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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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還元

杏里、タルワールが建物内に入っていくと、エントランスに黒服のスーツを着込む人物が二人いた。


「タルワール様?」


気づいた二人が近寄る。


この二人は、いわゆるガードマン。


タルワールと二人はなにかを話していたが、杏里には関係ない。


先に建物内へと歩を進めた。


建物内には多くの人がいた。


わざとかと思える程に豪華な服装の者や桁違いの高級ブランドを着込む者、それらにつき従うボディーガードの役割を担う者たちが何組もいる。


各々話していたり、建物内のなにかを眺めていたり、適当になにかをしていたりとこれから起きる出来事を待っている様子。


「彼らは……」


あとからついてきたタルワールが語り出す。


「クロノスのパトロンですよ、日々の運営に尽力してくれています」


「パトロン?」


「ええ、さあ行きましょう」


パトロンと呼ばれる者たちの合間をぬっていく際、杏里は妙に彼らの視線が気になった。


一瞥すると、鼻で笑って興味をなくす。


自らを一等高い存在だと自己解釈しているような反応が流石の杏里でも気に障った。


対して、タルワールはパトロンが目の前だというのに会釈もせず、笑顔も作らず、無視する形で通過。


パトロンたちが各々待っていた部屋から隣の部屋に進む。


隣の部屋は杏里から見ても、さらに異質だった。


神々しい祭壇が目に映り、その祭壇には一人の女性と先の部屋で見たような一組。


女性は女神のような純白の衣装を身にまとっている。


落ち着いた清楚な女性で、とても美しく、そのせいもあって宗教感が増している。


絵に描いたような金持ちそうな男性がその女性の前に跪き、アタッシュケースを差し出す。


女性はアタッシュケースを受け取り、なにかの能力を扱いながら跪く男性に近づいた。


そっと、男性の肩にふれた際に強い魔力の波動を杏里は感じた。


「あの人は一体なにを?」


様子を眺めていた杏里がタルワールに問いかける。


「今、ラヴィニアさんが行なっていることは、ラヴィニアさんによって与えられた才能の時間延長です」


「才能……?」


「はい、才能をです。ラヴィニアさんのスキル・ポテンシャルはアビリティという補助能力。ジリオンさんの無数、ゲマさんの実現に次ぐ非常に稀有なスキル・ポテンシャル。ラヴィニアさんも日夜研鑽を積んだ結果、与えられる才能の対象人数や才能の有効期限や与えられる才能の種類が格段に多くなり、パトロンらには神として崇め奉られる程です」


杏里にも、あの流れがなにをしているのかが分かった。


要は与えられた才能により大成した者たちがラヴィニアに謝礼として資産をいくらか渡し、期限になればまた資産のいくらかを譲渡しているのだ。


それは、パトロンよりかは契約者がロイヤリティを支払っているだけな気がした。


「おーい」


祭壇上から、ラヴィニアがタルワールに手を振る。


ラヴィニアの背後には空間転移のゲートがあり、先程いた連中はさっさと帰らされた様子。


「今からそっちに行くね」


空間転移を扱い、ラヴィニアはタルワールの傍に現れる。


「今日はどうしたの、珍しい。ところで、そちらの娘は? デート?」


「違います」


咄嗟に杏里は否定する。


「タイムリープさんに会いに来ました」


タルワールがその後、返答する。


「ああ、お父さん? どこに行ったかなあ? 確か……いたはずなんだけど」


ラヴィニアは辺りを見渡した。


「なあ、さっきからオレいるけど……」


祭壇の方から声が聞こえる。


いつの間にか、ラヴィニアが先程までいた祭壇に一人の男性が立っていた。


「オレってよ、そんなに存在感ない?」


「ああ、いた。お父さんっていっつもそうなのよね、いっつも。あの人のせいで迷惑かけてごめんなさいね」


ラヴィニアはなぜか怒っているようで、いつもという言葉を溜めて発している。


「………」


男性はなんともいえない表情をしていた。


「タイムリープさん、お元気でしたか?」


「見ての通り元気。今からそっちに行くわ」


こちらもラヴィニア同様に空間転移を扱い、タルワールの傍に現れる。


タイムワープは茶髪で、顎鬚を生やした渋めな感じの男性。


ネイビーブルーのスーツをアンタイドでカジュアルに着こなし、なにかを祝おうとしていたらしい。


「よう、どうした? タルワールのことだから厄介事を持ってきたんだろ? 知っているさ、長い付き合いだ。今日はさ、ラヴィニアの仕事が終わってからが忙しいんだ。記念日なんだよ、結婚」


