とある超越者たち 2
クァールがいきいきと話している間、凄く嫌そうにノールはしていた。
ノールの目からは、もう嫌な女にしか見えていない。
と、思いきやそうではないのかもしれないと感じた。
クァールは若干表情が引きつっている。
元々、クァールという者の本質は平和の使者や平等の精神からは遠く離れた位置に存在する。
別にクァールにとって、今の作り上げられた理想郷などどうでもいい。
クァールを羨望の眼差しで見つめる同志たちが願ったものの全てを混ぜ込んだ途方もない欲張りセットがこの現状なのだ。
そういった時折見せるクァールの少し引いている姿に、ノールは意外と普通なところもあるのだと安心した。
「ノール、貴方のR・ノール・コミューンやR・エール・コミューン内の者たちにもこの流れを受け継がせてほしいの」
流れとは、つまり今まで見たもの。
貧富の差がなく、物資は充実し、金額が統一され、餓えがなく、誰しも勉学の機会が与えられ、仕事を行え、福祉が充実し、精神的に豊かで、風紀が保たれなどなど……
とにかく全部良いところだけをふんだんに盛り込んでいる超管理社会。
「ボクは遠慮しておくよ。皆が自由に生活している方がいいと思うから」
「飢えて死ぬ者、悪事を働き奪う者、無為に命を奪われる者、暴利を貪る者、勉学の機会が与えられない者など様々と、それらがいくらでもいるのが自由な現状ですか。いやはや、上に立つ者がこれ程の視野狭窄さ加減ではなんとも……」
「はあ?」
うっかり、ノールはぶち切れそうになったが堪える。
今日はそんなことをするためにこの場に来たわけではないから。
「なんとなく聞くけど、R・クァール・コミューンだっけ? その全てでこういったことしてんの?」
「現在、R・クァール・コミューンは数千の世界でまとまっています。当然、その全てで分け隔てなくこの流れが継承されて……いければいいと考えております。ですが、今ではこの私も私を支持してくれる同志たちもタルワールに実権を奪われる以前より力を失いました。総世界の全てを統一するには至りませんでした」
少しだけ寂しげにクァールは語る。
「この世界のようにまとまっている世界は、10にも及びません。私と貴方とでいずれは数を増やしていければいい。そう感じております」
「なんだ、そうなんだ。だったら、まだいくらかマシ……」
静かに、クァールは首を振る。
「私は、人々と言いました。彼らは人なんです。しかし、他のスキル・ポテンシャル権利を扱えるR一族から見れば決してそうではありません。彼らにとって人とは、R一族以上の者たちであり、その他は道具なのです」
「えっ、道具? 本当に?」
「とあるR一族の者は、一夫多妻制を強要しています。とあるR一族の者一人に対して今現在では、名ばかりの妻が数十万人だそうです」
「はっ?」
「私は同じ女性として言いようのない憤りを感じます。今すぐにでも彼女たちを救い出したい気持ちはありますが、求心力が弱まっている今現在では行動がすぐには取れません。だからこそ、ノール。貴方の力が必要なのです」
「ボクの力が? とりあえず、そいつの名前や居場所を教えてくれれば今すぐに殺しに行くよ。ボクは傭兵としてそういうこともしていたから」
「そうではありません、そうでは……。血気盛んなだけでは、悪辣な手段で暴虐の限りを尽くした魁首タルワールとなにも変わりません」
「いや、一人殺すだけで数十万が救われるならさっさと」
「R一族の恐ろしい点を貴方自身が知らないでどうするのですか? スキル・ポテンシャル権利一つでその世界の人々が全て敵になるのです。救おうとしていた者が貴方に牙を剥くのも簡単ですよ」
「………」
心底最低な一族だなとノールは心から軽蔑した。
すなわち、今まで行ったR一族の行動をノール自身も容易く行えると自覚した瞬間。
絶対にこいつらの好き勝手にさせないと強く心に誓った瞬間でもあった。
「そういえばさ、桜沢……」
