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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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バロック

時刻が8時頃に近づいた時。


部屋の扉をノックする者がいた。


「誰?」


安物アウトレットソファーに寝そべりながら、ノールは扉の方へ呼びかける。


「おはよう、姉貴」


扉を開き、玄関から顔を覗かせたのはエールだった。


「昨日、メール送っていたんだけど……読んだ?」


「気づかなかった」


「そう?」


エールは部屋に入ってくる。


「姉貴さ、昨日の話だけど……」


「どうせあの人たちの話でしょ。ボクはこんな朝早くから聞きたいないけど」


「大丈夫、アタシいくら怒られても全然平気だから」


「そういう意味じゃないんだよね」


人の話を聞こうとしないエールに、さっさとこの話を流そうとした。


「もう相馬さんと話した方が早いかも」


「そうそう、そうでしょ。丁度アタシが来て良かったね」


「……相馬さんは、どこにいるのか分かる?」


「クロノスの都市だよ、そこに本社があるから。今から空間転移するから、ちょっと待ってて」


単に居場所を聞いただけなのに、当然のようにエールは空間転移を発動。


周囲の風景は一気に変わり、クロノスの都市が現れる。


近代的なビル群が続く、とても発展した都市がそこにあった。


「あれ? 姉貴?」


エールは、とあるビルの前にある歩道に立っている。


エールの周囲にノールの姿はなかった。


「エール」


徐々にノールの姿が形成されていった。


足先から少しずつ頭部に至るまでを、透明な容器に液体が満たされるようにして現れる。


「今のどうやったの?」


「ボクは別にここに来たかったわけじゃなくてね。そもそも靴も履いていなかったのに」


少しだけ、足を上げる。


今は靴を履いた状態だった。


ノールが独特な方法で現れたのは、空間転移前のノールの格好にあった。


あの時、ノールは普通にアウトレットソファーに横たわった状態。


もし普通に現れていれば、靴も履かず外にいて、歩道に横たわった姿になっている。


それを阻止するため、一度人間化を解き、魔力同然の状態になってから実体化した。


「姉貴、今の世界はとても流動的なんだよ。このスピードに合わせられないと大変だよ」


「自由だね、エールは。誰に似たんだろう?」


「姉貴に決まっているじゃん。だってアタシ、姉貴の妹だから」


「そう……」


とりあえず、ノールはクロノスの都市内を見渡す。


前日、クァールを襲撃した際は辺りを一切見ていなかったため、近代的な周囲の風景にノールは圧倒された。


「うわ、凄いねクロノスは」


「姉貴、こっちだよ」


明らかに御上りさん状態のノールに、エールは目の前のビルを指差す。


目に映ってはいたが、その他を超える高さのビルだった。


その時、ノールの内にとある記憶が呼び起こされる。


小切手10億の記憶が。


「とってもお金持ちなんだね、相馬さん。ボクはお友達になりたいな」


「えっ? そんな簡単に?」


今まで反応が微妙だったのに、お金持ちとの理由で意思を変えようとしたノールを見て、エールは少し複雑な気持ちになっている。


「……言ってみただけ」


「本音を言えば、お金で解決するならそれでも良かった。姉貴がいなきゃなにも始まらないから」


「いくらなんでもボクを信頼し過ぎな気がするんだよね」


エールが率先して、ノールをビル内に導く。


ビル内にはサラリーマン風の男性が多数いた。


「ここが、相馬さんの会社? 社長なんでしょ?」


ビル内を見渡しながら、エールに尋ねる。


「相馬は総世界で断トツで優秀なドールマスターだよ。殺されたアタシをガイノイドとして身体を直してくれた人。バロックの創始者で、アタシの訴えに賛同してノール派になってくれたの」


