共同戦線
現当主R・ノール対前当主R・クァールの両者の争いは痛み分けに終わった。
ノールは屋敷へ帰宅後に行方知れずとなり、生死不明の状態。
クァールは瀕死の身体で渾身のデスメテオを発動し、今現在も意識が戻らない。
この現状について他のR一族の派閥の長たちは、というと……
これ以上ない程に、歓喜に満ち溢れていた。
それはまるで高額当選した時のように、心の奥底から喜びを全身全霊で表現するかの如く。
クァールもまた他のR一族たちに蛇蝎の如く嫌われていた。
R一族たちは絶対に、永久に一枚岩とはならない。
だからこそ、R一族の当主は全てのR一族の派閥を力で捻じ伏せられる強者でないと務まらなかった。
目の上のたんこぶだった存在がいなくなった今、他のR一族たちが行うことと言えば領地となる世界の奪い合い。
この日を境に総世界を股にかけた大規模な戦争が総世界各地で勃発し、総世界は阿鼻叫喚と混沌の渦に巻き込まれていく。
後世に、第一次広域総世界戦と呼ばれる総世界規模の大戦争の始まりだった。
ちなみに同日に決起した桜沢一族の集団は、どのR一族の派閥の長からも徹底的に敗北者の集いとしか見られず、歯牙にもかけない扱い。
負けた者たちへ当然の如く行われた扱いが、まさか自らへの悲劇となって返るなどとは露知らず、R一族らは世界の覇者として有意義に総世界を荒らしまわっていった。
第一次広域総世界戦が始まってから、一ヶ月が経過した。
このわずかな期間に、総世界の二百程の世界がR一族らの手により徹底的に蹂躙尽くされていた。
そんな中、クロノスの市街地を訪れる者がいた。
様々なビルが立ち並ぶオフィス街の人込みの中、二人の人物が進む。
一人は、橘綾香。
キャリアウーマン風の服装の上に、相変わらずの白衣を身にまとっている。
「ここが、クロノスの最も激戦区だった場所ねえ」
はきはきとやけに楽しげな声で、綾香は語る。
周囲を見渡しているが、オフィス街を見て歩いている様子ではない。
クロノスの街一帯は全てアクローマたちの襲撃前の状態と同じ街並みへとさかのぼり、全て修繕されている。
わずか二ヶ月程前に、ここで大規模な戦いがあったとは到底思えない。
「あんなことがなければ、私も自由に戦えて激戦区にもならなかっただろうけど」
綾香とともに歩いていたもう一人の人物、ルインが答える。
綾香のエスコート役として同行している。
「聞いたわよ、ルイン。貴方、ここで大敗を喫したらしいじゃないの」
「あっ、あれは……私が弱かったせいじゃない。私にも時と場合とモチベーションというものが……」
「言い訳?」
「有紗が裏切ったり、タルワール自身が綾香を生き返させたり、聖帝が敵になったりで大変だったの。あれ程、精神的に苦戦を強いられた戦いは初めてだった」
「そうなの」
面倒なのか、綾香は一言だけ。
「そうなのって、おい。そんなことよりもどうしてクロノスの市街地なんかを歩いているの? “クァール”に会いに行くんでしょう?」
微妙に怒り出したルインは、あえて話題を変えて綾香に問いかける。
「ここは、とても勉強になる。歴戦の強者たちが命を賭して文字通り必死に戦った場所。だったら、私の目に焼きつけておかないといけない。次に戦うのは、この私かもしれない」
目を細め、ニヤつく。
街を歩きながら綾香は、スキル・ポテンシャルのリプレイを発動していた。
リプレイは見たい空間の面積を定め、空間内の過去の出来事を今現在起きているかのように見る能力。
綾香の定めたエリアは、この激戦区となったオフィス街全域と途方もない広さに加え、戦っていた者たち全てを対象としている。
異常な程に魔力を消費し、普通なら立って歩くなど有り得ない状況。
だが、至って普通に行動する綾香はルインの目から見ても化物そのものだった。
「スキル・ポテンシャルって、一つだけじゃないの? ズルい、私はまだ扱えないのに」
ルインは子供のように悔しがる。
しかし、すでにルインはスキル・ポテンシャルを有している。
ルインの能力には条件があり、発動するに至る程の脅威が存在し得ない限りは発動自体が叶わなかった。
「あの」
綾香・ルインの後を少し離れてついて来ていた者がいた。
心なしか、以前よりも痩せ細っている杏里の姿があった。
杏里はいつも通りボーイッシュな女性らしい格好をしている。
「今日は、そんなことのために来たんじゃない……来たんじゃないんだよ……」
ぼろぼろ泣き出す杏里。
また、体調も崩しているのか顔色も優れない。
「御免なさい、杏里くん」
一旦、立ち止まり綾香は杏里のもとまで戻り、抱き締める。
「今日はノールちゃんのことで、クロノスまで来たんだもんね」
綾香は持っていたバッグからハンカチを取り出し、杏里の涙を拭う。
「けどねえ、世の中は怖い人たちだらけなの。相手の思考回路や行動、隠し玉を読み解けば何事にも屈することなく全てが万事解決なのよ」
「……綾香姉さん」
杏里には綾香の思考回路が読み解けた。
この場にいた者たちを仮想敵としている、と。
桜沢綾香との同化によって、橘綾香の内面に変化が生じた。
なにかしらの箍が外れたのか、このようなことを無意識のうちに考えるようになり、そして平気で行なっている。
「綾香らしいわね、流石は桜沢一族当主」
一体どこをどう突っつけば綾香らしさがあるのかと疑問に思えることを、平気でルインは語る。
「なのに、杏里。貴方と来たらなににしてもノールとばかり。もうどうしようもないことなら、さっさと諦めるのも肝心なの。人生って言うのはなおさらね」
