変化
胸部からの激痛を感じ、反射的にノールは眼を開く。
無意識のうちに激痛がする箇所へと目をやり、ノールは驚きを隠せない。
胸から心臓を一突きにする形で剣が突き刺さっていた。
そのままの状態で地面に倒れていたのだとノールは悟った。
「やったぞ! オレが水人を討ち取った!」
クロウが勝利の雄叫びを上げているのが聞こえた。
「ノール……」
足を斬られ、負傷しているライルが自身の名を呼ぶ声が聞こえた。
周囲の兵士たちはノールが倒されたと知り、戦いの手を止める。
それは、ノールがライルを庇い刺されてから時間が経過していないことを意味していた。
「身体に剣が刺さっているのは、どうしてなんだろう? ボクは天使界から帰って来たんだよね? それよりも剣をどうにかしないと……」
ゆっくりと立ち上がると身体に刺さっている剣の柄を両手で掴み、剣を身体から引き抜く。
大量の赤い鮮血が流れ出たが、ノールはなんら動じない。
「なっ……」
有り得ない光景を眼にし、ライルは息を飲む。
それに気付いた周囲も同様の反応を見せた。
誰がどう見ても胸に剣を突き刺されたノールは即死で間違いない状態だった。
「さっきから気になっていたけど、討ち取った水人って誰?」
引き抜いた剣を手に、クロウのもとまで歩み、彼の肩に手を置く。
クロウは勝利の笑みを浮かべ、触れられた方へと振り返った。
だが、クロウが見たのはまさに信じ難い光景。
「な、なぜ、生きている!」
「さあ? それよりもさ、これ要らないから返すよ」
ノールは持っていた剣を見せる。
「この!」
即座にクロウは攻勢を仕掛けようとしたが、全てが遅かった。
ノールの手を振り払い、相対しようとした瞬間に、クロウの首は胴体から落ちた。
今のわずかな間に、ノールはクロウの剣を手から離し、その代わり水竜刀を手に出現させ、薙ぐ形で首を切り落としていた。
頭部を斬り離されたクロウの胴体は血飛沫を上げ、ぐらつきながら地面に倒れ込む。
天使界でグリードに鍛えられたノールは圧倒的な力を有していた。
初期動作も水竜刀による斬撃も、間近にいたライルでさえ見ることは適わない。
「これ、要らないから」
落とした剣を拾い、横たわるクロウの手に剣を握らせる。
一息吐いたノールは先程覚えた最上級回復魔法エクスを詠唱し、身体の怪我を全て癒す。
ノールによる魔導剣士クロウの撃破。
これが決定打となり、形勢は完全にスロートのものとなった。
クロウの死を知ったステイの将校らはこれ以上戦闘の継続が無意味と悟り、全軍降伏をする。
これにより、スロート軍は降伏したステイ軍らとともに近くのスロートの砦へと移動を始める。
この戦いでの勝利により、今後の展開を話し合うべく、クロノは隊長格の者たちを砦の作戦会議室へと招集させた。
「ノール、やったじゃないか。明らかに大金星だ。どうやって魔導剣士を倒したんだ?」
その場の状況を知らないクロノはノールに尋ねる。
「水竜刀を横に軽くスライドしただけだよ」
「それだけで倒したのか? 相手は魔導剣士なんだぞ? その服についた血は全て魔導剣士のものか?」
「あっ、これ?」
クロウの血は一滴も付着していないが、自らの血で染まる胸元辺りが破けた服がノールは気になった。
ふっと、ノールが魔力を高めると服の破れた箇所が塞がり、血の付着も消える。
ノールのまとう衣装を水人衣装もしくは種族衣装と呼び、これは水人が生まれた後に身体に自然と現れ、水人の成長とともに衣装も身体に合わせるよう変化し、例え損傷しても本人の魔力に共鳴し必ず元に戻る性質を持つ。
だが通常ならば、人間とともに生きる水人などの魔力体は種族衣装を着続けない。
さも当然のように水人衣装を着続けるのは、それすなわちノールの中に異常な程に強いある意思が存在しているのを意味する。
「さっきの血はボクの血液だよ。あの魔導剣士に心臓を刺されたみたいだから。でも、全然大丈夫。心臓を刺されても、ボクは死なないみたい」
「流石は神の使いだな……」
クロノや他の者たちは、ノールの身に起きた常識では考えられない事態に感心している。
だが、今のノールにとってそれはどうでもいいこと。
「それよりもさ、ボクはさっきまで他の世界にいたんだよ。ほら見てよ、ボクの背中に……」
背中をさわり、ノールは気付く。
確かにあったはずの羽が背中に存在していないと。
「他の世界だって? 死にかけたせいで見たものなのか?」
「違うよ、そういう世界が見えたわけじゃなくて。ボクは天使になって白い羽があったの。ボクは最上級回復魔法や復活の魔法とかも覚えたんだよ。さっきだってそれが使えたから怪我一つしていないんだよ」
「本当なのか、それって?」
ノールの言葉を聞いたリュウが特に反応を示した。
嘘か本当かも分からない状況だったが、今の言葉にすがりたい一心だった。
