姉弟戦争 1
空間転移により、ノールは自室のリビングへ戻ってきた。
そして、ノールは朝食を作るためにキッチンの方へ向かう。
「あっ」
キッチンに杏里の姿があった。
可愛らしいボーイッシュな服装を着こなしている。
杏里は簡単な朝食を取ろうと卵焼きやハムを焼いていた。
「ノール、どこに行っていたの?」
「ちょっと、クロノスにね」
「クロノスに? 変なことに巻き込まれないようにしてね」
「もう巻き込まれているんだよね」
「ノールの分も作るから、待ってて」
「うん」
ノールは特に手伝わずに四人がけのテーブルの椅子に座る。
その時、エールもクロノスから戻ってきた。
「姉貴、アタシも一緒に戻してよ」
少し焦りながら、ノールの隣の椅子に座る。
「まだ、あの人たちとなにか話すのかなと思ったから」
「あっ、そうだ」
キッチンにいる杏里が思い出したように語る。
「さっきさ、ミール君から電話があったよ。これから会いたいって」
「良かった、ミールも無事だったんだ」
「……ノール、悪いことは言わないから会うのは止めようよ」
いつになく、杏里は強い口調。
「どうして?」
「それはまあ、アタシも同意見」
エールもどこか歯切れが悪い。
以前から杏里・エールともに共通していることがあった。
それは、ノールが帰って来てから一度たりともミールについて話さなかったこと。
「だからどうしてって」
「兄貴は旧体制支持派だし」
旧体制派とは。
R一族だけで総世界の全てを支配しようと考える者たちを示す。
ノールやクァール、タルワールなどの考えである、R一族とそれ以外の者たちがともに手を取り合い総世界を治めるようとの考え方とは対極的な位置に存在する。
言いたくなさそうな雰囲気のまま、エールは語り出した。
「姉貴が魔力邂逅になっていた時、アタシと兄貴の立場が尋常じゃないくらい危うくなったの。他のR一族たちが群雄割拠して様々な世界を奪い合う中、アタシらは連中の派閥に属するしかなかったんだ」
「エールたちもあいつらに酷いことされたの?」
「本当、最悪だったよ。この世界を守りたかったからこそ、あのクズたちと組んだのに肝心のあいつらが一切協力関係を無視して、この世界にさえも攻め込もうとしたんだ。なんとかアタシは権利が扱えたから自らの派閥を作れて、この世界とエリアースの世界権利の主張ができたんだ。アタシも兄貴も扱えなかったらもう終わりだったね、間違いなく」
「ごめんね、エール。ボクがいなくなっちゃったから……」
「姉貴、違うよ!」
強くエールは否定する。
「いくら家族だからって口に出して良いことと悪いことがある。あいつらだけが悪くて、姉貴は全然悪くない。そこを間違えないでほしい」
「ごめんなさい」
「それならいいの。最初からずっとアタシは姉貴が帰ってくるのが分かっていたから。派閥の名前だって別にアタシの名前でも良かったの、だってアタシが権利を扱えるから作れたんだし。相馬たちにもそう言われても変えなかったのは……信じていたからなんだ」
「………」
本当に申しわけない気持ちに、ノールはなっていた。
この世界に戻ってきた時、ノールは安易に派閥の解消を語ってしまったことを。
あの時、エールは怒ってはいたが理由までは語らなかった。
エールは悲しさや辛さをほとんど口にしないタイプの女性。
家族としてエールの思いを理解してやれなかったことを悔いていた。
「でも、兄貴は……権利を扱えない。あいつらが変な方向へ行動をさせないようにするため、ずっとあいつらと一緒にいたんだ。それが悪かったのか、普通に旧体制派に感化されちゃったみたい」
ふいに、部屋の扉がノックされる。
「兄貴は腰抜けだから旧体制派に行ったわけじゃない。逆なんだよ、あのクズたちを統括しようとしていた数少ない人だから。スロート軍に所属していたせいか、付け焼刃みたいな軍隊思考を持っているから厄介。アタシは話をしたくないんだよ」
