表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
151/295

バウンサー

「貴方、そういえば名前は?」


ようやくセシルがリリアの名前を尋ねる。


「そういえば……」


リリアも話していなかったことに気づく。


「私の名前は……」


ふと、リリアは自分の名前を話してよいのか疑問に思う。


「リリアよ」


思ったとしてもリリアの性格から普通に答えている。


「リリア? なんだか、どっかで聞いたことのある名前ねえ。とても良い名前だわ、可愛らしい貴方にぴったり」


セシルは適当なことを語り、男性から勧められた衣装を受け取る。


もうすでにリリアの名前なんかは忘れてしまっている。


「これ、着てみましょう? ねっ?」


「そうですの。お好き好きでございますから、私は……」


「本当? 気に入ってくれて嬉しいわ」


「えっ?」


全く気にせず、セシルはリリアの手を引き、店内にある小部屋の前に連れていく。


「さあ、ここで着替えるのよ」


「ここで?」


流石にリリアの表情が引きつっている。


こんな狭いスペースで着替えなどリリアにとっては狂気の沙汰。


「そうよ?」


「困りましたわ」


「そう言わずに」


入る気のないリリアをセシルは強引に小部屋へ入れ、扉を閉めた。


「どうしましょう」


片手には先程渡された黒のロングドレス。


今着ているお気に入りの服を脱いでまで着たいとは思えない。


仕方なく小部屋で突っ立っていると……


「なんだ、まだ脱いでいなかっ……」


酒場にいた荒っぽそうな男性が唐突に扉を開く。


そこからのリリアの行動は早かった。


扉が開いた瞬間、刹那的に男性の頭部を鷲掴みにする。


「下郎」


一言だけ発したリリアの目は冷たい。


万力をかけられたような鈍い痛みから男性の脳裏にあるイメージが浮かぶ。


果物が片手でいともたやすく握り潰されるイメージが。


自らに突然降りかかった死の恐怖。


男性は極度の緊張から発汗し、まともに呼吸ができなくなった。


「どうしたの?」


なにも知らないセシルが男性を鷲掴みにしているリリアの手を、ひょいと上げる。


「下郎……この殿方が私の……不埒者め、どういう人生を送ってきた。その品性下劣さは生まれ持ってのものか」


相当頭にきているリリアは一度言い変えても結局は本音を語る。


「そんなこと言っちゃ駄目!」


焦ったセシルが荒っぽそうな男性を見る。


男性は挙動不審にセシルを見ていた。


「セシル、ちょっとこっちに……」


セシルの手を引き、酒場まで戻る。


「あのな……オレはバウンサーを雇いたいわけじゃない。なんでもやれる女を連れてこいと頼んだんだ。顔だけ良くて頭のアホそうな女だ。あの目は不味い、人を殺すことに躊躇いのない目だ。お前のせいで今日がオレの命日になるところだったぞ……」


「どゆこと?」


よく分かっていないセシルは不思議そうな顔をした。


「とにかく、金返してもらう。早く寄こせ」


「あの娘、気に入らなかったの? しょうがないわねえ……」


先程受け取った金額をそのまま男性に渡す。


「あっ、でもあの服の金額分だけはリリア先生に渡しといてくれ。なにかあったら助けてもらえるかもしれねえ」


「先生って……」


「セシルさん、あとそこの下郎」


いつの間にか酒場にいたリリアが二人に呼びかける。


「私はもう帰ります。それと下郎、数日後にはこれです」


首の前で手を振るジェスチャーをする。


行動の意味が分かってしまった男性は居てもたってもいられなくなり、リリアの目の前に来てひざまづく。


「リ、リリア先生。先程の御無礼をお許しください。できればこの金で……足りなければこれの倍でも……」


先程のように挙動不審な様子で男性はセシルから受け取ったお金をリリアに差し出す。


「要りません……リリア先生?」


「そ、そうでございます。リリア先生の勇猛さにオレは心を打たれました。是非ともこれを受け取ってください。そうでないとオレはリリア先生に無礼を働いただけの小物になってしまう」


