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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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内部抗争

クロノスの会場から、ノールは空間転移によって黒塗りの屋敷へ戻ってきた。


ノールが自室のリビングに現れると、すぐに杏里が声をかける。


「ノール、今日はどうだった?」


キッチンでココアを作っていた杏里が呼びかける。


「しっかり言うことは言ってきたつもり」


「うん」


「また、戦うことになった。クァールさんも今日から敵」


「うん」


ゆっくりと杏里はノールのもとへ歩いてくる。


「はい、ココア」


そう話し、ココアの入った白いカップを手渡す。


「ありがとう」


カップを受け取り、近くの安物アウトレットソファーに座る。


「ボクはさ、嫌われているんだ」


「………」


静かに杏里は、ノールの隣に座った。


「結局はそんなものさ。皆、己が欲望のままに行動したいとしか考えられないの」


「………」


「スキル・ポテンシャルの権利を扱って操作するのが当たり前ですみたいな、全ての神にでもなったかのような発想で人々を永久に操作するつもりだったの」


「どうして、そんなことを?」


「知らないよ。でも、絶対におかしいからボクの許可なく扱うなと言ったの」


「ノール、でもそれって」


「だから、ボクは戦うんだよ。クァールさんたちと」


「もしも君になにかあったら……」


「心配しなくとも大丈夫だよ。ボクは必ず勝つよ、君のためでもあるんだから」


「ありがとう、ノール……」


「でも、今回の件でボクはいつか倒される側の立場になったんだと悟ったよ。タルワールも、クァールさんもそれ以前の人も打ち倒されたから今に至っているわけだし。いずれは……」


「そんな悲しいことを言わないで」


「………」


静かにココアをノールは啜った。


一刻も早くノールは味方が欲しかった。


しかし、生半可な能力者では事足りない。


相手は当たり前のように数多の者をいともたやすく操作ができる集団。


あまりにも分が悪過ぎて、ノールは思考停止してしまい、ココアを飲み終わってからもカップを片手に持ったまま、ぼーっとしていた。





「皆さん、R・ノール打倒のため、良き案をお願いします」


ノールの去った壇上にて、クァールが他のR一族たちに呼びかける。


まだ、会場内は騒然としていた。


ノールから離れた位置にいた者たちは血気盛んにノール打倒を掲げている。


しかし、ノールが近くを通って行った者たちは一様に静かだった。


怯えている者や、どうして良いのかまるで分からない者など会場はそれどころではなかった。


この原因となっている者は、R・ノールただ一人。


ただ一人であってもこれ程にも騒然とするのには理由があった。


なにも数多の者を操作するのは、権利が扱える他のR一族だけの専売特許ではない。


同族であり、能力を開花させたノールも同じくそれができる。


それどころか、ノールは極致化さえもできる。


攻守、補助全てに対応された万能型の存在。


分の悪さから思考停止するのは、お互い様だった。


「クァール、ノールという娘はお前の傀儡ではなかったのか?」


騒然とした会場内から言葉を発する者が見受けられる。


あの光景を見た後ではもはや周回遅れの言葉。


それが事実であったのならば、話は簡単だが無論そうではない。


「いいえ、そのような事実はありません。ノールが私の傀儡などと一体どなたが考え出したのでしょう? ノールはこの場にいらっしゃる全ての者たちを凌駕する力を有しています」


クァールの返答後、複数の対応策が検討された。


その中でも最も勝利に近いと考えられる策。


それは、ノールが同じく極致化ができる桜沢一族派のエージと会っていたこと。


互いに“敵対関係”だとノールに探りを入れていた者から情報がもたらされた。


欠片もないはずの勝機が、クァールたちに唯一光明を差す結果となるのだった。





次期当主を決める集会から一日が経過した。


ノールは定位置にしている安物アウトレットソファーに寝そべり、雑誌を読んでいる。


時刻は昼過ぎに差しかかった頃。


別件で杏里が不在なため、昼食も作る必要もなく一人ゆっくりしていた。


だが、内情はゆっくりなどしていない。


複数を相手にする方法をずっと思案していた。


「姉貴、いるー?」


ノックもせず扉を開け、部屋に入ってくる人物がいた。


「姉貴、聞いてもらいたいことがあるんだけど?」


やってきたのは、エール。


ノールを急かすような口振りで語る。


「どうしたの? お姉さんに聞かせて」


アウトレットソファーに寝そべっていたノールが、表情に笑みを浮かべ立ち上がる。


自らの都合だけで勝手に話を進めるエールに釘を刺したい気持ちもあった。


ただ、姉として相談したい内容が気になり、それは止めた。


「実はね……」


「ちょっと待って。テーブルで紅茶でも飲みながら、ゆっくり話そうよ」


「それもそうだね」


「エールは椅子に座って待ってて」


「うん」


言われた通り、エールは豪華な四人がけのテーブルの椅子を引き、腰かける。


ノールは紅茶を淹れ、持ってきた。


「相談したいことって?」


エールの前に紅茶の入った白いティーカップを置く。


「あのさ……」


一呼吸置いてからなにかを語り出そうとする。


妙にエールはそわそわしていた。


「アタシを元に戻す時の約束だけどさ、もうしてもいいよね?」


「なにを?」


「水商売と、裏稼業」


「………」


ノールは眉をひそめる。


「怒った?」


「とっても怒っているよ」


「なんかさ、変じゃない?」


「どうして? お姉さんとの約束を平気で破る悪い子は誰だい?」


「悪い子だよ、アタシも姉貴も」


ノールが淹れてくれた紅茶を、エールは啜る。


「姉貴が傭兵稼業をして生きていたように、アタシも水商売と裏稼業を行わないと生きていけなかった。姉貴にとっては汚いものかもしれないけど、アタシが誰の手も借りずに生きるには、その道しかない」


