R一族
グリードとの訓練が始まってから一週間後。
訓練の成果からか、ノールは暗黒魔法ダークボムが身体に直撃しても衝撃に耐えられるようになっていた。
身体のどこにどのような程、魔力を供給すれば耐え得るのか、その理解がノールに身につき始めていた。
それは攻防に関連する魔力の働き、“魔力流動”を体得したことを意味する。
「驚きました。貴方には戦闘の素質が元々備わっているのかもしれません」
「戦闘の素質ですか?」
「天使は魔族の放つ暗黒魔法を最も不得意としているのです。それを一週間かそこらで耐え切るとは……」
グリードはノールを見つめる。
正直、ここまでの者とはグリード自身も思ってはいなかった。
この一週間、ノールがグリードと行った訓練は暗黒魔法の直撃を受け続けるだけではない。
元々武闘派だったグリードにとって訓練とは正に武術の体得、鍛錬である。
生まれ持っての素質、水人特有のしなやかさにノールは非常に早い速度で様々な武術を体得していく。
そのため、グリードは次の段階に訓練を進めようとしていた。
「では、そろそろ次の段階へ行きましょう」
「次の段階?」
「次は実戦を行いましょう。いくら訓練を行っても実戦経験がなくては強くなれませんからね」
突然、グリードは魔力を高める。
暗黒魔法を放つためにノールと取っていた距離を一瞬で縮め、ノールの腹部に廻し蹴りを放つ。
衝撃によって、ノールは約数メートル近く宙を飛び、背後の壁に叩きつけられ、床に倒れ込む。
床に倒れたノールは激痛から両目を見開きながら口から酷く吐血した。
「無理を承知で言います。立ちなさい、ノール。貴方はその程度ではないはずです」
身動きさえも取る気配がなくなったノールにグリードは近付く。
そのノールに対して、グリードは強引に掴み上げるとノールを回復魔法を発動し、回復させる。
ノールの怪我は癒えたがなんの抵抗もできないうちに壁に押しつけ、グリードは何度も殴った。
執拗過ぎるグリードの攻撃でノールの身体は再び崩壊していく。
「では、また回復魔法を発動します。しかし、相手を前に全くの無抵抗では……」
グリードは反応を示さなくなったノールを床に横たわらせる。
「そういえば、ノールは魔力体の水人ではありませんでしたか? 水人は身体を水に変化させられるはずなのになぜ貴方は魔力体化せず、ダメージをそのままにしていたのでしょう?」
ふと、疑問に思ったグリードはノールに語る。
「っと、今はそんなことを語っている場合ではなかったですね」
「………」
その時、グリードは声を聞いた。
一瞬でノールの周囲に酷く寒気のする覇気が宿る。
グリードにより身体の至る箇所が破壊された状態であったが凄まじい速さで、ノールの傷が癒えていく。
「貴方が敵なの……貴方ごときがRの血を絶やせるとでも?」
傷の癒えたノールは冷たい眼でグリードを眺めながら、そう発する。
しかし、その声は女性のものであるが、ノール自身の声ではない。
「ノール、貴方は一体なにを……?」
「貴方に教えることなどありません」
ノールはグリードに向かって、手をかざす。
「プラネット」
ノールが詠唱無しで神聖魔法プラネットを放った瞬間、恐るべき威力の光り輝く爆発と同時に訓練場ごと周囲を崩壊させる。
プラネットを直接受けたグリードは崩壊してしまった訓練場から弾き飛ばされ、少し離れた雲の上に落ちた。
「ここは……どこだっけ?」
ノールが目覚めると、見覚えのないベッドに寝ていた。
病棟と思しき場所で、他にも数台のベッドが確認できた。
「あっ、目を覚ましたんだね!」
白い服装の看護師風の女性天使が声をかける。
「身体は大丈夫? 痛いところはない?」
「ここはどこ?」
「宮殿内の病棟だよ。貴方は二週間も昏睡状態だったの」
「二週間も? ボクには休んでいる暇なんてないのに……」
「それでね、目覚めたところ悪いのだけど」
「なに?」
「グリード様を倒せたから、貴方はアクローマ様に会いに行かないといけないの」
「グリードさんを? 倒した覚えがない……」
ベッドから這い出て、立ち上がろうとする。
「大丈夫なの? まだ貴方は寝ていてもいいんだよ?」
天使に支えられ、ノールはふらつきながらも立ち上がった。
「呼ばれているのなら、早く会いに行かないと」
天使の手を借りず、ノールは病棟を出ていく。
ゆっくりながらもノールは謁見の間まで回廊の壁を伝いながらも歩いていた。
ようやく、謁見の間まで辿り着くと以前と違い、扉は開いている。
周囲に側近の天使の姿が見当たらず、ノールは玉座に座るアクローマへと簡単に近付けた。
「アクローマさん、ボクに用があるんですか?」
ノールは声をかけたが、声をかける前から知っていることがあった。
玉座に身を横たえ安らかそうな寝顔でアクローマは眠っていた。
「退け、ノール!」
不意に背後から怒声が響く。
直観的に嫌な予感がしたノールは背後へ振り返らずにその場から離れる。
その瞬間、アクローマに向かって見覚えのある光線が飛んでいき、玉座ごとアクローマを弾き飛ばした。
「私を誰だと思ってんのよ!」
玉座の下敷きになり、藻掻きながらアクローマは起き上がろうとする。
