戦った理由
宮殿の外に出た杏里は直ぐ様行動に移す。
「空間転移発動」
詠唱なく、空間転移を発動させる。
対象は、タルワール。
今でもタルワールは生きていた。
桜沢一族で有紗を救った日こそが、タルワール・ジリオンの両名も救い出された日でもあった。
タルワールには聞かなくてはならないことがあった。
しかし、タルワールを対象にした空間転移の発動は不発に終わる。
「有紗さん、貴方も来ていたのですか」
声をかけられ、そこで杏里は宮殿近くに人がいたと気づく。
ラフな格好をしたタルワールが宮殿近くに立っていた。
対象となる人物が近くにいた場合は、座標位置まで精度を高めなくては空間転移が不発してしまう。
「有紗、なぜそのような格好をしているのだ? いや、有紗なのか?」
タルワールに伴っていたジリオンが語る。
タルワールが有紗と語ったから自らも有紗と呼んだが、別人だと感じている。
「ボクは有紗お兄さんではありません、春川杏里です」
「そうか、貴方が杏里さんなのか? 申しわけない、どうも有紗と誤認してしまったようだ。女性の扱いは慣れていなくてな」
ジリオンは少しだけ申しわけなさそうに語る。
「ボクは男です! そんなことより……」
杏里は駆け出し、タルワールの前に行く。
「ノールを元に戻せる、そういう能力を持った人に会わせて下さい!」
「それを……どうして、オレに頼むのですか?」
表情には出していないが、タルワールは怒っている。
クロノスの戦いは結果として、タルワールの自死により終結している。
その結果を引き起こした相手をタルワール自らがなんとかするなど不愉快もいいところ。
「駄目なんですか……もう貴方にしか……」
肩を落とし意気消沈として杏里は泣き出す。
この行動にタルワールは杏里に対し、不思議な感情を抱く。
杏里はとても素直に力を借りようとしている。
様々に情勢が乱れる中では、あらゆる駆け引きを行い、なんとかしようとするのが一般的になっている。
しかし、それを一切せず杏里は単身で頼み込みに来て、わざわざ泣くなどの弱みまで見せている。
タルワールは純粋さを感じた。
随分と久しぶりだった。
このような感情を自身に見せてくれた者は。
この者ならば、今後の布石になるだろうと考えた。
「しかし……そうですね。オレを頼りにしてくれた貴方を無下に帰すのは良くないと思っています。貴方の話す能力に近しい能力者にオレから願い出てみましょう」
「本当ですか!」
杏里は安堵して泣き出す。
「まだ、泣いてはいけませんよ。良い結果になると決まったわけではありませんから。さあ、タイムリープさんへ会いに行きましょう」
「はい!」
「おい」
タルワールの肩を掴み、ジリオンがタルワールに問いかける。
「タイムリープに能力を扱わせるというのか? それもよりによって、ノールを元に戻すためだと?」
「ジリオンさんは納得できませんか?」
「当たり前だ!」
ジリオンは語気を強める。
「いないよりもいた方がいいなどとは到底思えん。第一、ノールが一体どうなっているのかをお前が分からないわけではあるまい」
「あの」
聞き捨てならない言葉に杏里は声をかける。
覇気を宿し、杏里はトンファーを構えていた。
「それはどういう意味ですか?」
「トンファー使い……そうか、杏里さん。貴方が悪鬼羅刹との異名を持つ、あの春川杏里だったのか」
「?」
急に変なことを言われ、杏里は戸惑う。
傭兵稼業を行っていくうちに、杏里は悪鬼羅刹と呼ばれるようになっていた。
それを本人だけは知らない。
自らの命を顧みず、マフィアの抗争や国家間の戦争や怪物の駆除に必ず二束三文の金額で参戦し、全て自らの“正義の観点”でより良い方向へ依頼を達成させる。
特に、とあるマフィアの裁判の際に無罪が言い渡されたタイミングで空間転移によりその場に現れ、即座にトンファーで叩き殺したのは語り草になっている。
二束三文で悪と呼ばれる者を虱潰しに丁寧に叩き殺して財産を全て奪い尽くし、裁判で無罪が出ても私刑で殺害する辺りから、悪逆非道が趣味なのではないかとの誤認からついた異名。
杏里からすれば徹底的なリサーチにより、純然たる悪と判断され死以外には罪を贖えないと答えが出た者しか殺害していない。
これは純度100%弱きを助け、強きを挫く精神から行われた行動であり、奪い取った財産も全て被害者救済のため使われている。
それでも陰と陽とが、清濁入り乱れる恐るべき存在であるのは紛れもない事実であり、杏里がそう呼ばれるのは仕方がないこと。
「貴方のおかげで、クロノスは運営がしやすくなったのは間違いないがやり方に問題がある。やり過ぎは良くない」
「そうですか?」
ジリオンは、ノールたちと総世界政府クロノスが戦う以前の話をしている。
あの時は杏里が徹底的にクロノスの敵となるマフィアなどを叩き潰していたため、一度野放しにしていた。
当時、ルインがなぜクロノス側が攻勢を仕掛けてこないのかとの問いに答えていた内容はある意味当たっていた。
「それはともかく、タルワール。お前がなにを考えているのかが私には分からない。これは、お前の責任だけでなんとかなる問題ではないぞ。私でもお前でも、ノールに勝てないのだ」
「オレに任せてください、ジリオンさん」
「……もういい、分かった。お前に任せよう」
なにか言いたげだったが、腑に落ちない様子でジリオンはその場を離れていく。
「あの……ジリオンさんって」
ジリオンが離れたのを確認し、トンファーをサイドパックにしまう。
