戦争終結
クロノと将校が会話をしている頃、アーティは物凄いスピードでステイの方角へ一直線に飛行していた。
アーティの心を覆うものは、デュランへの強い怒り。
砦を出てから然程も時間がかからぬうちに、アーティはステイの首都に到着し、ステイの城へ正面から入り込む。
まさか、空から侵入者が現れるとは考えてすらいなかったステイの兵たちは全く太刀打ちできない。
全てに置いて、竜人化したアーティは他の兵たちと段違いの強さを示していた。
兵たちがアーティを止められぬまま、アーティは数分間に渡り城内を暴れ回ったが肝心のデュランは城にいなかった。
そこで、アーティはスロートに戦争を仕掛けた王族を見せしめのため皆殺しにした。
「スロート王国だった頃の王族もこれで浮かばれるな。これでようやくイーブンだ。次は戦場で会おう!」
残された王族の遺体を前に、アーティは全く止められなかった周囲の兵たちにそう語る。
デュランを始末できなかったがやることはやれたので、一気にステイ城をアーティは抜け出す。
その後、仲間がいる砦へとアーティは帰還し、作戦会議室の窓を通り室内へと入る。
作戦会議室内にはまだ他の隊長格の者たちがいた。
「アーティ! どこに行っていたんだ!」
戻ってきたアーティにクロノが言う。
「ステイの城だ」
「アーティ!」
心配した様子のテリーが、アーティに駆け寄る。
「お前、なんて格好しているんだ? 普通じゃないぜ?」
「どの辺が?」
「あの、誰か。この砦内に鏡とか見なかったか?」
どう伝えるか迷ったテリーは他のメンバーに聞く。
「はい、これ」
何気ない様子で、いつの間にか持っていたバッグから綾香は二つ折りの手鏡を取り出し、テリーに渡す。
綾香はこの砦にバッグを持ってきていなかったはずだった。
ひとまず、テリーから鏡を受け取り、鏡を覗き込むとアーティは自身の変化に驚いた。
アーティの瞳は緋色に輝き、人間としての目ではなくなっていた。
「ああ、そうだった」
なにかを思い出したアーティは瞳の色も普段通りに戻り、飛竜のような羽も消え去る。
力を制御し、竜人化を解いていた。
「元に戻ったか?」
「うん」
そわそわした様子でテリーはアーティに触れる。
「それよりも、ステイの城に行ったってことはデュランを倒したのか?」
クロノがアーティに聞く。
「いや、デュランはいなかった。あいつは負けるのが分かっていたんだな。仕方がないからステイの王族を皆殺しにしてきたよ。クロノ、お前の身内の敵討ちは済んだぞ」
「おお……うん、そうか。よくやってくれたよ」
クロノは素に戻っていた。
一瞬、泣きそうになっていたが自身の職務を思い出し、顔が強張る。
「困ったな、これでは早期講和どころか国王の殺害でステイ領民の怒りを買い、泥沼の戦いになる恐れがあるぞ」
「それなら心配ないと思う。今はこの姿だが、あの場に現れたオレは恐らく魔物の一種に見えただろう。ステイは国王が死に、当然戦争どころではない」
「そうなのか? だったら、早期講和が可能かもしれない。一度、使者を送り、問題がなければ皆でステイへ行こう」
その後、ステイ側が降伏を示したので、スロート軍は他のステイ兵らとともにステイへと向かう。
ステイの城でクロノは戦争の終了、ステイに対しての援助、捕虜の返還、早期講和の調印などを行い同盟関係を結ぶ。
王族という指導者を失ったステイへ、戦争の戦費などの要求をしなかった。
互いの国がこの度の戦争により国力が明らかに低下している。
互いにとってそれ以上の損失、さらなる火種をなくそうという意味合いを示していた。
戦争の終結、同盟の締結によりスロート軍は、スロートへと帰還する。
ついに戦争のない平和がスロートとステイに訪れたのである。
終戦後、アーティたちは城へ行く必要もなくなり、今まで通りギルドでの活動を再開した。
問題はようやく平和となったスロートに傭兵を雇うような仕事などないこと。
あの終戦の日から平和という言葉を実体化したかのような平和ぶりが続き、開店休業状態に陥っていた。
「あー、あー」
とても暇そうに店のソファーでアーティが横になっている。
なにかを呻きながら横向きから仰向けに寝てみたり、背もたれ側に身体を動かしたりと、ぐだぐだしている。
「おい、うるせえぞ」
テーブルを挟んで対面にあるソファーに腰かけていたテリーが文句を語る。
こちらも暇でソファーで寝ていたが、アーティのせいで目が覚めた。
「暇だな、テリー」
「そうだな」
「こんなことならもう少し戦争を長引かせれば良かったよ」
ソファーでグッタリしているアーティが不謹慎な発言をする。
「馬鹿なこと言わないで。戦争なんてしないのが一番だよ」
