対話 2
「彼らが荒らしまわった世界の現状は分かる?」
「ううん、知らない」
「被害状況は恐るべきものだったわ」
静かにクァールは話し始めた。
口にしたくないものを語り出すように。
「被害が確認されたのは、約200程の世界。被害世界に住む者は、手始めに私的財産の没収、家族概念、教育、恋愛、宗教などの自由を廃止され、さらには戦場と化する様々な世界に空間転移で強制移動させられ、水食糧の一切を渡されずに戦わされていたの」
「えっ、それどういう……」
「彼らに配給された武器は、木の枝や釘から戦闘機などの近代兵器。勿論、私たちのような魔法の扱える能力者たちも含まれていたからさぞ壮絶な一ヶ月間の大戦争だったのは想像に難くない」
「………」
「なぜ、彼らは戦わさせられたのか。それは各派閥が群雄割拠し、様々な世界を再び手中に収めるため強制的に戦闘員とさせられたからよ。一日しか生きられなかった者、一ヶ月間生き延びた者、その全てが聖帝の能力で生き返り、回復した。忌まわしい記憶を焼きつけられ、なにもかにもを全て奪われた者たちがいる」
「その人たちって、まさかそのままだったりするの……?」
「その通りよ。聖帝の能力によって、各々が死んだ場所で人々は生き返る。そして、操作していたR一族はもういない。全ての者たちがこう思うはず。ここがどこなのか分からない、周囲の者たちも誰一人分からないと。焼けついた恐るべき記憶に苛まれていくはず。もう誰も血縁関係者と会えないから支えてくれる人もいない、互いを信頼できず支え合うことすらできない」
「どうすればいい、クァール? こんなの絶対におかしい、ボクもなんとかしたい」
「いえ、貴方はいいの、私に任せて。もうプランはできているから。権利によって、全ての人たちに戦争の記憶を呼び起こさせず、周囲にいる見ず知らずの者たち数人を家族と思わせ、家族という集合体を各々に作らせるの。勿論、文化レベルも現在いる世界に適応させる」
「それってさ、根本的な解決に至っていなくない?」
「私はね」
クァールは自らの胸の辺りへ手を当てる。
「全てを元に戻すことなどできない、私は神ではないの。でも、被害者たちが生きてはいける」
クァールの目がぎらついている。
もう喉から手が出る程に欲しい被害者たち。
待ち焦がれ、恋い焦がれ、本当に一日千秋の思いをこれ以上にない程に抱いていた。
とりあえず、ノールは早いところさっさと認めろと熱烈に思っている。
「うん……」
なにもノールは言えなかった。
クァールから狂気を感じたわけではない。
自らには彼らを救うことなど決してできない、そう感じていた。
「被害世界を全てR・クァール・コミューンとする。いいわね?」
「うん」
「良い子ね」
そっと、クァールはノールの頭を撫でる。
満面の笑みをクァールは表情に浮かべている。
ノールにできなくとも、救世主としての立居振舞がクァールは慣れっこ。
「被害世界の人たちって、主にどんな種族の人たち?」
「おそらく人間だけよ。他種族には被害がない。天使や魔族やエルフなどもそれらの世界にいたかもしれないけど、その者たちは全てR一族の派閥の長たちがいる本拠地に集められ、手厚く持て成されていたでしょう。本陣の決戦用切り札として」
「そこに人間以外の種族がいたんだ。一気にやっつけて行ったから、派閥の長以外にどんな人たちがいたか分からなかったなあ。25回も繰り返したんだけどさ」
「恐ろしいことを言うのね。それが事実なら、もうR一族の派閥は片手で数える数しかないじゃない」
「とりあえず、被害は“軽微”だったね」
「ノール、今時間がありますか?」
「あるよ、なにか手伝う? ボクにできることがあるなら言って」
「そういうのではないの。貴方のせいで、アクローマは寝込んでしまったわ。貴方に散々心労が絶えぬ行いをされたせいで」
「あの時は、その……アクローマに酷いことしちゃったね。あとで、謝りに行くよ」
「ええ、そうしなさい」
「じゃあ、ボクはアクローマに会ってくる。あとは色々と任せるよ、よろしくね」
「分かったわ。ミネウス、まだいるわね?」
クァールは部屋の外へと呼びかける。
「いますよ、クァール様」
扉を少し開き、ミネウスは姿を見せる。
もしもを考えて、ミネウスは待機していた。
「皆に伝えて。全てのR一族や総世界政府クロノス、桜沢一族、聖帝会に招集を伝えてほしいと」
「分かりました」
ミネウスは急いでどこかに向かう。
「杏里くん、ボクたちも行こうか」
「うん」
口を挟まず静かに待っていた杏里が、ようやく口を開く。
二人はクァールの部屋から廊下へと出た。
「ところで、ノール。被害が軽微って、どの辺が?」
「?」
ノールは不思議そうな反応をする。
被害は軽微と素の様子で答えたノールからは特に返答がなく、杏里は恐れを抱いた。
語った内容にノール自身がなにを感じているのかが甚だ疑問だった。
