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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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魔力邂逅の敵

「やっと、帰って来れたよ……」


自室に入るなり、よたよた歩いてノールは自らの定位置にしているアウトレットソファーに倒れ込む。


もう今日は色々とあり過ぎて、ノールは頭を使いたくない。


「今日は疲れちゃったね」


杏里はどこか楽しそうにキッチンに歩いていく。


紅茶を淹れてあげようとしている。


「ともかく、ミールとジャスティン君が帰って来てくれたのは本当に良かった。やっぱり、家族は一緒に暮らすのが一番」


「………」


あえて、杏里はなにも語らない。


本当にそう思っているの?


そのように聞けば、ノールが泣き出しそうな気がしたから。


とりあえず、ノールのために紅茶を淹れたカップを持ってきた。


「はい、どうぞ」


「ありがとう」


カップを受け取り、ノールは紅茶を啜る。


「これからも協議は長く続きそうだね。とても今日だけじゃ、全てがまとまった感じじゃないし」


「不定期に何度でも開催されそうな気がする。そもそも複数の組織の寄り合いになっているんだから仕方ないけどさ」


ノールはカップを床に置いた。


「話しておきたいことがあるの」


「ん?」


ゆっくりと、杏里はいつもの高級ソファーに腰かける。


「ボクも打ち倒される側に立った」


「ノール、今そういう話は止そう」


「だからこそ、杏里くんには聞いてほしい」


「ミール君の話を間に受けちゃ駄目だよ」


「R・ノールを……極致化した上で魔力邂逅となった存在を殺す方法についてを」


「今、魔力邂逅になるのは不味いよ。ミール君がいるかもしれないから、それを試すのは別の機会に……」


さも当然のように語る杏里の言葉を聞いたノールはうつ伏せに寝そべる。


杏里らしくて助かった気がした。


今でも自らも、そして杏里自身もR一族、桜沢一族としての因縁となる因子は残されている。


それだけ根深い争いの歴史があったのだから、ノールも杏里も例外ではない。


能力向上のため試合を行えば、怪我させるどころか命まで奪おうとする。


それは、ノールも変わらないがお互いのそういった特性から、この話を杏里が素直に聞いてくれると分かっていた。


魔力邂逅の自らを一番打ち倒したいと真に望んでいるのは、紛れもなく杏里だということも。


ただ、ノールの胸中は複雑。


普通こういう場合、どんなことがあっても自分だけは味方だと語ってくれてもいいじゃないかとも思っている。


「もし、杏里くんが全力のボクを倒したいのなら、人と魔力体の中間体である存在になる必要があるの」


「中間体って、それはどういう……?」


「その存在を、魔導人(まどうびと)と呼ぶの」


「どういった種族なの? 種族というか……中間体となると、人でも魔力体でもないの?」


「そうだよ。でも、そのどちらでもある存在」


「どうして、ノールはそれを?」


「ボクが魔力邂逅になれたのは、ボクと同じ魔力邂逅が力を貸してくれたおかげなんだ。ボクはボク以外の魔力邂逅と会っている」


「魔力邂逅は他にもいるの?」


「いるよ、この周囲にも」


「えっ、嘘?」


杏里は周りを見渡す。


当然ながら、自分たち以外にはなにもいない。


「“君たち”では認識するなんて無理だよ。普通の魔力体レベルでも無理だけど」


「もしかして、魔力として存在しているの?」


「うん、人の姿で存在していないから魔力として漂っている。“君たち”が魔法を扱えるのは彼らのおかげ。それとさ、向こうはボクたちを認識していない」


ノールは杏里の方を向く。


「空気ってさ、どこまでが一つの空気なのかな? それは人を認識できているのかな? ボクにはできなかった。魔力邂逅として魔力本来の姿となり、総世界中を漂っている時は」


「………」


なにも杏里は答えられなかった。


想像できる範囲を大幅に超えている。


「ボクが会えた魔力邂逅は、たった一人。R・ルールという魔力邂逅だった」


少し間、ノールは話すのを止める。


当時を思い出しているように。


「R・ルールは笑顔の似合う魔力邂逅だった。ボクの魔力邂逅としての素質を見抜き、分解して消滅する寸前だったボクをこの世に残してくれた」


「分解? そ、それって本当? 分解したら、二度と生き返らないはず……」


「でも、分解しなかった。もしかしたら、魔力邂逅レベルの魔力を注ぎ込むことで分解さえも止められるのかも。機会があれば、ボクも他の魔力体の分解を止められるか試してみたいな」


