ミールの捜索
ミールの捜索が始まってから数日後。
ギルドの者たち総出で行われた捜索だが、一向にミールは見つからない。
そんな中、竜人化できるリュウが空を飛行し、遠方まで出向いていた時、ミールと似た背格好の人物を見つける。
それを伝えに、リュウは急いでギルドまで戻った。
「ノールはいるか!」
「リュウ、どうしたの? ミールが見つかったの?」
丁度、店内にいたノールが聞き返す。
店内には、ノールの他に店番をしているテリーの姿があった。
「ああ、そのはずだ。ミールだと思うぞ」
「本当なの!」
「ただ、厄介な奴も一緒にいた」
「厄介なって?」
「実は、あのステイの魔導使いデュランと一緒にいた」
「冴えているな、リュウ。やっぱり持つべきものは優秀な味方だな」
リュウは背後から肩に手を置かれる。
「おっ?」
リュウが背後を確認すると、いつの間にかアーティがいた。
いつも通り、ソファーでぐだぐだしていたため、アーティが店内にいると気付かなかったようだった。
「それで、デュランは?」
「ああ、デュランな。デュランにお礼参りするのも大事かもしれんが、ミールの捜索も大事だ。捕らわれている可能性があるし、それなら先に助け出さないといけない」
「構わない、デュランさえ殺れればどうでもいい。それが終われば、次への行動だ」
「次の行動? あー、別の国へか?」
「ボクの弟がどうでもいいだと?」
冷たい目付きでノールはアーティを睨む。
辺りは急激な勢いで寒気がする程に温度が低下し始めた。
水竜刀を両手に出現させ、ノールは戦闘体勢の構えに移る。
「へえ、そういうのなんか面白そうじゃん」
ノールの行動にアーティは戦闘相手としての興味が湧いた。
「おい、人の話聞けよ」
アーティも臨戦態勢に移ろうとしたのを悟り、リュウはアーティの顔を鷲掴みにする。
「あっちにいるのは依頼者だろ、見て分かんねえのか。お前、自分で決めた規則を破るつもりか? 達成率100%だろ。最後の仕事なんだ、しっかり終わらせようぜ?」
「分かったよ。ミールを助けて、仕事を完璧に終わらせる。いいな、ノール、リュウ?」
その反応を見て、リュウはアーティの顔から手を離した。
仕方なさそうにノールは水竜刀を消し、アーティは目を逸らしてイマイチそうな反応をする。
「二人とも落ち着いたな? それじゃあ、ミールがどこにいるか話すぞ。ステイの首都から、さらに北側に向かった他国の国境付近にある古城だ。その近辺でミールらしき人物を確認した。ついでにデュランも」
「ありがとう! ボクはミールを探しに行くね!」
「ちょっと待て、ノール。一人で行くつもりか? オレたちも行くよ」
「それじゃあ、今ギルドにいるテリー、ライル、杏里くん、リュウの四人を連れていくよ」
「おい、オレはどうした?」
さり気なく選ばれなかったアーティはイラつきが少し表情に出ている。
「貴方の態度が気にくわないの」
さっきのことが余程気に食わなかったのか、ノールは最初から喧嘩腰。
終始、睨み合う二人。
「まだやっているのか、さっさと支度しろ」
さっきから準備を始めていたリュウが二人に言う。
二人は睨み合うのを止め、さっさと支度をして六人で情報にあった古城へと向かった。
隣国ステイの首都からさらに北へ進んだ先という情報から、通常数日かかる道程があった。
だが、そこは全員が魔力を有した能力者。
距離があったとしても身体に魔力を張り巡らせ、わずか数時間で国境付近まで辿り着く。
なにもない平原に古城は築城されており、以前は国境警備に使われていた物のようだった。
「ここで間違いないだろう」
リュウは周囲を確認している。
とにかく、古城の前まで来たので城内へと入ることにした。
「それじゃあ、開けるよ」
古城の少し朽ち果てた鋼鉄製の扉を、重量があるはずだが軽々と片手でライルは開く。
