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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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コロシアム建設計画 1

翌日の昼頃。


ノールは安物アウトレットソファーに寝そべりながら、考え事をしていた。


室内に杏里の姿はない。


前日に怒られた杏里は、ノールから割の良い仕事を与えられ、それを達成しに向かっている。


請け負った仕事は単なる猛獣狩りであり、ノールや杏里クラスともなれば楽な仕事。


とはいえ、もうすでに名のある傭兵が複数人程返り討ちに合い、誰も引き受けなかったおかげで追加上乗せが加わり割の良い仕事になっている。


相当の実力者は、当たり前だがほとんどいないのが常。


「うーん……」


ノールの頭を悩ませているのは、昨日のことが原因となっている。


今後を考えれば、傭兵稼業以外の割りの良いお金稼ぎを探さなくてはならない。


杏里が傭兵集団の長に手を出せば、自らも所属などしていられない。


学のない自らには、とてもじゃないがまともな商売などやれない。


だからといって給仕の仕事では儲けも少なく、生活もままならなくなるだろう。


自分だからできる商売を見つけなければと必死に頭を働かせていた。


ふとその時、他のR一族たちは一体どのような仕事をしているのかとノールは思う。


クァールやタルワールはすでに巨大な組織を作り上げ、今後無一文になりそうな自らとは大きく現状が異なるのは分かる。


ただ、それ以外のR一族。


自らの父親のグラールは過去のR一族が発動したスキル・ポテンシャル権利により、グラール帝国の帝として問題なく即位できている。


だが、そのように特権階級に位置する者は一体どれ程いるのか。


今現在、大量虐殺一族という汚名がついている現状で故郷を追われ、まともに生活さえもできなくなっているR一族の者も出始めているのではないか。


R一族なら誰しもがスキル・ポテンシャル権利を扱えるわけではない。


単にR一族だからという理由で、追われる者たちも安心して働ける場を設ける必要もあるという認識にノールは考えが変わっていった。


こういった考えは、昨日の杏里の姿を見なければ、気づけなかっただろう。


第一次広域総世界戦の終結から日が経っており、遅蒔きながらも同族のために行動を起こさなくてはいけない。


「そういえば、どうして誰もボクに現状を伝えてくれなかったんだろう。協議の時にでも話してくれれば……」


独り言を発して、すぐに察する。


言えるはずがないと。


多くの犠牲を払い、終結した大戦争。


負けたのはR一族であり、勝ったのはその他。


勝った者たちも集ったあの会場では、R一族でまともに発言できるのはノールとそれに近しい者たちだけ。


「これは、ボクと杏里くんだけの問題じゃない。皆でお金を稼ぐ方法を考えよう」


ひとまず、ノールは自らの考えに寄り添ってくれる支援者を探すことにした。


自分だけでは良い案が浮かばず、またそれを行えるだけの資金力もない。


今後をどうすべきか暫し考えたノールはあることを思い出す。


「そうだ……相馬さんはお金持ちじゃん」


今の今まですっかり忘れていたが、相馬はノール派の一人。


自らが頭を下げてお願いすれば、きっと協力してくれるとノールは思った。


「エールに聞いてみよっと」


しかし、ノールは相馬についてをよく知らない。


相馬と仲の良いエールを挟んで話し合いをしようとした。


早速、ノールは自室を出て、エールの部屋へと向かう。


「エール、いるかい?」


軽く扉をノックして、反応を待つ。


待っても部屋からエールが出てくることはなかった。


「留守か」


仕方ないので、ノール一人でクロノスの株式会社バロックへ向かうことにした。


