協同 2
「オレが食事代を持ちますよ」
「良いよ、別に。こっちは貴方に食事を奢らせたくて、このお店に来たわけじゃない」
「気にしなくてもいいのですよ」
「にしても珍しいね、組織のトップなんだからもっと見栄を張って良いお店を紹介すると思っていた」
なにげないノールの一言で、店内は静まり返る。
店内に流れる音楽だけが聞こえていた。
「私たちのせいで、タルワール様に恥を……」
近くのテーブル席に座る一人の構成員が語っていく。
「タルワール様は私たちに全てをお与えくださるのです。与えられた物を返しても、次なる支援を受けるべき者へ次から次へと」
「もしかしてさ、こういう店に来たのはお金がないから?」
「実は、その通りです。お金があまりありません」
タルワールは親しげに答える。
「その、クァールの宮殿で初めて会った時から思っていたけど、組織のトップなのに服装がラフな格好なのも、やっぱりそういうこと?」
「この服装が気に入りませんでしたか?」
少し悲しそうにタルワールは語る。
「頂き物なんです、皆さんがオレのために買ってくれました。オレは皆さんから良くしてもらえ、幸せなんですよ」
「ふーん……」
随分と変なことを言うなと、ノールは思う。
「組織のトップなんだから自分で金額を決められるでしょ、収入くらいは良くした方が」
「タルワール様の月の収入は十数億なんです」
「はっ?」
不意打ち的に構成員に語られ、ノールは少しタルワールにイラッとした。
「しかし、そのことごとくを構成員たちに分け与え尽くしてしまいます。残された残金は受け取ったその日のうちに数万程度しかない程です」
「寄付でもしているの?」
「そんな大金、オレが持っていても仕方がないので」
「でもその受け取れる金額ってさ、自分で決めたんだよね?」
「いいえ、本当は一銭も要りません。ですが、ジリオンさんが許してはくれませんでした」
「それ、心配されているんだよ。じゃあ、住むところは? どうやって暮らしているの?」
「皆さんの暮らす宿舎や寮で一緒に生活していますよ」
「ジリオンやゲマとかは? 偉い連中もそんな暮らしをしているはずがないよね」
「まさか。ノールさん、貴方は少し失礼が過ぎるようだ」
少しだけタルワールが怒った。
「結成当初から組織をまとめる長たる者たちが、つい最近入ったような新規の構成員たちと同等の暮らしをしているなどありえません」
「そもそも貴方がそういう生活を……」
「関係ありません。もしも、構成員の者たちが金銭的に問題を抱えても安心してください。このオレがいます。融通しさえすれば、人も生活も成り立ちます」
「とても同じR一族には思えない……だって、貴方は権利が扱えるよね?」
本当に仙人かなにかなのかとしか思えなくなっていた。
「これは、珍しい顔ぶれ。このようなこともあるのですね」
店内へ入店してくる者がいた。
それは、R・クァールだった。
きちっとしたスーツ姿で、正装をしている。
今日行われた協議には、クァールも参加していた。
「あっ、クァール。食事に来たの?」
「いいえ、窓から貴方たちの姿が見えましたので」
店内を歩いていき、当然のようにノール、杏里、タルワールのいるテーブル席へ座る。
「はい、メニュー」
クァールの前にノールはメニュー表を置く。
「必要ありません。ノール、貴方には一つ教えなくてならないようですね。人の話を聞くのはとても大切なことです。レディの嗜みだと理解してもらっても構いません」
「なんか老けたね、R一族らしくて凄く失礼な言い方だよ?」
「………」
ノールの一言で、クァールはムッとした表情をする。
しかし、R一族の前時代的な発想が自らにあったのだと反省し、言い返そうとはしない。
「それよりも、タルワール。貴方にお話があります」
「なんでしょうか。ですが、それよりも今し方ノールさんが語ったように一緒に食事を楽しみませんか?」
「貴方は一体いつからこのような生活を? 爪に火を点す、そのような暮らしをしていると人づてに聞いておりますよ」
「ははは……」
タルワールは頭を掻く。
「オレがR一族ではなかったら、今のような生き方を選ぶことはなかったでしょう。しかし、オレには能力の開花により、スキル・ポテンシャルの権利を扱えるR一族となってしまった」
切々と自らの過去をタルワールは語っていく。
「御多分に漏れず、オレも今まで手にかけていったR一族と同じく権利にすがり、人々を操作していく非道な奸賊の一人でした」
一瞬、ぴくっとクァールが反応する。
どうしても、権利を扱うR一族=非道な奸賊だという発言が許せない。
間違っても手を出さないように、腕を組んで話を聞く姿勢になった。
「しかし、このような神の如くの振る舞いをなぜオレは身勝手にもしているのだろうかと、いつしか思うようになりました。人の物を、人のお金を、人の人生をなぜオレが権利を扱えると言うだけで干渉できるのでしょうか? 一体、誰の許しがあっての行為なのか」
「許しだって? そんなものがあるわけないだろ。でも、安心してください。例の異常者たちは仲良く地獄へ落ちましたよ」
くすくす笑いながら、ノールが語る。
この手の話題で、ノールは壊れている。
「でも、ボクがこの行動を起こすきっかけを与えてくれたのはタルワールで間違いないな。タルワールが存在しなければ、ボクは普通に異常者の仲間入りだったろうから」
「おそらく、ノールさんならオレのように自らの意思で自らの行いがおかしいと気づくに至ると思いますよ。貴方はオレたちと違って、魔力体なのだから」
