打ち合わせ
「話は終わったかな? 今日の協議についてだが……」
今まで話すのを待っていたジリオンが語り出す。
「協議には上も下もない。一族の当主だろうと、今まで関わりもなかった者も我こそはと思えば自由に発言ができる。また発言したいのであれば、その全てに発言の機会を与える。そのため、長期に渡り協議が続く可能性もあれば、早いうちに意見がまとまる可能性もある」
「成程」
綾香が軽く頷いた。
「勿論、一族や組織としての大筋の意見をR・ノール殿、橘綾香殿、聖帝、そして総世界政府クロノスを代表して私が先に述べることになる」
「大体のところはさ、R一族の権利の使用が鍵だと思うの」
「その通りだ」
ノールの発言にジリオンは即答する。
「先に断っておくことがある。R一族は戦犯だ。ノール殿が終止符を打ったとしても、原因がR一族の者たちなのだから当然だ。にもかかわらず、発言の機会が与えられているのは、ノール殿やクァール殿がいてくれたからだ。間違っても権利至上主義を語る旧体制派のような思想を口にせぬように」
「アレな思想を持っていた代表者たちなら皆殺しにしましたよ?」
「ノール殿、この協議の場に集まっている者たちのほとんどがその事実を既に把握している。先程の綾香殿のように恐れの感情を抱いているだろう。軽々とそのような発言をされては困るのだ。分かってほしい」
「そういうものかな? あと、聞いていたら腹が立ってきたから今から大事なことを言うよ。ボク個人は一切責任を取らないからね。R一族当主だからという理由で、命で償え系の話が出たら極致化ついでに魔力邂逅になるから」
「ああ、済まない。私にそんな気はない」
「あれ? そういう意味じゃないの?」
「クロノスはノール殿に敗北した。そして、クロノスはノール殿により再起を果たした。今、クロノスがあるのは正にノール殿のおかげだ。そのようなことを発言する者はクロノスにはいない」
「とりあえず、ボクはセーフなんだね。旧体制派の人たちは?」
「受け入れられない、戦犯なのだから当然だ」
「良いんじゃないの? 私利私欲で広範囲に権利を扱うなら、誰であろうとぶち転がすとボクが行動で示したから。なにも問題がない」
「本当に、ノール殿が味方でいると心強いな」
「いつから味方になったのやら」
「協議を行うのだ、今日から私たちは味方同士だろう?」
「条件次第じゃないの?」
「なにも不都合ではないと思うのだが?」
「正直お互いに問題しかないけど、今までの個々人の考えを引き合いに出さず、未来志向で考えろって発想かな? 今回の件を不問にする代わりに」
「そう見てほしい」
「そこでさ」
まだ綾香と談笑しているグラール、エアハートの二人を指差す。
ノールの瞳は銀色に輝き、覚醒化していた。
「あの二人が見えるかい? ボクの両親なんだけど。ジェノサイド創始者のお前にも見えるだろう? あの二人、お前のせいで殺された経験があるの。謝ってくれる?」
「それはできない。しかし、同士となればいずれ謝罪する者も現れるだろう。無論、R一族が影響を及ぼした総世界の者に対してもだ」
「………」
ノールの瞳の色が元の青色に戻っていく。
「納得はし辛い。でもお互い様だと言いたいのは分かったよ。随分と嫌な話だね。ボクがクロノスを見る目は、他者がR一族を見る目と同じなんだろうね」
「ああ、否定はしない」
「さっきまでは絶対に許さないつもりだった。でも、貴方が先に考えを変えてくれたように、ボクも考えを変えるよ。ジリオンさん、今日からボクらは味方同士だ」
「感謝する、これで全てがまとまりそうだ」
「まだ協議も行っていないのに?」
「桜沢一族や聖帝とは既に意見の取りまとめを行っている。R一族が総世界に再び手を伸ばし始めた際に、共同戦線を組むためにな。綾香殿もあのように語ってはいたが、元々取り決めてあったのだから一族の者を連れてくる必要はない。聖帝も以前の取り決めに問題がないようだ。ところで、ノール殿」
「なんだい?」
「先程、綾香殿が話した意見を表明したい内容とはなんなのだろうか? なにか知っていないか?」
