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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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切り札

魔法の球体の大爆発により、弾き飛ばされたルインとエージ。


倒れていた二人のうち、先に動きを示したのはエージだった。


「よっと」


かけ声とともに両足を振り上げ、一気に立ち上がる。


消し飛んでいたエージの左半身は完全に復元されていた。


それにより、ダメージの痕跡さえも残されてはいない。


エージは一度も回復魔法を用いていない。


意識せずとも人の心臓が脈打つように、エージはフルオートで発動するスキル・ポテンシャルを有していた。


エージのスキル・ポテンシャルは“自動回復”。


通常ならば外れも良いところの有用性皆無な弱小スキル・ポテンシャル。


なぜなら、最上級回復魔法エクスで事足りるのに唯一の大事なスキル・ポテンシャルの枠まで奪ってしまっている。


エージ自身もそれが分かっていたからこそ、知られたくないため普段扱わなかった。


「ルイン、オレのスキル・ポテンシャルは自動回復なんだ」


動かなくなったルインのもとへとエージは歩む。


ゆっくりとした足取りで。


「この能力を、オレは好きじゃなかったんだ。他の能力者たちを見て、自らに歯噛みもしたものだよ」


約一メートル程の距離を取り、エージは地面に横たわるルインの前で立ち止まる。


「でも、オレは気づいたんだ。能力者自身が強ければ強い程、回復量も回復速度も、オレに追いついてくれる」


嬉しさからなのか、エージは頬笑む。


「弱小だなんてとんでもない。見てくれよ、オレの身体を。ルインの渾身の一撃も今では傷一つ残っていないんだ……ところで、あの攻撃はオレにあと何回放てる?」


エージはルインの出方を待っていた。


長々と悠長に話していたのも、ルインに時間を与えるため。


ルインに動きはない。


先程の爆発で球体を制御していた左腕を失い、全身に出血が伺える。


「ルイン?」


ルインの反応がないことに、エージはルインの名を呼ぶ。


左腕を見つめながら再び頬笑むと、歩み出した。


その一歩目が着地しようとした時、ルインの目が見開いた。


同時にルインは倒れていた状態から一気に立ち上がり、エージに猛烈な勢いで突進する。


ルインには失っていたはずの左腕があった。


倒れた際に地面へ埋め込ませ、喪失したように見せかけていた。


しかし、それは既にエージに看破されている。


相手の出方を悠長に待つというのは、それだけ対応策を練る時間があるということ。


「遅いよ」


猛攻を仕掛けたルインに、エージは上半身だけを狙って何度も殴打する。


ルインの鉤爪によるダメージを一身に受け続けていても、エージは倒れない。


この状況では、先に受けに回らざるを得ないのはルインだった。


ルインは地面へ座り込み、攻撃を止めた。


「ルイン、君は以前よりも強くなっているはずだよね?」


ルインの頭部を鷲掴みする。


「アンタが前哨戦だからでしょう……」


小さく語る。


エージにだけ聞き取れるように。


「どうして?」


言葉の意味が分からないのか、エージは理解していない。


と、同時にエージは肩を掴まれた。


「ん?」


不意に掴まれた感触にエージは振り返る。


背後にノールの姿があった。


「ノール?」


言葉を発した直後。


ノールの掌底打ちが、エージの顔面を殴打する。


手のひらには短めの氷柱が敷き詰められており、この一撃で両目を失明させた。


「……五感さえ奪えれば、オレに勝てると思ったのか?」


両目を同時に失明したにもかかわらず、ダメージに対して少しの動揺もない。


ルインの頭部から手を離し、即座にノールの腕を裏拳で弾く。


ルインを打ち倒した要領で同じくノールの上半身を狙った連続攻撃をエージは行った。


視力を失っていてもエージにはノールの位置が手に取るように分かる。


攻撃をし終える頃には、エージの両目は復元されていた。


「マジかよ」


復元された両目で見たものに対し、エージの攻撃は止まる。


ノールにダメージらしきものがない。


次のノールの動作は非常に速かった。


