鴨葱
その頃、リリアは事前に地図で決めていた通りのルートでロイド宅へと向かっていた。
今日の予定はロイド宅で御印についてを尋ねること。
そして、下々の者たちの生活を見てあげることである。
リリアは自らが見てあげなくては下々の民がそれだけで損失を受けると判断している。
出かける気分がなくなっても、わざわざ遠回りをして街を通っていった。
街並みは漆喰の塗られたレンガ造りの家や木組みで作られた三角屋根の家々が続き、道には石畳が連なる。
朝早くに外出したからか、市街は人の行き来が激しく活気づいていた。
「思ったよりも狭い範囲でこれでもかとひしめき合っているのですね。場を広く活用しようとは誰も思わなかったのでしょうか? 商人ではない私でさえも考えが及ぶというのに……」
街の様々な店を一つ一つ眺めながら、リリアはなんとなく口にする。
土地の所有権だったり、資金面についての考えがない。
ふと、リリアは背後からの視線に気づく。
何人かの者たちが自らについて来ていた。
略紫色一色で統一された衣装をまとっているからでもあるが、街の人間とは一線を画す美しい姿のリリアを一目見たい男性たちが近くまで寄って来ていた。
ジロジロ見られていることに不愉快さを覚え、リリアは機嫌が悪くなる。
「見世物ではありませんわ、去りなさい」
一声上げると、周囲にいた男性たちは目線を逸らしたり、この場を離れたりした。
リリアからなにかを感じ取ったのか、リリアに物言いをする者は誰もいない。
「さて、ロイド先生に会いましょうか」
もう街を巡る気が失せたリリアはロイド宅へと歩みを進める。
街を進んでいたのでわずか数分でロイド宅へと着いた。
街中にある他の住宅よりも広めで豪華な造りだった。
「ロイド先生、おりますか?」
軽く扉をノックし、呼びかける。
特になにも反応はなく、リリアは首を傾げた。
「おりませんか?」
再び呼びかける。
だが、留守なのでいるはずがなかった。
「そういえば……ただ訪ねることだけ優先させてしまい、いつロイド先生がいるのかを確認していませんでした。ここで少し待ってみましょうか」
仕方なくリリアはロイド宅の前でしゃがみ込み、ロイドの帰宅を待つ。
ぼうっと空を眺め、数分が経過した。
再び、リリアは視線を感じ、その方向に目線を移す。
目線の先、数メートル程先に一人の少年が興味津々な様子でリリアを見ていた。
それに気づいたリリアは頬笑み、軽く手を振る。
手を振ってもらった少年は喜び、手を振り返す。
そこまでは良かったが、先程近づいて来ていた連中もジロジロ見ていたのでリリアはまた不機嫌になった。
「なんなのかしら、あの者たちは?」
すっと立ち上がり、リリアはロイド宅を離れる。
ロイド宅を離れてもリリアはつきまとわれた。
次第に腹が立ち始めたリリアは助走をつけ、近くの塀を飛び越え逃げ出した。
その後は適当に逃げていたせいか、リリアはミスを犯す。
久しぶりの外出で見知らぬ道を適当に進んでしまい、当然のごとく道を見失う。
リリアは中心市街から離れた別の区画と区画との境界線の小さな橋近くにいた。
「ここは……どこなのでしょう?」
弱気な発言をする。
しかし、リリアは謎の自信に満ち溢れている。
ひとまず目の前にある境界線の役割の小さな橋を渡った。
その先は店の数は多いが静か。
人の通りはなく、リリアだけしかいない。
リリアがいる場所。
ここは、夜の街。
人はいるにはいるが時間帯から外を出歩いている者がいないだけだった。
前以て地図で確認していなかったリリアは気づかずに通りを進む。
「そこの貴方」
通りの突き当り、丁字路の位置まで来たリリアは誰かに呼び止められる。
リリアの正面には一つの商店があった。
そこも時間帯が時間帯なので店は閉まっている。
声は正面の店から聞こえたが、声の主はその店の屋根に足を組み腰かけていた。
「こんな時間に、こんな場所に。身なりも相当。人目を避けたい理由はそういったところなのでしょうね」
