再起
屋敷の中に呼び鈴の独特なメロディーが流れる中、エントランスまでノールは急ぐ。
自宅ということもあり毎回の客人対応には、ノールが向かっている。
たまに綾香も対応をしてくれてはいたが、現在は精神的な体調不良でそれを期待できない。
「はい、どちら様……」
「なあ、ノール。聞きたいことがあるんだけど」
特に挨拶もせず、用件を切り出す者がいた。
スロートの帝、クロノがノール宅を訪ねていた。
帝ではあるが、いつものように小綺麗な服装をまとい、どこか成金っぽさがある。
「なんでか、ゲマとソルが一ヶ月近く帰って来ないんだ。あの二人は異世界出身者だったから、異世界に詳しいお前ならなにか知らないか?」
「ああ、あの二人?」
そこで、ノールの話が止まる。
普通に色々と説明したところで、クロノが理解できるかどうかが気になった。
「今、スロート城は仕事が山積みの状態で大変なんだよ。特にゲマはスロートにとっては重要な人材だ。水人検索して探してよ」
「端的に言うと、二人とも死んだよ。ゲマはボクとジャスティン君で。ソルはアーティが。あの二人がスロート、ラミング、ロイゼンの数ヶ国の戦争を引き起こした張本人だったから」
「やっぱり、それは事実だったんだな……」
ぽつりとささやき、落ち込んだ様子でクロノは扉から離れる。
「どうしたの?」
「本当は最初から知っていた」
「ああ、そうなの?」
「アーティが久しぶりにオレに会いに来たんだよ。今から思えばあの日が、お前とゲマたちが戦った日なんだろうな。あの時、魔界の旧邪神を名乗るエルフ族もいて、ロイゼン・ラミングの混成軍を引き帰らせたとも話していた」
「そういえば、アーティがそんなこと言っていたね」
「ゲマ、ソルのことはしょうがないか。その話はもう事実確認が取れたから、この際どうでもいいや。でさ、オレが本当に言いたかったことはこれだ」
くいっと右手を動かし、親指で指差す。
「ん?」
ノールが玄関から外を覗くと、ライル、ルウ、ジーニアスの三名の姿があった。
「お前ら仲間だったじゃないか。もうこれでそれっきりっていうんじゃあ悲しいな、オレは」
ノールたちになにがあったのかを、クロノは知っていた。
「適当にオレは見ているから早いところ仲直りしとけ」
少しだけ離れ、しゃがみ込んでから煙草を吸い始める。
なぜか、ヤンキー座りをしながらクロノは見ていた。
「ノール……」
ライルが声をかける。
「………」
ノールの目つきが悪くなる。
少しの間、ライルを見つめていた。
このライル、ルウ、ジーニアスの三人が一体なにをしたのかは既に把握済み。
「ボクはこれ以上話すことはなにもないかな」
ライルに対してなにも話さず、クロノへ適当な話をする。
「はあ?」
自ら話を持ちかけておきながら、クロノはもう無関係だと振舞うような一言を発する。
どういう神経をしているのだろうとは、ノール自身思った。
「あの時のことを謝りに来たんだ。話だけでも聞いてくれないか」
それでもライルは挫けずに話を続ける。
「嫌だね」
「頼む、お願いだ」
「はあ、仕方ないな」
声に怒りが満ちている。
「今の君たちには極めて強い不快感と不愉快さしかないの。一体、ミールになにをしたんだ、言ってみろ。この人殺し。それにボクにも手を出したのも許せない。どうやったら、お前たちは言葉だけで償えるんだ?」
敵意ある言葉を吐き、明らかに三人を敵視していた。
その強い敵意は三人にもはっきりと感じられた。
「………」
ライルは言葉もなかった。
ミールが生き返ったからといって、ノールの怒りが消えているとは限らないと最初から分かっていたつもりだった。
だが、強い敵意がライルの次の言葉を掻き消す。
それは、ルウも同じ。
ライル同様に対処ができていない。
「ノールさん」
ただ、ジーニアスだけはノールに声をかける。
ジーニアス自身はノールと戦っただけで、ミールが殺害された経緯を知らない。
「なに?」
受け答えの返答は至って普通。
先程の敵意は感じ取れない。
「僕らは戦うつもりはありません」
「うん」
「あの日のことを……」
「ちょっと待ってね」
「はい?」
ノールがジーニアスに近寄る。
ジーニアスの目の前に立ち、少ししゃがみジーニアスと目線を揃えた。
「?」
不思議そうにジーニアスはノールを見つめる。
この一連の行動でノールの中には、ジーニアスの心に強くダメージを与える方法が浮かんでいた。
勿論、それはライル・ルウにも。
「ああ、良いことを思いついた。あのさ、良い提案があるの。君たちをさ、物としてボクにくれるのなら君たちを許してあげるよ?」
先程のような敵意がなく、どこか優しげな口調でノールは話す。
この一言に、三人の内には様々な思いが流れた。
