おでかけ
翌朝、朝早くから自室の机でリリアは一人地図を見ていた。
どこをどう巡り、ロイド宅への行きと帰りで下々の暮らしを見て回るか考えている。
もし今日行かなければ次回がいつになるか分からないリリアは不備がないようにと努めている。
「ここをこう通って……そうして……」
地図を指でなぞり、行先を確認する。
「リリア姫様、お早うございます」
自室の扉をノックしてから、メイドが扉を開け、挨拶をする。
「お早う」
笑顔でリリアは答える。
「昨日はありがとう、さあ着替えをしましょう」
「分かりました」
メイドが来て早々にリリアは着替えを行う。
少し時間が経過し、リリアは着替えを終えた。
ローブ・デコルテのスタイルで首元から胸元にかけ、露わになった紫色のドレスをまとっている。
日焼け対策なのか、つばの広いフェルト帽を被り、腕にはオペラグローブをつけ、片手には日傘を持っていた。
これらも全て薄い紫色やグラデーションがかった紫色で、他の色がほとんどなかった。
「リリア姫様、やはり帽子は……」
メイドは帽子を被ってほしくない様子。
「これで構いません。被りたいから被る、それだけのことです」
早いところ出かけてしまいたいリリアは部屋から出ていく。
それにメイドが続いた。
「まずはお父様にご挨拶をし、その時に私に伴う者を聞いておきましょう。昨日から私のことばかり考えていたので知っておくべき物事を聞き忘れておりましたわ」
「それならば、私めからお伝えさせて頂きます。兵士長の……」
「なんたることでしょうか、あの者が……」
ここまで口走った後で、リリアは気づく。
「そういえば、彼の者以外にこの城には強き者はおりませんでしたね。もし、私が賊に襲われでもしましたら一体どうなさるおつもりなのでしょうか、お父様は」
「兵士の方々をなるべく多く伴っていくのではないでしょうか?」
リリアが襲われるはずがないだろうと思いつつもメイドは答える。
「多いのでは窮屈ですね」
話ながら歩いているとエアルドフの自室へ着く。
「入りますわよ」
特にノックもせず、リリアは部屋に入る。
「リリアか、お早う。随分と早く起きたのだな」
エアルドフも着替えが終えたばかりの様子。
「本日、私と伴う者たちはどちらにおりますか?」
「今すぐ出かけるつもりか?」
「そうですが?」
「そうか」
エアルドフは室内にいるメイドに合図を送る。
「兵士長たちに城門へ集まるよう伝えて来るのだ」
それを聞くと、メイドはどこかへ向かっていった。
「お父様、お聞きしたいことがあります」
「なにかな?」
「私がお伺いするのをロイド先生は御存じなのでしょうか?」
「ああ、知っているとも。安心して出かけなさい」
「そうですの」
いやに手回しが早いなと率直にリリアは思う。
「私は城門にて皆様をお待ちしていればよろしいのですか?」
「そうなるな……」
「?」
なにかリリアはエアルドフのトーンが下がったような気がした。
「では、お父様。行ってまいります」
とりあえず、リリアはエアルドフの自室を出ていく。
そのまま城を抜け、城門まで行くとまだ誰もいなかった。
「………」
リリアはなにも言わずにムッとしている。
「リリア姫様」
城門の外から門番が姿を現す。
「もう暫くお待ちください」
「………」
門番を見ながらなにも話さない。
「リリア姫様?」
「それについては分かりました。貴方は門番としての務めを果たしなさい」
「承知しました」
頭を下げ、門番は門の外へ出ていく。
それから数分後。
城内から十数名の兵士たちが出てきた。
「一体なんなのですか、この数は。童のお使いではないのですよ?」
その集団を率いてきた兵士長に詰め寄り、若干怒った口調でリリアは文句を言った。
「み、見送りの者たちも含まれておりますので……」
どことなく覇気のない兵士長は疲れた表情をしている。
「そうですか、見回りの。では、どなたが私を守ってくださるのでしょうか?」
「この私めと、この二人でございます」
兵士長の隣にいる兵士二人に手をかざす。
兵士二人はリリアにひざまずいた。
「そう、貴方たちが。私を守ってくださいね」
リリアは綺麗な笑顔を見せる。
内心では頼りないとしか思っていないが、良く見られたいがための行動。
「では……出かけましょうか」
リリアは率先して兵士たちよりも先に城門を出ていく。
なにか乗り物を用意させるわけでもなく、守られるべき存在として行動するわけでもなく、ただただ自分だけがという行動を取っている。
「一体いつ振りなのかしら?」
城門から出たリリアは久しぶりに見た城外の光景を眺め、声を出す。
その時、不意に背後から微風が吹いた。