「ジリオンさんが語っていたことは、率直に言うとオレも同意見です」
「今の言葉、どういうことですか? 貴方もノールを……」
「そうです、ノールさんに存在して欲しくない。今では別ですが」
「別とは?」
「オレたちは既に戦っていませんから」
ふっと、頬笑む。
「しかし、オレを含めたR一族の全てが死に絶えるのは、オレ自身の悲願であり、クロノス全ての者の悲願でもあります」
「………」
正義の観点から総世界政府クロノスを創り上げたタルワールがまともな人と思っていた杏里はこの時に初めてタルワールの不自然さに気づく。
なにかがどう考えてもおかしいと。
なにか意図するものがあるからとは思えるが、杏里は強い狂気を感じていた。
「言葉があまりにも足りなさ過ぎたようですね」
反応を見て、タルワールは言葉を発する。
「オレがなぜ、オレ自身の死を悲願としたか。なぜ、同胞R一族たちを死に至らしめていたかを聞いてくれませんか?」
「いいですよ」
「そうですか」
再び、タルワールは頬笑む。
「では、タイムリープさんへ会いに行く道すがら、お話しましょう」
すたすたとタルワールがどこかへ向かって歩き出し、それに伴って杏里も続く。
「杏里さん、貴方は桜沢一族でしたね。クロノス、R一族、桜沢一族の戦いの顛末をどの程度把握していますか?」
「ボクはなにも……ノールがクロノスへ向かったと聞かされたからボクもノールを救うために戦いました」
「では、ほとんどなにも知らずに戦っていたのですね?」
「はい」
「総世界、この言葉を貴方はどういう意味で認識していますか?」
「全ての世界を総称して総世界ですよね? でもどうしてそのことを?」
「それは、違います。本来は世界という単位の存在を統べている者たちが、自身の領地とする範囲を指し示すために用いた言葉です」
「へえ?」
なにを言っているのだろうという反応を杏里は示す。
「要するに、R一族の支配権が存在する世界であれば、それは総世界の一部ということです。杏里さんが今まで見聞きしてきた世界が全てR一族の支配権。支配権というのは読んで字の通り、そこに生きている者たちに対して思考や行動動作をあますことなくコントロールできるのです」
「………」
よく意味が分からないので、杏里は静かにタルワールの顔を見ている。
知ってか知らでかタルワールは反応を見て、少し頷くと言葉を続けた。
「コントロールなどできない。そう思っていますね?」
「えっ?」
ふいに杏里は気づく。
そういった能力は自らのスキル・ポテンシャル支配と似ていると。
「しかし、それができるのです。歴代R一族が権利という能力を扱い、世界の一つ一つに対してをR一族にとって最上の環境とするためのテラフォーミングを行うことで。テラフォーミングとは惑星を対象にしていません、人を対象にしています。簡単に言うと権利が効く人だけを生かし、効かない人を駆逐するということです」
「ノールも権利についてを話していました。でも、本当にそんなことができるのかと思ってしまいます。第一、ボクらが扱う支配なんて相手の認識までは操作できませんし……」
「権利に関してはその点に問題はありませんよ。できることをさせるというのが権利の強み。杏里さんは食事ができますよね? ならばオレも貴方に権利を扱い、様々なものを、例え毒であろうと食べさせられます。杏里さんは人を信頼できますよね? ならばオレも貴方に権利を扱い、初めて会う人物にさえも親兄弟のように信頼させられます。これを、思考や行動動作をコントロールしていると言わずしてなんと呼ぶでしょうか?」
「そんな能力だったんですか……どういう理由でそのようなことに?」
「権利は元々単なる補助系の能力でした。発動も言葉を発する、もしくは発する動作を行わなくてはなりません。なのに自らを対象にはできず、補強したい味方がいなくてはなんの意味がないと思われ、当初は存在価値が皆無とも呼ばれていました」
「ですが、今現在の様相からして弱小な能力には到底思えないです」
「そうですね。ただ、発想の転換を行った恐るべきR一族が現れたことで状況は一変しました。自らに利する補助や回復魔法を自らの意思で阻害したがる能力者が一体どれだけいるでしょうか? それこそが当初から数多の者たちを操作できた答えなのです」
「もしかして、その……」
「オレがR一族を駆逐したかったのは、そのような理由からです。しかし、わずかなところで手が届かなかった。残念でなりません」
「ボクは、ボク自身がしたことを悪いなんて思いません。ノールがいないとボクは……」
「申しわけありません、今のは単なる愚痴です。ただ、貴方にだけは聞いて欲しかったのかもしれません」
「………」
杏里は黙って、タルワールを見ていた。
それから二人は会話もないままに、タイムリープがいる場所を目指して歩く。
タルワールがまだなにか言い足りない様子なのを杏里は分かっていたが、今は聞きたくもない。
「着きましたね」
歩みを止め、タルワールが一言だけ発する。
俯きつつ、色々と考えごとをして歩いていた杏里は目の前の建物を見た。
建物は神殿の造りをしている。
周囲をビル群に囲まれ佇む建物には不思議な違和感を覚えた。
それはクロノス襲撃の日、命懸けでタルワールの宮殿に辿り着いた際にも感じたこと。
どうして、神秘的な建物の傍に現代建築を建てるのだろうかと。
「では、タイムリープさんに会いましょう」
タルワールが建物の扉を開き、二人は中に入る。