声の主の女性は屋根から飛び降り、リリアの前に立つ。
身体のラインがはっきりと分かる黒のロングドレスをまとった女性。
金色の長い髪をした妖艶な雰囲気の若い女性。
ロングドレスのスリットも大きく、この女性も夜の街に生きる者の一人だった。
「私になにか?」
「貴方、ここは初めてでしょう? 分かるわ、貴方を見ていれば。できれば案内をさせてほしいの」
「ええ、それならばお願い致しましょう」
見かけによらず殊勝だとリリアは思い、案内を任せる。
この手合いの女性を最下層民だとリリアは捉えている。
信用も信頼も一切していないが見ず知らずの自らにも好意的な態度を見せたのが、まさにリリアに隙を生じさせた。
「そう? だったら、ついて来てほしいところがあるの。そこに一度来てもらえる?」
「構いませんわ」
特に疑わず、その女性にリリアはついていく。
この女性は女衒だった。
女性の言うままについていけばどこへ着くのか、それは当然そういった類の店。
連れられてきたのは外観が酒場のような店だった。
「なぜ、この店に?」
「ここが貴方に合っていると思うの」
「私に?」
女性から再び店の外観へ視線を移す。
なんの冗談なのかと思った。
この店が自らに合っているとは到底思えない。
「貴方にお土産も買ってあげるわ」
軽く頬笑んだ女性はリリアの手をそっと掴み、店へ連れ込む。
店の扉にはクローズの札がかかっていたが、女性は全く気にしていない。
店内は普通の酒場だった。
「見て分かんねえのか、店はやっていない……なんだ、お前か」
カウンターを拭き掃除していた男性が二人に気づく。
短髪で少し太めな体格をした荒っぽそうな男性だった。
「そっちの女?」
「以前話していたでしょう? いい子はいないかって」
「ああ、新しい子?」
なにかを理解した男性はカウンター内に入っていき、棚の引き出しを開く。
引き出しの中には金庫があり、十数枚紙幣を取り出して数えると二人の前に来た。
「はい、お金」
「ありがとう」
女性はお金を受け取った。
「さあ、貴方。貴方に服を買ってあげる。隣の店よ」
「えっ、ええ」
リリアの手を取り、女性は酒場内を歩き、酒場内にある扉を開く。
扉の先は、また別の店があった。
店と店同士が一続きになっていた。
こちらの店内では衣装や小物などを販売している様子。
当然ながら一般人が着用するようなものではない。
「あら~? セシル、また来たの?」
モップを使い、板張りの店内を掃除している男性がいた。
「そうなの。新しい子よ、良いものを見繕ってあげて」
「ええ、いいわよ」
どことなく変な動きで男性は歩く。
変なアクセントや口調などからそっち系の男性だった。
「さあ、貴方もこっちに来て」
男性がリリアに呼びかける。
「あの、これは一体なんなのです?」
先程、名前が判明した女性セシルにリリアは声をかける。
「一着好きな服を選んでほしいの。大丈夫よ、私が払うから」
「そういう問題では……」
セシルはリリアの手を取り、衣装がかかった棚まで連れていく。
「ねえ? これなんか、どう?」
先に棚の方に来ていた男性が、一着の衣装を広げて見せる。
セシルが着ている黒のロングドレスと似たような衣装。
「良いじゃないの。やっぱりそれよね、それ」
「え、ええ」
数年振りにリリアは困惑を示していた。
城にいた頃は自らの思いのままで、思いのままにならなくとも力技でなんとかしてきた。
しかし、今回は自らを姫だと知らせるわけにはいかぬ状況。
どれくらい力量差を見せつけてこの場を逃れるか考えていた。
困惑しているのはそういう理由であり、この店が怪しさ満点だとか、如何わしい行為をさせられるのではないか、などのことではない。
登場人物紹介
セシル(年令不明、身長168cm、B90W61H87、種族不明、出身はフェザー王国。自分勝手に振る舞う奔放な性格。自らの色香や性的魅力に気づいており、男性・女性経験に長けている。あまり頭は良くないが、字が上手い。スキル・ポテンシャルは能力同化、未識別)