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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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団欒

祭壇まで退避した三人の姿を、ノールは静かに目で追っていた。


「ああ、そっか」


なにかを思いつき、ノールは“自然に”発散していた魔力を抑え始める。


「もう大丈夫だよ」


ノールの傍に取り残されていた杏里に問いかける。


「う、うん」


「ここは、どこ?」


明らかに興味はなさそうだが、なんとなく聞いたような反応。


「ノール、だよね?」


「あの人たちにも聞いてみようかな?」


返答することなくノールが杏里から再びタルワールたちに視線を戻す。


その時、杏理は言いようのない寂しさを覚え、ノールを抱き締めていた。


「ノール、良かった……ずっと会いたかったんだよ」


「わっ……びっくりしたよ?」


驚き、という感情が含まれていない淡々とした口調。


反応は希薄だった。


通常、取るだろうと杏里自身が思い描いていた反応は一切ない。


それでもノールがいてくれるだけで杏里は良かった。


「ノール……」


涙を流し、強くノールを抱き締める。


「そうだ、ノールはもうここには居たくないよね? おうちに帰ろう?」


「………」


ノールは無言で頷く。


とりあえず、相槌を打ったように見える。


「そうだよね、それじゃあ……」


ノールから離れ、祭壇にいるタルワールたちに頭を下げる。


杏里はノールと手を繋ぎ、空間転移を詠唱して自宅の屋敷へ帰っていった。


「ジリオンさん、ノールさんはオレたちと敵対関係ではありませんでしたよ」


「なにを言っている、戦わなかったから良いのではない。こうあってはならないように、先達て皆で議論し合った事柄ではないか! やはり今でもノールは存在していた。にもかかわらず今まで姿を現さなかったことや、先程の高純度な魔力量で予測が正しかったと証明されてしまった。ノールは“魔力邂逅(まりょくかいこう)”になっていたんだ」


「正しくその通りでした。事前に考えていた通りでしたね」


ジリオンの話す魔力邂逅とは。


水人などの魔力体の上位種。


魔力の源、発生源であり、根源。


魔力が出会う場所。


魔力邂逅一体で複数の世界の魔力を賄える程の膨大で潤沢な魔力を有しており、それ程の魔力量であってもそれは魔力邂逅自身から自然に発生させられたもの。


本気になった魔力邂逅は最早想像を絶するレベル。


「通常は……」


静かにタルワールが語り出す。


「魔力邂逅とは魔力の流れに身を任しつつ様々な世界を経由し、自然に発生した魔力を渡りついた先々の世界に拡散していきます。他の者の魔力に応じて人型で姿を現すなど有り得ませんでした。しかし、ノールさんは魔力体だった頃の姿に戻りました。魔力邂逅となっても杏里さんの傍らで杏里さんを見守っていたのでしょう」


「違う。ただ、偶然に近くにいただけだ。あれは明らかに記憶も感情も喪失している。あんな者などとても手に負える相手ではない」


「手に負えない、ならばそれで結構です。オレも呼び出した後、どうするか考えてさえいませんでした」


「なに!」


「クロノスが桜沢一族に借りを作った。杏里さんに、桜沢当主の橘綾香さんに。そのように各々の記憶に残してもらうだけで、これは有効な手だと思います。例え、杏里さんがノールさんを以前のように戻せなくともね」