じっと、エールは扉の方を見ている。
余程会いたくないらしい。
「どういうことかな?」
不思議に思いつつも、ノールは扉を開きに行く。
遡ること、十数分前。
R一族の旧体制派派閥の一つ、長ルシール宅にミールはいた。
ルシールの自室の隣室にて、ルシールの派閥に所属する幹部数名のR一族、R一族一派の者と会話をしている。
ルシールの自室内は目を覆うような惨状。
部屋中に血液が飛び散り、付着している。
このような殺戮の光景を目の当たりにしたことが、ミールは今までなかった。
「ルシールの行方は未だに分からないの?」
ルシール派の諜報員の者に、ミールは尋ねる。
幾度も尋ねた言葉だった。
状況はどこもかしこも同じ惨状。
ルシール同様に、派閥の長として他の者たちをまとめ上げていた者は略全てがたった一日で消え去った。
散々戦い合っていたそれぞれの派閥の者たちは極度に焦った様子で情報交換をし続けている。
だが、誰もが真相に届く情報を手にしていなかった。
九割の派閥の長が行方不明となった現状で、生存確認が取れている派閥の長はわずかに三名。
クァール、タルワール、そしてノールであった。
情報がなくとも、R一族側に組しない立場を取っていたこの三名が結託した上での凶行だとされていた。
ただ、ミールはそうとは捉えていない。
室内に争った形跡が全くなく、これだけ出血痕が確認されても物音一つ気づかれなかった。
ルシール自身も相当の能力者でありながら、存在を悟られず戦う行為自体を行えさせなかった。
このような状況をいとも容易く作り上げられるのは三名の内、自身の姉ノールだけ。
もしも、クァール・タルワールが行えるのであれば、群雄割拠状態に陥った際にすでに行動を起こしているはずである。
「………」
頭の中で繋がったミールは一度室内から廊下へ出る。
そして、携帯電話を取り出し、電話をかけた。
「久しぶり、杏里くん?」
それから二言三言話し、杏里に会うことを伝える。
伝え終わったミールは電話を切った。
「ミール」
部屋の外で待っていたジャスティンが呼びかける。
「姉さんには聞き出したいことが沢山ある。ジャスティン、君の力が必要だ。僕と一緒に来てほしい」
「うん」
ミールと異なり、ジャスティンはどこか緊張している。
「空間転移発動」
ミールが空間転移を発動し、二人の周囲の風景は変わっていく。
見慣れたノールの屋敷内へと周囲は変化した。
今二人は、ノールの自室前にいる。
「………」
次にミールは魔法の杖を空間転移により出現させる。
魔法の杖は先端に星形のついた子供の玩具のようなもの。
「ジャスティン、君は部屋の外で待っているんだ」
それだけ言い、ミールはノールの自室の扉をノックする。
少しの間を置き、扉が開いた。
「久しぶり、姉さん」
「やあ、ミール……」
特に変わりなく返事をしようとしたノールは落ち込んでしまった。
ミールが武器を携帯していたから。
「桁違いの強さだね、姉さん。R一族の人たちは今どこにいるの?」
「さあ? ボクにも分からない」
ノールも今どこにいるのか分からない上、そんな些末なことを知る気もない。
当然、これがミールに確信を与えた。
「あの人たちが死ぬのは仕方がないのかもしれない。あの人たちの大半は節度がなかった。姉さんがやらなかったら、僕が対処していた」
「怒っているの?」
「途轍もなく怒っているんだよ。姉さんにはどのR一族も全てが悪としか見えていないのか」
「ん?」
腹部に鋭く刺すような痛みを感じ、ノールは視線を落とす。
ミールが魔法の杖を腹部へ、ぐいぐいと押し当てていた。
刃物で刺しているわけでもないのに激痛が走るのは、魔法の杖に凝縮された魔力が相当強力である証拠。
押し当てる行為だけでもノールの身体から流血させる。
肉を削ぐように魔力を傷つけられていた。