」
「ハイラム大臣ですか?」
「いえ、違いました。私が会いに行くのでした」
それだけ言うと、リリアは自室を出ていく。
リリアの性格上、ハイラムを待っているはずがなかった。
数分後、ハイラムの自室前に来たリリアは扉を軽くノックする。
「どなたかな?」
既にハイラムも起きていたようで、わずかな時間差で扉が開く。
「ハイラム、今すぐに案内をなさい」
「は、はい、リリア姫様」
言われるがまま、ハイラムは部屋から出て案内を始めた。
「お会いする前に聞いておきたいのですが、叔父様はどういった方なのですか?」
「ええ、あのお方はその……なんと言いますか……」
「どうしたのですか?」
ハイラムはなにかを言いあぐねている様子。
「リリア姫様とは反りが合わない方だと思います」
「そうですか、誰にでもお好き好きはありますから、それもありえるでしょうね」
案内をされているうちにリリアは違和感を覚える。
城を出て、城の敷地内にあるメイドたちが住まう宿舎側に進んでいたからだ。
エアルドフの叔父ともなれば当然王族であり、メイドと暮らすなど意味不明。
宿舎内を進み、最上階にある部屋の前まで来た。
そこは別に最上階だからといって豪華でもなく、わざわざ王族が暮らすような場所でもない。
「メイドが暮らす宿舎に住んでいるのですね……」
リリアはストレートにドン引きしている。
なにが悲しくて自ら下に見られる行為を、わざわざ好き好んでしているのかが理解不可能だった。
「誰?」
内側から先に扉が開く。
全く見覚えのない若い男性が顔を覗かせた。
髪形はセミロング程度で、金髪。
エアルドフとは異なり、細身でどこかチャラそうな感じ。
「お早うございます。本日、リリア姫様がどうしてもセヴラン様とお会いしたいと申されましたので……」
「リリア姫様? へえー、あっ、どうも」
セヴランは室内から出て、気さくに笑う。
左手で頭を掻きながら、軽く右手を差し出し握手を求める。
エアルドフとは全く似ても似つかない雰囲気。
最初からこの男性にリリアは不信感を抱いた。
「お初にお目にかかりますわ」
握手に応え、セヴランの手を握る。
「オレはセヴランっていうんだよ、よろしくね~」
「貴方はエアルドフ国王の叔父にあたる方なのですよね?」
「ふっ……そうそう叔父さんです」
一度鼻で笑ってから、セヴランは答える。
「あの、本当にセヴラン様はエアルドフ国王の叔父様なのでしょうか?」
「あー、そうそう本当本当」
「あの、御印の役割を担っているのも貴方ですか?」
「御印ねえ、オレもやりたくなかったんだけどさ、少しの間ならいいよって思ったの。エアルドフ、そんなに悪い奴でもないしさ」
「はあ、そうなのですか」
本当にこの人物が父親と同じ家族なのかと、リリアは疑問に思っていた。
「ハイラム」
「は、はい、いかがなさいましたか?」
相変わらず顔色の悪いハイラムが答える。
「貴方はもう部屋に戻りなさい」
「分かりました……」
ハイラムはこの場を離れていった。
「セヴランさん、大事なお話があります。御印の役目を私と代わってもらえないでしょうか?」
「オレは別に良いよ。まあ、まだ一年も経っていないとは思うけど……」
そこまで言い、セヴランはなにかを考え始める。
「どうしましたか?」
「リリアってさ、相当若くない? こういうのはさ、オレやエアルドフがやることだよ? 正直言うと君はまだその順番じゃない。オレたちだってできるだけ長くこの封印を解かない奴に頼みたい」
「若くてなにか問題があるとでも? 私がなった方が貴方にとっても良いと思いますよ」
「そりゃまあね、スカウト中にオレになにかがあったら大問題だしな」
面倒なのでリリアはスルーしているが、セヴランは大事な話をしていた。
普通にスルーしているのは、セヴランを全く信用していないのが原因。