「以前、バロックという会社に勤めているとか、ヴィオラートの枢機卿になっているって話さなかった? 普通に生きていけるだけの収入はあるでしょ」


「………」


斜め上の方をエールは見つめる。


「姉貴はアタシの独り立ちを邪魔したいんだ」


「するよりもしない方がいいことを伝えただけだよ」


「だったら、姉貴は傭兵稼業を止めるの?」


「止めないよ?」


「だったら、アタシも止めない。アタシ、嬉しい。姉貴と同じ気持ちだから」


とても嬉しそうにエールは笑顔を見せる。


エールは必ず答えとなってほしい地点へ突き進む気性があった。


「………」


ノールは怒りそうで怒らない。


エールのこういった考えをノールは持っていない。


正直、エールのこういった詭弁を弄する癖がノールは気にくわない。


いくら気にくわなくとも、ノールとの約束を無視するわけでもなく、わざわざ許可を得てからにしようと考える点は、ノールも悪い気がしなかった。


「姉貴もアタシとお店に出ない? アタシの運営している国のお店だからさ、絶対変なことはさせないから」


「お店? もしかして、お酒飲んだり、女の人が露出の多い服を着たりするところだよね?」


「うん」


「ボクは遠慮するかな」


「そう? あー、でもアタシ分かるよ。見るからに純そうだもんね。姉貴って杏里しか経験ないでしょ? でも、姉貴は人生で一人しか愛さないって感じだし? その方が良いんじゃないかって思う」


「なんか適当言ってない?」


「ないよ?」


「そう?」


「姉貴って男性経験少ないの?」


「そういうの、聞かないでほしいかな」


「どうなの?」


「別にボク自身がしたいわけじゃないから」


「杏里とは週どれくらい?」


「知らないよ」


「ふーん」


ノールの反応を見て、エールはにやにやしている。


もう完全にエールのペースで話が進んでいた。


「……なんだか、エールは随分と変わったね。君とこういった会話をするとは思わなかった」


少しの会話で、ノールはエールが今まで思い描いていたエールとは変わったのだと気づけた。


「でさ、もういいよね?」


「エールのしたいようにした方がいいよ。貴方がもう一人の女性なのだと分かりました」


「なんか、急に距離感を感じた気がする。あとさ、もう一個重要な話があるの」


「なに?」


「姉貴ってR一族の当主なんでしょ?」


「そうなんだけど……なんというか」


「姉貴も知っていると思うけど、R一族派にドールマスターの相馬っているじゃん? アタシを直した人なんだけどね」


「相馬? ああ、あの人」


「姉貴にさ、相馬に会ってもらいたいの。相馬は今、R一族派を辞めようとしているの。R・クァールが当主じゃなくなったからとか、昨日の姉貴の行動に興味があるとか言っていたけど。それにアズラエル、ドレッドノートも一緒についてくるみたい」


「アズラエルとドレッドノートって?」


「アズラエルはヴィオラートの聖職者トップ、法王の階級の人だよ。ドレッドノートは魔界の覇王階級の人。二人とも超優秀な人たち。アタシの友達なんだよ。はい、ここ重要ね」


「よく分からないかな」


「それでさ、姉貴。昨日は集会で一体なにがあったの?」


「エールは来ていなかったの?」


「アタシはああいうのは、なんか性に合わないからさ。まず向こうがアタシに合わせるべきだよね」


「わがままな子だね」


「そうだよね、アタシもそう思う。アタシの意見を蔑ろにしているのは、アタシもおかしいと思っていた」


「………」


エールは自らに言われた台詞とは思っておらず、逆に肯定してもらえたと勘違いしている。


「とりあえず、昨日は集会でボクが正式にR一族の当主となったの。ボクは桜沢一族、クロノスの人たちとともにR一族は総世界をより良くしていこうという話を皆にしたの。どうしてこの総世界規模の戦争が起きたのか、なんとなく分かったから」


「ふーん」


エールは適当に聞いている。


自分の興味があること以外に頭を使いたくない様子。


「ボクはまずスキル・ポテンシャルの権利をボクの許可なく発動させるのを禁じたの」


「け、権利を禁止するの? それって別に関係なくない? 勿論、アタシは権利使っても構わないよね? だって、姉貴のアタシ妹だしさ」


「発動を全面的に禁止ってわけじゃないから、他人に迷惑をかけない範囲であれば使っても構わないよ」


「いきなり驚かさないでよ。でもまあ、アタシは姉貴が禁止にしちゃっても使うけど。やっぱりアタシはさ、まずアタシが中心っていう生き方が好きな人なんだよね」


「他の人を理不尽に操作していないよね?」


「急になんなの? そういう話は苦手なんだよ、アタシは。話は戻すけど、アズラエル、ドレッドノートも姉貴に会いたいらしいの」


「エールはさ……」


ノールの話すトーンが明らかに変わる。


所謂R一族っぽさがエールからも感じ取れたせいで、少し強めに説教をしようとしていた。


「説教でもする気? アタシ、聞きたくなーい。空間転移発動」


詠唱もせずに、エールは空間転移を発動させた。


ゲート型の空間の揺らぎが現れ、エールが飲み込まれていく。


「相馬たちと会う準備が整ったら、いつでもでいいから呼んでね」


そう言い残し、エールは消える。


即座にノールは水人検索を発動すると、エールの自室からエールを感じ取れた。


「怒られそうなことを最初からしなければいいのに……」


そう思いながら、エールの自室に向かうことにする。


しかしその時、屋敷の呼び鈴が鳴らされた。


屋敷内に独特なメロディーが流れ、黒塗りの屋敷を訪ねる者にノールの関心が向いた。


まずはその対応をするため、ノールはエントランスへ向かう。

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