「はあ、でもね分かるの、そういう気持ち。女帝アクローマの偉大さに不満を抱くのは仕方がない。私にしか持ち合わせないものなんて沢山あるもの、生きていれば嫉妬くらいするわ。でも、考えてみてほしいの。嫉妬の対象をこういう風に攻撃すれば、もう貴方は私に全てが劣っていると自らの生涯を懸けて認めてしまっているに過ぎないのよ? 自らの生涯を意地でも全否定するなんて……って、ノールちゃんじゃないの。良かった、目が覚めたのね」
玉座から這い上がり、玉座を定位置に独り言を語りながら直していたアクローマは言いたい放題語った後にノールの存在に気付く。
「今でも本調子ではないけどね……ところで、アクローマさんは普段から今みたいなことを思ってんの?」
「今みたいなことって?」
意味が分かっていないのか、アクローマは首を傾げる。
「………」
なにも言えず、ノールはアクローマを眺めるしかできなかった。
「ノール、驚いたぞ。お前がまさか高等神聖魔法を放ち、グリードでさえも打倒したなんて」
ノールの肩に手を置き、先程の怒声の主レティシアが驚いた口調で話す。
レティシアはアクローマを気遣う様子もなければ、先程の独り言に物申す気配もない。
「本当なんですか、ボクがグリードさんを倒したのって?」
「覚えていないのか? それでもなお倒せるとは流石R一族だな」
「なんですか、R一族って? それにグリードさんは?」
「グリードはもう職務に復帰しているよ。あいつだって、回復魔法くらいは扱える。R一族についてはなにも聞いていないのか?」
「はい」
「ふふっ、ノールちゃん。どうして貴方は自分自身のことが分からないのかしら? とても大事なことなのに」
この間、アクローマは笑顔で語っていた。
ノールがR一族でとても嬉しいらしい。
「物心つく頃にはもうボクに親と呼べる存在はいませんでした」
悲しそうにノールは俯く。
「あらっ、そうなの? それなら自分自身をよく知らなくても仕方ないわね。他に家族はいるの?」
「弟と妹がいます」
「他に親族の方は? 物心がつく頃よりも前のことは覚えている?」
「いいえ、分かりません。ボクたちは物心つく頃よりも前から街の孤児院にいたので。それ以前のことは思い出そうとしても無理なんです」
「そっか、それは難しいわね……」
アクローマはなにかを考えている。
「それよりも、ノール。良い話があるぞ」
レティシアが笑顔で語る。
ただ、目が笑っていないのがノールは気になった。
「実力は把握した。これからは正式にノールを大天使長として認めよう」
「それ本当に?」
「本当だ。お前がR一族であり、R一族としてのポテンシャルを既に開花させた点を考慮すると、大天使長としての役職が相応しいと決まったんだ」
「それって!」
「そうだ、これからは大天使長……」
「なら早くボクを元の世界に帰してよ!」
「待ちなさい!」
アクローマが突然怒鳴る。
そして、アクローマは玉座から立ち上がり、ノールの肩を掴み揺さぶった。
「せっかく、大天使長になれたのだからもっと天使界にいなさい!」
「嫌です、すみません」
アクローマの発言から、わずかに0・5秒。
帰宅を妨害する発言に不快感さを覚えたノールは即答する。
「なにかしら……振られた気分になったわ」
意気消沈とした様子でアクローマは玉座に腰掛ける。
「約束を反故にするつもりで言ったんじゃないわ。元の世界に帰ってしまうのなら、この能力を授けましょう」
ノールになにかの魔法をアクローマは詠唱する。
「今のは?」
ノールは自らになにかが宿る感覚がした。
「復活の魔法リザレクと最上級回復魔法エクスと天使界にいつでも来られるよう異世界空間転移という能力を覚えさせたの。どうかしら? 魔法は貴方が思っているよりも案外簡単に教えられるの」
なにかアクローマの口調は今までより穏やかな雰囲気。
「私はR一族である貴方の味方よ、いつでも歓迎するわ。それと、桜沢一族とそれに属する一派の者たちには気をつけなさい。R一族である貴方を見つけ出し、間違いなく殺しにくるわ」
「殺しにって? ボクを?」
「だからこそ、なにかあればすぐにでも私を頼りなさい。それでは元の世界に戻すわ」
アクローマは魔法を詠唱し、ノールを元の世界に戻す異次元空間を出現させる。
その異次元空間に入ったノールは、とても速い速度で空間を移動しているような感覚がした。
「あーあ、ノールちゃん。帰っちゃったわね」
相当我慢していたのか、アクローマはその場でしゃがみ、うずくまる。
顔色も悪く、冷や汗も掻き、身体が震えていた。
「随分、無茶をしたな。下級の魔法ならともかく最上級魔法が、なんの造作もなく覚えさせられるはずがないだろう。それだけ入れ込めるのは、やはりノールがR一族だからなのか?」
「当然じゃないの」
うずくまっていた状態から、アクローマは顔を上げる。
「R一族の復興のためなら、この身を削るのも厭わない。たったそれだけで私が彼らを支えられるの。私は随分待ったのよ、それくらいがなんだっていうの? 分かったのなら貴方も支えなさいよ」
「断る、私も天使界の者たちも一切関係がない。しかし……」
レティシアはアクローマの前にしゃがみ、背負ってあげる。
「私も天使界の者たちもお前には仕えているんだ。お前なら支えてやろう、それでも不満か?」
「………」
ぎゅっと、レティシアに強く抱きつくアクローマはなにも答えない。
「数日は休養を取れ。今のお前は使い物にならないだろう」