「ああ、それなら問題ないよ。協議の時間まで待っていればいいと思う」
時は経過し、協議の開催が間近に迫る。
ノールたちは控え室に揃っていても、特に協議に関わる内容を話していない。
最初に集まった時の内容が最後である。
正直、早く集まる意味があったのかをノールはソファに座りながら考える。
そう思いながらも、自身のやることをやれれば良いかと思う。
ノールがこれから語る内容は前回と略同じ。
ただ、あの当時と同じ規模の会場で同じ数の人々の前で再び語るのかと思うと緊張し始めていた。
「どうしたの? 考えごと?」
自身の傍に座っている杏里がノールに尋ねる。
特に協議で話す必要のない杏里は緊張感がない。
今回の協議が終われば、無条件に平和になるだろうと思っていそうな顔をしている。
「そう、これから話すことについてね」
「もう悪い人はいないから大丈夫だよ」
「でも、あいつらのせいで拒絶されたらどうしよう……。ちょっと、ジリオンさん」
今までのR一族を鑑みて心配になったノールは、ジリオンに呼びかける。
「なにかな?」
同じく控え室にいたジリオンはノールの呼びかけに答える。
クロノス側のトップとしてこの場にいるジリオンも控え室でソファに座り寛いでいた。
なにもないからこそ寛げるのだが、実際の役割はクロノス最強戦力としての監視である。
「R一族は拒否されると思う?」
「協議なのだから、多数決だな」
「反対がR一族以外かな?」
「今回の参加者は、クロノス側の人員が一番多い」
「やる前から分かるじゃん」
「どうだろうな。我々としての意見だが、味方は多い方がいい」
「そうだよね」
「そろそろ、時間だな」
腕時計を見つつ、ソファからジリオンは立ち上がる。
「よう、待たせたな」
控え室の扉が開いた。
開催時刻が迫った中、まだ来ていなかったテリーが姿を見せた。
なぜか、テリーは冒険者風の服装をしていた。
「聖帝、遅かったじゃないか」
ジリオンが注意するように語る。
「おう、オレは時間ギリギリまで職務だ。本当に誰かさんの一族のおかげでな」
ノールのもとまで行き、ノールの肩に手を置く。
「テリー、お父さんの病気を治してくれたんだね。ありがとう」
さりげなく、ノールは今の話題をスルー。
「ああ、オレは聖帝だからな。困っている人がいたら見て見ぬ振りなんかできない」
平気でありえないことを語り、テリーはすたすたと綾香のもとへ向かう。
「綾香さん、あの話乗ったよ。断る理由がない」
「あら、それは良かったわ」
前以て示し合わせた約束があったのか、なにかを話している。
「ジリオン」
テリーが呼びかける。
「お前は不愉快に思うかもしれないが、クロノスの組織運営のためにお前も話に乗った方がいいぞ」
「なんの話をしている?」
「これからの商売の話についてだよ。先に集まっていたんだ、なにか聞いていないのか?」
「全くなにも。共同での取り組みのようだが、我々にとってそれは有益な話なのかな?」
「手を組むのならな。他はもれなくブラックホール現象になると思うけど」
「成程」
少しの間、考えているのかジリオンは顎をさする。
「知っての通り、我々は総世界の平和のためクロノス、ジェノサイドを日々運営管理している。それにはそれ相応の費用が必要だ。クロノスの街を見ただろう。様々な世界に根差している企業の本社がここにある。しかし、それでも足りない。そこで同志たちを総世界中に派遣し、中枢に潜り込ませ、我々に理解してもらうよう働きかけてきた」
「もしかして、天使界がクロノス派の人ばっかりだったのって」
話の途中で、ノールが割り込む。
「勿論、我々の働きかけによってだ」
「ボランティアしてもらったり、寄付とかの資金援助をしてもらったりってこと?」
「その通りだ。それとは別に、同志ではない者たちにも能力の提供を行い、ロイヤリティをもらうなども行っている」
「へえ、そんな面倒なことをしていたのね」
意外そうに綾香が語る。
「でも、私と組めば今以上に運営管理しやすくなるわよ。なぜなら私たち桜沢一族もクロノスのために働くのだから。ただし、私たち桜沢一族のスキル・ポテンシャル支配は存分に使わせてもらう。それがないと話にならないから」