答えながら、エールは受付嬢のもとへ向かう。


「お疲れ様です、エール様」


「お疲れ」


「その、お連れの方は?」


「この人は、R一族当主のR・ノール」


「彼方の方がですか?」


驚きを隠せていない。


R・ノールの名を聞いた瞬間に、周囲の者たちも驚いている。


空気が明らかに変わっていた。


「………」


ノール自身もそれを感じ取る。


そういった反応には嫌気が差していた。


「今日、相馬いるでしょ? アタシには分かるんだから。早く相馬に話を繋いでくれない?」


エールはアポイントを取っていない状態で押し通そうとしている。


「少々お待ちください」


焦りを見せぬように、受付嬢は対応していた。


とにかく相馬がいたらしいので、ノールはエールに連れられ、エレベーターホールのエレベーターに乗る。


外の風景が見えるタイプのエレベーターだった。


「ああいう対応駄目じゃない?」


エレベーターから見える外の風景を眺め、ノールは語る。


「別に良いんだよ」


「そうなのかな」


「だって、アタシはこの会社の役員だし」


「えっ?」


対応の悪さを注意しようとしたら、思ってもいない返答があったのでノールは驚く。


「貴方はそれ程に出世をしていたのですね。お姉さんはとても感動しました」


「よ、寄せよ、そういうの。アタシは別に、そんなに凄いわけじゃないよ」


「この会社でエールはなにをしているの?」


「会社の商品を売っているよ。この会社は物作りの会社だから、アタシが設計に取り組むこともあるの。でも、ドールマスターの人らは営業力ゼロ。下にいたサラリーマンたちはそのためにいる感じ」


「ドールマスターって昨日会いに来た人たちのこと? だったら、そうかもね。あの人たちから買いたくないな」


「あの中でドールマスターは相馬だけ。他の二人は強大な魔力を持つ魔術師。法王のアズラエルも元覇王のドレッドノートも旧来の親友らしいよ」


「エールはドールマスターなの?」


「それって今更聞くの?」


そこで丁度、エレベーターは止まった。


エレベーター内の階層ボタンをノールが確認したら、どのボタンも灯火していない。


何気なくノールは最上階なのだと思った。


「御足労頂き誠に有難うございます、ノール様」


エレベーターの扉が開くと、秘書と思われるキャリアウーマン風の一人の女性がいた。


礼儀正しい口調で語り、ノールに一礼する。


女性が顔を上げた時、ノールは不思議な気持ちになる。


その女性は髪から顔、衣服から見える腕や足にかけて全身が白く、わずかに瞳と唇のみが仄かに赤いという体質の持ち主だった。


「御挨拶が遅れてしまい申しわけありません。私、秘書のセラと申します。以後、お見知り置きください」


「よろしくね」


珍しいからといって、ノールは覗き込むようにしてセラの顔を見ている。


「よう、セラ。あとさ、姉貴。そういう対応が失礼っていうんだよ」


「いいの、エール。私は気にしていない」


なにげなく、セラは答える。


エールがR一族だからといって口調を変えたりはしない。


二人は対等の立場らしい。


「では、ノール様。こちらへ」


「うん」


エレベーターから、ノールは降りる。


降りた階は、社長室だけの一室のみの構造。


大きな窓の傍に相馬のデスクがあり、そこに一人の女性が腰かけている。


この女性と、セラ以外に社長室に人は居らず、相馬はいなかった。


「あっれ? 相馬いねーじゃん」


後からエレベーターを降りたエールは肩透かしを食らった形で微妙に素が出ている。


「もうすぐ相馬は帰ってきますよ」


セラが仕方なさそうに答えている。


「………」


静かに今のセラ、エールの会話をノールは聞いていた。


「違うよ、数秒後に来る」


普段通りの口調で、ノールは話す。


その一言にセラ、エールと相馬のデスクに腰かけている女性も反応した。


数秒後、相馬が空間転移によって出現する。


「申しわけありません、ノール様。大変お待たせしてしまったようですね」


「特に待ってないよ」


「そうでしたか、それならば良かった。ところで、なにかあったのですか?」


ノール以外の三人の反応が妙なことに気づく。


「姉貴、凄いんだよ。相馬が空間転移で今ここに来ることを見抜いていたんだ」


「それは凄い。どのようにすれば、そのような方法が?」


相馬は非常に興味有り気な様子。


「誰かがこの場の座標を選択した。この場には空間転移結界が張っていたのになにも解除せずとも来れるから、この場の空間転移結界を張っている人が、つまりは相馬さんが来ているのだと分かった」


「それは事実ではありませんね?」


ぴたりと、ノールの動きが止まる。


ノールの雰囲気が、再びこの世界に現れた時の無機質な状態へ変わっていく。


「私と一度会っていたので私の魔力を既に把握していた。よって、他世界に私がいたとしてもこの場の座標を選択したと同時に、最早なにも確認せずとも自然と分かってしまっていたではありませんか?」


