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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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協同 3

食事を終えたノール・杏里は飲食チェーン店を出てきた。


「結局、タルワールに奢ってもらっちゃった」


少しだけ、ノールは不満そうにしている。


あえて世のため人のため自らの経済事情を困窮させているのに、一度言い出したら聞かない。


そういう風な生真面目な性格をしているタルワール。


個人的にノールは要注意人物だなと感じている。


「いやあ、とても優秀な方でしたね。私はタルワール“さん”を勘違いしていたようです。ノール、貴方のおかげで良い時を過ごせました」


二人で店を出てきたのに、もう既にクァールも傍にいた。


「あの人がもうちょっとでも融通を効かせられる人だったら、今後も色々とやりやすそうなんだけどね」


「なにを言い出すのですか、ノール? そのような者がR一族に貴方を含め、私以外に存在するとでも?」


若干、クァールは(たしな)めるような口調をしている。


「それをさも当然のように言える状況を変えないといけないでしょ、クァールを含めて」


「私はタルワールさんを認め、変われました。貴方はどうですか?」


「どうもなにもタルワールも変わってくれないと駄目でしょ」


その時、扉が開く音が聞こえた。


「お待たせしてしまったようですね」


タルワールが飲食チェーン店から出てきていた。


「別に待ってはいないよ」


クァールに足止めを食らっていただけであり、ノールは早いところ自宅に帰りたい。


「オレはクロノスの総帥として今後もR一族を打ち倒し続けることを止めません。今後は能力を開花させた者のみを限定とはしますが……ノールさん、もしかしたらまた貴方と戦うかもしれませんね」