空間転移により景色は一瞬で変わり、黒塗りの屋敷前にノール、杏里は現れた。


あえて二人の部屋ではなく、黒塗りの屋敷前に二人が現れたのは屋敷や周囲をノールに見せたかったため。


薄々とだが抱く、現在の反応の希薄さをなにか別の原因としたかったことによる行動だった。


「……ここは?」


間を置き、わずかに一言。


杏里の心は痛み、一瞬返答を遅らせた。


「久しぶりだよね、ノール?」


極力、動揺を悟られぬように屋敷の扉を開き、ノールの手を引いて屋敷内に入ろうとする。


「あの時もそうだったね、エールが気づいているよ」


あの時、それは。


意識を取り戻したノールが屋敷へ帰ってきた時のこと。


「?」


なにを話しているのか分からない様子を、ノールは示す。


泣きそうなのを抑えた表情で、杏里はノールの手を再び握る。


「一緒に屋敷に入って……」


「………」


言葉を発しない。


杏里にはノールの感情の起伏さえも分からない。


問いかけた後、ノールは杏里から離れなかった。


それを見て、杏里はノールの手を引き、屋敷内へ入った。


「姉貴だよな……?」


屋敷のエントランスに、エールの姿があった。


以前と同じくノールを感じ取り駆けつけたが、ノールの感情の希薄さに不安な思いが見て取れる。


「………」


エールが目の前にいるのに、ノールは呼びかけに応じることなく、一瞥もしない。


「アタシを見てよ……」


俯き、エールはなにも話さなくなる。


「あの、なにか声を……」


杏里の問いかけにも、ノールは返答しなかった。


二人を無視し、屋敷内をノールは進もうとする。


「これはとんでもない存在が現れた」


どこかから空間転移を扱って、ルインがエントランスに現れる。


「杏里、とんでもないことになっていたのね。まさか魔力邂逅になっていたとは……通りで姿を現さないわけだ」


杏里と同じくクロノスに来ていたルインは、先程の途轍もない量の魔力を感じ取り、その発生源がどこへ移動したのかを追って来ていた。


それがノールだったと知り、驚いている。


「貴方、とっても強いんだね」


「貴方って……ふーん、そういうこと。私を覚えていないんだ」


ルインは、より早く事実を理解していた。


杏里の胸に再び強い衝撃が走る。


もう杏里はこの時点で狂ってしまいそうだった。


薄々とだが感じていた通り、ノールは決してあのノールではなかった。


「ありがとう」


ノールが杏里に呼びかける。


「君のおかげで面白い出会いがあった。でもこれ以上の出会いはなさそう」


ノールの身体から徐々に水蒸気が出始め、姿が薄くなり始めていく。


人型で存在したノールが、再び魔力だけの存在へと戻ろうとしていた。


「姉貴!」


いなくなってしまう、そう悟ったエールは絶叫する。


この時にようやく杏里もなんとかしなくてはと、いてもたってもいられなくなった。


「ノール!」


瞬時に杏里は覚醒化して、全身に魔力を最大出力でまとわせる。


リミッターを外し、限度を超えた魔力でノールを捕まえようとした。


それにより、杏里はノールを抱き締める形で捕らえることができた。


「……ん?」


無理やりに最大出力の魔力で強く抱きしめても、ノールは首を傾げる程度。


少し背後に下がるだけで杏里の腕からすり抜ける。


如何に魔力を最大出力にした杏里であっても、決してノールを捕らえられなかった。


「ノール……待ってよ、行かないで」


全てを理解した杏里は呆然とし、弱々しく声を発する。


ふるふると、ノールは首を振った。


その間も徐々に薄くなっていくノール。


もう杏里は耐えられなかった。


「どうして、どうしてなの……」


力なく床に崩れ落ちる。


「ボクと一緒にいたくないの? ボクは君が必要なのに……」


「………」


既にノールは杏里を見ていないどころか、意識すらしていない。


窓の外を眺め、静かに分解を待つ。


あと十数秒後には、ノールは魔力に回帰する。


「もうどうでもいいのかい、シスイ君やミール君もエールも……」


ぴたりと、ノールの分解が止まる。


止まるどころか、ノールの薄くなっていた身体が完全に再起し、今までの通常の姿に戻る。


「ノール?」


杏里は変化を感じ取り、ノールを見上げた。


「シスイ君なら、ここに」


自らの右肩をノールは掴む。


スライドするように、ノールからシスイが引き出される。


まるで、ノールの背後にシスイが立っていたかのように。


同時にノールの中に著しい変化があった。


ノールのうちにあるものが凄まじい勢いで変わっていく。


映るべくして映るはずの存在が、ノールの記憶に網羅されていった。


「……えっ?」


シスイがノールから出てきたのを見た杏里、エールは驚きを示す。


元々、魔力体同士の同化は強力な能力者であっても極少数しか知り得ないことであるため仕方がない反応。


現に一度同化に関してを見たことのある杏里も普通に驚いてしまっている。


「シスイ君、いたんだ……良かった」


静かにそれだけを語り、ノールはシスイを背負って屋敷の階段を上り、どこかに歩んでいく。


杏里、エールはただただ見送ってしまったが、はっとしたようにエールが動き出す。


「バカっ、いつまでへこたれてんの! 早く姉貴を追うんだよ!」


杏里のもとまで行き、平手を見舞うと怒鳴る。


そして、エールはルインを見た。


「私は別に。もう大丈夫そうだし、綾香のところへ戻る」


空間転移を発動して、ルインは綾香のもとへ戻っていった。


「あいつ、なにしに来たんだよ!」


今の反応を見て、エールはイラッとしていた。


その間にノールは三階の自室へ辿り着き、室内へ入っていく。


体力的にも精神的にも弱り切っていた杏里にエールは肩を貸す形で部屋へと向かった。


「姉貴!」


部屋に入ったエールの呼びかけに、返答はない。


寝室の扉が開いていたため、二人はそちらへ向かう。


寝室には、ノールとシスイの姿があった。


ベッドに寝かされたシスイを、ノールがベッドに腰かけ見守っていた。


「あれ?」


寝室前まで来た二人に気づいたノールが声を発する。


「どうしたの、一体? 肩に掴まって歩いて……」


なにかに気づいたノールは即座に立ち上がり、杏里のもとまで走る。


「杏里くん、なにがあったの! こんなに……こんなに痩せちゃって……」


弱り切った姿を見てしまい、杏里を強く抱き締める。


「大丈夫だよ……大丈夫だから」


そういうとノールを抱き、静かに涙が杏里の頬を伝う。


「大丈夫なわけないじゃん、分かるもん! エール、なにがあったの!」


「姉貴のせいだよ」


エールもノールに抱きつく。


「本当に辛かったんだよ、杏里は。アタシも姉貴がいなくなって辛かったけど、こんなに痩せたり弱ったりはしなかった。杏里には姉貴しかいないんだ、もう離れちゃ駄目だからね」

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