「記念日、明後日」


タイムリープが記念日と口にした瞬間、ムッとしたのか早口でラヴィニアが訂正する。


「………」


タイムリープは静かになった。


「手伝ってあげなさいよ。タルワールさん、お父さんを頼りにしているのでしょう?」


「そうだな」


少し頷くとタルワールを見る。


「タイムリープさん、実は貴方の能力を扱ってほしい方がいます」


「ああ、ちょっと」


手のひらを見せ、待てというジェスチャーをする。


「それ。多分、お隣さんのことだよね? 桜沢一族の」


「ええ」


「………」


静かにタイムリープは杏里を眺める。


「お前ってさ、あれって思ったんだけど、桜沢杏里?」


「はい」


「お前さ、よくここに一人で来れたな?」


声に怒気が孕んでいる。


明らかな殺気を杏里は感じていた。


「オレはあの日、この街を地獄に変えたクソ野郎どもを絶対に許さないと心に誓ったんだ。特にアクローマ、ドレッドノート、そしてお前だ。そんなお前がよくオレの前に立てたな」


「杏里さん、少し下がってください」


今にも掴みかかって来そうなタイムリープを見て、タルワールが杏里の前に立つ。


「退け」


「杏里さんの話を聞いてください」


「意味が分からん、退けよ」


タルワールの右肩に手を置き、押し倒す。


怒りのあまり、タルワールの言葉を聞けていても頭に入っていかないらしい。


押し倒したタルワールを一瞥もせず、タイムリープは杏里を殴りかかりに来た。


「落ち着いてください」


落ち着いた声で、杏里は話す。


タイムリープがそんな言葉を聞くはずもなく、杏里の顔目がけて右のストレートを放つ。


しかし、杏里に拳が当たらない。


右のストレートを放ったと同時に杏里は手の甲で軌道をズラし、掠りもしない。


「おい、避けるな!」


今度は左手で殴りかかろうとするが、こちらはさらに速く初動の時点で杏里に腕を掴まれた。


「止めてくださ……」


そこまで杏里が話した時、顔に頭突きを受けた。


「うああっ」


頭部を押さえて、タイムリープはしゃがみ込む。


「ご、ごめんなさい」


咄嗟に杏里は謝る。


顔に頭突きを受けたはずの杏里には、ダメージなど一切なかった。


「オレに謝るな!」


ふらふらと立ち上がる。


「なにしに来たんだ、お前」


痛みで怒りの熱が少し冷めたのか、タイムリープは会話を始めた。


「ごめんなさい」


「それはいいから、もう謝るな。見ての通りだ、オレにはお前に復讐できるような力はない。お前が戦う意思を示さなくともあっさり勝てるくらいにな。でもこれだけは分かったろ、オレはお前が嫌いなんだ」


「タイムリープさん」


タイムリープの前に、タルワールが立つ。


「もう一度言います、話を聞いてください」


「うるさいぞ、これからカミさんと……」


「だから、明後日って言ってんじゃないの。いっつも人の話聞かなんだから!」


若干キレ気味にラヴィニアが語る。


「話、聞いてあげなさいよ。あの娘、困っているんでしょ」


「……たく、分かっているよ。のこのことタルワールと連れ合ってやってくるような奴の時点で、それ程でもないとオレも本当は分かっていたよ」


深く溜息を吐く。


「タルワール、話を聞いてやるよ」


「ありがとうございます」


そういうと、タルワールは杏里に視線を移す。


「ノールを元に戻してください」


ずっと言いたかった言葉を杏里は口にしていた。


「なんつーか、ここに来たら優しい誰かさんがノールを元に戻すと考えていたのか?」


「はい、貴方なら……」


「おい、お前ふざけているのか。敵同士だぞ敵同士、お前とオレは? 通常ならお前があったり前のように提示してきた内容と同等のなにかを差し出すのが普通だろ。でだ、そんなお前もそろそろなにかしらの条件は考えつけたんじゃないの?」


「ボクはあの……一体どうしたら」


「なんかないの? 思いつくだろ、一つくらい。今から自殺しますとか、桜沢一族数人殺すか、R一族数人殺すとかそういうの。分からないと思うけど、オレとお前には凄い隔たりがあるからね? 全然対等じゃないの、オレたち」


「差などありませんよ。対等です、オレたちは」


タルワールが言葉を挟む。


「そう、ノールさんは約束してくれました。ノールさんがR一族の新たな当主となってくれたからこそ、クロノスは存続しオレやジリオンさんも処刑されずに、この世界で生きていられるのです」