「はあ、そう。そういう冗談は好きだよ」


面倒だと思いつつも、ノールは答える。


明らかに本心から語られた一片の曇りもない事実だが、もうノールにとってはどうでもいい。


とりあえず、この手の人は仕事さえ与えればそちらを熱心に対応すると理解しているノールは扱き使ってやろうと考えた。


「それはそうと、タルワールさん」


クァールがタルワールの前に立つ。


「R一族を倒しただけでは、人々の暮らしは決して良くなりませんよ。完全なる平和平等、弱者救済への道は、スキル・ポテンシャル権利なくしては到底成し遂げられません」


「しかし、道を背く奸賊がいるのもまた事実。クァールさん、あの戦いで貴方は一体なにをご覧になられたのですか?」


「それはまあ……」


ちらっと、クァールはノール側へ目線を送る。


「成程、そうなりますか」


なにかをタルワールは納得した様子。


「それもまた良いかもしれませんね。達成はなにもオレが生きている間でなくとも構いませんから」


「?」


タルワールの主張した内容が、クァールには分からない。


ノールも半目で今の話を聞いていた。


どうせ今回のような厄介払いを再び自らに任せようとしているのだと思っている。


「それはともかく、タルワールさん」


再び、クァールは先程と同じようなことを語り出す。


クァールに、タルワールは“被害者”と捉えられてしまった。


有望な者が誤った道を歩んでいる。


それを救えられるのは自らしかいないとアプローチをし続けている。


今後もクァールはタルワールが好きそうな言葉や表現を取り続けるだろう。


自らのために。


「もう帰ろっか」


二人とも有能な存在なのは分かるが、我が強過ぎる。


あまり、ノールは面倒な話をし続けるこの二人と居たくない。


「えっ、そう?」


静かに杏里は二人の話を聞いていた。


「あっ」


不味いとノールは思う。


そういった話題に食いつきやすい性格なのを忘れていた。


ふと、ノールは周囲が気になり出した。


やたらと存在感のある二人がいたせいで、周囲には同じく店から出てきた沢山のクロノス構成員がいるのを忘れていた。


なにか嫌な感じがしたノールは杏里の手を引き、この場を離れる。


「あっ、ノール」


クァールがノールに笑顔で呼びかける。


「なにか頼りたいことがあれば電話をください。私もなにかあれば貴方を頼ります。これからに期待していますよ、新当主殿」


「……今後もノールでいいよ」


さっさと、ノール・杏里はこの場を離れた。


協議も長く続き、自らも主役の一人だったことから、とにかくゆっくり休みたい。


流石にクァールやタルワールの前でいきなり空間転移を発動させ、いなくなるのは悪い気がしたからか歩いて離れていった。


少しの間、クロノスの繁華街を歩いていると……


「姉さん」


通り過ぎようとした繁華街の路地から、声が聞こえた。


ぴたりとノールは立ち止まり、路地を見つめる。


見覚えのある二人の人物がいた。


きちっとした正装のミール。


どこかの御令嬢らしい服装をしたジャスティン。


杏里から手を離し、静かにノールは路地へ入る。


「来ていたんだ」


「協議に参加していたんだよ、僕らも」


「気づかなかった」


「気づけなかった、の間違いじゃないのかな?」


「知らないよ」


ミールの前まで行き、ノールは右手を差し出す。


「さあ、行くよ」


「……どこへ?」


ミールは困惑が窺える表情をしている。


「家だよ」


「もしかして、姉さんの屋敷に?」


「クロノだって、いつまでも二人にいなくなられたら困るでしょ」


「もう僕らはスロートとなんの関わりもないよ」


「ボクとエールがいるだろ」


「あのさ、姉さん」


「家族以外に……それ以上に大事な繋がりなんてあるのか」


涙を流し、ノールは家族の絆を語る。


「………」


姉の泣く姿を見たミールはうつむき、ゆっくりとノールの手を握った。


「良かったですね、良かった……」


ジャスティンは目元をハンカチで拭い、もらい泣きをしている。


別にジャスティンは最初から、ノールを敵対視などしていない。


「帰ろう、ミール」


「僕が敵対する意思を見せたことを聞いてほしいの」


「聞く必要があるの?」


「とても大事なことだから」


「ボクは遠慮するかな」


「R一族と魔力体には切っても切れない関係があるの」


「………」


そっと、ノールは左手で左耳だけ塞ぐ。


もう片方の右手は、ミールと手を繋いだまま。


手を離せば、どこかへ行ってしまうような気がして、もう片方の耳は塞げない。


「R一族が人々を操作できるようにしているのは、強力な魔力体との決戦のためなんだ」


少しだけ、ミールはノールに近づく。


聞く姿勢を持ってくれないノールには真剣に聞いてほしいらしい。


「魔力体はたった一人でも恐るべき存在になり得る。ましてや、魔力邂逅は相対する者が人であるうちは誰も敵わない」


「なに、人であるうちって。ボクに勝てる人なんていくらでも……」