当然ながら、ジーニアスはもとよりライル、ルウの生い立ちから人を物扱いする発言が彼らにとって最大の侮辱だとノール自身理解している。
理解している上で、あえてこの言葉を吐いている。
「それは、僕自身だけで構わないですか?」
対して、ジーニアスは直ぐ様返答する。
「これで、ノールさんとライルやルウが今までと同じような関係になるのなら僕は構いません」
ジーニアスは強い口調で語る。
「……そう?」
明らかにノールの反応が悪い。
この問いかけに肯定的な発言が返ってくるとは考えていなかった。
「ジーニアス君がそこまで言うのなら、仲直りしよう。あと、ジーニアス君」
「はい」
「どう考えても嫌な提案は、毅然とした態度で嫌だってはっきり言わないといけないの。今まさにその時だよ」
「はい」
「分かってくれたなら良いよ」
「ノール」
さっきから暇そうに眺めていたクロノが声をかける。
「仲直りは終わったか?」
「一応、ライルもルウ君もジーニアス君も許してあげるよ。でもね、こういう話は先にミールに言わないと。ミールが被害者なんだよ」
「ミールならとっくに許しているよ」
「そうなの?」
「今回ので分かったけど、ミールは荒っぽいな」
「繊細で優しいよ?」
「オレが止めなければ、魔力体の死……分解だっけ? それが起きそうなくらい袋叩きにされていたからな、ライルとルウは。それだけのことをして、されたようだし。それに比べたら、ノールは優しいよ」
「ふーん」
適当な返事をした。
ノール的には、良い案が浮かんでいた。
「三人は仕事ある?」
ライルたちにノールは尋ねる。
「さっき話した内容だけどさ、良ければボクの作った歩合制傭兵部隊リバースに入ってくれない?」
先程の敵意ある言葉をかなりマイルドに言い変える。
これで、三人はノールのスカウトを快諾。
まず、ノールが行ったのはリバースがどういう風な組織なのかの説明。
完全歩合制で自らが行った仕事の報酬だけが給料であり、受け取った報酬は統領のノールに一銭も渡す必要がない。
屋敷の空いている部屋を一人につき一室だけ与え、そこで暮らしても家賃は要らない。
ただし、自らが受け持った依頼を熟すために要した諸経費や生活費などの雑費は全て本人が持つ。
そういった事柄についてをノールは事前に話していった。
「それじゃあ、ライル、ルウ君。君たちは暮らしたい部屋を探してきて」
ライル、ルウだけは先に部屋を探しに行かせた。
「それじゃあ、僕も」
ジーニアスもライル、ルウに続いて、部屋探しに行こうとした。
「ちょっと待ってね」
ノールはジーニアスの手を掴む。
「まず、ジーニアス君はボクの部屋に来てほしいの」
「えっ? いいですよ」
言われた通り、ジーニアスはノールの部屋へ一緒に向かった。
「ノールさん」
部屋に入る際、ノールに呼びかける。
「どうしたの?」
ぐいぐいと手を引かれ、急かされるようにジーニアスを連れてこられていた。
流石にジーニアスも困惑を示し、理由を聞こうとしていたが、ノールは気にしない。
部屋に入ってからは、寝室を通過し、脱衣所へ入る。
「どうして、脱衣所へ?」
「さあ、なんでだろうね」
ノールがジーニアスの方を見る。
ノールの目が銀色へ変化し、能力値が跳ね上がっている。
ノールは覚醒化していた。
「えっ……」
ジーニアスは絶句していた。
このままでは命に関わるかもしれないとジーニアスは悟る。
「脱がないの?」
「ううん、脱ぎます……」
どこか怯えた様子でジーニアスは服を脱ぎ、裸になる。
特になにも言われていないのに、一人で浴室へ入っていった。
「?」
今度はノールが不思議に思う。
連れてきたのは、浴室に入るためではないから。
とりあえず、自らも水人能力を駆使して水人衣装を消し、下着を脱いだ。
ノールも浴室へ入ると、すぐ近くにジーニアスがいた。
「ジーニアス君」
ノールはジーニアスの肩に手を置く。
びくっと、ジーニアスの身体が小刻みに震えた。
その瞬間、ジーニアスの身体中に強い魔力の衝動が駆け巡った。
「えっ、なにこれ!」
ジーニアスの身体に変化が起こる。
徐々に目線の高さが上がっていき、ノールと同等の高さまでになった。
約170cm近くの身長になり、ジーニアスはエルフ族らしい見目麗しく美しい女性となっていた。
すらっとしたモデル体型なのに、しっかりと出るところは出ている。
その姿にノールは女性として嫉妬を覚えた。
「ノールさん」
ジーニアスは自らの変化を浴室の鏡を見て、理解した。
「僕を縛りつけていた呪いを解いてくれたんですね。ようやく僕は僕自身の元の時間を辿れます」
涙が伝い、ジーニアスはノールに抱きつく。
「う、うん」
普通にノールは困惑している。
どちらかと言えば、ノールはジーニアスだけを許していなかった。