腰を落とし、エージにタックルを加えると同時に身体を水人化させ、水人能力を駆使して体温を急激に落とす。


ノールにふれられた部分が凍りつき、焼け爛れ、壊死していく。


タックルで弾き飛ばされぬようにノールの両肩へ手を置き、エージは足に力を入れ踏み止まった。


堪えれば堪える程にノールにふれる、ふれられている部分は壊死に至っていく。


「か……回復が追いつかない……」


一手遅れてしまうが、エージは考えを切り替え、最上級回復魔法エクスを発動しようとする。


だが、詠唱直前にノールが右手をエージの口元へ添えた。


もし口を開けば、次は身体の内側までもが壊死していく。


対ルイン戦以上の迫りくる死。


四の五の言っていられなくなったエージは禁止令を発動。


対象は、ノールの水人能力。


ノールの水人化は立ち消え、エージの壊死していた部分も自動回復により急速に治癒されていく。


身体を思うように動かせるようになったエージは、ノールのタックルを振り払い、少しだけ距離を取る。


「……ん?」


同時にある疑問がエージのうちに生じた。


先程倒した時のノールと、今現在までタックルを仕掛けていたノールとでは微量に魔力のオーラが異なることに。


「お前まさか、ノールじゃ……」


言葉に反応したように、ノールが地面を蹴り、接近戦を仕掛ける。


攻撃に移ることを察し、この時点でエージもスタートした。


エージの振り上げた拳は、ノールの上体に突き刺さった。


「冷たい……?」


温度の変化を感じ、この一撃が悪手だとエージは察する。


ノールに禁止令が効いていない。


そう察した時には全てが遅かった。


続け様の攻撃を仕掛ける頃には、ノールに突き刺していた腕が壊死し、千切れる。


最早、痛みに気を取られている場合ではない。


次にエージが行ったのは自身の魔力の最大出力を発揮し、ノールという魔力体の魔力へ干渉して魔力の流れを挫くこと。


“魔力”がノールとしての存在を維持できることへの妨害や破綻を狙った奥義を放とうとした。


「数手、遅かったですね」


エージは声を聞いた。


ノールの口から、ノールの声ではない声を。


次の瞬間には、エージの首と胴体は切り離されていた。


地面に落ちるエージの頭部。


エージは自身の胴体の行方を見つめる。


文字通り手も足も出なくなった状況の自身の胴体を切り裂き、切断するノールの姿が映る。


悪鬼がいた。


エージには、とある一つの感情が宿った。


今の今まで忘れていたが、自分はこのような“悪鬼”になりたくなくて戦いを止めていたのだという後悔の念が。


「ノール……じゃないだろ、お前」


頭部だけとなったエージが地面に転がった状態で語る。


ノールは動きを止め、エージに視線を落とした。


「もういいよ、こんなの。もう止めだ」


ゆっくりとエージは目を閉じる。


エージにあった闘気や覇気が消え失せていく。


エージは死していた。


極致化までしたエージが、余力を十分に残したまま、この程度で死ぬなど決して有り得ないはずだった。


「エージ?」


死したエージにルインが駆け寄る。


ルインは自らのダメージが完全に回復できていないうちに行動していた。


「エージ……どうして……」


泣き別れになってしまったエージの頭部をルインは抱き締める。


エージの頭部、切断面からは出血の跡がない。


エージが死した後も、スキル・ポテンシャル自動回復が発動している。


「………」


エージの頭部を抱き締めたまま、ルインはなにも語らない。


「決着はつきましたね、もう帰ってしまってもよろしいですか?」


ノールが発した声は、ノールのものではない。


どこか聞き覚えのある声。


ルインにも思い当たる人物の声だった。


「……貴方は、シスイなの?」


「そうですが?」


そう言いながら、水人衣装についた汚れを叩いて落とす。


「そうですが、じゃない。一体どういう構造をしているの? ノールの中にいるとでもいうの?」


「ええ。母さんや僕程の能力さえあれば、魔力体同士の同化も可能です。魔力体とは、そういうこともできるのです」


「エージと戦っている際に感じたあのオーラは貴方のものだったの。ノールはどうしたの?」


「母さんは今、気を失っています。一撃一撃の威力があれ程に苛烈な打撃は、僕自身も受けたことなどありません。よく耐えて頂いた、母さんには感謝の気持ちしかありません。では、話はこれくらいにして」