「片手で数えて、総世界中で合計何人くらい?」


「………」


斜め上の方を眺めつつ、ノールは長考に入る。


今現在、ノールは自らの武が完全無欠であると理解している。


自らに勝てそうだと思える者は、家族や仲間といった身内も同然の者たちくらい。


その者たちとは戦うはずがない。


「……何人くらい?」


「………」


ノールは口元に手を置く。


本当に困っていた。


人と魔力体とでは存在が異なる。


最早、各勢力との争いどころの話ではない。


ノールは種族の優位さをたった一人で証明した上で決定でき、固定化までできるだろう。


「……分かったよね? 誰かが必ず敵対関係にならないといけない。姉さんを止められるのは、僕しかいない」


「そんなに心配しなくとも」


「もしもの場合を想定しないといけない。姉さん、今のレベルは?」


「極致化した状態で、魔力邂逅になると約21万」


恐るべき数値だった。


総世界最強の女性、ネコ人のルインが約20万。


それを凌ぐ高さを誇っている。


互いに能力や戦い方が異なるため、一概にレベルだけではどちらが格上かは決められないが、どちらも危険極まりない存在であるのは間違いないと言える。


「凄いね、姉さん。どうやってそれだけ強くなれたの?」


「大事な家族や仲間たちを救うため」


「強い信念を感じるよ、それでも……」


わずかに笑みを見せる。


「姉さんは僕に勝てない」


確信めいた口調で、ミールは語る。


先程の笑みも、敗北必至の状況で無様にも恥ずかしげもなく見せる強がりからの笑みではない。


実際にノールの障壁となれる強さをミールは持っていた。


「そっ」


ノールから見て、ミールはレベルが14万程度と魔力量から算出する。


しかし、高いとか低いとか以前にノールはミールと戦うつもりがない。


もし本当に戦わざるを得ない状況になれば、ノールはミールから逃げるつもり。


「そんなことよりも帰るよ」


単なる問題の先送りにしかならないが、ノールは話し合いを避けた。


「うん」


ミールは素直に納得した。


「それなら」


ノールは空間転移を発動する。


ノールたち四人は黒塗りの屋敷のエントランスへ移動した。


「ねえ、ミール。屋敷のどこで暮らしたい?」


「姉さんの隣の部屋かな」


「ボクと杏里くんの部屋は、三階へ上がった東側すぐ傍の部屋なんだ。ボクらの部屋の隣がシスイ君の部屋なの」


「それなら、シスイ君の隣の部屋にする」


「いいよ、そこは空室だから。その隣の二部屋も空いていて、一番奥の角部屋にエールが暮らしているよ」


「三階の階段を挟んだ西側には誰が暮らしているの?」


「三階の西側には、ルミナスだけだね」


「ルミナス? どうして、あの人と……」


ミールはルミナスの悪い噂を聞いている。


ノールも派閥的な考えさえなければ、心を許すことはまずありえない存在。


「色々あってさ、味方にしておいた方がいいかなって」


「魔族とか、ああいう悪党に手を貸すのは止めておいた方が……と言っても、傭兵稼業なんかしている時点で悪党か。僕は姉さんが賞金首になっているのを知っているよ」


それから、ミールは杏里の方を見る。


「杏里くん、それは君も同じだ。桜沢一族一派の中では例の当主と、ルインに次いで三番目に高い」


「それは違う、間違っているよ」


段々我慢ができなくなっていた杏里が怒り出す。


「ノールをどうしても悪人扱いしたくて視野が狭くなっているみたいだね。ボクの傭兵としての活動実績を見れば、ノールも悪の行いをしていないと理解できるはず」


「どちらかと言えば……杏里くんの行いの方がより酷いとしか。悪鬼羅刹という異名をつけられているのは知っているよね?」


「ああ、なんだそういうこと? そういう風にボクを呼ぶのは、悪党たちだけ。気にしなくとも……」


「本人だけは気づかないものだね、もっと広い範囲で呼ばれているよ」


「そうなんだ、ボクの正義の行いはそれだけ周知され始めていたんだね」


杏里は感慨深く語り出す。


「ボクを応援する皆の思いをまるで切り捨てているようで、ボクはボク自身が恥ずかしいよ。今後はもっと多くの人々の思いに答えていけるよう、今以上に正義の行いを邁進していくね」


「杏里くんの発想力って凄いなあ、尊敬するよ」


平気で真逆の意味に捉えたり理解するなど、認識や価値観に大きく隔たりがあると理解したミールは話を逸らす。


こういった手合いの者と議論すれば、自らもその狂気に呑まれる危険性がある。


ミールはテンションが下がってしまったが、杏里は鼻息荒く、明日から再び悪党どもをぼこぼこにしていこうという意気込みが見て取れる。


とりあえず、四人は三階のフロアまで向かう。


三階に上がった階段から東側三番目の部屋。


そこが、ミール、ジャスティンが暮らす部屋となる。


二人もルミナス同様に自らが暮らす他の屋敷があるため、空間転移で二つの屋敷間を繋ぐ形を取った。

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