「空間転移発動」


ノールの空間転移の発動により、周囲の景色は一変する。


屋敷の風景は、一瞬で大都会のビル群へと変わる。


クロノスの都市にある株式会社バロックの大きなビル前にノールは現れた。


「相変わらずデカいな、このビル」


ゆっくりと周囲のビル群よりも群を抜いて大きな株式会社バロックのビルに入っていく。


一階は以前訪れた時と同様にサラリーマンの男性が複数いた。


ノールがビルに入るのと、ほぼ同時に周囲の者たちはノールに気づく。


水人衣装をほとんど毎日欠かさず着ているノールは見分けが簡単につく。


「こんにちは」


受付まで行き、ノールは受付の女性に声をかけた。


「ノール様、ですよね?」


驚いた様子で、女性は尋ねる。


「見ての通りだよ。相馬さんっているかい?」


「しょ、少々お待ちください」


女性は電話でどこかへ連絡を取り始めた。


「ノール様」


急に背後から、ノールは声をかけられる。


振り返ると携帯電話を片手に耳に当てた、相馬の秘書であるセラが立っていた。


セラは髪から顔、衣服から見える腕や足にかけて全身が白く、わずかに瞳と唇のみが仄かに赤いというアルビノ体質の女性。


「相馬になにかご用がおありのようですね」


セラは携帯をしまう。


電話をした先は、セラだったらしい。


「うん、ちょっとね」


相変わらず、ノールはセラの珍しい体質が気になるのか、じろじろと見ている。


「今、相馬は出かけておりますので、もし私でよければご用件をお聞きしますよ」


「それじゃあ、聞いてほしいの」


「ここで立ち話もなんでしょうから、応接間へ向かいましょう。ご案内いたしますよ」


「そう?」


言われた通り、案内を始めたセラにノールはついていく。


一階にある広めの応接間へ入り、二人はテーブルを挟む形で置かれた二つの椅子へ向かい合う形に座る。


「本日のご用件をお聞かせ願います」


「実はね、お金儲けについて話がしたかったの」


「えっ」


予想外の内容だったせいか、くすくすとセラは笑い出す。


「ボクは真剣なんだけど」


「ノール様はご自身が一体どのような存在なのかをお忘れのようですね。スキル・ポテンシャルの権利を扱い、人々から税の一環としていくらか徴収すれば良いのです。なにも働く必要などありません」


「そういうのじゃなくて、まっとうに仕事がしたいの。ボクが今営んでいる傭兵稼業も、そろそろできなくなりそうだから」


「では、例えばどのような仕事をなさりたいのですか?」


「ボクは頭がそんなに良くないから、この会社みたいに設計や開発とかはできない。ボク自身でも問題なくできるそんな仕事がしたいかな?」


「そうですか……」


少しセラは考え出す。


「ノール様はご自身の強さをよくご理解なさっておりますよね。世間の目を一挙に向けさせる方法がございます。コロシアムを造り、試合を行ってはいかがでしょうか?」


「コロシアム? ボクも一度参加したことがあるけど、あれって儲かるの?」


「それはもう、一つ一つの試合を賭け事にすれば大量のお金が動きます。胴元となるノール様は必ず稼げるようになるのです」


あの当時、魔王ルミナスを討伐するために開催されていたコロシアムでは、ノールは参加者側。


ノールの視点では優勝者が報酬を受け取れるだけだったので、対戦には賭けがつきものだという視点が抜けていた。


「なんか、賭け勝負だなんて結局ダーティな感じは変わらないのか。まあよし、コロシアムを造ろう」


「ありがとうございます、ノール様。ところで、予算はおいくらくらいになさいますか?」


「予算は……あんまり」


「流石にコロシアムを一棟建設だけでは、お客様目線から見ればどうしても殺風景さや不便さが窺えますし、見栄えも決して良いとは言えません。人々はプラスアルファを求めておりますから。この際は、コロシアムを中心に添えた大きな都市作りもセットにしてはどうでしょう? 軽く素人計算ですが、1京くらいでしょうか」