「その話は聞きたくありません」
「まだ、ボクはなにも話していないけど」
「どうせ、桜沢一族に関わる話でしょう? 桜沢一族に肩入れしている貴方がなにを言いたいかなんて分かるわ」
「なら、手短に話すよ。桜沢有紗さんを解放してほしいの」
「貴方は大きく勘違いをしている。今の桜沢一族の地位の位置関係についてを。彼らの地位は既に十分守られたものなの」
「どう考えてもそんな配慮がなされていないけど。普通に酷い扱いを受けているじゃん」
「桜沢綾香を知っているかしら?」
「正式には橘綾香さんだよね、ボクの屋敷で一緒に暮らしているよ」
「桜沢一族当主の桜沢綾香よ。女性ではなく、男性の方。あの人が自らの命と引き換えに、桜沢一族の存続と一族全員の命の保証をお願いしてきたの。本来なら私たちR一族と戦争をしていた桜沢一族はどちらかが全滅するまで戦い合うのが基本。でも、そうはならなかった。一人の英雄が命を捧げたためにね」
すらすらとクァールは語っている。
本心から思っていることを話しているように、ノールには聞こえた。
しかし、クァールがそのようなタマではない。
無様な桜沢一族の現状に命を捧げた桜沢綾香は、クァールの目から見ても“可哀想な被害者”であるために彼の死を悼んでいるだけ。
今の桜沢一族たちが現状の地位にギリギリ踏み止まっていられるのは、まさにクァールのおかげ。
クァールがいなければ、間違いなく全滅していただろう。
「塵芥レベルの些末な問題はこの際、捨て置きましょう。今はR一族についてが重要です。今後の展望を貴方はどう描いていますか?」
「あの、有紗さんの話は」
「それは貴方にとっての大事な話です。他の者たちはどうなのかと、いつも視野を広くするのは、なにも決して悪いことではありませんよ」
「だったら、ボクが当主となった際に桜沢一族とR一族との地位を平等なものとするよ。不当に扱われるべきではない」
「自由にするといいわ。貴方に同調する者は誰もいないでしょうけど。もし、上手く他のR一族に話を伝えられれば必ず心を開く者も現れるでしょう。でもね、R一族を舐めない方がいい」
「分かったよ、ボクは勝手にやる。それにボクもR一族だ。ボクを舐めない方がいい」
「別に貴方を貶すつもりで語ったのではないわ。だって、先に話したR一族を舐めない方がいいとの言葉には、貴方自身も含まれているのだから。次期当主ともなれば貴方には今後、桜沢一族の地位を戻すことができるようになる。できても貴方自身のR一族としての性が一体どう桜沢一族たちに反映されるかは分からない」
「ボクは彼らの地位を元に戻したいだけだよ」
「貴方が見ているものは、貴方にとって大事な桜沢有紗、橘綾香、春川杏里の兄弟だけでしょう? その他までを一緒に救うことになるのが貴方の案。数百人近くいる桜沢一族を貴方がどのようにして救うの? 言葉でどうとでも言えるものではないの。こういったことはね」
「………」
ノールは悔しくて堪らなかった。
要は、クァールに口だけは達者だなと言われているのに気づいたから。
また、それが事実な通り、状況を一変させられるだけの力がなかったから。
「ところで、ノール。先程の展望の話ですが……貴方と聖帝はとても仲がよろしいようですね?」
「まあ、うん。テリーは友達だよ」
「それで、聖帝にR一族一派の者たちを蘇生する際に、多額の金銭を要求しないよう働きかけてもらえないですか?」
「蘇生……そういえば、ボクもテリーの能力で蘇生されたんだったな。あれって、お金を取られるの?」
「それはもう法外な金額を要求されます。一人一人の死者に値段を付けているのですよ。同族や同志の名が書かれた文章の隣に、金額が記された紙を持ち出す程でした。なんたる無頼漢でしょう。性根が腐っています」
相当怒っているようで、ノールとテリーが友人関係だと知っていても罵倒が途切れない。