シスイは詠唱もせずに、空間転移のゲートを作り出す。


「待ちなさい、シスイ」


「?」


シスイはルインを見つめる。


「戦う前に話した内容を忘れていない? ここからが本番なの、貴方にとっては。私は、エージを倒した後で綾香をフォローしに行くだけ」


「そうですか?」


シスイはノールに危機的状況が訪れたから、前面に出てきたに過ぎない。


この話の流れを理解できてはいなかった。


早いところこの場を離れたいシスイはゲートの中に消えていく。


「人の話くらい聞きなさいよ、全く。この二対一の戦いがなんの意味があって行われたのか、まるで把握していないようね」


エージの頭部を抱き締め、ルインは立ち上がる。


この二対一の戦いは、極致化ができる者が三人も存在している時点で空前絶後の戦いだった。


そして、その三人ともにお互いの所属している組織の爪弾き者となっている。


もしも三人が戦わずに手を組むようなことがあってしまえば、どうなるのか。


それが分からない者たちは誰もいない。


R一族側も、桜沢一族側もこの戦いを注視していた。


しかし、戦いは無事に“仲違い”をした状態で終わり、“手負い”の二人が生き残った。


他の者たちからすれば、そのように見える。


「やっぱり、つけ焼刃みたいな段取りでは前以て決めていたようには行かないようね」


エージの亡骸に近づき、その場にしゃがむ。


「こうやって接着させれば……」


エージの亡骸と頭部を接着させる。


エージのスキル・ポテンシャル自動回復により、エージの身体は元に戻った。


「こんなことをしても生き返るわけではないのにね。貴方が死んで、私は悲しいわ」


地面に横たわったエージの片腕を掴み、一気にエージを振り上げると背中に背負う。


互いに同格であり、ルインの力でもエージを復活の魔法リザレクでは蘇生できなかった。


「今は貴方を弔っている場合でもないの。そろそろ綾香のところに行かないと……まあ、その前に」


ルインの周辺に複数の者が現れ出す。


“元々”周囲に潜んでいた者。


突然、空間転移によってこの場に現れた者。


それらが、ルインから距離を取って周囲を囲んだ。


R一族派の者や、落ち目の桜沢一族から離反した裏切者などが。


「情報は筒抜け、本当に仲間がいないとなにをするにも一苦労だ」


特に関心のない様子で、周囲を囲んだ者の数を把握する。


人数は多く、20人程で明らかに精鋭の能力者たち。


それぞれが、いくつもの死線を潜り抜けて来た猛者たちなのは、一目見ただけでもルインには分かる。


「なんというか、心の奥底まで虚しくなる」


ルインのテンションが下がっていた。


それを確認した周囲の者たちは合図を送り、ルインへと一斉に攻撃を仕掛ける。


「以前からの取り決めで、余力を残しておいたの」


ルインの言葉と同時に、周囲の者たちの動きが止まる。


「なのに、この程度だったなんて……」


周囲の者たちは一様に恐怖していた。


目前に立つ、ルインという存在がこの一瞬で化物に変貌したことを悟って。


この時、ルインは極致化していた。


「私はハズレを引いた。こんなことなら、もう少し実力を出してエージと戦ってあげればよかったと今更ながら悔やまれる」


ルインは静かに腕を上げ、人差し指を伸ばした。


そこから、先程の魔力の球体が現れる。


別に片手全体を使ったり、魔法を詠唱したりはする必要がなかった。


今までの抑えた状態でさえなければ。


「今思えば、エージの動きも雑だったな。私のために久しぶりに力を振るってくれたのに、この体たらくでは本領など到底発揮できなかったのでしょう」


ルインの頬を涙が伝う。


「だけど、あとのことは私に任せて。綾香を一族の当主にするため、私が最後まで戦い抜くから」


周囲の者たちにルインは攻撃を仕掛け、全てが瞬く間に薙ぎ倒されていく。


ルインが弱っているとの甘過ぎる見通しのせいで、上手く対処もできず為す術がない。


この戦いにより、綾香・杏里の二人が戦うはずだった敵を減らせた。


そして、元々R一族派に寝返っていた裏切者をルインが直々に手を下して蹴散らすことができた。

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