「………」
声を聞き、杏里は呆けたようになる。
「う、うわああ……」
暫しの間、動きが止まっていた杏里だったが、堪え切れなくなり大声で泣き出す。
「あらあら」
落ち着かせようと綾香は自身の胸を貸し、杏里を強く抱き締め頭を撫でる。
「大丈夫よ、杏里くん。大丈夫だから」
チラッと、綾香はルインを見る。
「お仕置き……」
「私がなにか間違ったことを語ったとでも言うの?」
ルインは腕を組み、少し怒っている。
「私だって杏里を救いたい。貴方のいもう……弟なのだから。桜沢一族だからとかいう“安っぽい”感情からではないの。私にだって杏里を支えたいと思える感情くらいある。だからこそ言うけどね、貴方が言いたくないからわざと避けているのであれば、私が言葉で現実を直視させないと駄目じゃないの」
「ルイン」
「なんなのよ、文句でもあるの?」
「世の中には、怖い人がいるの。貴方にも私にも考えが及ばぬ程の能力者がね。今回は、その人に救ってもらおうと考えていたの。もし駄目だったら、次。また駄目だったら、次とね」
「な、なにを言っているの」
「個人的には、その人とは別に激戦区だったこの場所を元通りにする程の能力者も気になるところ。こんなことは貴方にもできない、私にもできない」
「やあ、綾香」
言い合っていた二人の間に、平然と有紗が現れる。
すぐに気づいてほしかったのか、綾香の肩にふれながら。
空間転移を扱ったのは確かだが、有紗のレベルは異次元の領域に達している。
今までその場にいたかのようだった。
「綾香、遅かったから迎えに来ちゃったよ。空間転移は扱わないのかな?」
微妙に嗜めるような口調の有紗。
異次元内では音や、現場の雰囲気を読めないのが原因。
「色々あったのよ、私がリプレイ発動したかったとかね」
特に驚きもせず、綾香は話している。
有紗は桜沢一族が決起した日に収容所から救助されていた。
なんとか命を取り留めていたのは、ノールが処刑しないようにクァールに話していたから。
クァールがノールを信用していたことが効いていた。
「あれ? 綾香は桜沢一族だから“支配”がスキル・ポテンシャルなはずじゃない?」
「有紗さん、時間が惜しいわ。早く行きましょう」
やけにキリッとした口調の綾香。
「えっ?」
「空間転移の発動よ」
綾香たち四人は、空間転移によりクロノスのクァールの宮殿へと移動する。
一瞬の速度で、綾香たちは宮殿内のエントランス付近へ現れた。
「待たせちゃったかしら」
綾香が一言だけ語る。
「そうね、お待ちしておりました」
宮殿内には、二人の女性の姿があった。
声をかけたのは、クァール。
頭髪に白髪がぽつぽつと見え、表情からも以前より覇気が薄れ、疲れた印象が伺えた。
しかし、クァールの内には強きものが感じ取れる。
また、クァールの隣にはアクローマの姿があった。
オーラに殺気が混じり、なにかあれば刺し違える覚悟があると伺える。
「印象、変わったわよ?」
「こちらから見ると貴方の方が。ねえ、橘綾香さん?」
「二ヶ月ちょっと前だったかな? 以前貴方と会った時、私は泣いてばかり。有紗さんは投獄され、R一族の者たちには心が折れそうになる程の侮蔑と差別。私自身も桜沢一族の者たちに裏切り者の烙印を押され、それはそれは酷い扱いだったわ」
「そんな貴方でも今では桜沢一族当主。桜沢綾香さんはお元気ですか?」
「元気よ」
綾香の返答と略同時に、杏里は綾香の方を見て、ルインは全く別の方を眺める。
有紗は特に反応がなく、クァール、アクローマを見つめたまま。
どちらかというと、アクローマの方に有紗の注意が向いている。
アクローマは有紗と目が合った瞬間、先程までの殺気が消え、どこか安堵した表情へと変わっていた。
「綾香さん、ノールに会いたいそうですね」
「ええ、ノールちゃんは杏里くんと一緒にいてもらわないと」
「そうですか。私としても、やはりノールがいなくてはならないと考えております。今回の戦い。私たちだけでは終息へ向かわないでしょう。タルワールの部下に、とある時間に関わる能力を扱う者がいたはずです。一度、訪ねてみてはどうでしょう?」
「そうするわ」
「ところで、綾香さん。非公式とはいえ、こうして会えたのですから是非新たな桜沢一族当主としてお話がしたい」
「分かったわ」
綾香は軽く承諾する。
実はこの時、綾香はクァールとの同盟を結ぶためにクロノスへ来ていた。
総世界中で戦争をし続けているR一族らと戦っている勢力は、今現在三勢力。
一つ目は、桜沢一族の勢力。
二つ目は、クァール派の勢力。
三つ目は、総世界政府クロノスの勢力。
恐るべき敵を前にして、今までいがみ合ってきた勢力同士が過去を忘れ、手を取り出している。
ちなみにクァール派とクロノスが手を組んだのは、広域総世界戦の初日。
それ以降はずっとR一族の勢力範囲を広げさせないようにと防衛戦を続けていた。
クァール派とクロノスにとって、勿論桜沢一族も同盟は願ったり叶ったりで拒否する理由が一つもない。
「杏里くん、御免なさい。私はクァールさんと大事な話があるから、その人のところには一緒についていけないの」
「うん……」
杏里の胸中は複雑だった。
分かっていたつもりだった。
所詮は気にかける程のことでもないと思われていると。
過去のような綾香らしさは薄れ、なんとかしたいなら一人でやれという反応が窺える。
「ノールを……救うんだ」
胸に強く宿る想いから、杏里は一人宮殿を出ていく。