特に気になったわけではないが、ふっと反射的にリリアは振り返る。
開いてあったはずの城門が内側から閉じられていた。
「?」
不思議に思いながらもリリアは持っていた日傘を開き、左手に持つ。
その間に周囲を見たが、リリアの他には誰もいなかった。
「もし……もし……」
城門に近づき、城門を軽くノックし、呼びかける。
しかし、返答はなかった。
「誰もいないのですか?」
仕方なくリリアは城門に右手を置き、内側へ開こうとした。
だが城門は開かず、なにか抵抗を感じた。
閂か……
ただ、それだけをリリアは思う。
「はあ!」
城門を右手だけで押す。
内側から閂の砕ける炸裂音が響き始めた。
「お待ちください、リリア姫様!」
内側から絶叫が聞こえた。
強い恐怖が混じる声だった。
「いたの? では開きなさい、これは命令です」
「どうか、どうかリリア姫様、お聞きください。この城門を開くわけにはいかないのです。開いてはならぬと国王様からの命を受けているのです!」
「分かりました、開きなさい。これは命令です」
再び、リリアは右手に力を加え、城門を開きにかかる。
異常な力に閂はついに破砕し、城門は少しだけ内側に開いた。
「なんと、私の力だけでも開きましたわ。皆様にお手数をおかけするまでもありませんでした」
そう言いながら、日傘を片手に城門から身体を覗かせる。
その時、リリアは異様な光景を目にする。
先程城門前に集まっていた全ての兵士と門番が土下座をしていた。
「リリア姫様、どうかお聞きください」
「えっ……ええ。私は怒ってなどおりませんよ」
正直ドン引きしていたので怒る気も失せていた。
「どうか、リリア姫様。このまま、お城をお離れください。国王様の命により、リリア姫様を城内へ入らせるわけにはいかないのです」
「そうですか、それでは」
特に話を聞いていない様子で城内へ入ろうとする。
もう外出をする気分ではなくなっていた。
「待ちなさい」
リリアを呼び止めたのはエアルドフだった。
「お父様、丁度良いところに」
「昨日のことはまだ覚えているな。御印になるなどとお前が考えては駄目だ。これから街を歩いて、頭を冷やしてきなさい。御印になるのを諦めるまで、帰って来なくてよろしい。分かったのなら行きなさい」
「そんな……」
一目で分かる程にリリアは落ち込む。
その落ち込んでいるリリアの手を引き、エアルドフはリリアを城門の外へ連れ出した。
「城門の閂が木っ端微塵に砕けていたが、あれはお前がやったのか」
「ええ、こうやって」
右手を前に突き出す。
「片手だけでか?」
「日傘を持つ者がいらっしゃらなかったので」
「今日は帰って来なくてよろしい」
城門内にエアルドフが戻り、再び城門は閉まった。
「ど、どうすればいいのかしら……」
どうすればいいのか分からないリリアは城門周辺をうろうろしている。
うろうろしていたが特になにも思いつかなかったので、今日行く予定のロイド宅へリリアは向かうことを決める。
そのようにリリアの中で決まり、すっと背筋を正すと綺麗な歩き姿で城門を離れていった。
「ど、どうなっている! リリアがどこかに向かっているぞ!」
少しだけ門を開いて城外を確認したエアルドフは城を離れていくリリアの姿を目にし、たじろいでいる。
エアルドフはリリアが泣いて自らに謝るだろうと踏んでいた。
リリアをよく知っているはずなのにありえない事態を想定していたエアルドフは甘かった。
「兵士諸君、恐らくリリアはロイド先生を訪ねるのであろう。だが、そもそもロイド先生には話を通していない。今日は留守のはずだ。リリアに気づかれぬよう、リリアを追って守ってほしい」
それだけ言うと、エアルドフは城内へと戻っていくが立ち眩みをしたのかふらつき、兵士に支えられていた。
相当リリアが心配の様子。
「あれ程、力のないご様子は久しぶりだ。なんとしてでもリリア姫様には何事もなく無事に帰られるよう我々がなんとかしなくては……」
兵士長は迅速に行動をしようと、他の兵士たちに指示を送る。
「別にそこまで問題にならないと思いますよ、兵士長殿。リリア将軍が攫われるとか怪我をなさるとかありえないですよ」
兵士長と異なり、他の兵士たちはどこか楽観的。
さらっと、リリアは将軍と呼ばれていた。
戦場に出るなど当然なく普通の姫様生活を送っていたリリアに、兵士たちは剣や槍を持ってしても勝てない。
そのため、兵士たちはリリア将軍とリリアがいない時に渾名で呼んでいる。
「そうだとしてもだ」
兵士長も本当はそう思っているようで本音が漏れる。
とにかく兵士長たちはリリアに気づかれぬようできるだけ距離を取ってリリアを追い始めた。




