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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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魔力が出会う場所

時間は巻き戻り、エージ戦の後。


空間転移のゲートを通ったシスイは、スロートの黒塗りの屋敷前に現れた。


「屋敷の外?」


シスイに疑問が浮かんだ。


屋敷内のノールの部屋に座標を合わせたはずが、なぜか今この場にいる。


目前にある黒塗りの屋敷に視線を移すと、屋敷の周囲一体に封印障壁が張り巡らされていた。


「禁止令発動、空間転移」


何者かの声を聞き、シスイは空間転移の能力を封じられたと悟る。


「捕らえたわ、もう逃げられない」


周囲に現れた者たちが、シスイに迫る。


その中の一人の指示に淀みなく行われる動作。


シスイもまたルイン同様に襲撃を受けていた。


ただし、ほとんど実力を示さなかったルインとは異なり、シスイ自身には戦う魔力も体力も残っていない。


「ノール、貴方に最後のチャンスを与えるわ。貴方の考えを今すぐに改めてほしいの」


集団の中に、クァールの姿があった。


「なっ……」


あまりにも分の悪い状況に、クァールの提案が聞こえていても内容の理解が追いつかない。


「貴方には申しわけないことをしてしまったわ。誰よりも強い力があったとしても、当主としての資質や統率力までもが最初から存在するわけでもないのに貴方に強く期待してしまったの。今後は私がフォローをします、私とともに今をより良くしていってもらいたいの」


シスイの目前になんの警戒もせず、クァールは立つ。


そこは、シスイの間合い。


事情を詳しく知らないシスイからでも、この行動の真意は明らか。


相手はルイン、エージ戦で弱体化しているのを想定済みだった。


ノールの水分身により、ほとんどコピーとして創られたシスイは、ノール同様に総世界をR一族の支配下に置くのは不味いと感じている。


そう感じていても自らはノールではなく、シスイ個人ではノールの代わりに対応するなどできなかった。


「突然、この人数で言い寄られてはいくら貴方でも戸惑うでしょうね。今の提案さえ受け入れてくれれば、もうこれ以上の要求はしない」


受け入れられない内容をクァールは、すらすらと語っていく。


当然そんなはずはなく、ここが分水嶺となる。


この武力を盾にした要求を受け入れれば次から次へと数を頼りに要求は続く。


事実上、ノールにとって完全に敗北したことになる。


「ところで、貴方はいつまで黙っているつもりなの? 貴方の結論を悠長に待つつもりなど最初からないの」


クァールに強い魔力が宿り始める。


元々、武闘派のクァールは力づくで話を勧めようとしていた。


「僕は……」


「なにかしら?」


ふっと、綺麗な笑顔を見せる。


「私と貴方だもの。きっと、より良い方向へ人々を導いて行ける。貴方の忌憚のない意見を是非とも聞かせてほしい」


「僕には……とても……」


「全く……貴方には恐れ入るわ」


今のシスイの反応から、クァールの様子が変わっていく。


強く不愉快さが混じり、シスイに敵意を向ける。


「こんな状況でさえ少しでも時間稼ぎをして、魔力を高めようという魂胆なの?」


「時間稼ぎなんて僕は……」


「まともな対応さえしてくれれば、私にはいくらでもやりようがあったの。なのに、貴方と来たら。私は貴方に最善の手を取る他ないわ。安心して、貴方は私にとっても必要な存在。貴方には当主としての素質があるのだから」


