友達
「リリア、おいで」
屋根裏から、セシルが顔を覗かせる。
「え、ええ」
困惑していたせいか、建物内に入ってからも差していた日傘を畳み、腕に引っかけると梯子を登っていく。
屋根裏に入り、リリアは周囲を確認する。
室内は屋根裏ということもあり、三角に近い形状をしている。
普通に立ってはいられるが、圧迫感を感じる程度の天井までの高さ。
木目の床面は突き抜けないようにと、一応しっかりとした作りになっている。
一人用の古びた木製ベッド。
二人がけテーブルと椅子。
くたびれたソファー。
他には棚や衣装ケースと思われる木製の箱などがあった。
ベッドの傍には円形の小さな窓があり、その窓から正反対の位置にも同じく窓がついている。
二つとも小さな窓なので日中でありながら屋根裏内はどことなく暗い。
「ここで暮らしているのね……」
室内を見渡しながら、リリアは確認のために聞いた。
「私、誰かを自分の部屋に連れて来たのは初めてなの」
ベッドに腰かけているセシルはどこか嬉しそうに語る。
「そうなの」
「ねえ、リリア。貴方の持っている……」
「ん?」
抱えていたドレスをセシルが指差す。
「それ、私に……」
「ええ、貴方にあげるわ」
「ありがとう!」
早速、セシルはリリアからドレスを受け取る。
「大事に使うわ」
やけに嬉しそうにセシルはドレスを広げて見ている。
「セシル、そんなにドレスが欲しかったの?」
「そうよ、このドレスちょっと高いから」
リリアにとってそのドレスは無料に近い金額。
少しずつだが、これこそが貧富の格差なのだとリリアにも理解できるようになっていた。
「リリア、貴方ってどうしてそんなに優しいの?」
「私が?」
思ってもいない一言に言葉が詰まる。
「私、貴方に酷いことばかりしていたのに」
「酷いこと?」
そんなことをされた覚えがリリアにはない。
「私、一人で暮らし始めてからこんなに優しくされたことがないから」
「そうなの」
適当な相槌を返す。
リリアにはそんなことをした覚えはない。
「ねえ、リリア」
もらったドレスを畳み、抱き締めながらセシルは語る。
「私たち、良い友達になれると思わない?」
「友達に?」
通常の領民よりも一等低くセシルを見ているリリアは当然拒否するつもりだったが……
「構いませんわ」
リリアにも考えがあり、セシルの意思を受け入れた。
「そう? ありがとう」
セシルは嬉しそうに頬笑み、リリアとより親密な関係になれるよう親しげに会話を始める。
この夜の街に人が来る時間帯はまだまだ先なのでリリアも悪い気はしなかった。
それから一時間程が過ぎてくるとセシルはウトウトし出す。
「そろそろ私、眠る時間なの」
「眠る?」
無意識に窓の外に目をやる。
現在時間は朝の約9時~10時頃で、この時間に寝るというのはリリアにとって不自然に感じた。
「貴方を売れたら寝ようと思っていたの、さっきまでは」
「私が売れたら?」
「もう少しで貴方の仕事も決まるはずだったの」
部屋を歩いて、古びた木製のベッドに座る。
「貴方も寝ましょうよ。ベッドはこれ一つしかないけど、別に良いよね?」
そう語り、セシルはベッドに横になる。
ベッドに横なっていたセシルは、いつしか眠っていた。
「私は……どうしましょう」
他人の眠るベッドに寝たくないリリアはなにかしらして時間を潰すことにする。
リリアのする暇潰しとは城での暇潰し同様に鍛錬。
ゆっくり床にしゃがむと両手を開き、床につける。
軽く両足で床を蹴ると一気に両足を上げた。
「ふんっ」
若干、海老ぞりなった身体を両腕の力だけで抑え、ぴたっと止り垂直に戻した。
ドレスが捲れ、下着が見えそうになったが、すかさず左手を離し、ドレスを押さえる。
左手を離したリリアは開いた右手を少しづつ離し、自らを支える指を親指、人差し指、中指だけにする。
それからリリアは目を閉じ、精神統一を始めた。
別に一本指倒立も可能だが、城の修練場でやっていたら同じく鍛錬をする兵士たちに尊敬と同時に素で引かれた。
それ以来は指三本による倒立で済ませている。