人差し指を一本立てて、セラは語る。


「全然ないから、相馬さんを頼ろうと思ったの」


「そうだったのですか。そのように相馬へ話して頂ければ、きっと体調も良くなります」


「体調が悪かったの、相馬さん?」


「そうなのですよ。ノール様がクロノスで開いた協議会の開催に、ノール派なのに全く頼られなかったことを相馬はとても気にしています」


「あー、うん……」


あの時は相馬をすっかり忘れており、クァールをノールは頼った。


そういえば、あの時にクァールは通常他の派閥を頼ることなく自らの派閥だけで行うべきだとも話していた。


それを今、ノールは思い出した。


信頼している者に肝心な時に頼られなければ、確かに落ち込むのも仕方がない。


ノールもそんな気がしてきた。


「では、ノール様」


セラが椅子から立ち上がる。


「これから、相馬へ会いに行きましょう」


「えっ、相馬さんいたの?」


「社長室におりますよ」


「いないと聞いたから、水人検索もしていなかったよ。もしかしてこれってさ、全く事情を知らせずにボクと会せたら、余計に相馬さんが落ち込むと思って貴方が先に会ったの?」


「さあ、どうでしょうか? 確かに受付の者には、まず私に連絡をするように話していましたが」


「ごめんね」


「相馬にそう言ってもらえますと、相馬も安心すると思います」


二人は応接間を出る。


それから、エレベーターを乗って社長室の階まで進む。


やはり、前回のエール同様にどの階のボタンも押しておらず、何階に社長室があるのか分からなかった。


そして、社長室のある階へ到着する。


エレベーターから降りると、そのフロアは全て社長室となっている。


大きな窓の傍に、相馬のデスクがあり、そこに相馬は座っていた。


「相馬、ノール様をお連れしましたよ」


相馬とセラは社長、秘書の関係だが、立場は対等。


互いに有力なドールマスターであり、株式会社バロックを立ち上げた創始者同士。


「ノ、ノール様?」


気づいた相馬は、ノールのもとまで行き、ひざまずく。


「御足労頂き、まことにありがとうございます。ノール様、本日はどのようなご要件でしょうか? 連絡をして頂ければ、私から参りましたのに……」


「ああ、その。番号が分からなくてさ。エールと会ってから来ようとしたけど、あの子は今日留守だったから」


「そうでしたか、エールはとても自由な子ですからね」


「今日は相馬さんを頼りたいことがあって来たの。お金儲けについてを、ボクと一緒に考えてほしいの」


「なんだ、そのようなことでしたか。ノール様、本当は私が落ち込んでいたのをご存知でしたのですね。だから、そのような簡単なことで私めを頼ってくださった……」


「ああ、ちょっと」


「なにかな?」


セラが相馬に声をかけ少しの間、耳打ちをする。


「成程、コロシアムですか。そして、事業計画の立案および事業立地の検証から、都市設計計画の立案、都市開発を順次行い、運営や広報などについてもお任せしたいとのことですね」


「えっ、そうなんじゃないのかな? 分からないや」


ノールは話が急に飛んだような印象を受けた。


ノールには分からない分野の話が目白押しでついていけない。


「それで、予算ですが」


「あの、ボクはお金が……」


「存じております。スキル・ポテンシャルの権利を扱わないのであれば、足りなくなるでしょう。なので、ノール様のスキル・ポテンシャルの権利を発動権を担保といたします」


「担保? それが?」


「軽く見積もりを出しますと、1京程度はかかると思います」


「全然払えないよ。とりあえず、当てを探すからそれまでは相馬さんの会社で建て替えてくれない?」


「ええ、良いですよ。その代わり、権利の発動をお願いするやもしれません」


「問題がないものならいいよ」


「では、向かいましょうか」


相馬がひざまずいた状態から立ち上がる。


「どこへ?」


「決まっていますよ、コロシアムおよび都市開発の建設予定地の選定です。ノール様が良いと思われる土地でなくてはなりませんから」


「ボクは写真かなにかで複数の予定地のうちから選ぶだけでいいよね」


「魔力量も潤沢で空間転移を自在に発動でき、天使化できるため上空からの視察も早期に行えるノール様のお力をお借りしたいのです」


「予算節約のためでもあるのかな……どうしよう、本当に大変なことになってきたね」


ノールは広大な事業が動き出したのをひしひしと感じていた。


そして、これは不味いことをしているのではないかとも。


傭兵稼業ができなくなるという以前に、傭兵稼業を諦めざるを得ない状況になってきている。

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