古城内部は円形状をしたとても広い空間で部屋の奥に一つ階段があるだけで他になにもなかった。
「やあ、諸君。ようこそ、私の城へ」
階段辺りから、デュランが声を上げる。
こちらの出方を知った上でのわざとらしい台詞。
明らかになにかを仕組んでいるのは見え見えだった。
「では、私は城の最上階にいる。それと貴様だ、ノール。貴様の大切な物も辿り着けたのならば返してやろう」
デュランはノールに強い怒りを向ける。
デュランの中では、突然現れた神の使いノールがスロートの者たちを奮起させ、ステイが負けたとなっている。
自分自身の地位や名誉を踏みにじったノールには憎しみしかない。
「行け、エノーマス! 奴らを皆殺しにしろ!」
デュランは階段の近くにあるなにかの出っ張りを押す。
すると階段近くの壁が左右に分かれ、アーティたちが入ってきた扉も堅く閉ざされた。
その間にデュランは階段を駆け上がっていく。
「エノーマス?」
「エノーマスはネコの大型種、大体ライオンくらいの大きさをした弱いモンスターだよ。全然話にならない相手……」
ライルの問いかけに答えているアーティは左右に開いた壁の方から出てくるものに反応する。
現われた生物はアーティの語ったエノーマスという種類のモンスターではなく、それはエノーマスという名前がつけられた二本立ちする大型肉食恐竜のような生物であった。
エノーマスは壁が開き、驚いている様子だったがアーティたちの存在に気付く。
暫しの沈黙の中、アーティたちを眺めていたが鳴き声を上げ、エノーマスは襲いかかってきた。
「ヤバい! 逃げろ!」
テリーが叫ぶと同時に六人は円形の建物内をバラバラに逃げ出す。
ただし、逃げ出す人物は正確にはただ一人だけで良かった。
「ちょっと! どうして、ボクについてくんの!」
なぜか他の者には一切目もくれず、エノーマスはノールだけを追いかけていた。
そのため、ノールは今まで生きてきた人生の中で最速のスピードで走っていた。
その間にアーティ、テリー、杏里は特に急ぐ様子もなく二階へ上がる。
「早くしろ、ライル、リュウ。それと、ノール。いつまで遊んでんだよ?」
呆れた口調のアーティが階段から見下ろしている。
「どの辺が遊んでいるように見えんだよ!」
リュウと焦っているライルが階段を上り始めると、追いついたノールも階段を上がろうとする。
勿論、ノールを追いかけていたエノーマスも一緒に。
エノーマスは速度そのままに階段へと猛烈な勢いで突進。
突進の衝撃によって階段は轟音とともに崩壊し、途中まで上っていたライルとリュウは一階へと落下した。
階段は崩れ、二階への道も塞がってしまい通れなくなってしまったが、ノールは水人化し身体を昇華して水蒸気となり二階の廊下でノールとして実体化。
残された二人を見向きもせず、先に行ってしまった。
階段の瓦礫の中からライルとリュウが立ち上がり、塞がってしまった二階への通路を眺める。
「オレたちはどうする?」
階段を眺めつつ、リュウがライルに聞く。
その声をかけられたライルはリュウにも階段にも目もくれない。
正面にはこちらを見ているエノーマスの姿があった。
「戦うしかないか」
エノーマスに向かい、ライルは剣を構える。
なにかを察知したのか、エノーマスも二人に向かって猛烈な勢いで突進する。
「あっ、見てみろよ。あいつ、恐竜のくせに“魔法障壁”が張り巡らされている。もしかして、デュランが張ったのか?」
ライルと異なり、ようやくエノーマスを視認したリュウはぼんやりと語る。
話している途中に、エノーマスが突進してきたため二人は素早く躱した。
「リュウはやる気がないのか? もしや、打つ手なし? エノーマスを倒すにはオレの水人能力を使うしかないのか?」
距離を取るだけで攻撃を仕掛ける様子がないリュウの行動にライルは疑問を抱く。