「へえ。相馬さん、ボク以外の魔力邂逅と会ったことがあるね? そういう理屈は、“人”には絶対に教えないんだけど」


「勿論、会っています。長く生きていますから」


通常、有り得ないできごとを当たり前のように相馬は語る。


「なんだかとても貴方が嫌いになった」


「人に、己が魔力の神髄を語られるのはお嫌いですか。それは、私もです。私も“人”に自身は語られるのは非常に嫌いです」


「ん?」


ノールの雰囲気が、無機質なものから普段通りの状態になる。


今さっきの自らと、相馬の雰囲気が重なった気がした。


人ならざる者としての、あの雰囲気が。


「なあ」


いつの間にか、ノールの傍にいたエールがノールの手を引っ張る。


「もうさっきみたいになるの、本当止めてくれよ」


先程のノールの雰囲気が、エールには耐えられない。


魔力邂逅のノールは、いついなくなっても不思議ではないから。


「大丈夫だよ」


「………」


静かにエールはノールの顔を見つめている。


「相馬さんはなんとなく信用できると思う。人じゃないみたいだけど」


「ありがとうございます、ノール様」


相馬は嬉しそうに頬笑んでいる。


「ってことは、ようやく派閥の長になってくれるわけ?」


エールが尋ねる。


「ボクを支えてくれるのなら構わないよ。はっきり言って、貴方たちがなにをしているのか分からないから、ボクが率いることはできないけど」


「話していなかったっけ? 姉貴はその場にいるだけで価値があるんだよ?」


「とにかく、話はついたね。帰るよ、エール」


「ええっ、良いの?」


話を取り止めようとしているノールを見て、反射的に相馬にエールは問う。


「また後日、御話し致しましょう」


「うん」


軽く頷き、ノールはさっさと空間転移を発動して消える。


正直、ノールはこんな朝から交渉などしたくなかった。


「ええっ、アタシは?」


普通に置いてかれたエールは驚き、自身も空間転移を発動して消えた。


「ノール様、私たちの正体をお気づきになられたでしょうか?」


「気づいて頂けたのでしょう。気づいて頂けたのだから寛容になった。私たちが似ていると」


セラの問いかけに相馬は答える。


「ノール様は人から生まれ、人の世界で生き、人の世界の秩序を知り経験しながらも……なぜでしょうか、本質的には生粋の魔力体です。現在のノール様から信頼を得るためには、まず我々を知ってもらわなくてはなりません。勿論、我々が明かせる限界までではありますが、そこまででノール様は十分でしょう」


「魔力体だから、なのですか?」


「人とは異なる感性を持ち、それを持ち得ていた魔力体だからこそと言えます。あの方がそうでしたので、ノール様もそうなるでしょう」


「?」


発言に理屈が通らず、セラには理解できない。


「私さえ分かれば、それで構いません。“長く”生きていますから」


ふと、相馬は自らのデスクの方へ視線を移す。


未だに、もう一人の秘書と思われる金色の巻き毛をした女性がデスクに腰かけている。


普段はスカートを履かないせいか、さも当然のようにスカートで股を開き、下着が見えていた。


若干前屈みで太腿に肘をつき、顎の下で手を組み、話を聞いていた様子。


「アリエルさん、どういうおつもりですか?」


「ああ、いけませんわ。私としたことが」


相馬の視線を辿り、なにかに気づいたアリエルはデスクから仕方なさそうに降りる。


「ここの会社の社長に、お呼ばれされたからせっかく来たというのに、この部屋には私の椅子がなかったの。でも、ご機嫌な椅子が野ざらしだったから、そちらを拝借していたの」


仄かに笑みを浮かべ、アリエルは語る。


「もう少し、貴方は女性らしく振舞った方がいい」


「それはそれは、とても気分を害しましたわ。はい、どうぞ」


申しわけなさそうに、スカートをたくし上げる。


「パワハラですよ?」


腹が立ったのか、相馬の声は怒気を含んでいた。

登場人物紹介など


セラ(年令不明、身長170cm、出身は不明、魔族の女性。アルビノという特殊な体質の女性。バロックに加入しているドールマスターの一人。大抵は相馬の秘書として活動している)


アリエル(年令不明、身長166cm、竜神族の女性。ガサツであり、さばさばした性格をしている。株式会社バロックの刺客であり、ドールマスターの一人。自由気ままな行動を取り、バロックに損害を与えるのが趣味)


株式会社バロック(総世界で最も技術力のある会社で、主に物造りを担っている。社長の相馬の判断がとても柔軟で時の支配者につくのを気にしない思考をしており、どの支配者にも認められ必ず栄えている。ちなみにドールマスターは相馬、セラ、アリエル、R・エール、ゲマ、アルテアリス、フリーマンの合計7名で、全員相馬の部下ではなく同列の役員)

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