姉弟戦争 2
「R一族の人たちがどこにいるのかを教えないのなら対処するよ」
じっと、ミールはノールの目を見ている。
ミールからは怒り以外になにも感じられない。
今まで生きてきた人生で初めてノールはミールに恐怖を覚えた。
姉として母親代わりとして長く大事にミールを育ててきたノールにとって、ミールの行為はノールの心に耐え難い苦痛を与えた。
「………」
腹部を気にする様子もなく、ノールは口元に手を当てる。
吐きそうになっていた。
その間に、ノールの背後から強い闘気を感じる。
杏里、エールが同時にノールの身に起きた事態を察知し、背後を見なくとも臨戦態勢に入っていると手に取るように分かってしまっていた。
このままだと不味い。
そう思ったノールは、ミールの手を掴む。
「ミール、話は廊下でしようね」
「姉貴、話をするならそこでしてくれない? アタシも話が聞きたいなー」
ノールの言葉に重なるように、エールは語る。
いつの間にか、エールはノールの背後にいた。
「姉貴、ちょっと代わろうか」
魔法の杖を掴み取り、ミールを引き離す。
「痛かったでしょう、姉貴?」
エールがノールを見る目には怒りが籠っている。
「第一さ、どうして姉貴は兄貴にされるがままなんだよ? 姉貴は兄貴が大好きだもんね、怒りたくないんだよね、知っているよ。でもアタシだって姉貴が大好きなの」
エールはミールを睨みつける。
「アタシ、兄貴を許すつもりないから。姉貴は大事な家族だよ? 突然湧いてきた身内の方が大事だって言うのか。それに信じらんないわ、姉貴を平気で傷つけられるなんて。まともな精神状態じゃないんじゃないの?」
「家族がとんでもない凶行を仕出かした。とてもじゃないけど、まともな精神状態ではいられないよ。身内の蛮行は、僕が止める」
「アタシですら誰が悪いのか分かり切っているのになんだよ、それ。そもそも蛮行っていうのは、スキル・ポテンシャル権利を扱って総世界を支配した気になっているあの連中にこそお似合いの言葉じゃん?」
「エール、まさか忘れていないよね。僕たちはR一族だ。人々を再び率いていかなくてはならない使命を帯びた一族なんだ」
「気でも狂ったのか、兄貴」
ぶち切れたエールは突発的にミールの顔を殴る。
「ふん」
いきなり顔を殴られたせいか、ミールは不愉快そうな反応。
「そういえば、エールも旧体制派に反感的だったな。今のタルワールやクァールが行っている現体制派は間違っている。そもそも一体どういう経緯で今までR一族が人々を率いて来たのか分かっているの?」
「あいつらのやり方も間違っているけど、R一族に利用されるだけの扱いよりも総世界の人たちはそっちを望んでいると思うわ」
「僕らは総世界の人々を体良く扱われる存在にするつもりはない。総世界を荒らし回っている連中と同じ括りにしないで欲しい。あの連中は僕らも対処するつもりだった。それにR一族が人々を率いるのは、重大な理由があるからなんだ。その繋がりを断ち切ってしまう方が間違っている」
「ウザっ、もうしゃべるな。アンタが返してほしいR一族って誰よ、要らんから名前言え」
本当に面倒臭いのかミールとの話を断ち切る。
「………」
ミールはエールに手を伸ばし、エールの耳を掴み、少しだけ強めに引っ張る。
「いたっ! 暴力! 暴力だ!」
大した痛みもないはずだが、エールは半泣きで痛がっている。
このやり取りは、エールが悪いことをした際にミールが叱る一つの方法。
エールが静かになったのを確認して、ミールはノールを見る。
「エールがR一族の人たちをどこかに連れていったのは、ノールが吹き込んだせい?」
当然のようにミールはノールを呼び捨てする。
「違うよ、ボクはなにもエールに頼んでいない」
普通に呼び捨てされ、一瞬狼狽えたが、ノールの口調は強い。
「総世界を我が物顔で支配しようと企む悪党の親玉をボクが倒しただけ」
「クァールとタルワールは今どこにいるんだ?」
「クァールもタルワールもクロノスの都市にいたよ。あの二人は残念ながらまともだった……信じられないけど恐るべき事実だったよ」
「二人とは手を組んでいたはずじゃないの?」
「クァールは味方でも敵でもなさそう。タルワールはどうなんだろ? できるだけ惨たらしく死んでね、すぐでいいよとお願いしたつもりだったのに普通に生きていたよ。本当どうなっているんだろう」
「そっか」
納得したような返答をする。
この三名は元々相容れない存在だったと。
「ひとまず、数名の派閥の長を返してもらう。嫌とは言わせない」
「誰をよ?」
ノールではなく、エールが答える。
エールの口調は相変わらず悪いが、泣き声になっている。
「彼らは全て無事か?」
「無事なはずがないじゃん。今の姉貴と敵対して平然としていられる奴なんかこの世にいるのかって話」
「僕を彼らのもとへ連れていけ」
「さっきからなんで命令口調なの? ムカつくなー」
ミールはエールの腕を掴み、廊下に引っ張っていく。
「あら、ジャスティンもいたの?」
部屋の外で待っていたジャスティンを見つけ、意外そうにエールは声を出す。
「僕のパートナーだから。戦場では、二人以上での行動が当然」
「なんなの、また殴られたいの?」
エールは呆れてもう手も出さない。
「二人は仲が良いねえ」
二人の対応を見て、ジャスティンが言葉を発する。
「殺し合いにならなくて良かった。やっぱり家族は仲が良くないと」
「アタシもそう思う。でも、それを言うタイミングが違うわ」
ミールが空間転移を発動し、三人は屋敷から消えた。
「エール……」
ミールがエールを連れていってからも、扉の方をノールは眺めていた。
「エールなら大丈夫だよ。ミール君はエールにまで酷いことをしないはず」
「そうだよね……」
ノールの身体は小刻みに震えている。
ノールの顔色は優れなかった。
「怖かったんだね」
「怖くない」
「ノール、ボクはR一族の話題に口出しはしないつもり。でも今回はそういう理由で見て見ぬ振りをしたくないよ」
ノールの傍まで杏里は近づく。
「お腹、怪我しているよ」
「ん?」
ただ、じっと杏里を見つめる。
「エクス」
杏里は最上級回復魔法エクスを発動した。
先程のことが相当ショックなのか、ノールは自身のダメージにさえも思考を巡らせられていない。
「ノール、君はR一族の当主なんだから、ミール君の話だけを第一に捉えてしまうのはしてはならないよ」
「でも……」
「今回の行動はR一族たちが間違っているから、R一族当主として実行したんでしょ?」
「そうに決まっているじゃん。連中の行動は断じて許せない」
「だったらどうしてミール君の言葉に応じたの?」
「ボクが思っていたのとは違くて、関係ない人もいたらしいから……」
「もう一度、皆と話し合う必要があると思う。ノールの意見も今度は分かってもらえるかもしれないし」
「そう言われても」
「ノールが嫌だと感じていてもだよ。さあ、皆を招集できる人に会いに行くよ」
「皆を? 今から?」
「クロノスに空間転移するよ」
杏里が空間転移を発動し、ノール・杏里はクロノスへ向かう。