あの時に許したのは、ライル・ルウだけ。
ジーニアスとは逆にライル・ルウは大甘に許している。
元々、根強い魔力体優位主義思想のあるノールは同族の魔力体には激甘で、ミールを殺害した張本人であっても変わらない。
これは、人としては不自然にしか感じない認識だが、魔力体ならば受け入れられる。
それだけ、魔力体同士の無意識的な繋がり、団結力が強いと言える。
当然ながらその繋がりは魔力体同士でのものであり、ジーニアスは無関係。
なので、ジーニアスが後生大事にしている成長を止めてまで保っている今の姿をかき消して本来の姿にしてやろうと企み、呪いを解いた。
だが、ジーニアスはこの姿をし続けることを一族の者に強要され、成長を止められていたため元の姿に戻れて心底嬉しい。
なんの相談もせずとも無償の優しさでコンプレックスを癒してくれたノールに強く感謝していた。
「ノール」
脱衣所の方から声がした。
ふと、視線を移すと脱衣所にルインがいた。
「どうしたの一体」
「あれ、私より大きい……のかしらね?」
ルインは二人を眺めている。
ノールは別に隠さないが、ジーニアスは恥ずかしそうに隠したい部分を手で隠している。
「ところで、なにしに来たの?」
当然のように浴室まで入ってくるルインに不愉快な気持ちを抱いていた。
前回もそうだが、さも当たり前のように部屋へ入ってくる常識のなさに腹が立っている。
「エージとまた会ってほしいの」
「……先に服を着ていい?」
「ええ」
ノール、ジーニアスは脱衣所へ入る。
「ああっ!」
ジーニアスは大きく声を発する。
ようやく自らの変化の代償に気づいた様子。
身長が元に戻れば、当然ながら以前の服は着られない。
ノールが事前に服を脱がせていたのは、サイズが合わなくなるから。
「……もしかしたら」
思考を切り替え、ジーニアスはとあることを試そうとする。
ジーニアスは自らに魔力を集中させた。
先程までの子供としての姿へジーニアスは戻ってゆく。
「やった、成功です。さっきので変化の解析もできたし、今の僕なら姿を制御できますよ」
「貴方、ジーニアスだったの?」
ルインが驚いている。
「そういう変化ができるんだ。エルフ族は不思議な能力を持っているのね」
若干誤解をしていた。
ひとまず、二人は着衣を身につけていく。
「それじゃあ、ジーニアス君。ボクはルインと話があるから、君は自室にしたい部屋を探しに行ってほしいんだ」
「分かりました、ノールさん」
聞かれたくない話なのだと理解したジーニアスは、これから住むための部屋を選びにいく。
「エージ君は今どうしているの?」
「エージ、屋敷の近くにいるの」
「どこ?」
居場所を尋ねると同時に水人検索を発動させ、エージの居場所を探る。
「この黒塗りの屋敷は、スロートの街外れに充たる場所でしょう。ここからさらに離れた街道の辺りから気配がするの」
「……どうして戻ってきたの?」
ノールもはっきりと居場所を把握する。
ルインが語った通り、スロートとステイを結ぶ街道の少し離れた位置にエージの魔力を確認できた。
ただ、問題はそこではない。
「ここが家だからじゃないの?」
「そういう問題じゃないでしょ。そもそも倒すべき存在なんだよね、エージ君は。なのに向こうからやってくるって意味が分からないんだけど」
「杏里が出掛けているのは知っている?」
「当たり前じゃん、ボクと一緒に暮らしているんだから」
「出掛けたのは綾香も一緒なの。今日は待ちに待った転換期になる。桜沢一族にとって重大な」
「なにその言い方。そんなことよりもボクの質問に答えてほしいんだけど」
「エージは私たちに倒されるために向かってきたの。杏里と綾香はとっても大事な用事があるの。ただそれだけよ」
「隠し事をしているのなら、ボクはもう貴方の思った通りには動かないよ」
「……あの、その」
急にルインは口籠る。
「簡単に言うと、杏里と綾香は桜沢一族のトップに立つために行動を起こしたの。エージは注目を浴びるために。私たちの戦いもそう。二人がスムーズに勝つには、目線を逸らさせる必要があるの」
「………」
正直、ノールは乗り気がしなかった。
言っては悪いが、そんなことのために自らが死闘を演じなければならないのが面白くない。
「エージと戦う際は必ず魔力を二割程度残存させて戦いなさい。決して全力で戦っては駄目」
「極致化できるはずだよね、エージ君。一発攻撃を受けただけで死ぬかもしれない相手に無理言わないでよ」
「ていうことは……」
「戦ってあげるよ、以前の貸し1はこれで帳消しね」
「良かった、貴方のために行動をしておいて。では、ノール。今から空間転移を発動するね」
「構わないよ」
ルインが空間転移を発動させ、ルインとノールは寝室から消えた。