「ん?」
ふいに、リリアは足を掴まれる。
セシルが足を掴んでいた。
「リリア、なにをしているの?」
かけ声を上げ、倒立していたリリアにセシルは疑問しか浮かばなかった。
足を降ろし、リリアは立ち上がる。
「見ての通り、倒立よ」
「ふーん、そうなんだ」
セシルは少し頷く。
「でも、穿いているのは紫じゃないのね、貴方って」
眠そうにセシルはベッドに戻り、寝始めた。
「?」
発言の意味を理解していないリリアは続けて、鍛錬を始める。
再びしゃがみ、腕立て伏せの態勢に入る。
腕を身体の中心に移動し、足を浮かせると海老ぞりに近い形まで足を上げる。
足場を扱わず、ブリッジの体勢に近い形になっていた。
その後、さも当然のように腕立て伏せを始める。
「貴方って面白いのね~」
まだ起きていたセシルはリリアの鍛錬を眺めている。
変な尊敬の念もなく引かれたわけでもないのでリリアは気を良くした。
セシルが完全に寝てしまってからもリリアは鍛錬を続ける。
外が夕闇へと変わり、セシルが起きるまで一人鍛錬を行っていた。
夕暮れ、ようやくセシルは目を覚ました。
気怠そうにベッドから上半身を起こす。
「おはようございます」
リリアはセシルが起きたことに気づき、声をかける。
「ああ、そうだ! リリア!」
セシルはリリアの方を見る。
心を許せる者を部屋に連れて来たことのないセシル。
リリアが部屋にいてくれるのは嬉しくてたまらなかった。
「ところで、なにをしているの?」
今になってもリリアは鍛錬を行っていた。
うつぶせの状態で握った拳から肘までを床につけて上半身を浮かし、その状態からつま先だけで下半身を持ち上げた体勢をキープしていた。
「ちょっとした運動よ」
「一体いつから?」
「この体勢に移ってから一時間くらいね」
すっと、リリアは立ち上がる。
運動をしていたはずなのに、普通に座っている状態から立ち上がったかのように疲れを全く感じさせない。
「いえ、あの。運動し始めてからよ」
「貴方が寝始めてからね」
「信じられないわ」
さっきからセシルは眠そうに語っている。
「それはそうと、リリア」
ベッドから離れ、セシルはリリアの傍にいく。
「今日はこれからが大事なのよ」
顔がふれそうな程にセシルはリリアに近づく。
リリアの匂いを嗅いでいた。
「汗の匂いが全然しないのね、というよりも汗自体をかいていない。高貴な身分の貴方らしくて良い匂いがするわ。本当に運動をしていたの?」
「誰にも止められないのは久しぶりだったので気が済むまで」
「貴方ってよっぽど暇なのね」
「ええ……」
思いがけぬ発言にリリアは落ち込む。
「それじゃあ、今から行くわよ。今日私たちは玉の輿に乗るのよ」
「いいえ、そのような無粋な……」
「没落貴族の娘なのでしょう? このようなところにその格好で来る人は皆そうだったし」
「ぼっ……ぼつら……く……」
リリアの心に火の玉ストレートの一撃が入った。
「さーて、仕事よ。飛び切り偉い人を連れて来るわ」
「連れてくる?」
早速セシルは部屋の梯子を降りて出ていった。
「連れてって、こんなところに来てくれるのでしょうか?」
即座にありえないと悟ったリリアはセシルを追いかける。
「セシル、ちょっと待ちなさい」
家の前でセシルを止める。
「ここに連れて来るよりもまず外で会いましょう」
「うーん、それもそうかもね」
セシルは周囲をキョロキョロと見渡す。
「リリアはそこで待っているといいわ」
この家から少し離れた位置にある路地を指差した。
「貴方はここに来たばかり。きっと、貴方に誰かを誘うのは無理でしょう」
「そうね、それはセシルにお任せします」
「じゃあ待っててね、私にかかれば楽勝よ」
楽しげにセシルは夜の街に出ていった。
「あの路地裏ですわね」
夕暮れにもかかわらず、リリアは持っていた日傘を差す。
路地裏まで来ると思いのほか薄暗く、リリアは魔法を詠唱する。
「ライト」
路地裏の一角だけ、明るさに溢れた。
松明の明かりよりも光り輝くそれは周囲を照らすには十分だった。