「?」
ノールは意味が分からず、特になにも答えない。
同じ反応をしているのは、クァールも一緒。
その間に杏里はノールの方をにこやかな表情で眺めながら、テーブルにあった注文ボタンを押す。
いくら重要な話をしていようとも、杏里にとってはノールが一番。
「ボクはこれだから」
杏里の方を見ながら、メニュー表のミックスグリルを指差す。
「………」
傍から話を聞いているクァールがなんとも言えない表情をしていた。
「話を続けますが、タルワール。貴方は一体いつから今のような生活を?」
「大体、二百数十年程度でしょうか? いつからというと、正確には定かではないだろうでしょうが」
二百数十年前とは。
今の体制を一変させるため、タルワールが初めてR一族へ歯向かった時。
その当時はタルワールの理解者など全くおらず、精神の失調から来る異常行動だと誤認され、長きに渡る幽閉生活の日々を送っていた。
それから数十年後に、クァールがR一族の体制を一変させなければおそらくは二度とタルワールは日の目を見られなかっただろう。
「成程、そうでしたか。権利を扱えるR一族の身でありながら自らの立場に苦悩し、他の人々とともに共生して生きていこうとそのように考えたのですね?」
「ええ、まあ。その工程で、多くの人々と出会いました。オレがR一族の根絶に動き出したのも、その時期からです」
「もしも、R一族を駆逐し終えた暁には貴方の死で全てを終わらせる予定だったようですね?」
「それでは不十分です。聖帝を味方につけ、二度と復活できないよう存在を消す必要があります」
「成程……そこまで」
クァールは口元へ手を置く。
少しだけ、目がとろんとなったような風に見えた。
「ただそれだけのために二百数十年も……爪に火を点すような生活を……被害者……」
ぼそぼそとクァールは語る。
それを語る声量は低く、誰の耳にも聞こえない。
「タルワール」
椅子から、クァールは立ち上がる。
「貴方の生き方や人となりを見て、私の考えは変わりました。絶対に許すつもりはなかったのに、不思議なものですね」
「奇遇ですね、オレもですよ。貴方は他の考えがねじ曲がったR一族とは異なっている。信用、信頼できる人物だと思っていました」
「私もよ。貴方を許し、信じてみようと思えたのもそれが要因でしょうね。そこで、話があります」
「なんでしょうか?」
「私と手を組みましょう。私とともに総世界に平和と平等を」
「あの時は、貴方の話を聞けなかった。いえ、聞こうともしなかった。今ではそれが間違いだったと分かる。しかし、あの時のオレの判断が間違っていたと思いません」
「それはそれで構いません。私もノールに負けなくては、今のように考えを変えられなかった。互いに敗北を喫し、互いに互いを知ろうとして初めて今がある。それでいいじゃないですか、またこうしてやり直せるのですから」
「ねえ」
つまらなそうにノールが話す。
「さっさと食べるものを決めてよ」
四人の座るテーブル席に店員が来ていた。
クロノスの者であるため、タルワールを申しわけなさそうに見ている。
「では、こちらを……」
タルワールが先に注文し、各々が食べたいものや飲みたいものを選んでいく。
それから運ばれた食事を至って普通に食べていった。
三人は会話の内で互いに互いがどういう存在なのかを拾っていけた。
ノールは権利を扱える範囲の基準を守って欲しがっている。
クァールは権利を扱った上で平和や平等を広く行き渡らせたがっている。
タルワールは大敗した今となっても全くR一族の根絶を諦めていない。
「………」
運ばれた食事を食べながら、ノールはクァール、タルワールを見つめる。
どちらも派閥の長として強く、知識も豊富で、治める組織も強大。
どちらでも構わないから、R一族の当主を今から代わってくれないかとノールは考えていた。
「どうしましたか、ノール?」
特に食事をせず、コーヒーを飲んでいたクァールはノールの視線に気づく。
「クァールとタルワールが組んだら、凄く面倒臭いことになりそうと思っていたの」
「貴方のそういう裏表なく率直に感想を述べる点を私は気に入っています。ご安心ください、二人で組むのではありません。三人で組むのです。より良い方向へ、実際にはそう考えていても互いに見方や尺度は異なります。独り善がりになっている際に、物怖じせず言える第三者の立場の者が必要となります」
「ああ、だから」
「もしも、貴方の方針通りに事が進まないとなったのであれば、私とタルワールを殺して派閥を一つに統一しなさい」
クァールの一言に一瞬、店内の空気が張り詰める。
「もしもはないね、こう見えても観察眼は優れているつもりだから。さっきも言ったけど、悪党はとっくの昔に地獄へ叩き込んだよ。クァール、タルワールはあの悪党たちと一緒じゃない」
「それは良かったです。長生きはするものですね」
タルワールが食事を食べながら楽しげに話す。
タルワールの反応から周囲の空気は弛緩し、緊張は和らいだ。
「二人はさ、R一族の当主に……」
「それは、御遠慮させて頂きます」
タルワールは即答で拒否。
「私は貴方に譲ったのよ?」
不思議そうな反応をクァールはしている。
通常、R一族の者が当主の座を明け渡すのは打ち倒された時だと相場が決まっている。
だが、今回はそうならずクァール自身が自ら進んでその座を明け渡しても申し分のない存在を見つけられた。
「そっか、うん……分かったよ」
これを機にノールは当主としての務めを果たしていこうと心に決めた。