クァールは周囲の者たちへ合図を送る。


次の瞬間には、シスイは背後に回っていた二人に片方ずつ両腕を掴まれ、立ったままの状態から顔面を地面に強打される形で倒された。


「うあ……」


衝撃により、シスイは呻き声を上げた。


ほとんどノーガードだったシスイの顔は擦り傷などで傷ついている。


シスイを押し倒した二人は、シスイをそのままにしてその場から離れる。


「雷鳴の発動よ」


二人が離れた後、クァールは雷人魔法の雷鳴を発動。


高威力の電撃を叩き落す雷人魔法であり、発動者の魔力が強ければ強い程に命中する速度が速い魔法。


水人の弱点となる雷人魔法で、手も足も出なくなったシスイを嬲ろうとしていた。


「うう……」


シスイは地面にうずくまり、必死に痛みを堪えていた。


ただでさえ魔力を失っている満身創痍の身体で長くは持たず衰弱しきり、シスイはピクリとも動かなくなる。


身体からは水蒸気がわずかずつ立ち上り、水人としての死である分解が起き始めた。


「どうやら、これでようやく……」


一旦、クァールは雷人魔法の発動を止める。


「さあ、ノール。次は回復させてあげましょう。そのあとで、貴方が私との約束を守れるかテストします」


適当なことをクァールは語っている。


完全に屈服するまで回復と攻撃を繰り返すつもりだった。


だが、すでに分解が起きている。


これではもう回復魔法でも復活の魔法でも助からない。


対魔力体についての知識が足りないクァールは、人と同じくこの状態でも復活の魔法リザレクで事足りると考え、シスイに近づいた。


「ノール……?」


一歩踏み出したクァールは一言だけ、ささやく。


今まで地面にうずくまっていたシスイが目の前から消えていた。


「シスイ君に随分酷いことしたんだね」


クァールの隣に、“ノール”が立っていた。


クァールに語りかけながら、クァールの肩をポンポンと叩いている。


攻撃を仕掛ける様子はないが、先程同様に変わらぬ点があった。


ノールの分解は止まっていない。


「クァール様!」


クァールの様子に気づいた者が、二人接近する。


一瞬で迫った者は、アクローマ、アズラエルの二人。


クロノスの戦いでの死を切っかけに、互いに覚醒化ができるようになっていた。


それが幸いし、クァール救出へ即座に行動へと移す。


速攻を仕掛けたアクローマは、ノールの右頬に強烈なストレートで打撃を与え、アズラエルはクァールを抱え瞬時に退避した。


「瞳が銀色……二人とも覚醒化できるんだ?」


視線を退避したアズラエルとクァールへ向けたまま、ノールはささやく。


「ノ、ノールちゃん……なの?」


打撃を加えたアクローマは、それ以上声を出せなかった。


この、目の前にいる存在は間違いなく“ヤバイ”。


殴るという攻撃の後に、このような感覚が生じたのはアクローマ自身初めてであった。


戦い慣れ、ついには覚醒化を果たしたアクローマだからこそ分かる。


この存在とは勝つとか負けるとか、そういった類のものなどかなぐり捨て、互いに無縁のまま何事もなく対立もせずに放って置くべきだったと。


「アクローマ」


はっと、アクローマは我に返る。


「手、じゃまなんだよね」


分解しつつある手で、アクローマの腕を掴み、顔から普通に離す。


ノールの顔には一切のダメージがない。


「危ないから離れてて」


気にかけているようで、ノールはアクローマを無視していた。


さっさと、クァールに歩みを進めようとする。


「あんなのと、まだ一緒にいたんだね」


ノールにとっては、気にかけるまでもないほんの些細な一言。


「あ、あんなのですって!」


直ぐ様、ノールの腕を両手で掴む。


アクローマの胸中に芽生えたものが、恐怖を打ち消していた。


「私が今までずっと……ずっと支えてきた人よ! そんな一言で否定しないでよ!」


アクローマは自身の魔力を一気に収束させる。


続け様に、炎人魔法デトネイトを発動。


回避技のスキル・ポテンシャルダブルは発動しなかった。


自身の命を投げ捨て、渾身の魔力でノールを倒そうとする。


「あっ……」


しかし、アクローマの炎人魔法デトネイトは発現さえできなかった。


「無駄死には止めようよ?」


「今、なにをしたの……?」


「魔力の流れを挫いた。ついさっき、エージ君にこれをやられて、どういう風にすればボク自身も魔力の流れを挫けるのか覚えたから、アクローマではもう発動は無理。勿論、周囲の連中もだけど」


ノールは掴まれている腕を振り上げ、一気にアクローマの全身を宙に浮かべる。


その振り上げた威力を殺さないよう自身の腕を水人化させ、アクローマを吹っ飛ばした。


「どっかに消えてくれないかな。ボクは家に帰りたいんだ」


クァールに向かって語る。


クァール側にとって、状況は決して優位どころではなかった。


著しい戦局の悪化を目の当たりにし、クァールは言葉もなく数秒立ち尽くしていた。


魔力が切れかかり、自身のいいようにされる程に衰弱していたノールがどうしてここまでの変貌が可能なのか?


なにかしてはならないことをしてしまったのではないのか?