スロートでは色々と厄介だったので戦争中は隠していたが、ライルもノール同様に水人である。
ノールとは異なり状態変化のうち、氷の能力のみが扱えた。
「リュウがスロートの連中みたいな発言をするはずがないか。発動、薄ら氷!」
水人能力を駆使し、薄ら氷を発動。
エノーマスの足元の床が一瞬で凍りつき、巨体であるエノーマスは物凄い音と同時に倒れた。
「今だ、リュウ!」
「おっ?」
破壊された階段をただぼんやりと、リュウは眺めていた。
リュウはエノーマスにまるで関心がなく、突然名前を呼ばれたことに驚いている。
「おい、リュウ! なにしてんだ!」
「なにって……二階への登り方を考えているんだよ?」
「そんなのは後でもいいだろ!」
なぜか戦おうとしないリュウに対し、ライルは本気で怒る。
勿論怒っているのは倒されたエノーマスもである。
唸り声を上げ、エノーマスは起き上がると、敵と判断したのか突然スピードアップした。
しかし、ライルは冷静だった。
再び、水人能力を扱う。
「氷壁!」
ライルが水人能力を駆使し、エノーマスの前に一瞬で氷の壁が出現。
突然現れた壁にスピードアップしたエノーマスは立ち止まれず、氷の壁にぶつかり、エノーマスは気を失った。
「よっしゃ」
ほっとした様子で、ライルはエノーマスに近付こうとする。
「待てよ、ライル」
ライルの腕を掴み、リュウは止める。
「お前、こいつを殺そうとしていないか?」
「なんだよ、なにもしなかったのに邪魔するのか?」
ライルはリュウの腕を振り払う。
「こいつは草食恐竜だ。さっきのは、ただじゃれついていただけだ。害もないのにお前は殺すのか?」
「こいつは牙も生えているし、オレたちを喰うために追いかけただろ?」
「こいつはじゃれていたんだ。周りを見てみろ、ここは見ての通り円形でなにもない。そのせいか、こいつはオレたちを見て、遊んでもらえると思ったんだろうな、最初は六人もいたわけだし。オレは竜人だから、こいつがなにを考えているかくらい手に取るように分かる」
「そういうのは先に言えよ」
疲れたライルはその場にしゃがみ込み、リュウは再び崩壊した階段の方を眺めた。
数分後、意識を覚醒させたエノーマスは再び起き上がる。
周囲をキョロキョロと見渡したエノーマスは崩壊した階段近くにいるライルたちに即座に気付き、再びライルたちへと猛烈な勢いで走ってきた。
だが、ライルたちは無反応だった。
そんな無反応なライルたちの前で突進の構えだったエノーマスは急遽立ち止まる。
なぜ止まったかというと走り出さなかったから。
それからは、かみつく素振りや前足を二人の頭に乗せるなどのちょっかいを出すなどしてエノーマスは頑張っていたがライルたちは無反応。
そのうち、二人が構ってくれないため飽きてしまい、エノーマスは堅く閉ざされた古城の鋼鉄製の扉を軽く薙ぎ倒し、どこかへ行ってしまった。
「なんだよ、アイツ。本当に喰われるかと思った……」
まだエノーマスが近くにいないか、ライルは辺りを確認する。
「あの恐竜は見た目から肉食だと最初勘違いしてしまう。懐き易いし見た目の割に食費もかからないから門番にするのが最適なんだよな」
「ところでさ、これどうやって登る? あの崩れ具合からして無理やり退かそうとすると余計崩れてしまいそうだよな」
「……帰るか」
「ここまで来たのに? お前、竜人だから空を飛べるだろ、あそこまで運んでくれよ」
ライルは塞がれた通路を指差す。
「あんな狭いところには行けない、羽がぶつかっちまうからな。ライルだって水人なんだから、氷の階段くらい作れるだろ?」
リュウは瓦礫の山を指差す。
「そこにか? 無理だろ、余計に崩れる。オレは繊細に物を作るのは苦手なんだ」
「なら、帰っても問題ないだろ。なんせ、アーティとテリーがいるんだぞ? オレたちが登らなくてもデュランくらいどうってことないのさ」