「………」


杏里はあの当時のことを思い出していた。


ノールとクァールが戦ってから、ノールは行方不明になっていた。


とすれば、ノールを分解“させた”のはクァールとなる。


「おい、余計なことすんなよ」


急に押し黙り、考え込んでいる杏里がなにかをしそうだと、ノールは見抜いている。


「話は戻すけど……魔導人になってくれる?」


「分かったよ。もしもの時は、ボクがノールに止めを刺す」


鼻息荒く杏里は語る。


ノールの願いを叶えられ、なおかつあの極致化した状態の魔力邂逅のノールを打ち倒せるとなれば、一石二鳥もいいところ。


「あのさ!」


自ら頼んだこととはいえ、ノールはあまりにもな反応にキレる。


両手をアウトレットソファーにつけ、一気に起き上がった。


「ど、どうしたの?」


「歩合制傭兵部隊リバース結成から、ボクと杏里くんは各々どれくらい稼いだでしょうか?」


「えっ、どうしたの急に……」


「ボクは合計30億くらい。果たして杏里くんはいくらでしょうか?」


「ボクは……」


途端に杏里は静かになった。


この手の話題に杏里は弱過ぎる。


「どの依頼も数万程度で引き受けているからさ、ボクの足元にも及ばないでしょ? 一体誰のおかげで美味しいご飯が毎日食べられると思っているの?」


「ごめんなさい、ノール“さん”のおかげです……」


「君がリバースに入る時、ボクに休んでいてもいいくらい働くって言ったよね? 大事な人に平気で嘘ついちゃうんだ?」


申しわけなさそうに、杏里はノールに敬称をつけて謝っている。


別にノールは杏里に謝ってもらいたいわけではない。


自ら進んで杏里に打ち倒してほしいと頼んでいるのだから。


わざわざこうして論点のすり替えを行っているのは、本当はもっと自分に寄り添ってほしかったから。


「そういえばなんだけどさ、実際いくらくらい稼いだの? 塵も積もればという感じで確かさ、数百万くらいには……」


「……ないよ」


「ああ、もう使っただろうね。経費も全て請け負った人持ちだから、もうないのは知っていた」


「受け取っていないよ」


「………」


ノールのうちに激震が走る。


本当に驚いている時は全く声が出ないのが残念なことに分かってしまった。


「駄目な子!」


頭に血が上ったノールは高級ソファーに腰かける杏里のもとまで行く。


それから杏里の頭を引っ叩き始めた。


「い、痛いよ、ノール……」


杏里は攻撃を防ぐわけでもなく、されるがまま。


個人的にもやってはいけないことだと思っていた様子。


これが自らの生きる糧を作る仕事なのは分かっている。


それでも自らの信念から颯爽と受け取りを断っていた。


春川杏里とはそういう男である。


「あっ、そうだ」


杏里の頭に手を乗せたまま、ノールの攻撃が止まる。


「悪党から資産を奪っているらしいじゃん。悪鬼羅刹とかいう異名があるくらいだし、それをいくらかウチの家計に入れてよ。悪党から奪っているなら受け取る必要もない……」


「ボクはね、被害者救済のためだけに全てを使いたいんだ。例え一銭たりとも悪党には残してやらない。全てを奪い取っているのは、被害者への救済のためであって、ボク自身が手をつけていいお金じゃないの」