「それならば構いません、許しましょう」


なぜか先生と呼ばれ、少しリリアは自慢げ。


特に問題なく差し出されたお金を受け取る。


「そうね、なにかあれば貴方に手を貸してやりましょう。これを貴方に渡します」


赤色の宝石。


綺麗にカットされたガーネットのような宝石をリリアは手渡した。


どこから宝石を取り出したのか、リリアの近くにいた二人にも分からなかった。


「これは?」


「問題が発生しましたら、これを持って強く念じなさい。取るに足らない小事での呼び立てであったらただでは済みませんがね」


「分かりました……」


受け取った男性は額がつく程に深々と土下座をし、難を逃れた。


「では、これにて」


リリアは酒場を出ていく。


「ちょっと待って」


そのリリアにセシルがついていく。


リリアは丁度日傘を開いているところだった。


「貴方のお陰で全部パーよ。でも、貴方はあのマスターにああまで言わせるのだから、なんだか面白そう。ついていってもいい?」


「構いませんわ。にしても、ここは如何わしい場所だったのですね。あのような者がエアルドフ王国にいるとは露程も知りませんでした」


「だって、この辺はそういうところだし」


「ああ、とても良いことを思いつきました」


なにかを思いつく。


ただし、こういう場合のリリアの思いつきは後に問題を起こすレベルのもの。


「この如何わしい場所には、城の者も来ていますか?」


「そりゃ来ているわ。というか来ているに決まっているじゃない。あの人たちが来ているからここは潤うのよ」


「階級の高い者も来ていますか? 例えば、大臣とかそういった類の者」


「ええ、来ているわ。それがどうしたの? って、ああ、貴方なら妾になれそうね。私は学がないから、ああいう人らとは話が合わないのよねえ」


「そうと分かれば問題ありません。標的が来るまで待ちましょう」


「来るまでって、夜が近くならないと誰も来ないよ? それまで私の家にいない?」


「家に? ええ、良いでしょう」


セシルの案内でセシルの家に向かうことになった。


「家はどこにあるの?」


「この近くよ。近くの三階建て建物の三階」


「三階建て建物の三階?」


「ああ、貴方は普通に家があるのよね、羨ましい。私はないの、仕方ないから私のような赤の他人でも部屋を貸してくれる人がいるからその人に」


「そうなの、初めて聞きましたわ」


集合住宅の概念に近いものだが、リリアには全く意味が分からなかった。


数分後、セシルはある建物の前で立ち止まる。


「着いたわ」


微妙に傾きかけた木造三階建ての建物がそこにはあった。


「ここに……住んでいるのですか?」


リリアは固まっている。


城で暮らしているリリアにはこの状況が全く理解できない。


リリアにとっては城で飼っているペットの家よりも粗末な家。


このような場に人が自ら望んで住むという理由と理屈と意味それぞれが全く分からなかった。


「さあ、入りましょう」


リリアの手を引く。


「なぜ、このような場所に住んでいるのですか?」


「知人の伝手(つて)。安く住まわせてくれるって言っていたから」


「そ、そうなの」


セシルに手を引かれ、入口の扉を開き、建物内に入る。


入口傍にはすぐに階段があり、二階へと続いている。


二人は二階へ上がった。


上がった先には二階の部屋に続くであろう扉と、木製の梯子。


梯子の先の天井には小さな扉のようなものがあった。


「まさか……」


リリアは小さく梯子の先を指差す。


「ええ」


セシルは嬉しそうに頷いた。


「ちょっと、ここで待っていてくれない? 少し部屋の中を片づけてくるから」


「そ、そうなの」


ささっと、セシルは梯子を上っていく。


目線よりも高くなった辺りから、普通に下着が丸見えになっていた。


スリットが大き過ぎるのが問題だが、セシルは気にもしていない。


天井の小さな扉を開き、三階というよりは屋根裏に入っていく。


このような場所で暮らしているとは夢にも思わなかったリリアは困惑していた。


あそこは断じて部屋などではないはず。


それだけを扉が開かれた屋根裏を眺めながら思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