湯浴み
セシルが自室にいたのを確認したリリアは、お風呂に入ろうとしていた。
今日という日は本当に色々とあり過ぎて、ゆっくり湯に浸かり、さっさと寝たいのが本音。
浴場へ向かう途中にリリアは、レト王子の部屋を訪ねる。
時間さえ合えば、レト王子とともにお風呂に入っていた。
もしも今後、自らがエアルドフ王国の女王となれなかった場合の布石として。
「レト、いらっしゃいますか?」
レト王子の部屋の扉をノックし、呼びかける。
「リリアお姉様?」
声を聞き、急いでレトは部屋から出てきた。
「リリアお姉様が行方不明になったと聞き、私は心配しておりました」
「そうなのですよ。私、本日はとても大変な目に遭いました。この私でなければ城へは二度と戻って来られなかったでしょう」
「お姉様」
レトはリリアに抱きつく。
涙を流し、リリアの無事を喜んでいた。
「こうして私が無事に城へ戻れたのは、レトの思いやる気持ちが天に届いたからなのでしょう。貴方のお陰で私は帰ることができました」
レトに心配されたのが心底嬉しかったリリアは非常に機嫌が良い。
「レト、もう湯浴みを済ませましたか?」
頭を撫でてやりながら、リリアは尋ねた。
「いいえ、まだです」
「それでは今から」
レトの手を握り、一緒に浴場へと向かう。
浴場へ入ると、入口近くにメイドが二人いた。
「リリア姫様、レト王子様」
二人のメイドがリリア、レトに反応し会釈をする。
「これから湯浴みをします。支度をなさい」
「はい」
メイドたちは頷き、一人はリリアの服を脱がし、もう一人はリリア、レトの下着や寝間着の準備をしている。
服を脱がされたリリアはメイドからタオルを受け取り、先に浴室へ入っていく。
浴室は非常に広かった。
大理石を用い、白を基調とした浴室はドーム状になっており、浴槽は広い円形の作りになっている。
ドーム状の天井には湯気抜きの穴がついてあり、そこから夜の星明りが見えていた。
お湯は温泉であり、浴槽へ獅子をかたどった湯口から湧き出ている。
この無駄に広い浴場は王族の者だけが使用できる場所。
扱える者は、エアルドフ、リリア、レトのみ。
リリアは浴室入口にあった木製の風呂桶を手に取り、獅子の湯口まで足を進める。
その湯口から木製の風呂桶で湯を掬い、リリアは身体を濯ぐ。
「さて」
持っていたタオルで髪の毛を巻き、浴槽へと入る。
丁度背をつけやすい角度に作られているので、リリアは足を伸ばしてゆったりと寛ぐ。
「お姉様」
レトも浴室へ入ってきた。
互いに一糸まとわぬ姿だが、一切隠す素振りもない。
もうそれが当たり前であり、裸体を見たからといってなにかしらの反応があるわけではない。
「こちらへ」
言葉少なめにリリアは呼びかける。
レトはリリアの隣に来て、湯に浸かる。
レトはリリアと互いの腕と腕がふれるくらいの位置まで寄り添った。
「レト、貴方にお話ししなくてはならないことがあります」
「?」
「明日、私は御印となります」
「プリズム様のようになられるのですか?」
「そうなのです。これで、私もエアルドフ王国で発言権を有する者となれます」
「お姉様は政治に興味がございましたね」
「ええ」
なんとなくリリアはレトがこの手の話題にあまり興味がないと気づく。
リリアよりも10才も年下では政治や権力よりも遊んでいたいのだろうなとリリアにも理解はできた。
「レト、貴方は私が好きですか?」
「大好きです」
屈託のない笑顔でレトは答える。
「もしも、なのですが……レトが良ければ、私と結婚をしませんか?」
「本当ですか、私もお姉様と結婚がしたいです」
「ありがとう、レト。もし貴方が10年後の成人となる日まで、この話を覚えていて、この私を好きでいてくれたのなら結婚しましょう」
この時点でリリアは非常に嬉しくてたまらなかった。
声を出して喜びたいのをなんとか堪え、平静を装う。
「ところで、レトは私のどこが好きですか?」
あえて胸の下に腕を組み、豊満な胸を強調させる。
男性をよく知らないが、こうすれば良いだろうとなんとなくリリアは思っている。
レトが近いこともあり、少しだけレトの方を向き、わずかに胸をレトの腕にふれさせてもあげた。
「優しいところが好きです」
リリアの動作から胸に視線が移ったはずだが、レトは特に気にしていない。
「そうですか、これからも優しい姉でいますね」
まだまだ若いレトには自らの美しさが分からないのだろうとリリアは判断した。
実際はほとんど毎日一緒に入浴し見慣れている上に、ふれるのも今回が初めてでもない。
強調されてもそれ程の物珍しさがないから。
そういう点でレトは恵まれている。
流れで伝えたかったことを伝えられたリリアは楽しい時を過ごせた。
レトと手を繋ぎ、浴室を後にする。
浴場に出た二人は待っていたメイドに下着を手渡される。
二人とも身体が一切濡れていない。
二人ともとある特有の理由で、水がついても乾くのが早い。
それを知っているメイドはタオルで身体を拭いたことがなかった。
二人は渡された下着を身に着け、メイドに白いナイトウェアを着させてもらう。
それから髪の手入れがあるリリアは残り、先にレトは自室に戻っていく。
その後、リリアも自室に戻った。
自室へ入ったリリアは即座に気づくことがあった。
リリアが勉学を行う際に扱う机の椅子にセシルが座っている。
丁度、机に向かってなにかを書いていたので背もたれ部分から肩辺りが見えていた。
「セシルさん、どこにいってしまったのかしら?」
存在に気づいているが、あえてセシルの方を見ずに語る。
そっと、セシルは椅子からリリアに気づかれないように机の下に潜り込む。
面白い人だなとリリアは思った。
「さて、探したいのは山々ですが、今は寝ることにしましょう」
リリアは室内のランプを消していく。
机の傍も通ったが、机の下を見ないようにして素通り。
消し終わった後は紫色の天蓋のあるベッドに横になった。
室内から微かに物音が聞こえていたが、リリアは気づかない振りを続けた。