「じゃあ、ウチが悪党だって言いたいのか!」


余計なことを言ってしまったせいで、ついにノールの怒りが爆発。


再び杏里の頭を引っ叩き始めた。


個人的にノールは歩合制傭兵部隊リバースを悪の組織だと判断している。


金次第でなんでもする輩が善人のはずがないというのが、ノールの思想。


軽く見積もっても、自分も杏里も手配書に載るのが当然な外道であり、良い死に方はできないと思っている。


なのに、平気でわけの分からない理屈を述べている杏里に危機感を覚えた。


「ん?」


ぶち切れたせいか、ノールは自らが過剰に魔力を発散させているのに気づく。


同時に廊下を走っている者の存在にも。


とりあえず、ノールは水人能力を駆使し、まとっていた水人衣装を消す。


次の瞬間には、下着姿のノールになっていた。


「姉さ……」


勢い良く室内へ入ってきたのは、ミールだった。


強力な魔力に危険性を感じ、強い使命感からノールを止めにかかるつもりだった。


杏里とノールの二人を目にするまでは。


下着姿のノールが、高級ソファーに泣き崩れている杏里の頭を叩いている。


一目見て、これは関わってはならない場面だと理解し、同時にミールは立ち入ったことを後悔した。


「ご、ごめんなさい。帰るね……」


なにかを言われる前にミールは部屋を後にする。


「今回はなんとかなったけど、これは面倒だな。いちいちの説明をしなきゃならなくなったら、流石にやっていられない」


再び、ノールは水人衣装を発現させ、身体にまとった状態にする。


「にしても……」


泣き崩れている杏里を眺める。


今回の件でとてもではないが、杏里に傭兵稼業は向いていないとノールは断定する。


まず自らと見ている方向性が明らかに異なる。


目線は明らかに総世界政府クロノスのような平和主義者だとノールは考えた。


血に塗れた平和主義だが、杏里は自らのように金次第でなんでもするような極悪人とは違う。


早々に見切りをつけさせ、次の天職となる仕事を見つけさせた方が良い。


しかし、なにをさせれば良いか?


少しだけ、ノールは悲しくなった。


こういう時に自らの学のなさに落ち込む。


幼小部の学歴さえもないノールは学歴にコンプレックスを抱いている。


「ノール……」


小さく杏里が声を出す。


「なに? 反省したの?」


「うん……」


「とりあえず、次の仕事はボクが選んであげるから。もっとお金を稼ごうという発想を持たないと駄目だよ」


「うん……」


「ところでさ、次に君がやろうとしていた仕事ってなに?」


「仕事は……これだよ」


杏里は手のひらを広げ、そこへ一枚の依頼書を空間転移により、出現させる。


「ちょっと見せてね」


確認するため、杏里から依頼書を受け取った。


内容は、とある人物の殺害。


問題なのは、その人物が傭兵集団の長の殺害だということ。


傭兵集団とは、ノールたちの歩合制傭兵部隊リバースも所属している、つまりは総世界を股にかける仕事を行う際には必ず所属しなくてはならない機関。


そういう風にいずれは傭兵集団内で殺害を依頼される傭兵が現れるだろうとノール自身も考えていたが、まさか寄りによって長への殺害依頼が出るとは。


戦えば確実に杏里が勝つが、倒せばいいものではない。


倒してしまえば、誰が傭兵集団を取り仕切ると言うのか。


「止めなよ、今回は。いずれにしても別の機会で倒すべき」


「今じゃなきゃ駄目なんだよ。近いうちに裁判が始まる」


「なんでもかんでも倒せばいいわけじゃない」


「それは間違っている。悪は一秒でも早く打ち倒すべきなんだ」


「それだとボクらの仕事、なくなっちゃうの」


「どうして?」


「なんというか、まとめ役がいないとそうなるでしょ。例えば、歩合制傭兵部隊リバースにボクが急にいなくなったら、まともに杏里くんは対応ができるの?」


「難しいと……思うよ」


「もしも、長の№2がいたとして上手く対応ができた場合、次は杏里くんが狙われる立場になるんだよ。手配書に載っているボクたちでも他の傭兵に狙われないのは、傭兵集団に所属する味方同士だからだ。せっかく受け入れられているのに、そんな依頼なんてボクは遠慮するね」


「悪を野放しにする。そんな組織なら、なくしてしまえばいい」


「あっそう」


これは殺るなと、ノールは実感した気がした。


「これ、金額だけど……」


依頼金は極安の数万程度。


倒した傍から一生傭兵集団から追われる身となるのを踏まえて、途方もない程に馬鹿げた金額。


反射的に、ノールは手を振り被る。


「構わないよ」


杏里はそれだけを語る。


先程まで泣き崩れていた杏里とは異なり、強い信念を感じさせた。


「はあ……」


やはり杏里には早々に傭兵稼業から足を洗わせる必要があると、ノールは考えた。


ノールも強くなったとはいえ、場を乱すような行為をしたいわけではない。


「だったらさ、さっき言っていたけど一応裁判が行われるんでしょ? 裁判で有罪が出れば、杏里くんが手を下すまでもないじゃん? だから、長を殺すかどうかはその日まで待ってほしいの」


「う、うん。構わないよ」


微妙な反応を杏里はしている。


単なる先送りとでも言いたげな様子で。


ノール自身もなんとなく分かっていた。


長側が金や脅しで有罪を無理やり無罪に変えてくるだろうと。


それでもノールは戦いたくなかった。


怒りも憎しみもなく、戦いに意味さえ見出せなければ、一切ノールは関わりたくない。


この日はなんとか杏里の説得ができたので、何事もなく一日が過ぎていった。

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