「だから、R・ノールを元に戻すのか? オレはヤバいと思う、嫌な予感しかしないんだ……ジリオンはなんて言っているんだ?」


「それならご心配には及びません。ジリオンさんもオレと同意見です」


「………」


タイムリープは無言だった。


ただ、タルワールを見つめたまま。


「お前の言う通りにしてやるよ、例え嘘だと気づいていても」


なにかを悟ったように語り、タイムリープは精神を集中させる。


急激な速度で魔力が宿り、能力の発現へと促す。


「杏里、オレの能力を今でも時空操作だと思っているだろう? 名前がそうだからな。R一族は初代当主の時点から時空操作の弾圧に関しては徹底していた。時空能力を開花させる、時空理論を発見する者たちは例外なく発見次第粛清していた。勿論、タルワールもだ。オレの名前や能力は全てそういった奴らを炙り出すための餌に過ぎなかったんだ」


おもむろにタイムリープは手をかざす。


「オレの能力はタイムリープなんかじゃない、還元だ。還元する前のもの、したものを自在に行き来させる能力。魔力そのものになったノールを人型に戻すのもオレにとっては自在にできることなんだ」


不意にタイムリープの傍らに、何者かが現れる。


その姿は、正しくノールだった。


「………?」


ぼんやりした様子で、ノールは目を開く。


それと同時に杏里、タルワール、タイムリープ、ラヴィニアの四人は非常に重いなにかに覆われたような気がした。


呼吸もできず、声も出せず、その場から一歩も動くことができない。


「うーん」


そんなことには気にも留めず、ノールは静かに伸びをしている。


ノールが四人になにかをしたわけではない。


ノールから溢れ出す潤沢で濃厚な魔力が、四人の許容できる魔力量を一瞬のうちに超えてしまい最早なんの対応もできなくなっていたのである。


「うああああ!」


雄叫びを上げ、建物内の扉をぶち破りジリオンが現れる。


ジリオンはタルワールたちが心配であとからついてきていた。


隣の部屋にいた時点でも感じ取れた異常な魔力量に意を決して飛び込んできていた。


しかし、ジリオンは突入した時点で如何に自身が甘かったのかを悟る。


想像を絶する魔力量にジリオンもまたあてられ、突入前の決死の覚悟に揺らぎを見せていた。


「人じゃねえ……」


異常な魔力量を誇るノールを目の当たりにし、なんとかするなどという概念をかなぐり捨て去るには最早十分。


ジリオンが次に取った行動は救出だった。


タルワールたちのもとへ接近し、タルワール、タイムリープ、ラヴィニアの腹部を両腕で掴み上げると一気に祭壇まで退き、魔法障壁を張り巡らせる。


恐るべき魔力量によって、タイムリープとラヴィニアは失神していた。


「あいつは、ノールなのか?」


「あ、ああ、ジリオンさん。助かりました」


魔法障壁によって、ようやく話せるようになったタルワールは呼吸を整える。


「答えろ」


「あの方はノールさんですよ。杏里さんに是非とも会わせてあげたいと思いまして」


杏里とノールの方を笑顔で見つめ、タルワールは呑気に語っている。


ジリオンと言えど、タルワールの行動に対して怒りを抑えられずにはいられなかった。


「貴様……」


「落ち着いてください、ジリオンさん。今は成り行きを見守っていてください」

登場人物紹介など


タイムリープ(年令不明、身長175cm、種族は天使族。クロノス四強の一人。ラヴィニアとは夫婦関係。スキル・ポテンシャル還元により、様々な物をいかなる関与も無視して元に戻せる。タイプリープという名で行動しているのに、時間移動を扱えない。あえてこの名を名乗っているのは、総世界政府クロノスは時間操作を行える者に寛容だと誤認させるため。実際は見つけ次第直ちに殺害している)


ラヴィニア(年令230才、身長160cm、種族は天使族。クロノス四強の一人。能力者から、魔法も扱えない一般人までつつがなく能力を付与するアビリティというスキル・ポテンシャルを持っている。戦闘能力はないが莫大な魔力量を誇り、多数の者に能力を付与している状態を例え自らが死んでいようとも堅持し続けられる。付与する際には事前にリミットを設け、延長する際に対象者から資金を受け取るというロイヤリティ方式のやり方でクロノスの日々の運営費を集めている)


四強(クロノスの創始者であり、初期メンバーを示す言葉。その呼び方をされている者は、ジリオン、ゲマ、タイムリープ、ラヴィニアの四人。自ら名乗ったのではなく、他のクロノス構成員がいつしかそう呼ぶようになっていた。ちなみに同じく初期メンバーであり発起人のタルワールはクロノスの象徴)

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