誰も来ないのに店のカウンターで律儀に店番をしていた杏里が言う。
それを聞いたアーティは怠さを感じる身体をソファーから起こすと杏里の方を見て笑った。
「オレはそれが嫌なんだよ」
ここも潮時だと、アーティは感じていた。
再びテリー、リュウと次の国へと行く時が来たのだと。
そう思っていると、明らかに取り乱した様子で店内にノールが入ってきた。
「お願い、助けて! ボクはどうしたらいいのか……」
「なんだ、水人か。あとお前、このギルドはカウンターで対応するんだから通用口から店に入ってくるな」
助けを求めているのに、アーティはソファーで横になったまま。
他人事でしかない様子。
「ミールが……ボクの弟が家にいなくて……ボクの家も燃えて本当になにもなくなっちゃってたの。ボクは何日も捜し続けたのにどこにもいなくて」
「お前、さっきからうるさいぞ。少しは静かにしろ」
「うるさいだって! ボクは大事なことを話しているんだ!」
「要は人探しだろ、二万になるよ」
ソファーで横になりながら、アーティは算盤を弾く手つきをしている。
「いや、食料費とかその他諸々が経費でかさむから二万に+αだな。当然、一人につきの話で」
ようやく、ノールはアーティの言っている意味が分かった。
「そんな……ボク、お金なんて持っていないよ」
「はあ? どうして?」
「ボクの家、燃えちゃってなにも……」
「そんな発言が返ってくるとは思わなかったよ」
仕方なさそうにアーティは横になった状態から腰かけた状態に体勢を変える。
「オレは優しいから、お前にも分かりやすいよう教えてやる。ここはな、腐ってもギルドだ。オレたちはお前、つまりは客との金によって初めて契約が成り立つんだ。その金すらもないんじゃ、こちら側はなにもできない。いいか、ギルドは無償でとか偽善を売りにしているボランティア団体じゃないんだわ。分かったな?」
どんなに暇でも金が絡まなくては一切対応しないと言われ、ノールは俯いたままなにも話さなくなった。
「アーティ、それは流石に引くわ」
話を聞いていたテリーはあまりにも散々な言い草に若干引いている。
テリーはソファーから立ち上がると、ノールの隣に立つ。
「オレたちが生き返られたのは、この子のお陰でしょう? オレとしてはなんらかのお返しはしておきたいけど」
「そう言われてもな。オレたちのしていることがなんなのかは分かっているだろう? 歴としたビジネスだ、偽善じゃない。可哀想だから只働き? それはどうかしている。いくら救世主だからといってオレたちにしてみれば一人の客なんだ。まして今じゃ救世主ではないと戦争後ノール自身が宣言した。だとしたら、オレらとの繋がりがあるものとすれば先にも言ったがまず金だろう」
「こっ……こいつ。命を救ってもらった恩人を前にして、よくこんなことが言えるな……」
心からテリーはアーティが最低な奴だと思えた。
確かにアーティの話す通り、ノールは救世主ではなくなっていた。
ステイからスロートに帰還した際、議会を通してノールは自らを神の使い、救世主ではないとスロートの領民たちに宣言したのだ。
当然、神の使いと信じていた者からの宣言に領民は困惑する。
領民が困惑する中、そうなると察知していたのかクロノが直ぐ様対応した。
勝手に救世主だと決めつけていたがノールもまたどこにでもいるような普通の女の子なのだと。
ノール自身の言葉、クロノからの言葉で、それ以上ノールをスロートへ縛りつけても置けず、領民たちはノールの意志を受け入れた。
ただ、心臓を突き刺されても死なず、ステイの魔導剣士さえも圧倒的な強さで倒してのけることから事実救世主であったと領民の心には今後とも残り続けるのだが……
ひとまず、スロートの街外れの家にノールは帰った。
だが、ノールが見たものは焼け落ちた自宅である。
強い喪失感の中、気が狂いそうになりながらもわずかに安堵することがあった。
そこに人骨がなかったから。
数日間、ミールの無事を祈りながら必死で捜したが見つかる気配すらない。
一縷の望みをかけて偶然存在を知ったギルドへ訪れたのに、その希望も今まさに打ち砕かれようとしている。
「ボクは、お金なんて持ってないよ……」
もうどうしようもなくなったノールは泣き出す。
「ノールにはとても言葉では言い表わせない程に感謝している。もし、オレで良ければ弟を捜すのを手伝ってやろう」
泣いているノールに寄り添い、テリーは慰めの言葉をかける。
「本当に? でもボクはお金なんて……」
「馬鹿なことを言うな、金なんて到底受け取れない。普通の良心がオレにはあるから、お前のために働こうじゃないか」
テリーが依頼を引き受け、結局アーティ以外のメンバーがノールの弟の捜索に移った。