「とりあえず、封印解くよ?」
再び、セヴランは頭を掻く。
その時、彼がまとう魔力が一層高まった。
ふと、リリアは自らの近くにセヴラン以外にももう一人の人物がいるのに気づく。
その人物は、目を閉じた状態で立っている男性。
銀色の長髪で精悍な顔立ちをした男性は神職の者がまとう神聖な空気、オーラを持っている。
見知らぬ軽装の装備、徒手空拳の姿。
その出で立ちは正に、古の聖堂騎士そのものだった。
「この方が封印されていたのですか?」
リリアは確認のため、セヴランに尋ねる。
「そ、そうだよ……」
セヴランの表情は普通に引きつっている。
「セヴラン」
目を閉じていた男性が目を開き、セヴランの名を呼ぶ。
落ち着いた、そして優しげに思いやる声のトーンで話している。
「へ、へえ、なんでしょうか?」
「もう期限が迫ったのか?」
「そういうわけじゃないのですよね」
「では、他の者が現れたのか?」
「つまりはそういうことです」
そっと、男性は視線をリリアに移す。
「君は……」
リリアの服装などからなにかを察した男性は一度リリアの前にひざまずく。
「由緒ある家柄の御令嬢とお見受けしました。貴方が次の契約者ですね?」
「えっ……ええ? それは御印を示しているのでしょうか?」
どんな悪党が出て来るのかと思っていたリリアは困惑していた。
全くそういった類の者ではないとしか思えない。
「?」
男性は不思議そうな表情をした。
「ええ、そうなのでしょう。御印が契約者であっているはずです」
そういうと、セヴランを見る。
「そうなんだろうな?」
「間違っていない。この国ではそう呼んでいる」
「そうか」
再び、男性はリリアに視線を戻す。
「では、お嬢様。契約を……」
「お待ちください」
「なにかな、お嬢様?」
「私は貴方がどういう理由で封印をされているのかを存じません。なにも知らないまま、御印となるのは不本意です」
「左様ですか、お嬢様。端的に申しますと……オレは貴方たちを皆殺しにする使者と理解してもらえるとよろしいです」
「私や叔父様をですか?」
リリアに強い覇気が宿る。
こういう舐め腐った態度を取る悪党でいて欲しかった。
悪夢や不幸な事象では手の打ちようがないが、倒せばいいという単純明快さがリリアの性に合っている。
「そのようなことなどさせません」
リリアは男性を指差す。
「私が貴方を倒します」
「はっはっは……」
リリアの発言が可笑しかったのか、男性は笑い出す。
だがすぐに笑うのは止めた。
「いえ、失礼しました。もし敵わないと思いましたら、潔く封印をしてください。オレもその方が良いので無論受け入れます」
「そうですか」
随分聞き分けがいいなとリリアは思った。
「この城には修練場があります。そちらへ私と一緒にいらしてくださる?」
「いいでしょう。参りましょうか、お嬢様」
「私の名はリリアです、お見知り置きを」
「これはご丁寧に。申し遅れました、リリアさん。オレはパラディンのデミスという者です。貴方方を一人残らず皆殺しにする者です」
「いちいち下らないことを話していないでついてきなさい」
率先してリリアは修練場に向かう。
「セヴラン、いない振りをしないように」
リリアについていこうとする前に、デミスは部屋に逃げようとしていたセヴランに呼びかける。
「ヤだなあ、誰も逃げたりしないよ。今回も封印されてくれるんだろ?」
即座に逃げるつもりだったが仕方なくセヴランもリリアとデミスについていく。
登場人物紹介
デミス(年令不明、身長182cm、魔導人の男性、出身は不明。神聖なオーラをまとう神職者であり、聖堂騎士。穏やかで誰にでも優しく接する紳士的な性格。銀色の長髪で精悍な顔立ちをしている。とある理想の成就のために自ら封印されている)