「それはどういうことかな?」
「拒否なら離脱、桜沢一族は貴方たちの運営地域で好き勝手にやらせてもらう。勿論ペイもなしよ」
「なにも問題ない。その話が通るよう、クロノスの者たちへ働きかけよう」
「なら良かった。それだけで参加した意味がある」
「さあ、時間も近い。皆、ホールへ向かおう」
ジリオンは先に控え室を出ていった。
「随分スムーズね、価値観の異なる者だらけだと思っていたのに。喫緊の課題を早いところ片付け、R一族が暴れていた期間の空白を取り戻したいのかしら?」
独り言のように綾香は語り、控え室を出ていく。
「皆、クロノスに所属すれば話が早いな。そして、話が決まれば聖帝が神としての宗教が巷に広まるわけだ。良い話だ、理想的な収束だ」
明らかに算盤勘定の手つきで、テリーは半笑いをしている。
「R一族の一強支配体制からR一族、桜沢一族、クロノス、聖帝会で権力の分配確定だ。どうせ、スキル・ポテンシャルの権利も扱ってもいいとなるだろう。ノールがクロノス側でいてくれるのならな」
「テリーも綾香さんもジリオンも皆お金の話だね。世界を取ったつもりかい?」
「取ったつもりじゃなくて取ったんだ。オレたちが取らないと次にまたどこの馬鹿が湧いて出るか分かったもんじゃない。権力の空白はさっさと解消されるべきだ。これからは様々な行いをするべきなんだ。特に、なんだ、まあその布教をだな」
再び、テリーは半笑いになる。
「オレが命を散らせて生き返らせたんだ。なにかしらの見返りをもらっても問題ないだろう?」
「そうだったね、全魔力を……全生命力だったかな? それを使い切っていたしね」
「生き返らせる、戻す、集められる、死ぬの繰り返しを何度も見てきた。そして、オレはそれに対応しなくてはいけない。死んでは生き返りを何度も行わされた。オレは見返りがほしい。例え、オレがどんなに断っても見返りを与え尽さないとならない。なあ、ノール。そうだろう?」
「ボクも何度も死んだらそういう風なことを思うようになるのかな? まずは、協議で提案してみたら?」
「冗談だよ、そうでないことを祈る」
ノールの肩を叩き、テリーも控え室を出て行こうとする。
「ああ、それと」
出て行こうとしたが、テリーは立ち止まる。
「ノールは自らの意見よりも、他のR一族の意見を取り入れて物事を考えるべきだ。お前は魔力体で、他の連中は人だ。一年中飲まず食わずでも生きられるお前とは一緒じゃない。誰にも頼らずに容易に生きていける魔力体とは違うんだ。これだけは決して見間違うなよ。オレも人ではなくなって初めて痛感した」
「そうだった、そうだよね。ボクは子供の頃、皆がご飯を毎日律儀に食べるのが不思議だったんだ。そして、眠るのもお風呂に入るのも着飾るのも。でも、それにも慣れた。それが“できる”ようになったから違和感がなくなったんだ。今後は人の長として、魔力体の立場ではなく人の立場に立って考えなきゃいけないんだね」
「それとさ、毎日水人衣装着ているじゃん?」
「水人衣装は、水人の正装なんだから当たり前じゃん。まあ、買い物の時は私服を着るよ」
「それってさ、心の奥深くから水人の魔力体が総世界で最も優秀優良な種族と思っている証拠だからな。つまりは強烈な種族至上主義の魔力体」
「えっ?」
「リバースに所属している水人のライルや炎人のルウは種族衣装を着ていないだろ? 人と暮らしていたら普通そうなるはずなんだけど。なのにお前は毎日着ている。魔力の操作で一瞬で直る水人衣装を破いたり、傷つけたりする輩に即座にぶち切れるだろ、お前は。なぜなら、水人衣装を種族としての正装として信じて疑わないから」
「どうして分かったの?」
「こういうこと、否定しないのか?」
「現にそう思っている」
「無理だと思うけど直しておけよ。オレは聖帝になって初めて様々な種族の者たちを生き返らせ、その種族の者たちがなにを考えて生きているのかが大体分かるようになった。お前も例外じゃない、お前を消滅させたのも発生させたのもオレだから分かるんだ」
テリーも控え室を出ていく。