杏里は好きな人の見てはならない一面をまざまざと見せつけられた気がした。
ノールはR一族の内紛を止め、人々を救った救世主だが、考えが常人とはズレているとしか思えなかった。
「あの、どうしたの?」
杏里が気分を害しているのは、ノールも悟っていた。
相手のこのような機微には敏感になっている。
「なんでもないよ」
「言いたいことがあるなら言って欲しいけど」
「アクローマさんは今どこにいるのかな?」
「さっき、クァールと話をしている時に水人検索してみたけど、この宮殿内にいるね。空間転移するよ」
ノールは空間転移を発動した。
瞬時にノール・杏里はアクローマがいる部屋に現れた。
場所は個人専用の広めの病室。
病室のベッドに横たわるアクローマと、看病しに来ていた桜沢有紗の姿があった。
エプロン姿だった有紗は手作りであろうホットケーキを乗せた皿と、丁度良いサイズに切り分けたホットケーキを刺したフォークを持っていた。
「あら?」
ノール・杏里が突然室内に現れ、アクローマは驚く。
「やあ、アクローマ。もしかして今って食事中?」
「そうなのよ、ノールちゃん。私を心配して有紗が来てくれたの」
見られたくないところを見られたアクローマは少し顔を赤らめた。
有紗から皿とフォークを取り、自分でホットケーキを食べる。
「ノールちゃん?」
有紗は不思議そうに声を漏らす。
自らの当主をアクローマが、ちゃんづけの敬称で呼んでいたことに違和感を覚えた様子。
「有紗さんと仲が良いんだ?」
「有紗は、とっても良い子だと思っているわ。なにせ、この私が認めた大天使長なのですから。そしてなによりも私より強いのだから」
「いや……ははっ」
返答に困り、有紗は苦笑いをする。
「その節は大変申しわけありませんでした」
「私に謝る必要はないわ。その代わり、今後とも天使界の発展に尽力してくれればそれで構わない。分かったかしら、有紗?」
「はい、オレに任せてください」
自信を持って、有紗は語った。
「ちょっと、いいかい?」
ノールが声をかけてから、アクローマの隣に来る。
「酷いことをしてごめんなさい」
「私は大丈夫だから、ノールちゃんが気にすることでもないわ」
「大丈夫な人は寝込んだりしない」
「私が気にすることでもないと話しているの、それだけじゃ足りない?」
「どうしてそんなに優しいの。ボクがR一族だから?」
「私の……希望を残してくれたからよ」
「うん……」
ノールにとってはアレな人でも、アクローマにとってクァールは他に代えがたい大事な存在。
「ボクのこと、どう思っている?」
「嫌い」
ぽつりと、アクローマは語った。
しかし、言葉を続けた。
「嫌いになんて……なれるわけがない」
アクローマの目から涙が流れる。
「ノールちゃんがいなければ、クァール様は戻ってこなかった。クァール様がいても、ノールちゃんがいなければ有紗は戻ってこなかった。大事な人たちに私はなんにもできなかった。でも、貴方は一人で全部やってくれた」
「………」
「でも、私はほんの一瞬、貴方を嫌いになってしまった……。ごめんなさい、ノールちゃん。貴方にそれを謝りたかったの」
「謝りたかったのは、こっちの方だよ。急に殴りつけてしまったのは、ボクなんだから嫌いになっても仕方ないよ」
「もし本当に」
「ん?」
なにか、アクローマの雰囲気が変わったような気がした。
「私に対して申しわけない気持ちがあるのなら」
「なに、どうしたの?」
「次の天使界の女帝は、R・ノール……」
「嫌です、すみません」
「えっ?」
アクローマは有紗へ視線を移す。
「今、ノールちゃん。いいよって」
「とは言ってませんでしたね」
「有紗、貴方をそんな風に育てた覚えはありません」
「ええっ……」
今さっきの反応で、ノールは気づくことがあった。
アクローマは嘘泣きをしていた。
流石は年の功というか、上手くノールを騙して女帝にさせようとしていたらしい。
「それじゃあ、ボクは帰るね」
見抜いたノールにとって、ここは長居無用の場。
「本当に申しわけない気持ちが……」
「それもう聞いたって。有紗さんの手作りホットケーキを食べてなよ」
「あー、ちょっと、ノール」
有紗が声をかける。
「綾香が君に会いたがっていた。是非、会いに行ってくれないか?」
上手いこと助け舟を出していた。
「そうしよっかな。予定ができちゃったから、ボクはもう行くね」
これ以上面倒臭くなる前に、ノールは空間転移を発動。
ノール・杏里はクァールの宮殿から自宅屋敷の自室へと戻っていった。
登場人物紹介など
現在の総世界(R・ノールの第一次広域総世界戦単独勝利後、生き残った全てのR一族はスキル・ポテンシャル権利の使用を放棄。それと同時にそれぞれのコミューンという枠組みも全て破棄された。一応、R一族的には総世界はR・ノール個人のものとなっている。R・ノールにその気が一切ないため、今回のR・クァール・コミューンだけが総世界で唯一存在しているR一族の支配圏)