「生き返らせてほしい奴らがいる。頼む、なんでもするからアーティとテリーを生き返らせてほしい」
「いいよ。ボク自身もあの世界に行けた確信が欲しいからね」
ノールは復活の魔法リザレクを詠唱し始める。
つい先程、アクローマに授かったばかりの一度として発動したことのない魔法であったが軽やかに魔法の一節を詠唱していた。
詠唱を始めたノールの目の前に二つの人型が横たわった状態で現れた。
それは、ノールの詠唱が進むにつれ、人としての形を形成し始め、リザレクの詠唱終了と同時にアーティとテリーが出現した。
「もう、ボクは無理だよ……」
復活の魔法リザレクは極端な程に魔力を扱い、身体から魔力をほとんど消耗したノールはその場に倒れる。
だが、それをノールに触れるチャンスと考えた杏里がしっかり抱き止めた。
「アーティ、なのか?」
「………」
リュウの問いかけに、出現した二人からはまるで反応がない。
アーティとテリーの形だけがあるだけで実際は生きていないのではないか。
結局は再び彼らと会えないのではないのかと、リュウの脳裏をかすめた。
「リュウか、心配かけたな」
そんな不安を打ち消してくれるようにアーティは起き上がる。
感極まり、リュウは泣き出していた。
「本当にアーティなんだな!」
「当たり前だ、男なのに泣くなよ。男に泣かれるなんて、なにか損した気分だ」
「ここは? オレはなにを……?」
意識が冴えないのか片手で頭を押さえながら、テリーも起き上がる。
「テリー! 本当に生き返ったんだな!」
リュウは嬉しさのあまりなのか、なぜかテリーには抱きついた。
「なっ……!」
抱きついてきたリュウに対し、テリーは即座にリュウの右腕を掴み、背負い投げで投げ飛ばす。
「リュウはオレたちが生き返って嬉しいんだとさ。少しは、はしゃがせてやれよ」
「はあ?」
言っている意味が理解できていないテリーは戸惑っている様子。
確かに自らの死や、蘇生を理解できる者などいるはずもなかった。
「なあ、クロノ。ステイの魔導剣士は全員死んだのか? デュランは生きているか?」
その割にはテリーと異なり、アーティの頭は空白期間がないかのように冴えている。
「デュラン? そういえば、さっきの戦いではいなかったらしいな。多分、ステイの城にでもいるんじゃないか?」
「そっか、それはなにより」
突然、アーティの背中に飛竜のような翼が出現する。
アーティは砦の窓をまたぎ、飛び出すとステイの方角に猛烈なスピードで飛んでいく。
その場にいた全員が、空を飛行するアーティに呆然としているとテリーに投げられ倒れていたリュウが立ち上がる。
「アーティもついに覚醒したか」
「覚醒って? リュウは今の変わりようが分かるのか?」
アーティになにが起きたのか全く分からないクロノが尋ねる。
「戦い方や他者との能力差を見れば分かるだろうけど、アーティは人間じゃない。アーティは竜神族という純血の竜人族だ。アーティの背中に羽が生えていたろ? あれを竜人化といい、能力を一気に高める変化なんだ」
「どうして、リュウはそんなこと知っているんだ?」
「実はオレも竜人族。元々竜賢族という純血種だ。この神とか賢とかは単なる人種の違いだから別に気にしなくていい。勿論、オレもアーティのようにあの変化ができる」
「まさか、テリーも?」
「テリーは違うよ。テリーは皆と同じ“人間”だ」
リュウが話をしている間、テリーはリュウを黙って見つめていた。
「失礼する」
作戦会議室内に生き残ったステイの将校が入ってきた。
ステイの将校ではあるが、拘束されてはいない。
「どうした?」
クロノが話しかける。
「なぜ、我々はこれ程までに自由なのだ? 武器は没収されたが捕虜にすらなっていない」
敵を捕らえると捕虜にするのが当然と思っているための疑問であった。
「なぜと言われても、捕虜にする理由なんてないんだよ」
「どういうつもりだ? それでは、もし私が兵を煽動し反乱を起こしたらどうするのだ?」
「反乱するのか?」
「いや、そのようなことなどはしない」
「なら、そんなことどうでもいいだろ。もう戦いは終わったんだ。生きている、それで良いじゃないか。今、オレたちは敵同士じゃないんだ」
それを聞いて、静かに将校はなにかを考えている。
「いや失礼、実はそのような話をしたかったのではない。私は三剣士に唆された国王の命で貴公の国に戦争を仕掛けてしまった。無論どのような罰も慎んで受け、処刑となってもそれは結果だ。私はそれで構わない。だが、兵士たちは祖国に帰してほしい。私の最後の願いだ」
「それなら大丈夫。誰も処刑しないし、戦争が終われば兵士たちも全て解放するよ。そんな考えをする必要はないし、もう少し我慢しろよ」
「そうか……貴公のような考えの持ち主がステイにもいて欲しかった」
クロノに話しておくべき内容を話せた将校は再び砦内にいるステイの兵士らへ向かう。