「少しでも出し渋れば、せっかく助けられる命なのに金を出す価値もないと思うのはなぜだ?と聞いてもいないのに私に非があるかの如く語り出します。こいつは可哀想な奴だ、心底ケチなお仲間のせいでなどと私の面前で語り出す始末です」
「ああ、テリーなら言いそう。というか、アーティやリュウが絡んでいるだろうな、その言い草。水人検索した時にテリーの近くに二人もいたから。元々彼ら三人は傭兵だったから、弱みを見せてくれたら感謝しつつ喜んでつけ込んでくるよ」
「私は聖帝を守銭奴として憎んでいます。憎んではいますが、信頼もしています。貴方が傭兵と言ったのは紛れもなく正しい。今の聖帝は本当に金次第でなんでもする者です。なんの柵もなく、どんな者でも言われた通り蘇生させました」
「どんな者でも?」
「桜沢一族であろうと、クロノスの者であろうとです。どんな者でも上客扱いしています。この私でもあの対応には頭を抱えましたよ」
「多分、また戦争してどんどん死んでほしいとテリーは思っていそう。いや、バックについているアーティがかな?」
「今の聖帝は本当にがめつく、欲の塊……いや、欲の権化ですね。以前の聖帝は私と敵対しましたが、真逆の聖人君子で清廉な方でしたよ」
敵対して、自らを死に至らしめた者であってもクァールは敬意を払っている。
元々、クァールと過去の聖帝はなんらかの繋がりがあったようだが、クァールはそれ以上過去の聖帝について話そうとしなかった。
そっと、クァールはノールに近づく。
ノールの両肩へ、ゆっくり手を置いた。
「だからこそ、貴方の友人関係は生きる。貴方と聖帝で連携して、R一族一派の者たちをできるだけ安く、できれば無料で蘇生させてもらえるよう促してくれたら助かります」
「うーん、とりあえず頼んではみるよ」
「やはり、貴方は素晴らしい。次期当主になった際には、私が丁寧にサポートします」
ノールがどう思っていようとも、クァールはノールに執着している。
一時とはいえ、R一族の存続のために必死で戦った間柄。
一つの身体で命懸けで戦った者同士として、クァールは自らよりもずっと若いノールを尊敬している。
この者なら後世に渡って人々を救っていけるとの思惑から、クァールはノールに肩入れしていた。
「ノール、本日から一週間後に貴方がR一族の次期当主として正式に認められる集会を開きたいと思います。主役の貴方がいなくては始まらないので必ず来てくださいね。内容は追って文書にて、貴方に伝えるわ」
「うん」
「とまあ、堅苦しい話はこのくらいにして」
そっと、ノールの手を握る。
「ノール、まだ時間は空いているかしら?」
「大丈夫だよ」
「なら、私と喫茶店でコーヒーでも飲んでいかない?」
「ボクは紅茶がいいな」
「それなら良かった、今から行く店はどちらもあるから」
二人は寄付銀行の近くにあるレトロな外見の喫茶店に入っていく。
二人席のテーブルに着くと、ノールはメニュー表を開く。
全て値段は10硬貨一枚分。
「あの、これ」
「そう、そういうことよ。商品、サービス一つにつき、10硬貨一枚」
ノールにクァールは頬笑みかける。
「これだと儲けなんかでないでしょ」
「一月毎に事前に20万の給与が万人へ政府から支払われるわ。もしも足りなくなっても大丈夫。こういう時に役立つのが寄付銀行。いくらでも寄付銀行は無料で与えるわ。寄付銀行が全面バックアップするから人々は安心して寄付銀行へ寄付を行う。頼る時が来たら助けてもらうために」
「店の儲けは?」
「さあ? 皆の善意さえあれば世界は成り立つのよ」
「なんというか……うん……」
通常では意味の分からない循環が完成しており、ノールの考えが及ばない。
「ノール、今はそういうことを話さないでほしいの。貴方の好きなこととか、友達のこととかを聞かせてほしいな」
「うん」
二人は他愛のない話を始める。
互いに互いを知り、距離を縮めるために。
互いの思想やR一族的な話さえしなければ、二人は普通に仲良く話せていた。
一時間程度の会話をし、クァールの仕事の都合で解散となった。