数瞬の内にクァールの思考を掠めていく。


絶望的な状況、優位でなくとも希望がまだ残されていた。


ノールは確かに弱っている。


あと一押しでもどうにかすれば勝機が見込めた。


「皆さん」


クァールが周囲の者たちに問いかける。


「勝機は私たちの目前にあります。そこまでの間、ノールがなにもせずに終わるなど有り得ません。私が、ノールを抑えます。皆さん、少しばかりお時間を……」


「いい加減にしなよ」


ノールは片腕をクァールの方に向ける。


なにかが破裂する軽い音が、二回聞こえた。


クァールにはなんの音なのかが、激痛により悟る。


声にもならぬ呻きを上げ、両手で胸を抱き、その場にしゃがみ込む。


胸部をなにかが射抜いたような小さな穴が開いていた。


「クァール様!」


傍らにいたアズラエルがクァールを介抱する。


他の者らもクァールに駆け寄った。


「相当痛いと思うよ、今のは? わざと悶絶するくらいの場所を射貫いたつもりだから」


「狼狽えるな!」


血で赤く染まった胸元を押さえ、クァールは無理やり立ち上がる。


「この程度でなんとかなった気でいるのか!」


「いや別に」


再び、一度だけ軽い破裂音が聞こえる。


クァールの顔、鼻の付近から流血がうかがえる。


ノールの一撃は、クァールの頭部、つまりは脳を狙っていた。


「………」


虚ろな表情でふらつき、クァールは前のめりになる。


だが、倒れる寸前で右足を前に出し、踏み止まった。


「わ、わたしは……」


クァールの周囲に非常に強い魔力が宿っていく。


唯一、クァールのみ魔力の流れが再起した。


死が目前まで迫り、ギリギリまで追い詰められた末の能力上昇による魔力挫きからの解放だった。


「私は、ようやく気づけたの」


ノールを見つめる瞳には強い決意が滲む。


「この、皆で作り上げた平和や平等な世界を……二度も台なしにされてたまるか!」


詠唱もせずに、クァールはデスメテオを発動させる。


揺らぎを見せる暗黒の球体が出現した。


クァールの魔力を絞り切る程に込められた魔力量は絶大で、これがクァールの全身全霊による最後の魔法。


「どうして、そこまで?」


全力を出し切るクァールとは異なり、ノールはどこか冷めていた。


「家には……帰れそうにないな」


ぼんやりと屋敷を眺めつつ、歩みを進める。


クァールの背後に、ノールの屋敷があった。


屋敷が目の前にあるのに、ここまで距離を感じたのは初めてであった。


「当たれえ!」


発動させたデスメテオをクァールはノールに向かって放つ。


威力の絶大さに空間を歪ませながら、ノールに迫る。


一瞬だった。


命中するわずかな瞬間、ノールは防御の態勢に移行。


少しだけ屈み、自身をガードするように両手を前に出す。


デスメテオが正面からぶち当たり、周囲一体を衝撃波による砂塵が覆った。


「はあ……はあ……」


クァールは地べたに、ぺたっと座り込む。


その場に立っていることすらもできぬ程に疲弊し切っていた。


「私は……もう……」


両手で心臓の位置を押さえ、苦悶の表情を見せる。


「クァール様……」


傍らにいたアズラエルがクァールを介抱する。


状況が状況で、クァールにアズラエルがしてやれることはそれだけだった。


ただ、アズラエルには分かることが、この時一つだけあった。


魔力が自身の身にも再起していた。


クァールのデスメテオにより、砂塵が舞い上がっていたのは数十秒程。


砂塵が収まり始め、場が霞み出す。


「ああ……ああああ……」


クァールは悲痛な声を漏らし、口元に両手を置く。


無意識のうちに、涙を流していた。


どうして自身がここまでの責め苦を受けねばならぬのか、クァールには理解できない。


「あ……れ?」


防御の態勢を取っていたノールは周囲の様子に気づく。


ノールを囲うように封印障壁が覆っていた。


ノールが気づくと、すぐに封印障壁は消えた。


「……帰ろう」


それだけが、ノールの頭に浮かぶ。


ふらふらと覚束ない足取りで屋敷を目指す。


目の前でどうしようない程に泣いているクァールも、つき添っているアズラエルも周囲のR一族派の者たちも思考の外におり、ノールの目には映らない。


そして、ノールは他のR一族派の者に止められることなく屋敷に入っていった。


「どうして……私には、私にはもう……」


一切なにもできず、ノールを見送ることのみ。


魔力の枯渇から憔悴し切り、このままではクァール自身が衰弱死してしまう程に心身ともに弱り切っている。


「気をしっかりお持ち下さい、クァール様!」


反応が薄くなり始めているクァールを、アズラエルは揺さ振りながら言葉をかける。


叫びにも近い声量で声をかけても、ゆっくりとクァールは瞳を閉じた。


「クァール様! しっかりなさって下さい!」


頬を何度か叩く。


それでも、クァールには反応がなかった。


「不味いぞ、一旦退避だ! クァール様を医療室へ!」


クァールたちは空間転移により、その場から消えた。





屋敷に辿り着いたノールはエントランス付近で膝から崩れ落ちる。


分解により、両足の足先が消失していた。


「はあ……」


溜息を吐き、両足を見るのを止める。


思考が曖昧になりつつあったが、突然ふっと様々なことをノールは思い出す。


自身の幼い頃、生い立ち、グラール城の襲撃、孤児院暮らし、メイドとしての仕事、救世主としての戦い、二つの組織で傭兵として戦い続けてきた日々。


短いような、長いようなはっきりしない時間の間。


ノールは過去を見ていた。


ただ、なにか不自然さを感じていた。


見ていた走馬灯には自身の他に、シスイや、ライル、ルウなどの魔力体しか映らなかった。


映るべくして映っていなくてはならない者たちが、魔力体以外に誰一人としていなかった。


ここに至り、ノールは自身の原点を見た気がした。


ふいにその時、ノールは自身の前に誰かがいることに気づく。


顔を眺めてはみたが、今のノールには知っている人物なのか知らない人物なのか、それすらも分からない。


ただ、ノールには分かった。


この人物は、優しげに頬笑んでいた。


静かに差し出された手に、ノールも頬笑み返し、ゆっくりと手を取る。


二人は姿を消し、ノールの魔力もシスイの魔力も窺い知れなくなった。

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